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追放されたS級鑑定士は最強のギルドを創る  作者: 瀬戸夏樹
第一章、冒険者の街編
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第14話 特別顧問

 品評会が終わり、『金色の鷹』本部に帰って来たルキウスはすぐさま『精霊の工廠』への対応に向けて行動した。


 側近を集めて対策を練る。


「ディアンナ。ロランがリリアンヌと繋がっていた」


「ええ、まさかあの二人が繋がっているとは」


 ディアンナはまるで今さっき、その事実を知ったかのように意外そうに言った。


「これで全ての謎が解けた。『魔法樹の守人』に『アースクラフト』を供給していたのはロランのギルドだったというわけだ」


「盲点でしたね。そうと知っていれば始めから対策していましたのに」


 ディアンナはしれっと言ってのける。


「奴がわざわざ銀細工の品評会に出たということは……、おそらく銀細工をギルドの主力商品にしようという魂胆だろう。それならば……、今すぐ、銀鉱石と『アースクラフト』を産出する全ての鉱山を押さえろ。我らの保有しているダンジョンの鉱山には、関係者以外誰も近づけるな。市場にある銀鉱石 と『アースクラフト』の原石は金に糸目をつけず買い漁れ。この街の銀を全て我々の管理下に置くんだ!」


「はっ」


「それと各錬金術ギルド及び錬金術製品を取り扱う店や業者に圧力をかけることも忘れるなよ。『精霊の工廠』と取引したギルドとは二度と取引しないと脅しをかけておけ」


「はっ」


 ルキウスが一通り指示を終えると、側近の者達はバタバタと出て行く。


 ルキウスはこのように対策を指示したものの、まだ安心することができなかった。


(『魔法樹の守人』はダンジョンを一つ保有している。そこから産出される鉱石は押さえきれないな。チッ。次のダンジョンが現れた時が勝負か。その時に三つ全てのダンジョンを押さえることが出来たなら、『魔法樹の守人』にも圧力をかけられる)


 ルキウスは品評会の後のエルセン伯の自分への塩対応を思い出した。


 エルセン伯は『精霊の工廠』と付き合いが始まったため、今後のルキウスとの会食は後回しになった。


「いや、すまないね。ルキウス。君との会食はまた今度ということで」


 エルセン伯はいかにも面倒な約束を断るという感じでそう言った。


 この手の『今度』がやって来ることは永遠にないだろう。


(ロランの奴め。俺が狙っていた貴族のお墨付きを掠め取りやがって)


 ルキウスからすれば、自分が地ならししていた事業をすんでのところで横取りされたような気分だった。


(このままで済むと思うなよ)




