第150話 探索と適合
改変作業終了しました。(2021年5月30日)
主な改変箇所について活動報告に載せておきます。
お騒がせしました。
アイナは2つの鎧を作成していた。
1つはジルのための鎧。
もう1つは愛しい人のための鎧だ。
ジルのための鎧は、リゼッタの成形した銀に『外装強化』を施していくだけだった。
一方、愛しい人のための鎧は、成形から『外装強化』まですべて自分の手で行ったものだ。
身に付ける人のことを思いながら、ジルの鎧以上に丹念に真心込めて『外装強化』していく。
(ロランさん、喜んでくれるかな?)
たとえ想いは届かなくとも、どんな形でもいいからロランの支えになりたかった。
そうしていよいよジルの装備が完成した。
ロランは『精霊同盟』を招集した。
ロランの呼びかけに応じて、『精霊同盟』に加入しているギルドは、広場に集まってくる。
『火弾の盾』、二重『外装強化』の鎧、銀製の毒剣を身に付けたジルは、軽く体を捻ったり、剣を振ったり、盾を構えたりしてその使用感を確かめてみる。
「ふむ。軽いですね」
「今回の戦いでは小回りのよさが重要だからね」
ロランが答えた。
「『破竜槌』はどれだけ耐久の高いモンスターでも一撃で粉砕する威力を持っているが、『巨大な火竜』のような回避能力の高い敵に対しては相性が悪い。大振りの一撃よりも、フットワークの軽さで的確にダメージを重ねていくこと、それが今回のコンセプトだ」
「なるほど。持久戦ですね」
「うん。だから長期戦になる。その分ダメージを受ける時間も長くなるから、覚悟しておいてね」
「は、はいっ」
ジルは頬をポッと赤らめながら言った。
ジルへの装備受け渡しを終えた後、ロランは自身の新装備を身に付けていた。
「どうですか? ロランさん」
アイナはロランが鎧を着るのを手伝いながら聞いた。
「うん。ピッタリだよ」
ロランは鎧の着心地を確かめながら言った。
「まさか僕の分まで装備を作ってくれていたとは」
「『巨大な火竜』と戦う以上、ロランさんにも二重『外装強化』の鎧が必要かなと思って」
「はは。確かに。育てるのに夢中で、すっかり自分の装備について考えるのを忘れていたよ」
ロランは苦笑しながら言った。
アイナはロランの姿をまじまじと見つめる。
(よかった。ちゃんと似合ってる)
ロランが鎧を身に付けた姿は、アイナの想像通りのものだった。
(ロランさんの鎧姿、かっこいい。一生懸命作ってよかった)
ふと、ロランはアイナの方に向き直る。
「ありがとうアイナ。これで僕も『不毛地帯』の奥深くまでジルの探索をサポートすることができる」
「いえ。そんな。私はロランさんの助けになればそれで……」
「まあ、ロランさん。強化装備が必要なら、私のユニークスキルだって……。んぶっ」
リゼッタがアピールしようとしたところをアイナは押さえ込んで遮った。
「ロランさん、どうかお気を付けて」
「うん。行ってくる」
全ての新装備のチェックを終えたロラン達は、そのままダンジョンへと入っていった。
アイナはロランの背中が見えなくなるまで、その後ろ姿をずっと見つめ続ける。
『裾野の森』ではそこまで急ぐことなく、通常のペースで行軍していった。
戦闘についても新参の地元冒険者や外部冒険者ギルドに任せる。
ジルもロランの隣で彼らの戦闘を見守った。
「ふむ。今のところ、『冒険者の街』で見かけるモンスターと大して変わりありませんね」
「うん。ここ『裾野の森』では通常の鬼族や狼族しか出ないんだ。難しくなるのは『メタル・ライン』に入ってからだよ。そこから飛行ユニットの『火竜』や岩石族の『岩肌の大鬼』などが出て来る」
