第148話 リゼッタのユニークスキル
ジルが『精霊の工廠』支部に辿り着く少し前、リゼッタはロランから言い渡された課題をクリアしようとしていた。
「ふぅ。あと少しで出来そうね」
リゼッタは鍋の蓋を開けて、中に入った液体が煮えるのを見ながら言った。
その際、立ち上ってくる湯気を吸い込まないようにマスクとゴーグルを着用するのも忘れない。
(まさか私にこのようなスキルがあるとは)
リゼッタはロランとのやり取りを思い返す。
一週間前、リゼッタはロランに呼び出された。
「お呼びでしょうかギルド長」
「ああ。入ってくれ」
ロランはリゼッタを室内に招き入れて、椅子に座るよう勧めた。
「『精霊の工廠』に入って数週間、君もここでの働き方に慣れてきた頃だろう。そろそろ重要な仕事を任せてもいいかなと思っているんだ」
(来た!)
リゼッタは待ってましたとばかりに身構えた。
アイナの下で働きながら、リゼッタは常にロランからの視線を意識していた。
あまり工房に顔を出さないように見えて、彼はいつも職員の働きぶりをつぶさに観察していた。
リゼッタは常に彼に取り立ててもらえるよう全力を尽くしていたつもりである。
そうしてようやくチャンスが巡ってきたのだ。
「実はもうすぐ『金色の鷹』からジルがこの島にやってくる予定なんだ」
「ジル!? っていうとSクラス重装騎士ジル・アーウィンですか?」
「そう。それで彼女のために装備を作る必要がある」
「……」
「その装備の開発リーダーを誰にしようか悩んでいるんだが……。リゼッタ、どうかな? もし君にやるつもりがあるなら任せてもいいと思っているんだけど……」
「やります!」
リゼッタはほとんど迷うことなく言った。
「生温いことじゃないよ? やるからには『火槍』を超える装備を作ってもらう必要がある」
「もちろん。望むところです!」
「よし。それじゃあ来てくれ」
ロランはリゼッタを連れて工房内の一室に向かう。
「これを見てくれ」
「これは……」
ロランがリゼッタに示したもの。
それはチアルの作った『火槍』だった。
その全身銀製の『火槍』は、明らかにリゼッタの作る『火槍』を上回っていた。
リゼッタはすぐに自分の技術ではこの装備の作り手に敵わないことを悟る。
「この『火槍』は『精霊の工廠』本部のSクラス錬金術師チアル・コットンが作ったものだ。Sクラスモンスター『スカル・ドラゴン』を倒した武器『破竜槌』を作ったのも彼女だ」
「……」
「今の君の力量ではこの『火槍』を超える装備は作れない。となれば……」
「新しいスキルを身に付ける必要がある。そういうことですね?」
「うん。そうだ」
(流石にカルテットの一角だっただけのことはあるな。切り替えが速い)
「ロランさん。教えてください。私に宿るスキルを」
「いいだろう。それじゃあ……」
【リゼッタ・ローネのユニークスキル】
『劇薬調合』:E→A
『統合設計』:E→A
「まずはポーションの作り方を勉強するところから始めようか」
それから一週間、リゼッタは半信半疑になりながらもポーションを作ってみた。
ポーションが上手く作れるようになってからは、マジックポーションや毒薬、爆薬などにも手を伸ばしていった。
すると、みるみるうちに製薬の技術は向上していき、今では微かな匂いを嗅いだだけで薬品の種類を当てられるようになったし、同じ分量の材料でも人より効き目の強い薬品を作れることがわかった。
【『劇薬調合』の説明】
このスキルを使って薬を調合すると、通常よりも効き目の強い薬ができあがる。
今も『破裂剤』と呼ばれる特殊な薬品を作っているところだった。
(よし。いい感じね)
薬の出来具合を確認したリゼッタは、鍋の火を止めて中身を薬品用の瓶に入れる。
そしてあらかじめテーブルの上に載せていた竜皮に一滴垂らした。
すると分厚い竜の皮は表面がブクブクと膨らんで、破裂した。
(今までで一番の出来。あとは……)
リゼッタは『破裂剤』を入れた瓶を持って、隣の部屋へ移った。
そこには新たに設計・改良された『火槍』が安置されていた。
リゼッタは『破裂剤』を『火槍』の内部に注ぎ込み、蓋を閉める。
そうして彼女は『火槍』を構えて、串刺しにされた『火竜』の頭部に向かって『火槍』を突き刺した。
刃の部分が高温に包まれて、皮膚を焼くと共に、刃の表面に『破裂剤』が溢れ出す。