 品評会以来、『精霊の工廠』のメンバーは忙しさに追われていた。


 品評会のブースは終日、大盛況で、最優秀賞をもらった上、伯爵のお墨付きまでもらったのだから、なおさらである。


 工房には銀細工に関する問い合わせが絶えず来ており、細々とやっていた頃からは想像もつかないほど高額な注文が舞い込んで来ていた。


 そのように忙しい工房ではあったが、ロランはなるべく朝礼を開いて、メンバーが集まれるようにしていた。


 今日も工房ではランジュが朝礼の開始を告げる。


「では朝礼を始めまーす。昨日は品評会お疲れ様でした。いい宣伝になっただけでなく、伯爵様のお墨付きももらえたということで、大量の注文が届いています」


 アーリエとチアルの表情がにわかに色めき立つ。


 二人共自分達の仕事の成果が認められたと分かって嬉しかった。


「そこで、今月は銀細工を50品作る必要があります。」


「50……ですか?」


「50も!?」


 朝礼に出席しているアーリエとチアルは完全に別々の反応をした。


 アーリエは銀細工50個分も銀を精錬しなければならないのかと不安そうな顔になった。


 チアルは50個も銀細工を作れるのかと目を輝かせた。


「ランジュ。今日、チアルが製作する分の銀はもう『森の工房』に届けているかい?」


 ロランが聞いた。


「はい。すでに本日製作する分の銀Aについては『森の工房』に配送済みです」


「だ、大丈夫なんでしょうか。50個も銀細工を製作するなんて」


 アーリエは銀の他に『アースクラフト』も150個精錬しなければならない。


「大丈夫だよ。アーリエ。君ならできる」


 ロランはアーリエの頭に手をポンと置いて安心させた。


「は、はい。頑張ります」


 彼女は顔をちょっと赤くしながら言った。


 チアルはその様をじっと見つめる。


「ん? ちょっと待ってランジュ。直接受注の分だけじゃなくて、今度新しく店舗用に作る分もあるんじゃない?」


 ロラン達は近日中に銀細工の店舗を開く予定だった。


 エルセン伯の許可をもらった今、面倒な許可を申請する必要もなく錬金術製品の店を開くことができる。


「ああ、そうですね。なのでもうちょっと必要かもしれないです」


「ダメだよ。ちゃんとその分も含めて生産計画立てなきゃ。後で困るのは生産する人の方なんだから」


「えっ? でもまだどのくらい必要になるか分からないし……」


「店舗に並ぶ分くらいは分かるだろ。他の店を参考にすればさ」


「あ、そっか」


「しょうがない。後で打ち合わせしよう」


「わ、分かりました。時間を空けときます」


 ランジュは慌ててメモ帳を取り出して、スケジュールを調整した。


 彼はその見た目に反して真面目でマメな性格をしていた。


「えーっと、それじゃ今日の予定ですが、アーリエさんにはアースクラフトを20個と銀を5個精錬してもらいます。チアルさんにはゴブレット、大皿、指輪、首飾りとブローチを一個ずつ製作に取りかかってもらいます。自分はこの後、鉱山に行って来ます。ロランさんも今日は一日中、外で打ち合わせなので、アーリエさんとチアルさんのサポートは出向組の方々でよろしくお願いします」


「「「はい」」」


 ゼンスのギルドから出向いて来た者達が返事をした。


「じゃあ、とりあえず今日の朝礼はこれで終わりだね。それじゃ各員配置についてください」


「「はい」」


(あ、あれ? ロランさん。私は? 私には頭ナデナデ無いんですか?)


 自分もアーリエと同じように頭を撫でてもらえると思って準備していたチアルは残念そうにした。


 そして後悔した。


 自分もアーリエのように弱音を吐いておけばよかったかな、と思って。


「チアルさん。アーリエさん」


 ランジュに声をかけられてチアルは我に帰った。


「今後の生産計画なんですけれど……」


 ランジュはその場で二人を相手に打ち合わせを始める。


 チアルは昨日のうちに書いておいた設計図を広げて、どのくらい銀が必要になるか説明する。


 ランジュは銀をいつまでにどれだけ運ぶか段取りを組む。


 アーリエはそれを見て精錬の計画を立てている。


 3人はいかにも阿吽の呼吸という感じで打ち合わせを済ませて行く。


 ロランは和気藹々と一生懸命働き成長していくメンバーを見て、幸せな気分だった。


 やがてはこんな風にしていられる余裕もなくなるだろう。


 そのことはロランが一番分かっていた。


 けれども、今はまだこのひとときの幸せに浸っていたかった。




 朝礼を終えた後、ロランはそのままランジュと一緒にダンジョンへの道すがら、注文を受けている銀細工の店に寄って、棚にどのくらいの商品が載るか見て回った。


「ほら。棚に載る商品の数は決まってるだろ? それをヒントに今月どのくらい注文が来るか予測するんだ」


「な、なるほど」


 ランジュはいそいそとメモを取った。


「ダンジョンからの帰りも店舗に寄ってごらん。どのくらい売れてるか調べればさらに正確な予測が立つよ」


「は、はい」


 ランジュはまたいそいそとメモした。


 ロランはランジュがあくせくしているのを微笑ましげに見つめながら申し訳ない気分だった。


(悪いなランジュ。負担かけすぎて。でもこのくらいしてもらわないと、今後もっと忙しくなるからな)




「それはそうと、良いんですか? 他の店の注文を断っちゃって」


 店を出たところでランジュが聞いて来た。


「ああ」


『精霊の工廠』には個人からの直接受注だけでなく、小売店からも商品を売らせて欲しいという要望が届くようになっていた。


 しかしロランは、今の所、それら一切を断るようにしていた。


「やっぱり『金色の鷹』関連ですか?」


 ランジュが問い詰めるように言った。


 ロランは苦笑いした。


(全く。勘のいいやつだな)


