第143話 契約の解釈
『黒壁の騎士』を降伏させたロランは、本隊の指揮をレオンに任せて、自身も一隊を率い、『黒壁の騎士』と共に下山した。
『黒壁の騎士』が街へと帰還すると、早速、島の住民達が寄り集まってきた。
人集りができる。
「『黒壁の騎士』だ」
「ロランも一緒にいるぞ」
「『紅砂の奏者』や『城砦の射手』と違って、そこまで消耗が激しくないな」
すでに住民達は、先にボロボロになって帰ってきた『紅砂の奏者』や『城砦の射手』の姿を目撃しており、彼らが『精霊同盟』にやられたことを突き止めていた。
そのため、ほぼ無傷で帰ってきた『黒壁の騎士』にダンジョン内で何があったのか、より一層興味が掻き立てられた。
我慢できなくなった住民達はサイモンの方に駆け寄ってきて質問攻めにした。
「ダンジョンで何があったんです? 『精霊同盟』との競争はどうなったのですか?」
「まさか『精霊同盟』を倒して、鉱石を持って帰ってきたのですか?」
「皆さん、どうぞ落ち着いて」
サイモンは観衆をなだめるように言った。
「我々はダンジョン内でロラン殿と交渉した結果、『精霊同盟』に加入することに決めました」
観衆はより一層騒ついた。
「我々にとって大切なのは地元ギルドといかに協力するかですからな。つきましては我々『黒壁の騎士』は『竜の熾火』との契約を解消し、『精霊の工廠』と装備にまつわる契約を結ぶつもりです」
ワッと住民の間から歓声が上がった。
「ロランさん!」
パンフレットを手に持ったアイナがロランの方にやってくる。
「アイナ。来ていたのか」
「はい。帰ってくるギルドに営業をかけようと思って」
「なるほど。それじゃあもしかして他の2ギルドにも?」
「はい。再度営業をかけてパンフレットをお渡ししておきました。成約には至りませんでしたが、かなり迷っておられるようでした。『黒壁の騎士』様は?」
「聞いての通りだよ。『黒壁の騎士』とは話がついた。これから彼ら向けにも装備を作る必要がある。工房のみんなにも一仕事してもらうよ」
「はい!」
サイモンは内心では安堵のため息をついていた。
(ふぅ。ダンジョンで『精霊同盟』に包囲された時はどうなるかと思ったが、どうにか住民に対して面目を保つことができたわい)
街へと帰還したサイモン達はその足ですぐに『竜の熾火』へと向かい、契約キャンセルの手続きを行おうとした。
が、そうは問屋が卸さなかった。
「ダメです」
「は?」
「契約解消なんてさせませんよ」
「いや、させませんよと言われても……」
「契約書にも記載されています。契約を解消するに値する相当な事由がなければ、どちらかが一方的に契約を解消することはできない」
『竜の熾火』の営業はサイモンに契約書を突き付けながら言った。
「キャンセル料を支払うと言っているのだが……」
「ダメです。支払わせません」
『竜の熾火』営業は再び契約書を示した。
「契約書には、あなた方が債務履行不可能になった場合、キャンセル料をいただくと書いてあるだけです。我々があなた方からの一方的な契約解消の要求に応じる義務はありません」
「……」
「あなた方はダンジョン探索できなくなったわけではないのでしょう? でしたら次の探索でも、その次の探索でも我々の装備を買っていただきます。あなた方が『精霊の工廠』とどのような約束を取り交わしていようと我々には関係ありません。あっちの商品の方が良さそうで目移りしたからといって、そんな理由で一方的にキャンセルするなど認めませんよ!」
「あの契約ヤクザ供め!」
宿舎に戻ったサイモンは、苛立ち紛れに悪態をついた。
「自分達は新たな価格やら装備やらをやたら押し付けてくるくせに、こちらからの要望には契約書を盾にしてキャンセルもできないとは」
「しかし、困りましたね」
リズが言った。
「ロランにはすでに『竜の熾火』との契約は解消すると伝えています。これでキャンセルできないとなると……」
「冗談じゃないぞ。ただでさえ、地元ギルドの協力がなくて困っているのに、『白狼』と『精霊同盟』に狙われるとあってはおちおちダンジョン探索もできんわ」
「では、こういうのはどうでしょう」
アーチーが発言した。
「『竜の熾火』の連中に無理難題をふっかけてみては?」
「無理難題?」
「ええ。そうです。契約書では、『竜の熾火』は3回分装備の整備を請け負い、『黒壁の騎士』はその分報酬を支払わねばならない、と記載されていますが、装備の具体的なステータスまでは明記されていません。おそらく後で自分達に都合のいい装備を押し付けるための処置でしょう。彼らに対して到底作れないようなステータスの装備を要求するのです。それで作れなければ……」
「契約解消の大義名分になるというわけね」
「なるほど。よし。それでいこう」