すると、『火竜』の頭部は内部から破裂した。
(よし。成功。『劇薬調合』と『精霊付与』の2つのユニークスキルを統合した新しい『火槍』完成した)
リゼッタはロランの下に報告に行った。
「ロランさん。新しい『火槍』完成しました!」
「本当かい? よし見てみよう」
ロランは早速、リゼッタと『火槍』を鑑定した。
【リゼッタ・ローネのユニークスキル】
『精霊付与』:B→B
『劇薬調合』:A→A
『統合設計』:B→A
【『火槍』のステータス】
特殊効果:高温B、破裂A
「ん。確かにスキルAクラスになってるね。『火槍』にも特殊効果がきっちり付いてる」
「はい。ありがとうございます」
リゼッタは笑顔で答えた。
ロランはリゼッタの成長の速さに感心した。
(スキルの方向性を示すだけで自力でここまで持って来るとは。凄まじい向上心だ。やはりリゼッタを抜擢したのは正解だったな)
「よし。それじゃあ、約束通り君を『巨大な火竜』討伐装備の開発リーダーに任命する。早速、打ち合わせに入ろうか」
ロランとリゼッタは会議室へと移って、打ち合わせした。
「現状、確認されている『巨大な火竜』の特徴は6つ。広範囲に炎を吐きかける『津波のような火の息』。一瞬で上空に飛び立つ機動力。軟体を活かした回避。岩を纏う防御。視野の広さ。巨大を活かした物理攻撃」
「むむ。なるほど。攻撃、防御、回避。いずれも隙がない感じですわね」
「これだけの総合力を持つモンスターだ。倒すにはこの工房のユニークスキルを総動員する必要がある。そこで君のユニークスキル。『統合設計』の出番だ」
【『統合設計』の説明】
複数のユニークスキルを組み合わせた設計図を作成できる。
「ユニークスキルを使う感覚はその使用者にしか分からない。そのため、複数人のユニークスキルを高度に組み合わせて、装備を作るのは難しいとされている。だが、君のユニークスキル『統合設計』を使えば、各人のユニークスキルを組み合わせて、それぞれの長所を殺すことなく、装備が作れるはずだ。すでに君は自分の中の2つのユニークスキル『精霊付与』と『劇薬調合』を組み合わせて、『火槍・改』を作り上げた。ユニークスキルを統合する感覚を肌で実感しているはずだ」
【リゼッタ・ローネのユニークスキル】
『統合設計』:B(↑3)
「今回はこの『統合設計』を核にジルの装備製作を進めていくよ」
「ユニークスキルを組み合わせて装備を作る方針については理解しました。あとはジルさんに合った装備ですね。ジルさんのスキル・ステータスの特徴と装備の方向性について教えていただけますか」
「うむ。それじゃあその二つについて検討していこう」
ロランはリゼッタにジルの特徴を伝えた。
全ての基礎ステータスが100以上。
特に耐久・体力が非常に高く、『巨大な火竜』からの攻撃でも、それが物理攻撃である限り、多少食らってもビクともしない防御力を持っている。
そのため、防御においては『津波のような火の息』を防ぐことに重点を置き、爪、牙、尻尾の叩きつけなどの物理攻撃については多少ダメージを受けてもいい。
攻撃に際しては、敵の素早さを考慮して、一撃で大ダメージを与えるより着実に小ダメージを重ねられる軽さと手数を重視した装備にすること。
以上を受けて、リゼッタはジルの装備案をまとめた。
『津波のような火の息』を受けるに当たっては、ウェインの『魔石切削』で磨き上げた『炎を弾く鉱石』で作った『火弾の盾』で防ぐこと。
物理攻撃についてはアイナの『外装強化』二枚重ねの鎧で防ぐこと。
攻撃装備については刺突重視の剣で威力よりも軽さと手数を重視する。
剣には『劇薬調合』で作った猛毒を塗り付けて、小ダメージと毒状態で『巨大な火竜』の体力を削り仕留めること。
これらの案を見たロランはいたく満足した。
(うん。よく出来てる)
アイナにも見せ、ウェインの協力も取り付けて、装備の製造ゴーサインを出す。
ロラン達が着々と『巨大な火竜』討伐に向けて準備を進めている頃、『竜の熾火』でもエドガーが『精霊の工廠』から顧客を取り戻すべく動き始めていた。
流石のエドガーも非難に晒されていた。
メデスを利用するだけ利用し、裏切るような形で告発した上、肝心の外部ギルドからの注文まで逃してしまうとはなんたることか!