「なるほど。私の出番は『メタル・ライン』に入ってから、というわけですか」
ジルは少しうずうずした様子を見せた。
ロランもそれに気づく。
「ジル、『メタル・ライン』に近づいたらすぐモンスターをぶつけるよ。準備しておいてね」
「はいっ」
やがてロラン達は『メタル・ライン』へと辿り着いた。
すぐに弓使いを偵察として放つ。
「偵察を放つんですね」
ジルが意外そうに聞いた。
「ああ。機動力の高い『火竜』に部隊の上空を取られたくないからね。そのためにも敵に見つかる前にこちらから先に見つけて、先手を取る必要があるんだ」
「ふむふむ」
「おっと。噂をすれば。『火竜』を見つけたみたいだ」
遠くの空に矢が放たれるのが見えた。
『火竜』が2体出現の合図だった。
「ジル、早速、行ってみるかい?」
「はいっ」
ジルは脱兎の如く駆け出していった。
途中で遭遇した『小鬼』や『爪の大きな狼』を弾き飛ばして、『火竜』の下に直行する。
ジルはすぐに翼はためかせ、空を悠々と飛ぶ巨大な生物を視界に捉えた。
(!? あれが『火竜』か)
それは美しさと凶々しさを兼ね備えた生物だった。
煌めく分厚い鱗、空を悠々と飛ぶその姿は、どこまでも雄々しかった。
一方で、鋭い爪と牙、獲物を探す獰猛な瞳は、彼が地上の生物を襲い啄むために生まれてきた凶暴な生物であることを示していた。
ジルはむしろ彼の邪悪な鋭い爪にウットリとした。
あれならジルの柔肌もあっさり切り裂いてしまいそうだ。
『火竜』の方でもジルを視界に捉える。
トカゲ類特有の眼球運動で瞳をギョロめかせ、目の端でジルを睨み付けた。
ジルは『火竜』が戦闘態勢に移る前に地面を蹴って飛び上がった。
矢のように一直線に『火竜』の方へと向かい、銀の剣で心臓を貫く。
『火竜』は血を吐いて、一瞬で絶命した。
ジルはそのまま剣の柄にぶら下がって、しばらく空中を漂った。
近くでその様を見ていたジェフは驚愕する。
(なっ、なんつー速さとパワー。けど……)
ジェフはもう1匹の『火竜』の方を見る。
(そのままだともう1匹にやられるぞ)
ジェフの心配したとおり、もう1匹その場にいた『火竜』は、仲間がやられたことに気付いて、怒り狂ったようにジルの方に向かってくる。
にもかかわらず、ジルはそのまま翼を広げて空を漂う『火竜』の死体にぶら下がり続けた。
(おいおい、一体どうすんだよ。まさか、わざと攻撃を受ける気か!?)
ジルはロランから装備を慣らして、適合率を上げておくように指示されていた。
盾と鎧の適合率を上げるには、わざと攻撃を喰らうのが最も手っ取り早い方法だ。
(さあ、来い。『火竜』。私に攻撃してみろ! さあ! さあ、早く!)
怒り狂った『火竜』の巨大がすぐそこまで迫って来る。
ジルは敵の攻撃を受ける寸前で剣を引き抜いた。
『火竜』の翼を胴体にモロに受けた。
「ぐはっ」
ジルはしばらく『火竜』の翼に引っ張られた後、反転して、そのまま真っ逆さまに落下する。
『火竜』の攻撃はそれにとどまらなかった。
落下するジルに向かって『火の息』を吐きかける。
ジルは空中で姿勢を変えながら、背中に背負っていた『火弾の盾』を構える。
盾に火炎がぶつかって弾けたが、『火竜』はそんなこともお構いなしに『火の息』を吐きかけ続ける。
空中で回避行動も取れないジルは、『火の息』の高温と高圧力に晒されながら、地面に叩きつけられた。
その後も『火竜』は『火の息』を吐き続けた。
周囲の植物は焼き尽くされる。
(くうっ。これが『火竜』の『火の息』。なんて熱さだ。『火の息』がこんなに激しいだなんて。ただの『火竜』でこれほどの威力なら……、『巨大な火竜』の『火の息』はもっと激しいんだろうな?)