「話してください。工房を管理する立場として俺も知っておきたいんです。決して他言したりはしませんから」


「君に隠し事はできないな」


 ロランは溜息を吐きながら話し始めた。


「ルキウスがこのまま終わるとは思えない。おそらく今後、何らかの形で僕らを潰すために圧力をかけて来ると思う」


「やっぱり……」


「相手がどう来るか分からない以上、下手に生産量を伸ばすのは危険だ。今月はリリアンヌさんのおかげで『アースクラフト』と銀の原石を調達することができているけれど、来月も『魔法樹の守人』がダンジョンをとって、銀鉱石や『アースクラフト』を調達出来るとは限らないしね」


「だから念のため生産量を絞って、何かあっても対応しやすい体制を整えておく、ってことですか」


 ランジュも原石の調達が難しくなって来ているのはひしひしと感じていた。


 以前は買いたいと言えば喜んで原石を売ってくれていた業者が、取引に二の足を踏むようになっていた。


 今や、『精霊の工廠』の原料調達先は『魔法樹の守人』が獲得したダンジョンの鉱山に限られつつあった。


「この話。アーリエとチアルには言っちゃダメだよ。あの二人にはなるべく余計な事を考えさせず作業に専念してもらいたい」


「分かりました」


「さ、それじゃ、君は鉱山に行っておいで。まずは今月採れるだけ資源を採っとかないと。頼んだよ」


 ロランはランジュの背中をポンと叩いた。


「はい。行って来ます」




「申し訳ないが、出向させている連中。こっちに返させていただきますよ」


 いつも会う酒場でゼンスはロランにそう言った。


 彼の顔は、以前気安く悩みを打ち明けてくれた時とは打って変わって、冷たく厳しい表情になっていた。


(やっぱりな)


「それはまた急な話ですね。一体どうされたんですか?」


「ルキウスにあなたへと協業していることがバレてしまいましてな。聞きましたよ。ロランさんのギルドは『魔法樹の守人』に『アースクラフト』を供給していたそうですな」


「……」


「困りますよ。そんなことを明るみにされては。こっちだって『金色の鷹』から大口の受注を受けているんだから。彼らから取引を停止されればウチは立ち行かなくなっていきます。私だって雇っている沢山の職員を養っていかなければならないんですから」


 ゼンスは苦々しい顔をしながら言った。


 彼も内心では、窮地で助けてもらったロランへの恩を無下にしたくないという思いと、ルキウスとの繋がりを大事にしなければギルドの経営が傾くという事実の間で、葛藤しているようだった。


「とにかくあなたとの付き合いはこれっきりにさせてもらいます。悪く思わないでください」


「分かりました」


(やはり他の錬金術ギルドは僕たちとの付き合いよりも『金色の鷹』との取引を優先するか。そりゃそうだよな)


 ゼンスとの打ち合わせを終えたロランは次の予定まで時間が空いたので、錬金術師の露店をブラブラと見て回る。


 そこに飾られているのはほとんどが冒険者向けの武器だった。


(他の錬金術ギルドをルキウスから引き離すには、僕らが『金色の鷹』よりもいい条件で発注できれば一番だけれど……、現状、錬金術師の仕事のほとんどは冒険者向けの武器を製作することだ。彼らをこちら側に引き寄せるには『金色の鷹』以外からの武器発注を取り付けなければならない。そのためには、他の冒険者ギルド、例えば『魔法樹の守人』に成長してもらうしかないか)




 その後、ロランはリリアンヌと会った。


 いつも二人が打ち合わせに利用する喫茶店だ。


「品評会での受賞おめでとうございます。結構な宣伝効果になったのでは?」


「大したことありませんよ。リリアンヌさんの方こそ、ダンジョンの経営上手くいっていると聞いていますよ。それなりに儲かっているのではありませんか?」


「そういきたいところですが、やはり『魔法樹の守人』単体ではダンジョン内の全ての資源をさばき切れないのが現状ですね。今回は『金色の鷹』の傘下のギルドから資源採掘の許可料を徴収することができていますが、相手の方がスケールメリットがありますからね。どうしても交渉の場では不利になってしまいます」


