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第146話 クーデター

 メデスは通報を受けて駆け付けた警官に連行されようとしていた。


「オラッ。抵抗すんな」


「神妙にお縄につけや」


「離せ! ワシは『怒礼威苦(ドレイク)』の(ヘッド)じゃぞ」


「『怒礼威苦(ドレイク)』? 何言ってんだこいつ」


「昔のことを語ってんだろ。ったく、これだから老ぼれは」


「尋問すれば余罪がわんさか出てきそうだな」


 帰り道の途中で現場を通りかかったウェインは、ポカンとしながらメデスがしょっ引かれる様を見ていた。


(あれはメデス? 何してんだよあいつ。なんで警察に取り押さえられて……)


 ウェインが呆然としていると、すでに集まっていた野次馬の話し声が聞こえてくる。


「何があったんです?」


「酔っ払いが『黒壁の騎士』の宿舎を襲撃したみたいですよ」


「まあ、物騒ねぇ」


(『黒壁の騎士』に襲撃だと? まさか契約解消された腹いせに冒険者ギルドを殴り込みをかけたってのか?)




 翌日、『精霊の工廠』の休憩室ではこの話題で持ちきりだった。


「メデスが逮捕されたそうだよ」


 パトが言った。


「ウェインは現場を通りかかったんでしょ?」


 アイナが話を振った。


「ああ。通行人の話によると、酔っ払ったメデスが『黒壁の騎士』の宿舎窓に石を投げ込んだそうだぜ」


「酔っ払っての犯行かよ。いくら契約をキャンセルされたからって……」


「『精霊の工廠(僕達)』じゃなく、冒険者ギルドを襲撃したというのが、またなんとも……」


 パトは悩ましげに額を押さえた。


「逮捕されている時、あいつ自分は『怒礼威苦(ドレイク)』の(ヘッド)とか言ってたぜ」


「『怒礼威苦(ドレイク)』?」


「その名前じいちゃんから聞いたことがある」


 年長のロディが言った。


「確か20年以上も前、この島で幅を利かせてた詐欺師集団だ」


「その詐欺師集団の元締めがメデスだったってこと?」


 リゼッタは顔を顰めた。


「『竜の熾火』にいた頃から時折ヤクザっぽいところがあったけど……。あの人本当に半グレだったの?」


「何にしても……」


 パトは窓の外に見える『竜の熾火』に目をやった。


「これから大変だろうな、『竜の熾火』は……」




 メデスが『黒壁の騎士』を襲撃したというニュースは、その日のうちに島中を駆け巡った。


『黒壁の騎士』隊長のサイモンはブチギレた。


「契約解除の報復に襲撃だと? 前代未聞だぞこんなこと。隊員の身に危害が及ぶこの暴挙を黙って見過ごすわけにはいかん! 我々『黒壁の騎士』はこの一件について『竜の熾火』に強く抗議するつもりです」


 サイモンは広場でそう大々的に表明した。


 この事件を聞きつけた『竜の熾火』職員や外部冒険者ギルドの動揺は計り知れなかった。


 説明を求める苦情が相次ぎカルテットは対応に追われた。


「あー、もう、こんなんじゃ仕事にならないよ」


 シャルルがため息を吐きながらカルテット用の作業室に入ってくる。


 彼は今しがたまで顧客対応に追われていて、やっと解放されたところだった。


「ったく。何やってんだようちのギルド長は。ただでさえ、『黒壁の騎士』に離反されて大変なこんな時に」


 ラウルも流石に愚痴を言わずにはいられなかった。


 そうこうしているうちに新たなクレームが舞い込んでくる。


「ダメだな。こりゃ今日1日の生産は先延ばしだ」


「ラウル、シャルル。ちょっといいか?」


 エドガーが2人を手招きした。


 ラウルとシャルルは不思議に思いながらもエドガーの話を聞く。




「何!? クーデターだと?」


 ラウルは耳を疑った。


「お前、正気か? ギルドが大変なこんな時に……」


「こんな時だからだよ」


 エドガーはいつになく真剣な顔つきで言った。


「ここ最近の業績の悪化は全てメデスの責任だ。なのにあの野郎、問題は悉く俺達のせいにしてきたんだぜ。自分は足を引っ張るしか能がねーくせによぉ。こんなこといつまで許しておくつもりだ?」