そのためエドガーは、まだギルド長に就任して間もないのにもかかわらず、のっけから瀬戸際に立たされることになった。
地元ギルドも外部ギルドも取られた『竜の熾火』にとって、もはや頼りとなるのは『白狼』だけだった。
エドガーは『白狼』に新装備を提供し、『精霊同盟』を撃破させることで、挽回を図ることを決意した。
そうして現在、会議室にてジャミル達がやってくるのを待っているところである。
会議室にはエドガー、シャルル、ラウルの3人がいたが、先ほどから微妙な空気が流れていた。
「お前ら。分かってんだろうな。これはギルドの命運を賭けたプロジェクトだぞ。気合入れていけよ」
「……」
エドガーが話しかけるも、ラウルは賛同を示すでもなく、さりとて反意を示すでもなく、曖昧な態度を取っていた。
実際、彼の立場は微妙なところだった。
エドガーのギルド長としての仕事ぶりは、メデスよりもはるかに劣っていた。
なんやかやでメデスの担っていた役割は大きく、いなくなってから様々な面で支障をきたしていた。
エドガーでは内務を捌ききれず、すでに様々な面で業務は滞っていた。
そのため本当はエドガーのやり方に反意を示したいところだが、一方でエドガーのクーデターに参加して現体制を築く立役者の一人になってしまったのもまた否定できない事実だった。
そのため、今さら大っぴらに反エドガーの旗振り役になるというのも、なんとも格好がつかないことだった。
ドアがノックされる。
「『白狼』の皆様がお着きになりました」
受付係の声だった。
「よし。通せ」
エドガーがそう言うと、ジャミル、ロド、ザインの3人に続いて、意外な人物が入ってきた。
「なっ、テメェは……、ギルバート!?」
「よっ、ラウル。久しぶり。元気してた?」
ギルバートはひょうきんに返した。
「? なんだお前ら。知り合いなのか?」
ジャミルが意外そうに聞いた。
「知り合いも何も……、テメェよくも俺の前にノコノコ顔を出せたもんだな」
「顔を出すに決まってんだろ。俺は『白狼』の装備調達担当なんだから」
「ハァ!?」
ラウルはジャミルの方をジロリと見る。
「そいつの言う通りだぜ。これからギルバートにはウチの装備調達の窓口を担当してもらう」
「なっ。本気か!?」
「ギルバートは元『金色の鷹』のメンバー。つまりロランのことをよく知っているということだ。『精霊同盟』と全面対決するに当たってこれほど頼りになる奴もいまい」
「ま、そういうことだ。よろしく頼むぜラウル。過去のことは水に流してな」
そう言った上でギルバートはラウルに小声で耳打ちした。
「どうせおたくらもう『白狼』に頼るしかないんだろ? 客失っちゃってさ」
(こいつ……)
「ま、仲良くやろうぜ」
「へっ。ま、よろしくな」
ギルバートとエドガーは固く握手を結んだ。
そうして2人は商談と『精霊同盟』を倒す算段について話し合っていく。
「ここをこうして、こうやってだな」
「おおー。なるほどいいね」
ギルバートとエドガーは妙に意気投合した様子で他の5人を置き去りにし、話を進めていった。