「なるほど。一筋縄ではいきませんね」


 二人は少しの間、気まずい沈黙に包まれた。


 リリアンヌは兼ねてからロランに言おうと思っていたことを言った。


「ロランさん。『金色の鷹』はいよいよ私達『魔法樹の守人』にも圧力をかけて来ました」


「はい」


「以前は私達を取るに足りないギルドと考えていたのでしょう。先月まで毎月現れる三つのダンジョンは全て『金色の鷹』が攻略していましたからね。『金色の鷹』と『魔法樹の守人』は表向き競争相手の体をしながらも、持ちつ持たれつで実質同盟関係のようなものでした。しかし、今月は私達がダンジョンを一つ攻略し、そのことがルキウスを刺激してしまったようです」


 リリアンヌはあえて言わなかったが、『金色の鷹』が『魔法樹の守人』に対して強硬になったのはロランが原因でもあった。


『金色の鷹』は『精霊の工廠』との取引を停止しなければ、今後『魔法樹の守人』に鉱石やアイテムの供給および資源採掘の人手の提供を停止する、と暗に脅しをかけてきていた。


「『精霊の工廠』にも既に圧力がかけられています。今まで親しく付き合っていたギルドからも業務提携の解消や取引停止を突きつけられています。原石の調達もやりにくくなって来ました」


「やはり、『精霊の工廠』にも圧力がかけられていましたか」


「これがルキウスのやり方です。あらゆる方向から圧力をかけて精神的に相手を揺さぶってくる。リリアンヌさん」


 ロランはリリアンヌの方を真っ直ぐ見つめた。


 リリアンヌも目をそらさずに見つめ返してくる。


「『魔法樹の守人』はルキウスの圧力に屈するおつもりですか?」


 リリアンヌはふっと柔らかく微笑んでみせた。


「ここで圧力に屈するくらいなら、初めからあなたを仲間に引き込んだりはしませんわ」


 リリアンヌはカップに少しだけ口を付けた後、顔を引き締め、改めてロランの方に向き直る。


「『魔法樹の守人』がルキウスの圧力に屈して、『精霊の工廠』を手放すことはありません。それは私が保証します」


 それを聞いてロランは緊張が解けたように笑みを浮かべた。


「よかった。それを聞いて安心しました。これで僕も後顧の憂いなくルキウスと戦うことができます」


「覚悟は決まった、ということですね」


「ええ。僕はもうルキウスに対して一歩も引き下がることはありません。『魔法樹の守人』が優位に立てるよう全力でバックアップするつもりです」


「分かりました。とはいえ今のままではマズイことは確かです。『精霊の工廠』のバックアップがあるとはいえ、『魔法樹の守人』が来月もダンジョンを獲得できるとは限りません。『魔法樹の守人』と『金色の鷹』では依然として、冒険者の質に差があります」


「ええ、そうですね」


「そこでロランさんにお願いがあります。『魔法樹の守人』の特別顧問を務めていただけませんか?」


「特別顧問?」


「はい。現状、『魔法樹の守人』の保有する主力部隊は一つだけ。常時、三つの主力部隊を持っている『金色の鷹』には到底太刀打ちできません。このように戦力差ができるのはひとえに有望な冒険者がみんな『金色の鷹』に入会してしまうからです」


(確かに。みんなどうせ入るなら街で一番のギルドに入会するよな)


 さらに言うと給与や待遇面でも格差があった。


 同じクラスであっても『金色の鷹』の冒険者は『魔法樹の守人』の冒険者に比べて2倍近い給与が支払われていた。


「入会してくる冒険者の質が劣る以上、私達は育成で差をつけるしかありません。実際、『魔法樹の守人』の冒険者には伸び悩んでいる冒険者が多くいます。ロランさんのやり方で構いません。2、3人選抜して集中的に鍛えてあげてください。今、『魔法樹の守人』には新しいエースが必要です。ロランさんの力で伸び悩んでいる冒険者をAクラスの冒険者にしてあげてください」


「確かに。エースを中心に部隊を編成するのが基本ですからね。新しい部隊を作るには、新たにAクラスの冒険者が必要不可欠……か」


 ロランは腕を組んで考え込む。


「特別顧問の話。僕としては一向に構わないのですが、大丈夫でしょうか。僕は錬金術ギルドの人間ですよ。で冒険者の指導なんてして、『魔法樹の守人』の内部で反発はありませんか?」