サイモンは早速、『竜の熾火』に出向いて担当営業にふっかけた。
「ダンジョンを攻略するにあたって新しい装備が必要になってな。このステータスの装備を作ってもらいたい」
「はぁ。新しい装備ですか。……えっ? な、なんですかこれは?」
『竜の熾火』の営業はその出鱈目な内容に仰天する。
「それだけのステータスのものでないと『精霊同盟』には太刀打ちできないんだよ。お主らも聞いておるだろ。『紅砂の奏者』と『城砦の射手』が『精霊同盟』になす術もなくやられたのを」
「しかし、だからといってこのステータスは……御無体ですよ。ねぇ、サイモンさん、ここはカルテットの既存の装備で妥協しましょうよ。それでいいでしょう?」
「そうはいかん。ワシらも命がかかっておるのでな。それに『精霊の工廠』の方ではこのステータスの装備を作れると言っておるぞ」
「……」
「期日までにこちらの望む品質のものが作れなければ解約するに値する相当事由とみなして差し支えないだろう。もし作れないというのなら、キャンセルしていただきたい」
営業は困り果てて、メデスの下に帰り事情を説明した。
「なら、作れ」
メデスはこともなげに言った。
「えっ?」
「客が作れと言ってるのだろう? なら作ればいい。何を躊躇っている?」
「いや、しかしですね。物凄いステータスですよ。この納期でこれだけのもの、作れるのですか?」
「エドガー。どうなんだ? 作れるよな?」
メデスは傍らのエドガーに話を振った。
エドガーは要件書をしげしげと見る。
「ふぅむ。確かにこのステータスは少々骨が折れますが……。まあ、ウチの力ならなんとかなるんじゃないっすかね」
「だそうだ。この内容で製造部に回せ」
(大丈夫なのか?)
営業は恐る恐るラウルに回す。
ラウルはその発注書を見て仰天した。
「なんだよ。これ。お前らこの内容で契約取ってきたのか?」
「はあ。その、ギルド長がこの内容で問題ないとおっしゃっていまして」
「マジかよ」
ラウルは再度発注書を凝視する。
しかし、何度見てもそれは無茶な要求だった。
「いや、いくらなんでもこのステータスは流石に……、無理だ。俺は降ろさせてもらう」
仕方なく営業はエドガーにその依頼を持っていく。
エドガーはその案件が自分に回ってきたのを見て、眉を顰めた。
「ラウルはどうしたんだよ。こういう1番ステータスの高い仕事はあいつがやるって決まってんだろ」
「ラウル様は自分には無理だとおっしゃられて……」
「ふーん。そっか……。あ、悪い。ちょっと腹痛くなってきたわ。他の奴に頼んで」
エドガーはそう言って、そそくさとその場を離れていった。
シャルルも固辞する。
結局、その案件は新人のカルテット、ティムに割り振られた。
ティムは葛藤した。
(まだカルテットなりたてできた初めての仕事。これを断れば間違いなく評価が下がってしまう)
ティムは断り切れず受諾したが、その後部下に押し付けることにした。
その部下も別の部下に押し付けた。
さらにその部下も別の人間に押し付けた。
『竜の熾火』の責任を押し付ける社風は組織の隅々にまで行き渡っていた。
結局、その案件はたらい回しにされ、案件の難しさも分からなければ品質の査定方法も知らないようなペーペーの新人に任せられることになる。
そうして納期が訪れた。
出来上がった装備が『黒壁の騎士』に納品される。
サイモンは出来上がった品を見て青ざめる。
(おいおい。まさか本当にあのステータスの装備を作ってくるとは。一体どうするんだよこれ)
「では、約束の装備はこれで納品したということで。2回目の契約も完了したと。そういうことでよろしいですね?」
『竜の熾火』の営業は急かすように言った。
「えっ? いや、その……、だなぁ」
サイモンが困り果てていると、リズが前に進み出て、納品された剣の一つに短剣を突き立てた。
その大剣はあっさりと砕けてしまう。
営業担当者は真っ青になった。
「これはどういうことかしら? 『竜の熾火』さん?」
「いや、これはその……」
「何だこれは。どういうことだ? たかが短剣の一突きでこのステータスの装備が壊れるはずが……」
「まさか、ステータスを偽って納品したのか?」
サイモンとアーチーもここぞとばかりに騒ぎ立てる。
リズは営業担当者の前にズイと進み出た。
「あなた達は期日までにこちらの要求する品質の成果物を収めることができなかった。それに加えてステータスを偽って納品しようとした。あってはならないことだわ。この不誠実な対応、これはもう契約をキャンセルするに値する相当な事由になるのではなくて?」
こうして『黒壁の騎士』は無事『竜の熾火』との契約をキャンセルし、大手を振って『精霊の工廠』新工房の門をくぐるのであった。
『精霊の工廠』は『黒壁の騎士』からの依頼を正式に引き受けた。