『火の息』の高温を一頻り体感したジルは、再び跳躍して、炎の中から飛び出した。
『火竜』の眼前まで到達すると、その頭部に銀の剣を突き立てて、一撃で倒してしまう。
そのまま『火竜』の背中に乗り移って、地面まで着陸する。
「ジル、大丈夫か?」
ジェフが駆け寄ってきた。
「ああ。私は無事だ」
ジルはどこか満足気な様子で言った。
「……本当に大丈夫なのか? 空中でもろに攻撃を受けているように見えたが……」
「ああ。むしろ調子が上がってくるのを感じるよ」
「お、おう。そうか。それなら良かった」
二人がそんなやり取りをしていると、騒めきと戦闘音が聞こえてきた。
ロラン達のいる方向からだ。
どうやらモンスターの地上部隊に襲撃されているようだった。
敵の中には、ここからでもその巨体が見える『岩肌の大鬼』が混じっていた。
「あれは『岩肌の大鬼』か? っておい」
ジェフが敵を見定める間もなく、ジルは駆け出していった。
『岩肌の大鬼』を含むモンスターの一隊に襲われた『精霊同盟』は、若干の混乱に見舞われていた。
高ランク冒険者が多数在籍しているとはいえ、新たに加わった外部冒険者ギルドもあり、その連携はまだ拙い。
どんな時、誰が、どのように対応するかの決まり事がまだ明確になっていなかった。
エリオはいつもよりもたつきながらも、どうにか『岩肌の大鬼』の前に躍り出る。
「ここは俺に任せろ!」
(くっ。『岩肌の大鬼』。いつもながらデカイな)
とはいえ、引き下がるわけにはいかない。
『岩肌の大鬼』の脅威はその頑強な体と破壊力のある攻撃ばかりではない。
そのリーチの長さも脅威的だった。
『岩肌の大鬼』の長身と岩の棍棒を用いれば、難なく部隊の前衛を飛び越えて、後衛に損害を与えることも可能だろう。
いつもと違って拙い連携の部隊は後退するのにも時間がかかる。
そんな中で部隊の奥の方に打撃を食らわされれば、多大な損害を被ることになりかねない。
部隊の危機を救うには、エリオの『盾突撃』で敵を後退させるしかなかった。
(痛いのはいやだ。でも、みんなを守るためなら俺は……)
『岩肌の大鬼』が棍棒を振り下ろすモーションに入る。
もはや一刻の猶予もなかった。
エリオは『盾突撃』の体勢になる。
しかし、そこで突然、赤い影が割り込んできた。
「えっ? ジル?」
エリオは急ブレーキをかけた。
『岩肌の大鬼』の棍棒はジルに命中する。
「ジ、ジル。何を……」
「ふう。間に合った」
ジルは岩棍棒を鎧で受け止めたまま、エリオの方を振り返る。
「ここは私に任せろ」
「えっ? いや、でも……」
「いいから。君は反対側の敵を押し返しにいくんだ」
「いや、しかし……」
ここで『盾突撃』によって『岩肌の大鬼』を押し返さなければ、部隊に被害が及ぶ。
それを防ぐためには、ジルが一方的に攻撃を受けるしかない。
(そんなことすれば、ジル、無駄に消耗するのは君なんだぞ?)
エリオは助けを求めるようにロランの方をチラリとかえりみた。
ロランは「構わん。ジルに任せておけ」と身振りで示した。
「じゃ、じゃあジル。ここは君に任せるね?」
「ああ、任せておけ」
エリオが離れると、案の定、『岩肌の大鬼』の棍棒が部隊の後衛に襲いかかり、ジルがそれを一方的に受ける展開になった。
(くうぅ。これが『岩肌の大鬼』の攻撃。なんて威力だ。普通の『巨鬼』の攻撃より数段強力だ。だが、もうちょっとキツい一撃をくれないか? 私はまだ全然耐えられるんだが?)
ジルが心の中で応援するのも虚しく、『岩肌の大鬼』は後ろに飛び下がった。
いくら攻撃してもびくともしないジルの耐久を警戒してのことだ。
仕方なく、ジルは追撃した。
一瞬で間合いを詰めて、『岩肌の大鬼』の心臓を貫く。
このような好機を逃すほど彼女は甘くなかった。
ジルの後ろで『岩肌の大鬼』にオタオタしていた冒険者達はポカンとしていた。
何が起こったのか全く分からない。