第147話 ジルの合流
港で船から降りた人々が荷物受取口に並んでいる。
船員達は忙しなく動いて、乗客に荷物を手渡していく。
「お次の方どうぞ」
「ジル・アーウィンだ」
「ジル・アーウィン様ですね。はい。こちらになりま……、あっ」
荷物係のボーイはその女騎士を一目見て息を呑んだ。
夕陽のような赤髪。
高貴さをあらわす柳眉。
均整の取れた身体つき。
下心をもって見るのも憚られる、息を呑む美しさだった。
彼はこれほど美しい女性を見たことがなかった。
跪いて自分の持ち物の一切合切を差し出し、彼女の奴隷になりたい。
そんな気持ちに囚われる。
「ねぇ。キミ」
ジルが軽やかな声で尋ねてきた。
「ふぁ、ひゃいっ」
「『精霊の工廠』って知ってるかな? 私はそこに行かなきゃいけないんだけれど」
「せ、『精霊の工廠』ですね。はい。ただ今、ご案内いたします」
「えっ? いいよ。君にはここでやらなきゃいけない仕事があるんだろう?」
「いえっ、お気遣いなく。このような取るに足りない仕事、あなたを『精霊の工廠』までご案内することに何の支障もありませんっ」
「そ、そう? 困ったな。大体の道さえ分かればいいんだが……」
ジルが船員の過剰な献身に困惑していると、助け舟がやってきた。
「ジル!」
「あっ、ロランさん!」
ジルはロランを見るとそれまでの高貴な騎士の仮面を脱ぎ捨てて、パッと喜色を露にした。
船員は彼女の変化にあんぐりする。
ロランのことを見た途端、それまで彼女を纏う崇高ささえ湛えたオーラは一瞬のうちの消え去り、どこにでもいる普通の村娘のようになってしまった。
そればかりかロランに言葉をかけられるたびに顔を赤らめてモジモジし始める。
「まさか港まで迎えに来て下さるだなんて。私の方からお伺いしようと思っていましたのに」
「この島では、来たばかりの上級冒険者に演説をさせる慣例があるんだ。そのサポートもしなければいけないしね」
「そうでしたか。私のためにそこまで気を遣っていただけるとは……」
船員はそれまでの夢想から急速に現実へと引き戻される。
神聖な気分を台無しにされてロランのことを恨めしそうに見るのであった。
その後、ジルはロランに言われた通り広場で演説した。
『精霊同盟』に加入することを表明する。
街では俄かに『巨大な火竜』が討伐されるのではないかという観測が高まった。
演説を終えたジルは『精霊の工廠』まで足を運び、錬金術師達に紹介される。
「『金色の鷹』のSクラス重装騎士ジル・アーウィンだ。みんなよろしく」
またもやロランが美人を連れて来て、アイナは目眩がした。
(凄い美人。うぅ、勝てないよぉ)
「さて、ジル。早速、『巨大な火竜』討伐といきたいところだけれど……、実はまだ武器が完成していないんだ」
ロランは申し訳なさそうに言った。
「おや、そうなのですか?」
「うん。だからまずは『巨大な火竜』討伐用の武器を決めなければならない」
「では、まず装備の選定と調整ですね。ロランさんの鑑定で……」
2人は部屋を移して鑑定作業に入った。
【ジル・アーウィンのステータス】
腕力:105-110
耐久:115-120
俊敏:100-105
体力:195-200
「うん。よくステータスを維持してる。ちゃんと僕の言い渡した訓練メニューをこなしていたようだね」
「はい。ロランさんに再会した時、恥ずかしくないステータスでいられるように……」
「よし。それじゃあ、続いて装備の適応率を見ていこうか」
「はい」
ジルは『青鎧』や『火槍』を一つ一つ装備していって、それぞれの適応率をロランに鑑定してもらう。
(あ、ヤダ。どうしよう)
ジルは久しぶりにロランに鑑定されて、胸が高鳴るのを感じた。
ロランの瞳に見つめられるだけで、今まで彼から与えられてきた痛み、苦しみ、そして悦びが思い出されてきて体が熱を帯びてくる。
(私ったら……、まだ鍛錬も言い渡されていないっていうのに。でも……)
ここ数ヶ月、ジルはロランから手紙で送られてくる訓練メニューだけを心の糧に生きてきた。
ロランにしごかれていると思いながら訓練をこなすことで自らを慰めていたのだが……。
(やっぱり本人が近くにいるのといないのとでは大違いだな)