「それについては私の方でなんとかします」


 リリアンヌは決然として言った。


 即答だった。


 ロランは彼女から並々ならぬ決意を感じた。


 そして切羽詰まった台所事情も。


 事は一刻を争うようだった。


「……分かりました。僕の力でどこまでやれるかは分かりませんが、やらせていただきます。少しでもリリアンヌさんの力になれるように」




『金色の鷹』の本部建物の奥にある、その部屋には、いつも金属の音が鳴り響き、錆びた鉄の匂いが充満していた。


 地下にあるその部屋には、ロウソクが灯すほんの少しの光が室内の空間を照らしているに過ぎないが、生まれた時から暗い洞窟の中で過ごしてきたドワーフにとっては、このくらいの暗さの方が居心地が良かった。


 この部屋の主であるドワーフ、ドーウィンは『金色の鷹』に在籍している唯一の錬金術師だ。


 銀細工の製作に優れているだけでなく、スキル『金属成型A』を持つ彼は、『金色の鷹』の武具修理・開発、及びその他の雑多な錬金術に関する業務を一手に引き受けている。


 冒険者の防具修理にかかる期間を大幅に縮め、『金色の鷹』に所属する冒険者の稼働率が飛躍的に上昇したのは他ならぬ彼の功績だった。


 ドーウィンは冒険者としても優れており、戦闘もこなし、ダンジョン内での装備修理も請け負うことができて、部隊の継戦能力を上げることにも一役買っていた。


 最も、最近はこうして部屋にこもっていて、破損した武器の修理を割り当てられることがほとんどだったが。


 その日も朝からずっと剣や鎧をトンカチで叩いて修理していたドーウィンは一息つくことにした。


「ふう。最近は武器の破損が増えたな」


 彼は呟くように言った。


(武器の破損が増えてるって事は、それだけ冒険者が身の丈に合わない装備を身につけているって事だ。あるいは身の丈に合わないクエストを受注しているか。きっとルキウスの奴が無茶なノルマを押し付けているんだろうな)


「あー、ヤダヤダ。また僕の仕事が無駄に増えちゃうよ。これだからブラックギルドは……」


「相変わらず薄暗いところで作業しているんだなドーウィン」


 金属の響く音しかしないはずの部屋に、高らかな女性の声が響いた。


 ドーウィンが声の方を振り向くとジルがいた。


 ドーウィンは彼女の方を一瞥すると、すぐにそっぽを向いてまた鎧の修理に取り掛かる。


「何の用だい? こんな所に。君の鎧はちょっとやそっとじゃ壊れたりしないはずだろ。それにただでさえ今をときめく注目の新人冒険者の君だ。冒険にプロモーションにと引っ張りだこなはずじゃないのかい?」


「少し話したいことがあってな」


 ジルは部屋の薄暗さと空調の悪さに顔をしかめながら答えた。


「ランプの設置を要請したらどうだ? 真っ暗じゃないか。これじゃあ手元が狂って仕事にならないだろう?」


「余計な気遣いは無用だよ。街に暮らしているとはいえ、僕はドワーフだ。暗さには慣れてる。手元を狂わせるなんてヘマはしないよ。それに僕は好き好んでこの環境に身を置いているんだ」


「そうか。ならいいが……」


「話って何?」


 ドーウィンはあくまで作業を続けながら言った。


「ロランさんのことだ」


 ドーウィンの金槌が一瞬ピタリと止まって、また動き出す。


「ロランさんは『金色の鷹』を追放されたらしい」


「ああ、知ってるよ」


「そうか。なら話は早いな。お前もロランさんの追放に抗議してくれないか?」


「抗議?」


「そうだ。どうも。今回の追放はおかしい」


「……」


「始めはロランさんが利敵行為をしたと聞いていたが、どうもそれは口実に過ぎないみたいなんだ。ギルド長の態度にも納得がいかないものがある。何か裏があるとしか思えない。そこで私達で抗議して……」


