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第138話 営業会議

 高所を占拠するレオンの部隊と対峙していたジャミルは、丘の向こう側の戦況が変化したのを感じた。


(戦闘音が消えた。『大同盟』が負けたのか?)


「なあジャミル。これって……」


「戻るぞ」


「えっ?」


「『大同盟』なしで『精霊同盟』と渡り合うのは不可能だ。敵がこちらに全力を振り向けてくる前に戦域を離脱するぞ」


 ジャミル達はレオンの部隊を牽制しながら、順次撤退していった。




『白狼』が引き上げていくのを見たレオンは、ホッと胸を撫で下ろす。


(敵に挟み撃ちされた時はどうなることかと思ったが、どうにか乗り切ることができたな)


『白狼』の撤退を見届けたレオンは、傍にいるセシルに話しかける。


「よし。ロランに伝えてくれ。『白狼』は撤退した。俺達は念のためもうしばらくここで敵の動きを警戒しておくと」


「分かった」


 セシルは坂を降りて、ロランの下へと向かう。


 レオンは振り向いて、『大同盟』戦線の方を見やる。


 レオンのいる場所からも、ロランと『賢者の宝冠』の魔導師達との戦いはよく見えていた。


 敵主力を撃破した『精霊同盟』は、掃討戦へと移行していた。


 とはいえ、Aクラス魔導師三人を討ち取られた『大同盟』には、もはや退却戦を演じる士気すらなく、各ギルドは『精霊同盟』に接近されると、あっさり武装解除して降伏した。


 レオンはエリオやハンスの『魔法樹の守人』にも引けを取らない戦いぶりを見て感無量だった。


 今や地元ギルドは外部ギルドに引けを取らない活躍ができるようになったのだ。


(ロランの奴、ついにやりやがったな。この島に来た誰もが成し遂げられなかったこと。地元ギルドと外部ギルドの融合を育成によって成し遂げやがった)


「まったく。大した奴だぜ」




 敵残存部隊の制圧をあらかた終えたロランは、戦闘で消耗した冒険者達を労って回っていた。


 肩を支え合いながら歩いているハンスとウィルに声をかける。


「ハンス、ウィル。おつかれさま」


「ロラン」


「はは。魔法を放った途端、意識が吹っ飛んでしまったよ。まともに歩けない」


 ウィルが苦笑しながら言った。


「いや、凄い威力だったよ。あれだけの威力と発動時間そして攻撃範囲の『爆風魔法』を放てる魔導師、世界広しといえどそうはいない。ハンスもいい攻撃だった。飛び出しのタイミング、射撃の正確さ、敵の頭を討ち取る抜け目のなさ。全てが完璧だった。あれこそ僕の見たかったものだよ」


 ハンスとウィルは誇らしげに顔を見合わせる。


 二人からすれば、ロランに認めてもらえることが何より嬉しかった。


「ロランさん」


 回復魔法を受けて復活したリックとエリオが、こちらも二人で肩を支え合いながらやってくる。


「リック、エリオ。君達もよく最後まで頑張ってくれた。二人の犠牲になる突撃がなければ、ハンスとウィルのとどめの一撃もありえなかった」


「ふっ。前衛として当然の働きをしたまでですよ」


「いや、俺一人では危なかったよ。リックが付き合ってくれなかったらどうなっていたことか」


「それよりもロランさん、見せてもらいましたよ。ついにこの島のAクラス冒険者が4名となりましたね。流石の育成能力と言いたいところですが、これで我々『魔法樹の守人』としてもうかうかしてはいられなくなりましたよ」