「……」


「これ以上、あいつに任せてちゃこのギルドは立ち行かねぇ。ここは全員で一致団結してあいつを引きずり下ろそうぜ」




 程なくしてメデスは釈放された。


 しかし、工房(アトリエ)に出勤した彼を待っていたのは、カルテットから連名で突き付けられた非難声明だった。


「この(たび)のギルド長の乱心、目に余る。錬金術ギルドの長が冒険者を襲撃するような輩では顧客に対して示しがつかない。我々カルテットはメデスに対して1週間以内のギルド長辞任を要求する。それができないようであれば、我々カルテット及びその下につく錬金術師一同は職務命令に一切従わないし、現在進行している全ての作業を停止する」


 そうしてエドガーは、カルテットや職員達を扇動する一方でメデスとも交渉の席をもった。


 ラウルとシャルルが作業に戻ったタイミングを見計らって、ギルド長室をこっそり訪れる。


「いやー。大変なことになりましたね。ギルド長」


「何が大変なことだ。お前もクーデター組の一員のくせに」


 何食わぬ顔で接触してきたエドガーに、メデスは呆れたように言った。


 しかし、どうにもエドガーに対しては怒る気になれない。


 エドガーには相手の毒気を抜き、懐に入りこんでくる、妙な人懐っこさがあった。


「違うんすよ。俺はあいつらに担ぎ上げられたんすよ。『ギルド長に物申せるのはお前しかいねぇ。お前が先頭に立って抗議してくれ』とか何とか言って詰め寄られて。それでも俺は止めたんすよあいつらのこと。今はギルド全員で一丸となる時だって。こんな内紛を起こしてる場合じゃないって。するとあいつらこう言ってきたんですよ。『もしお前が動かねぇなら俺達はギルドを辞める』。そう言われるとこっちとしてもやるしかないじゃないっすか。ギルドから人材を流出させるわけにはいきませんし」


「どうだか。怪しいものだな」


「で、どうなるんすか裁判は。まさかムショにぶち込まれたりしないでしょうね?」


「アホか。酔ってガラスを割っただけだぞ? せいぜい器物破損の罪に問われるくらいだ」


(暴行罪や傷害罪、脅迫の罪にも問われそうだけどな)


 エドガーは心の中で突っ込んだ。


「どれだけ重くともせいぜい罰金を支払う程度で済むだろう。しかし、いずれにしても裁判においては無罪を主張するつもりだ」


(いや、無罪はねーだろ流石に。証拠(ネタ)は上がってんだからよ)


「で、ギルドのことはどうするんです? クレームがいっぱい来てるし、この通り職員は反旗を翻そうとしていますよ」


「うむ、どうしたものか。このままでは本当にギルド長の地位を追われてしまいかねん。造反者を粛正しようにもあまりにも多過ぎるし。何とか批判をかわさなければ……」


「ギルド長。俺にいい案があります」


「言ってみろ」


「一時的に俺をギルド長にして下さい」


「何? お前を?」


 メデスは猜疑心に目を細める。


「おっと。勘違いしないで下さいよ。本当にギルド長になるつもりはありません。あくまで一時的な措置です。ほとぼりが冷めればすぐにギルド長に復帰してもらいますよ」


「……」


「流石にこのままお咎め無しってのは不味いでしょう? 内外に向けて納得のいく処置が必要です。批判をかわすためにも一歩引いて、ゆくゆくはギルド長に返り咲けるよう手配しますぜ。その代わり、上手く事が運べた暁には俺をカルテットのトップに据えて下さい」


「……」


「批判は全て俺が引き受けます。お願いです。ギルドのためにも、俺にギルド長の弾除け役を任せて下さいませんか」


 メデスは考えた。


 職員からの批判などどうでもいい。


 どうせいつも通りのらりくらりとかわしていれば、そのうち鎮まるはずだ。


 それよりもメデスの頭を悩ませていたのは彼の保有している裏資金のことだった。


 反社時代に稼いだ金が『竜の熾火』の資産の中に混じっている。


 今、あの裏資金について捜査当局に目をつけられるのはまずい。


 どうも当局はメデスの過去を嗅ぎつけているらしいのだ。


 尋問中、何度も『怒礼威苦ドレイク』について探りを入れられた。


 一体なぜ当局が今になってメデスの『怒礼威苦ドレイク』時代について知り得たのか。


 それは分からない。


 だが、とにかく今はどうにか裏資金を隠し通さなければ。


 しかし、こうして批判にさらされている中、おおっぴらに資金を移すのはやりずらい。


 どうにか隠れ蓑を設け、時間を稼がなければ。


 結局、メデスはエドガーの案に乗ることにした。


 その日のうちに、メデスの辞任が発表された。


 後任にはエドガーが指名される。


 なお、メデスは今後とも社内に重役として留まることになる。


 この知らせにウェインとリゼッタはブチギレた。


「エドガーがギルド長だぁ? ふざけんなよ。なんでよりによってあいつがギルド長になってんだよ」


「しかもメデスは引き続き重役のポジションに留まるですって? 元反社の、現在も暴力団紛いのことをして刑事裁判を控えている容疑者を重役に据えるとか……どんだけ体質腐ってんのよ、あのギルドは!」