こうしてロランに見つめられているだけでも、悪戯されてるような気分になってしまう。
ロランに叱られる感覚を思い出して、背中にゾクゾクと悪寒が走り抜ける。
(ロランさん。今度は一体どんな過酷な鍛錬を……。ああ、早く私をいじめて下さいロランさん)
「ジル……、ジル?」
「ふぁ、ひゃいっ!? な、なんでしょう」
ジルはロランに呼びかけられて、ハッとした。
「鑑定、終わったよ。僕はこれから鑑定結果を下に錬金術師と打ち合わせするから。もう休んでていいよ」
「は、はい。あの、それで私はどのような鍛錬を……」
「いや、だから今日はもう休んでいいよ。船旅疲れただろう? 部屋を用意してるからゆっくり寛いできて」
「……はい」
(もう。ロランさんったら。またそんな風に焦らして……。でも好き)
ロランはその後、『精霊同盟』の会議に出席した。
いつものメンバーに加えて、『黒壁の騎士』サイモン、『紅砂の奏者』レイ、『城砦の射手』ロベルトも加わっていた。
議題は目下、地元と外部の利害調整、そして『巨大な火竜』の討伐だった。
すでに外部3ギルドはロランに対して希望する鉱石の調達量を答えていた。
3ギルドの代表者達は自分達の希望がどこまで通るのか固唾を呑んでロランが話し始めるのを待っていた。
ロランはそんな彼らに対してニッコリと微笑みながら話し始める。
「さて、『精霊同盟』内での鉱石の割り当てだが、外部ギルドの皆さんはどうか安心して欲しい。こちらの要求する仕事さえ満たしてくれれば皆さんの希望を全面的に受け入れるつもりだ。どうか安心して探索に参加して欲しい」
外部ギルドの代表者達はそれぞれホッとした。
彼らは『精霊の工廠』と『竜の熾火』のゴタゴタに巻き込まれて、時間と資金をいたずらに浪費してしまい、どうなることかと気を揉んでいたところだった。
ロランは外部3ギルドの要望に応じて、任せる仕事の範囲を割り振っていく。
「さて、鉱石の割り当てはこれでいいとして、あとは『巨大な火竜』の討伐だ。目標がSクラスモンスターである以上、こちらもSクラス冒険者ジルを中心に作戦を練るのがいいかと思う」
会議の場はなんとも言えない緊張感に包まれた。
Sクラス冒険者とダンジョン探索したことのある者などそうはいない。
誰もが合わせることができるのかどうか不安だった。
「ま、当然だな」
レオンが代表するように口火を切った。
「それで? 俺達はどういう風にジル・アーウィンに合わせればいい? 当然、Sクラスとなりゃあ合わせるのも一筋縄ではいかないんだろう?」
「うん。まず、ジルは体力が規格外に高い。一日中走り回っていてもほとんど疲れないくらいだ。彼女の体力を持て余さないためにも、最低でも俊敏40の速度で行軍する必要がある」
「俊敏40……。それはえげつないな」
通常、ダンジョンを行軍する速度は俊敏20ほどだと言われている。
それが疲れを翌日に持ち越さない行軍速度なのだ。
しかし、ジルと一緒にダンジョンを探索する際には通常の2倍以上の速さで行軍しなければならない。
「そしてもう一つ重要な要素として、ジルはなるべくダメージを受けた方がやる気が出るタイプだ」
「なるほど。ダメージを受けた方がやる気が出るタイプか。そうなると……ん?」
レオンは自分の発している言葉に違和感を覚えて思わず一瞬考え込んでしまう。
「……すまないロラン。もう一度言ってくれ。ジル・アーウィンにやる気を出してもらうにはどうすればいいって?」
「ああ、すまない。分かりにくかったね。ジルはなるべく攻撃を受けた方がやる気が出るタイプなんだ。それも踏まえてなるべく彼女に負担がいくよう戦闘を組み立てる必要がある」
「そ、そうか。なるほど。なるべくジルに負担がいくように……」
「それで具体的な方法だけれど……」
レオンはロランの説明を聞いたものの、まだ頭が理解に追いついていなかった。
(ダメだ。何度頭の中で繰り返しても理解できねぇ。みんな今の説明で理解できたのか? 会議普通に進んでるけど……。 理解できていない俺がおかしいのか?)
レオンが心配せずとも、誰もがロランの言っていることが理解できていなかった。
ただ、誰もが「分かっていないのは自分だけか?」と思っていたので、それがバレないよう話を合わせて会議は進んでいくのであった。