 リックがそう言うと、ハンスとウィルはキョトンとする。


「Aクラスが4名?」


「どういうことだい?」


「鑑定を待つまでもない。2人のスキルはAクラスになったハンスの射程距離、ウィルの魔法の発動範囲。いずれもBクラスとは到底思えない」


「えっ? そうなのかい?」


「確かにいつもより射程が伸びるような感覚はあったが……」


「エリオはすでにAクラス、あのカルラという少女の剣技もAクラスに到達済みですから、ウィルとハンスも合わせればAクラスは実質4人。そうでしょう、ロランさん?」


 その場にいる者は全員ロランの方を見る。


「ああ。リックの言う通りだよ。ハンスの『弓射撃』、ウィルの『爆風魔法』、いずれもAクラスに到達した」


「そういうわけだ。今後は俺もお前達をAクラスとみなして、前衛の俺達もお前達にAクラスの働きを期待するぞ。もうBクラスレベルの働きでは許されないと思えよ」


「はは。おっかないね」


「努力するよ」


 4人は高みに上り詰めた者同士の気の置けない会話を続けた。


 ロランもその様子を見てホッとする。


(ハンスもウィルもAクラスになった。これなら『白狼』に対しても、より攻撃的なアプローチを取ることができるだろう。探索においてもより自由に行動できるはずだ)


「ロラーン」


 セシルがやってきた。


「レオンより伝令よ。『白狼』は引き上げたわ。レオン達は引き続き警戒任務を継続中」


「そうか。分かった。僕達も一旦街へと引き上げよう。『大同盟』と話をまとめる必要がある。レオンにもそう伝えてくれ」


「分かった」


 セシルは再びその俊足で、レオンの下へと戻った。


(『大同盟』の撃破と制圧に集中できたのも、レオンが背後をがっちり守ってくれたおかげだ。後でレオンにも労いの言葉をかけておかなくっちゃな)


 ロラン達は捕虜となった『大同盟』の冒険者達を引き連れて、街へと戻った。




 ニールが目を覚ましたのは街にたどり着いてしばらく経ってからだった。


 起き上がると、そこは『賢者の宝冠』の宿舎。


 ニールは激しい記憶の混濁に襲われた。


「ニール、ようやく起きたか」


 グレンがちょうど部屋に入ってきて声をかけた。


「ここは……俺達の宿舎? 戦闘は……『精霊同盟』との戦いはどうなった?」


 グレンはうなだれた。


「戦闘は終わった。部隊は壊滅して、『大同盟』の冒険者は全員『精霊同盟』の前に装備を引き渡し、捕虜となった。先ほどようやく捕虜解放の交渉がまとまったところだ。眠っているお前に代わってイアンが交渉を取りまとめてくれた」


「そんな……バカな」


「『精霊同盟』からの要求は三つだ。1つ、『大同盟』はただちに解散すること。2つ『賢者の宝冠』は『竜の熾火』と『白狼』との契約及び同盟関係を即刻解消すること。そして3つ、部隊が動けるようになり次第可及的速やかに島から立ち退くこと。この3つの要求を飲めば、主だった装備と捕虜については返還してくれるそうだ」


「……」


「すでにイアンがこの条件を全面的に飲む形でロランと交渉している」


「待てよ。何勝手に決めてんだ。俺はまだ負けを認めるつもりは……」


 ニールはそう言ってベッドから降りようとしたが、体の自由がきかずベッドに肘をついてしまう。


 ハンスから受けた矢のダメージは、まだ体の中に深く残っているようだった。


「ニール、俺達は完敗したんだ。資金は底をつき、地元冒険者からの信望も地に落ちている。『大同盟』を維持するのは不可能だ。それを思えば『精霊同盟』からの要求はむしろ寛大な処置。そう言わざるをえまい」


「ぐっ。くっそお」


 ニールは目に悔し涙を滲ませるが、さすがの彼もそれ以上反論することはできなかった。




 数日後、『賢者の宝冠』は島から立ち退くべく、船に積み荷を載せていた。


 港には別れを惜しむ住民もいない代わりに、野次を飛ばす住民もいない。


 島民達の注意が『精霊同盟』の方に向くよう、ロランが配慮してくれたのだ。


 イアンは撤収を指揮しながらため息をついた。


(何から何まで僕達の完敗だな)


