第139話 黒壁の騎士
「『黒壁の騎士』は『黒土の街』を拠点にする冒険者ギルドです。特徴は強力な重装騎士部隊。錬金術ギルドへの注文も剣や鎧の威力・耐久がほとんどです。『紅砂の奏者』は『砂漠の街』を拠点にする冒険者ギルド。吟遊詩人のユニットを中心にした部隊です。彼らの中には『竜音』を扱う者もいるため、『白狼』の竜使いにも対応可能です。『城砦の射手』は『山城の街』を拠点にするギルドです。弓使いユニットが充実していて、山岳地帯での戦闘にも慣れているため、『火山のダンジョン』でも抜群の機動力を発揮し、去年も『白狼』の弓使い部隊に対して互角に戦っていました」
リゼッタはそう報告した。
「ん。流石は元カルテットだけあるな。簡潔で分かりやすい説明だ。それじゃ問題点を洗い出していくぞ。それぞれ疑問に思っていることがあったらリゼッタに質問してくれ」
ランジュがそう言うと、一人ずつ質問していった。
「各ギルドの予算ってどのくらい? 私の『外装強化』を付けた装備を買えるギルドはあるのかしら?」
「僕の『竜音』付き竪琴で『紅砂の奏者』の装備に競合できますか?」
「俺の『魔石切削』が役立つ場面はあるのか?」
「鉄や銀はどれくらいストックしておけばいいのでしょうか? あらかじめ精錬計画に目処が立つとありがたいのですが」
「『火槍』作ってみたいです!」
「えっとですね……」
リゼッタは質問に答えながら、『精霊の工廠』の風通しの良さに驚いていた。
『竜の熾火』では、上位下達は絶対で、組織の下層に位置する者には発言権などないに等しかった。
しかし、『精霊の工廠』では誰もが分け隔てなく意見や疑問を言い合っている。
にもかかわらず、議論が明後日の方向に行くことはなく、きちんと本題にまつわることは決まっていく。
リゼッタが「外部への影響力では『竜の熾火』の方が上なので、いきなり外部冒険者に装備を売るのは難しい」と言うと、議題は自然と「いかにして『竜の熾火』と契約した外部ギルドを翻意させるか」に移った。
こうして会議では以下のことが決まった。
各ギルドへの販促においては、新規の契約を獲得できなくともせめてギルドの名前と顔を覚えてもらうこと。
『精霊の工廠』には『外装強化』や『魔石切削』、『調律』など『竜の熾火』の装備にも対抗できるユニークスキルがあるのを知ってもらうこと。
また、『精霊の工廠』の装備が『竜の熾火』より優越していることを外部ギルドに知らしめるために、『精霊同盟』傘下ギルドの支援・強化も引き続き積極的に行っていくこと。
また、外部3ギルドの鞍替え需要にも即座に対応できるよう予算と鉱石の準備だけは抜かりなくしておくこと。
リゼッタは会議を通して、すっかりこの工房に親しみを覚えてしまった。
このギルドなら確かに『竜の熾火』を倒せるかもしれない。
リゼッタはそう思うのであった。
ランジュ達はこの会議の内容をもとに販促用パンフレット案と予算案をまとめ、あとはロランの承認を待つだけとなった。
ランジュ達が次期の営業戦略についてまとめている頃、ロラン達は『不毛地帯』でAクラスモンスターを次々と倒していた。
『山のような巨鬼』『障壁を張る竜』、『分裂する巨大蜂』、『盾に隠れる竜』などなど。
エリオ、ハンス、ウィル、カルラはこれらのモンスターを倒して、来期にはAクラスの称号を得るのがほぼ確実となった。
ユフィネ、シャクマ、リック、レリオ、マリナについてもそれぞれAクラスモンスターを倒し、ダブルAの称号を受け取るのはほぼ間違いなかった。
Aクラスモンスターを倒し鉱石も採取したロラン達は、下山を始めた。
『白狼』に襲われるかと思ったが、道中で戦闘らしき戦闘が起こることはなかった。
「仕掛けてこないな」
レオンがロランに耳打ちした。
「ああ、ジャミルは『ステータス鑑定』もできる盗賊だ。こちらに敵わないのは分かっているのだろう」
「だが、追っては来ているな」
レオンはチラリと背後に目をやった。
『白狼』がロラン達の動きを監視しているのは間違いなかった。
しかし、不気味なほど何も仕掛けてこない。
(戦闘は避けるが、プレッシャーは与え続けて楽はさせない。そんなところか)
「レオン。引き続き周囲への警戒を維持して。油断だけはしないように」
「わかった」
その後も何事もなく、ロラン達はダンジョンを進んでいった。
やがて街へと帰還する。
『精霊の工廠』に帰還したロランは、ランジュ達のまとめた営業戦略に目を通した。
「なるほど。よくできてるね」
「みんなでまとめた自信作ですよ」
アイナが言った。
「一つ気になるところとしては、この鞍替えを狙う戦略。やはりいきなり装備を買ってもらうというのは難しいのかい?」
「ええ。やはり外部ギルドはまず『竜の熾火』で装備を購入するつもりだと思います。港に着いたばかりのところから、工房に着くまでの間に翻意させるのは容易ではないかと」
「そうか。分かった。それじゃあ、この案通りにいこう。港や商店で配るビラの作成と『精霊同盟』向けクエストの作成、装備の材料調達頼んだよ」
「はい。任せて下さい!」
『黒壁の騎士』の副官アーチー・シェティは、『火竜の島』へと向かう船の客室で休んでいた。
3つのギルドを乗せた船の中では、すでにピリピリした緊張感が漂っていた。