「あいつらだけは何があってもゼッテー引きずり下ろすぞ!」

 ウェインとリゼッタはいつにない連帯感で運動するのであった。




 翌日、メデスは昨日よりは幾分穏やかな気持ちで工房(アトリエ)に出勤しようとしていた。


(ふー。変な言いがかりでしょっ引かれた時はどうなるかと思ったが、今の地位はどうにか保てそうでよかったわい。それもこれも常日頃からの行いが……)


 しかし、玄関を出たところで、警察に出会(でくわ)す。


「失礼。メデスさんですね?」


「署まで来ていただきます」


 二人の警官はあっという間にメデスの両側を固めた。


「うおっ!? な、何だお前達は。一体何の根拠があって人様の身柄を拘束しようなどと……」


「あなたに装備のステータス粉飾や不正会計など重大なギルド倫理規定違反の容疑がかけられています」


「『竜の熾火』ギルド長、エドガー・ローグからの告発です」


「なんじゃと!?」


(エドガーがワシを告発……。くっ。おのれ。エドガー。ワシを()めおったなぁー)




 その頃、エドガーはギルド長の椅子に座りながらほくそ笑んでいた。


「くくく。今頃、あのジジイは捕まってる頃か」


(ギルド長に就任しさえすれば、あんたはもう用済みだぜ。あばよメデス。ブタ箱で臭い飯でも食ってな)


「君、この件を大々的に発表しといて。あとメデスはギルドから除名しておくように」


「は、はい」


 エドガーに命じられて、傍らの秘書はバタバタと文書の作成に取り掛かる。


 ラウルはその様子を苦々しげに見る。


 彼も遅まきながらエドガーに利用されたことに気づき始めたのだ。


(いいのか? このままエドガーにいいようにギルドを動かされて。これで本当にいいのかよ)


 こうしてメデスが過去に行っていた装備のステータス粉飾や資産隠し、不正会計などの悪事は公にされるとともに、『竜の熾火』から除籍されることが発表された。


 しかし、この発表に外部冒険者ギルド『紅砂の奏者』はブチギレた。


「装備のステータス粉飾をしていただと!? ふざけるなぁ!」


 その日のうちに『紅砂の奏者』は怒りの契約解除及び『精霊同盟』加入を発表する。


 どんな組織でも人間が運営するものである以上、不祥事の種の一つや二つは抱えているものだ。


 それが表沙汰にならないよう、内々で処理し、あらかじめ芽を摘んでおけるかどうかが経営層の器量というものだが……。


(まさか組織のトップ自ら暴露してしまうとはね)


 パトは元『竜の熾火』職員として頭の痛い思いだった。


(どれだけ外野が騒いでも、内部が認めさえしなければ、どこまでいっても疑惑の域を超えなかったのに……。トップが認めた以上もう終わりだ)




 外部3ギルドのうち1つだけ取り残された『城砦の射手』は揺れていた。


『城砦の射手』単独では『精霊同盟』に勝ち目がない。


 かと言って、高額なキャンセル料は払いたくない。


『城砦の射手』内部はこの問題を巡って揉めに揉め議論百出したが、新たにやってきた船から『金色の鷹』Sクラス重装騎士ジル・アーウィンが港へ降り立ったとの報を受け、論争は終わった。


 同日中に『城砦の射手』は『精霊同盟』に加入する。

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文庫第6巻が3月25日(金)に発売です!
ふーろさんが丹精込めてイラスト描いてくださりました。
可愛いピンクのツインテールが目印です。
よければチェックしてあげてください。
i632441
― 新着の感想 ―
[一言] 『怒礼威苦ドレイク』:どこかの暴走族かな? そして竜の熾火はあっさりと自滅か。
[一言] いよいよジルきた〜
[気になる点] メデスは元詐欺集団の頭だったのにアッサリとエドガーに嵌められたのか...ってか詐欺集団の頭なら相応な切れ者でないと務まらないと思うけど明らかにポンコツ過ぎるから実際は下っ端だな。 城砦…
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