「君も察しが悪いね」


「何?」


「ロランさんは要するに陥れられたんだよ」


「陥れられた?」


「ロランさんがギルドにいた最後の方、彼の担当していた部隊の武器や防具がやたらこっちの修理に回されてきた。ひどい破損の仕方だったよ。きっと新人の冒険者を任されて、ろくなアイテムの支給も受けず、ランクに合わない無理なクエストをさせられていたんだろうよ。それで難癖をつけられて追い出されたんだ」


「そこまで分かっているのならなぜお前は何も抗議しない。お前だってロランさんにはお世話になったはずだろ」


 ドーウィンが街一番の錬金術師になれたのはロランによる指導の賜物だった。


 当時伸び悩んでいた彼にクエストへの参加を促して、当時としては珍しい錬金術師の冒険者として部隊に配属された。


 それを機に彼は冒険者が装備に求めるニーズへの理解を急速に深めていった。


 それから彼の錬金術スキルは飛躍的に向上したのだ。


「無駄だからだよ」


「無駄?」


「ロランさんはルキウスに睨まれている。ルキウスにとって彼は目障りだったんだ」


「目障り?」


「ロランさんはね。やり過ぎたんだよ」


 ドーウィンは諦めのため息をつきながら言った。


「あんな風に育てた人間がことごとく出世していけばそりゃあ上層部の人間からすれば自分を脅かすんじゃないかと警戒もしたくなるよ。ただでさえ、ロランさんは上層部の意向を無視して、ノルマの達成よりも新人の育成を優先していたし。上層部、要するにルキウスからすれば、ロランさんは目障りだったんだよ。追放の理由なんて口実に過ぎない。とにかく追い出せれば何だってよかったんだ」


「そんな……。人材を育成したから追い出されたっていうのか? そんなバカな話があってたまるか。こんなに貢献してきた人を追い出すなんて。他の奴らもだ。なんで誰一人ロランさんのために動かない。今、主力部隊を構成している連中のほとんどは何かしらロランさんの鑑定スキルの恩恵を受けているはずだろ」


「そんなこと言ったってしょうがないよ。ここよりも給料高いところなんてないしみんな自分の収入を犠牲にしてまでロランさんをかばうことなんて出来ない。ロランさんもロランさんだよ。いつまでも平会員のままでいてさ。成果を出せば嫉妬したり、自分の地位が脅かされると考える人が現れるに決まってるじゃん。僕はロランさんに言ったんだよ。今のままじゃ危ないって。おとなしくするか。もしくは対抗手段をとるかした方がいいですよって。世の中、自分より評価されている奴がいるのは許せない、とかいう意味不明な輩が結構いるんだ。でもあの人は聞く耳を持たなかった」


「ロランさんが悪いって言うのか」


 ジルが食ってかかるように言った。


「そうは言わないけど……、まあ最低限の保身くらいは図るべきだったと思うね」


「それでもっ……、なんでロランさんが追放されなきゃならないんだ。あの人は何も悪いことなんてしてないのに!」


「まあ、何にしてももう二人の溝が埋まることはないと思うよ。ロランさんの復帰は諦めた方が無難だよ」


「そんなのおかしいじゃないか。なんでロランさんが追い出されなきゃならないんだ。おかしいだろ!」


(あれ? なんだろう。いまいち話通じないな)


 ジルは少し純粋過ぎるきらいがあった。


 世の中の悪意や矛盾に関して鈍感だった。


(僕の説明分かりにくかったかな? 最大限、理解しやすいよう優しく説明したつもりなんだけど)


「二人で抗議しよう。ギルド長の目が醒めるように」


 ジルは熱っぽく訴えてくる。


 ドーウィンは遠い目でジルを見た。


(ロランさん凄いなー。こんな分からず屋を育成成功させるなんて。まあ僕も大概つむじ曲がりだけどさ)


「とにかく、僕は抗議とかするつもりはないから」


 ドーウィンはそれだけ言うとそっぽを向いて、何も喋らず、剣を研ぎ始める。


 ジルはしばらくの間、ジトッとした目でドーウィンのことを見つめた後、踵を返して部屋の出口へと向かって行く。


「もういい。この恩知らず。お前が動かないなら私一人で何とかしてみせる」


 ジルはそれだけ言うと慌ただしく部屋を出て行った。


 ドーウィンは廊下から響いてくる彼女の足音がだんだん遠くなっていくのを聞きながら、ため息を吐いた。


「僕だってロランさんが誘ってくれたなら、こんなギルドさっさと辞めて、どこへでも付いて行ったよ。でもあの人は僕達に一言も声をかけずどこかへ行ってしまったじゃないか」