それぞれのギルドは互いに相手のことを牽制し合って、それぞれに自分達専用の区画を作り縄張り争いをしていた。
おかげで船内で働くボーイ達は大変だった。
廊下から廊下に通り抜けるだけでピリピリした空気に晒されるし、それぞれに気を配りながら働かなければ、なんの理由もなくどやされてしまう。
休憩室の扉が開いたかと思うと、女騎士のリズ・レーウィルが部屋に入ってきた。
「はあ。まったく。どいつもこいつも手がかかるんだから」
「何かあったのか?」
「喧嘩よ喧嘩。ウチの血気盛んな奴らと『城砦の射手』の奴らが廊下で鉢合わせたの。一触即発の雰囲気のところで、慌てて私が割って入ったってわけ」
アーチーはクスリと笑った。
彼は『火竜の島』遠征に参加するのは初めてだったので、このギルド同士でギスギスする雰囲気に戸惑いながらも面白おかしく楽しんでいた。
「何笑ってんのよ」
「いや。君も大変だなと思ってね」
リズは顔をしかめる。
「なに他人事みたいに言ってんのよ。あんたもこの隊の副官なんだけど。分かってんでしょうね?」
「ああ。分かってるって。ただ、みんなが肩肘張ってるのを見ると、どうしても可笑しくてね。そんなにも大変な場所なのかい? 『火竜の島』ってところは」
「そうよ。ただでさえ『火竜』が厄介だって言うのに、こうして外部ギルド同士で駆け引きしなきゃいけないし、それに地元ギルドの奴らも一筋縄じゃいかないのよ」
「例の盗賊ギルドってやつか。『白狼』だっけ?」
「そう。あいつらが火山の起伏に飛んだ地形での戦いに慣れていてね。上手いこと攻撃しては逃げて、攻撃しては逃げてを繰り返してくんのよ」
「アーチー、リズ、二人とも。いるか?」
鎧を纏った白髭の男性が部屋に入ってきた。
この部隊の隊長サイモン・プリコットだ。
壮年の経験豊かな冒険者でアーチーもリズも彼に対してひとかたならぬ信頼を寄せている。
「よし。二人ともいるな。もうすぐ船が港に着く。下船すれば、すぐに競争だ。『紅砂の奏者』や『城砦の射手』よりも早く『竜の熾火』と契約を結ぶぞ。それに備えて、準備は抜かりなくしておけよ」
「隊長。やっぱり『竜の熾火』を頼るんですか?」
リズが少し不満そうに言った。
「なんだリズ。お前『竜の熾火』に装備を預けたくないのか?」
サイモンは意外そうに言った。
「彼らは島一番どころか、世界でも有数の錬金術ギルドだ。腕も確かだし、一体何を躊躇う理由がある?」
「うーん。まあ、そうなんですけど……」
「何か代案でもあるのか?」
「いえ、ないですけど……」
リズは歯切れ悪く言った。
サイモンは呆れてしまう。
「代案もないのに不平を垂れるのかお前は? 分かっておるだろう? この島では彼らとの関係が生命線だ。他の二つのギルドに取られる前に『竜の熾火』の倉庫と錬金術師を確保しておく。それが『紅砂の奏者』と『城砦の射手』とのダンジョン内競争に勝つ第一歩だ。違うか?」
「ええ。まあ、そうですけど……」
「だったら、早く準備をするんだ。ワシは島に着いてすぐ演説しなければならん。お前達はそれぞれ宿の確保と錬金術師の確保。抜かりなくやっておけよ」
「「はい」」
サイモンは部屋を出て行く。
リズはため息をつくと肩をすくめた。
「どうした? いつになく粘ってたな」
アーチーが不思議そうに尋ねた。
「いや、『竜の熾火』に頼るのもどうかと思ってさ」
「どういうことだ?」
「はっきり言うとね。私はあんまりあいつら好きじゃないの。職員は横柄だし、ギルド長のジジイはなんというか信用できないのよね」
「ふうん?」
「それに毎年、外部ギルド同士で争うのもあいつらに原因があるのよ。大いに。肝心な時に助けてくれず、こっちを困らせるようなことしてくるの」
「とはいえ、そこに頼るしかないんだろ?」
そうこうしているうちに廊下がバタバタとしてきた。
港が近づいてきたようだ。
『紅砂の奏者』と『城砦の射手』が下船の準備を慌ただしく始めたようだ。
「ちっ。始まったわね」
「やっぱり競争は避けられないか」
「いつも思うわ。三つのギルドが力を合わせれば、もっとダンジョン探索も上手くいくのにって」
抜かりなく下船の準備をしていた『黒壁の騎士』だったが、『紅砂の奏者』と『城砦の射手』に遅れを取ってしまった。
重厚な鎧を着込む彼らは、荷下ろしの点でどうしてもほか2つのギルドよりも時間がかかってしまい、遅れを取ってしまうのだ。
「ああもう。あいつらほんと抜け目ないんだから」
「すっかり出遅れてしまったな」
「仕方がない。ここは演説と交渉の内容でどうにか……」
サイモンはすっかり慌てながら言った。
アーチーはリズがキョロキョロと辺りを気にしていることに気づいた。
「リズ、どうした?」
「なんか。去年と島の雰囲気が違うような?」
「雰囲気?」
「ええ。去年はもっと冒険者御一行様大歓迎っていう感じで、住民総出の勢いで出迎えてたきたのに。なんか、今年は妙に静かというか」
「あのっ。『黒壁の騎士』様ですよね?」
突然、若い娘に話しかけられて、アーチーとリズはドキッとした。
「あ、はい」
「あなたは?」
アーチーはいきなり話しかけてきた彼女の素性を探ろうと、彼女の身なりに目を走らせる。
見たところ、どうも錬金術師のようだが……。
「私、『精霊の工廠』の錬金術師アイナ・バークと申します。よければこのパンフレットをどうぞ」