「どうしたのよ。やけに大きなため息をついて」


 突然、かけられた声にイアンはハッとした。


 振り返ると、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべるユフィネがいた。


「ユフィネ。来てくれたのか」


「任務達成できなくて残念だったわね。最初から私達『精霊同盟』と組んでいればこんなことにはならなかったのに」


 イアンは苦笑した。


「君の言っていたことの意味がようやく分かったよ。確かに僕達の物差しでは測れない人が世界にはいるみたいだ。今回の件で痛感したよ」


「分かればいいのよ」


 ユフィネはコロコロと笑った。


「それじゃあね」


「もう行くのかい?」


「そりゃそうよ。私達にはこの後もダンジョン攻略があるんだから。ロランさんの要求を満たすのは大変なのよ。うかうかしていられないわ。ちゃんと頑張ってアピールしなくっちゃ」


 イアンは脱力するほかなかった。


(あれだけの戦いをさせておいて、なおまだ向上を要求してくるなんて。なるほど。これがS級鑑定士というわけか)


 イアンは船に乗り込んだ。


 やがて艫綱(ともづな)が解かれ船は出港する。


(彼らなら『巨大な火竜(グラン・ファフニール)』を倒せるかもしれないな)




 ニールは悔しげに離れていく島を眺めていた。


「グレン。今回は俺達の完敗だ」


「ああ。まさかこの島の冒険者をあそこまで鍛え上げる者がいるとは。S級鑑定士のロラン。恐ろしい男だ」


「俺達も一からスキル・ステータスを鍛え直すぞ。そして必ずもう一度この島に来る」




『賢者の宝冠』とのゴタゴタを片付けたロランは、『精霊同盟』を率いて再びダンジョンへと向かった。


 一方、『精霊の工廠』本部では、すでに次期ダンジョン探索を視野に入れた営業会議が行われようとしていた。


「全員集まってるか?」


 ランジュが会議室の扉を開けながら言った。


「よし。集まってるな。会議を始めるぞ」


 ランジュは主だったメンバーが全員集まっているのを見て、自分も席に着き、会議を始めた。


「『賢者の宝冠』の脅威が去ったとはいえ、『竜の熾火』と『白狼』はいまだ健在だ。知っての通り、『精霊の工廠』が新しい工房(アトリエ)を建てたのも、『竜の熾火』を倒すため。そのためには、『竜の熾火』の装備を求めてやって来る外部冒険者ギルドをうちに靡かせなければならない。既に快速船からの報せで、この時期にやってくる三つのギルド、『黒壁の騎士』、『紅砂の奏者』、『城砦の射手』が今年もこの島にやってくることが分かっている。ウチも大ギルド向けの装備を作れるだけの施設、人員が揃えられ、品質面でもカルテットに負けない装備を作れるようになったことは確かだが、それでもまだまだ『竜の熾火』の知名度は健在だ。来期にやってくる3つのギルドも初めは『竜の熾火』を選ぶだろう。どれだけ『精霊同盟』がダンジョンで外部ギルドを倒したとしても、外部ギルドが『竜の熾火』に金を落とすようではいつまで経っても『竜の熾火』は倒せない。そこでウチとしては『竜の熾火』と契約すると決めている冒険者ギルドに対して営業で攻勢をかける必要がある。3つのギルドを想定した営業戦略について、ロランさんがダンジョンから帰ってくるまでに俺達の方でまとめておくぞ。まずリゼッタ」


「はい」


「君は『竜の熾火』で去年、カルテットとして『黒壁の騎士』、『紅砂の奏者』、『城砦の射手』に向けた装備の製造を一部担当していたそうだな。冒険者に錬金術を売り込むにはまず、相手のニーズを知る必要がある。3ギルドのニーズについて君が知っていることを話してくれ」


「はい。まず『黒壁の騎士』についてですが……」

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