 ロランは『魔法樹の守人』のギルド本部に来ていた。


『魔法樹の守人』の本部は街中に生えている巨大な樹木そのものだった。


 巨大な木の幹の根元付近には空洞の扉が付いている。


 無数に生えている、これまた太い枝の上には、鳥の巣箱のような建物が乗っかっている。


 幹の至る場所には穴が空いていて、幹の内部の空洞に設置された階段を登れば、どの建物へも自由に移動することができる。


 木の枝にはあらゆる種類の果実が生えていて、この魔法樹に入れる者達はスタミナを回復する強壮剤、傷を治す薬、ポーションの材料、ステータスを一時的に向上させる薬など、冒険に欠かせないあらゆる薬品系アイテムの材料を手に入れることができた。


『魔法樹の守人』の起源は、はるか昔、木の実を狙い侵攻してきたオークの軍勢から、冒険者達がこの魔法樹を守ろうとしたことにあると言われている。


 今となっては、魔法樹を守るというその役割は形骸化されているものの、それでも彼らは脈々とこの樹木を本拠地にして活動し続けていた。


『魔法樹』の入り口扉付近の幹には『木人』が生えていた。


『木人』は、人間の上半身に近い見た目のモンスターで、『魔法樹』に寄生し、ギルドの門番を務めていた。


 ロランが扉の前に佇んでいる木人に入場許可証を提示すると、扉を覆う蔦が左右に別れて開かれる。


 扉をくぐるとそこにはロビーが広がっていた。


 樹木の外見をした外側と違い、内部は普通の木造りの建物になっている。


 受付に行って、訪問を告げると、すぐにリリアンヌが駆けつけて来た。


「お待ちしていましたわ。ロランさん」


 彼女を見てロビーにいる人間達は騒つく。


 ギルドで唯一のAクラス冒険者をロビーまで迎えに来させるなんて、彼は一体どれだけの大物なんだろう。


 ロランを見つめる人々の視線はそう言いたげだった。


 奇異の目を向けられたロランは、少し居心地悪そうにしながらも、ロビーを抜けて階段を上って行く。


 ギルド長の部屋に案内される。




『魔法樹の守人』のギルド長は既に中年に達しようという髪の薄くなった男だった。


 かつては街でも有数のAクラス冒険者としてその勇名を轟かせていたらしいが、ギルド長となり経営に専念するようになった今では、冒険者の面影はすっかり無くなっていた。


 それどころかむしろオドオドと落ち着かない様子で、常に浮かんでくる額の脂汗を仕切りにハンカチで拭きながら、高級そうな椅子の上にその肥満しきった体を預けている。


「ギルド長、以前お話しした鑑定士のロラン様をお連れしました」


「鑑定士のロランです。よろしくお願いします」


「お、おお。あなたが……」


 ギルド長はぎこちない調子で話しかけてきた。


「『アースクラフト』の件ではお世話になりましたな。ウチのリリアンヌがユニークスキルを開花させたのもあなたのおかげだと聞いています。しかし思った以上にお若い方ですな。まさか鑑定士の身で錬金術ギルドを設立されるとは。さしずめあなたの手腕は……」


 ギルド長は丁重な挨拶をしたものの、いつまでもお世辞を並べ立てて、一向に話を進めたがらなかった。


 見兼ねたリリアンヌは口を挟む。


「ギルド長。彼も忙しい身です。そろそろ、特別顧問の委任状を」


「あ、ああ。もちろんだ。しかし本当に良いのですかね。ただでさえ、ギルドを経営されているというのに、ウチの冒険者の指導までお世話になってしまって」


「ギルド長、約束しましたよね。私の契約を延長する代わりに、彼を特別顧問に任命していただくと。まさかお忘れになったのですか?」


「いや、分かっているよ。ただ、私はロランさんが無理をしているんじゃないかと思って……」


「分かっているのでしたら、早く委任状を」


「う。分かったよ」


 ギルド長はしぶしぶと言った感じで机の引き出しから書類を取り出した。


 ロランはリリアンヌと彼のやり取りを見て、苦笑してしまった。


 彼はすっかり彼女に対してタジタジだった。


 これではどちらが上司なのか分かったものではない。


 ロランはギルド長から委任状を受け取った。


 そこにはギルド『魔法樹の守人』の本部に属する公共施設への立ち入りを許可することと、指導に関する権限のほぼ全てを委ねることが明記されていた。




「上司を説得すると言うのも大変ですね」


 廊下に出て、ギルド長に声が聞こえなくなってからロランは言った。


「ええ、そうなんですよ。悪い人ではないんですが。優柔不断で。もっとしっかりして欲しいですわ」


 リリアンヌは憂鬱そうに目を瞑り、顔に手を当てて、頭痛を抑えるような仕草をした。


 よく見ると目の下にはうっすら隈がある。


 どうやら少し寝不足気味のようだった。


 いつも精力的な面が目立つ女性なだけにロランは少し心配になった。


「さ、ここが演習室です。既にギルドの会員達が集まっていますよ」


 リリアンヌが大きな扉を指し示して言った。


 その頃には、彼女は先ほどの疲れた表情を振り払って、いつもの陽気さを取り戻していた。


 大きな扉をくぐると、そこには廊下や他の部屋よりも頑丈な壁と床でできた部屋があった。


 戦闘訓練にも耐えうる設計がされているのだと分かる。


 リリアンヌの言う通り、そこには冒険者達が30人ほど集まっていた。


 ロランが入ってくると、みんな一斉に注目してくる。


 そこにいる会員達の装備や職業はまちまちで、戦士から魔導師、治癒師、シーフなど様々だったが、共通しているのはその装備がCクラス以下のものばかりだということだった。


 リリアンヌの言う通り彼らは伸び悩んでいるようだった。


 早速、ロランは一番近くにいる、金髪のおかっぱ頭をした少女のスキルを鑑定してみる。


 彼女は鎧と剣を装備した戦士ウォーリアーの姿をしていた。


 長剣C→C

 短剣D→D

 盾防御D→C


 現状、戦士ウォーリアーとしての能力は並み以下、才能限界に達してもせいぜい平均レベルといったところだろう。


 ロランは別のスキルも鑑定してみる。


 弓射撃E→A

 抜き足(サイレントラン)D→A

 鷹の目(ホークアイ)C→S

 装備奪取(スティール)D→A

 一撃必殺E→A


(なるほどな。こりゃ酷い)


 彼女は弓使い(アーチャー)向きのスキルが揃っているにもかかわらず、弓矢などは一切装備していなかった。


「皆さん。こちらが本日より『魔法樹の守人』の特別顧問となっていただくロランさんです。みなさんを冒険者として成長させるべく手ほどきしてくださるので、ビシバシ指導してもらってくださいね」


 リリアンヌが紹介するとみんな緊張の面持ちでロランの方を見る。


「よし。それじゃあ、始めるよ。まずは戦士ウォーリアーの君。前に出て」


「は、はい。わ、私ですか?」


 彼女は遠慮気味に前に出て来る。


「君には弓使い(アーチャー)にコンバートしてもらう」


弓使い(アーチャー)? 私が弓使い(アーチャー)ですか?」


 少女は意外そうに言った。


「ああ、君にはAクラスの弓使い(アーチャー)になる素質があるからね」


(『金色の鷹』を潰すなんて言ったけど……、結局僕に出来るのはこれだけだからな。この中からAクラスの冒険者を輩出してみせる。それが僕に出来る唯一の戦いだ)

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文庫第6巻が3月25日(金)に発売です!
ふーろさんが丹精込めてイラスト描いてくださりました。
可愛いピンクのツインテールが目印です。
よければチェックしてあげてください。
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― 新着の感想 ―
[気になる点] ここまで読んできて、『金色の鷹』が大きくなったのは、 主人公が有能な人材を発掘→育成してきたからなのは確実 なら主人公が『魔法樹の守人』で同じことすれば、 あっさり力関係がひっくり返る…
[気になる点] ルキウスによる錬金ギルドの窯の差し押さえとか法に違反していないんですか? この世界契約はあるのにそれを執行したり取り締まる機関が存在してないんですか?だれもどこかに訴えるとかいう発想が…
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