第134話 エリオの突撃
「どういうことですかハイドさん」
メデスは懇意にしている議員ハイドに抗議しにいっていた。
『精霊の工廠』が『竜の熾火』のすぐ側に工房を開設した件について。
「港に連なるあの大通りでは、ウチ以外工房開設の許可を出さない、そういうお話だったじゃありませんか」
「いやー。それが事情が変わりましてな」
ハイドはあっけらかんとして言った。
「この島にも多数の外部冒険者ギルドがやってくるようになって、地元冒険者の成長も著しくなり、港付近にもう1箇所工房が必要ではないか、という声が上がっておりましてな。ここは最近、名を上げつつある『精霊の工廠』にその大役を担ってもらおうということになったわけですよ」
「あの場所に工房は2つも必要ありませんよ! 外部からの錬金術需要は我々だけで十分賄えます」
「そうは言ってもですね。当の地元冒険者ギルドから『精霊の工廠』に新しい工房を建てて欲しいという要望が来ているのですよ」
「なんですと!?」
「君、例の書類を」
「はい」
ハイドはかたわらの秘書に書類を出させると、目を通して読み上げる。
「『精霊の工廠』に所属する錬金術師、アイナ・バーク、ウェイン・メルツァ、パトリック・ガルシア、リーナ・ハート。いずれも今期中にはAクラス錬金術師の認定を受けられると見られているそうだ」
「なんですと!?」
「これほど有望な錬金術師達を擁しているのに、工房一つ与えられんようでは、島の名折れというものでしょう? まあ、そういうわけでここは引き下がってくださいませんかね、メデスさん?」
「ぐぬぬ」
(ロランの奴め、また法螺吹きしおって。そんないきなりAクラス錬金術師を何人も輩出できるわけないだろうが。ハイドもハイドだ。いつもならこんなあからさまな詐欺には引っかからんくせに。さてはこいつロランから金を貰いおったな?)
しかし、ハイドは金をもらったわけではなかった。
彼は最近住民からの支持率が落ちていて、次の選挙のために新たな票田が欲しかったのだ。
そこに渡りに舟とばかりに現れたのが『精霊の工廠』と彼らの率いる地元冒険者同盟である。
(最近、『精霊の工廠』同盟の人気はうなぎのぼりだからな。彼らの活動に与したとなれば、イメージアップ及び得票数の増加は確実。一方で『竜の熾火』にはよからぬ噂が立ち始めていて見るからに落ち目だ。今後のためにも身の振り方はしっかりと考えておかねば。悪く思うなよメデス)
『精霊の工廠』が全貌を表すその少し前、リゼッタはランジュの下を訪れていた。
彼女は『竜の熾火』を退職した後、独自に情報収集して、新しい活躍の場を求めていたのだが、その過程で『精霊の工廠』が新たに工房を立ち上げるという噂を耳にしたのだ。
「ウチに入りたい?」
ランジュは突然訪れできたリゼッタに胡散臭い目を向けながら対応していた。
「ええ。『精霊の工廠』様の方でも新たに錬金術師を雇いたいのではないかと思いまして」
「そんな告知を出した覚えはないが……」
「聞くところによりますと、『精霊の工廠』は新たに工房を立ち上げるそうですわね。そうなれば今抱えている人員だけでは足りないのではなくて?」
(こいつ……、どっから情報を……)
「それはそうと……、ロランさんはいらっしゃらないのですか?」
リゼッタは少し改まったような態度で聞いてきた。
「ロランさんは今、『精霊の工廠』同盟を率いてダンジョンを探索中だ」
「あら、そうでしたの。それは残念ですわね。久々にお話ししたいと思っていましたのに」
「ロランさんと知り合いなのか?」
「ええ。ロランさんが帰ってきたらお伝え下さい。以前の約束を果たすためにリゼッタが訪れたと」
「約束? 一体どういう……」
「ここで言うのは少し憚られることですわ」
(こいつ……、ロランさんとどういう関係だ?)
ランジュが警戒心を強めていると、アイナが部屋に入ってきた。
「ランジュさん、新しい工房の件ですけれども……。あら? あなたリゼッタじゃない」
「げっ。アイナさん」
「ん? 二人は知り合いなのか?」
「ええ。まあ」
アイナはにっこり笑った。
リゼッタはバツの悪そうな顔になる。
アイナはリゼッタの方に向き直って、勝ち誇ったような顔をした。
「リゼッタ。あなたあの時、言ったわよね? ウチの工房の錬金術師があなたの作った装備に一度でも勝てば、ウチの工房に移籍してもいいって。私の『絡みつく盾』があなたの『火槍』を鹵獲したようだけれど、どうかしら? 少しは私とロランさんのこと認めるつもりになった?」
「ぐぬぬ」
リゼッタは少しの間、悔しそうな顔をしていたが、すぐに余裕のある態度を取り戻した。
「まあ、確かに私の装備を身に付けた冒険者が負けたのは事実のようですしね。いいでしょう。ここは一旦私の負けということにしておきましょう。ただし、まだ勝負は終わっていませんよ。『精霊の工廠』でロランさんの指導の下、必ずやあなたよりもいい装備を作ってみせますから」
アイナは顰めっ面をする。
(……ウェインといい、『竜の熾火』から来る奴らはなんでこうプライド高いんだか。素直に負けを認められないんだから)
「まあ、いいわ。とにかくアンタは約束通りウチに移籍するということね。ロランさんが戻ってくるまでどうなるか分からないけど、私は歓迎するわ。たとえ同僚になったとしてもあなたに負けるつもりはないから。そのつもりでいてね」
「ええ。こちらこそ望むところですわ」
ランジュは二人の話についていけず、難しい顔をする。
(全然話が見えねぇ。ロランさん、一体何やってんだよ)
『火山のダンジョン』内では、ロラン達が鉱石の調達を終えて下山しようとしていた。
今回も『大同盟』をギリギリまで引き付けてからパスし、『白狼』の負担を押し付けようとする。
しかし、今回ばかりは『白狼』もロランの策には乗ってくれなかった。
主力を『精霊の工廠』同盟にぶつけてくる。
戦力の3分の1を失った『大同盟』は、もはや虫の息。
今後のことを見据えれば、叩くべきは『精霊の工廠』同盟。
ジャミルはそう判断した。
待ち伏せからの『弓射撃』と、山影からの『火竜』強襲が、『精霊の工廠』同盟を襲う。
「『火竜』だ」
「山の影から来たぞ」
「反対側から『弓射撃』。『白狼』だ」
『精霊の工廠』同盟の冒険者達は、『白狼』の待ち伏せと奇襲にわちゃわちゃと対応し始めた。
『魔法樹の守人』も加えて人数の膨れ上がった同盟を守り切るのは至難の技だった。
ニコラの『竜音』も部隊の全範囲をカバーすることはできないため、しばしば『火竜』の『火の息』が同盟の端々で混乱を起こした。
同盟はロランが中央、レオンが後衛、ユフィネが前衛をそれぞれ率いていたが、『白狼』は各部隊の連結の弱いところ、地形的地形的に有利になる部分を巧みについて、同盟の体力を徐々に奪っていく。
(この絡みついてくる感じ。ジャミルがいるな。『白狼』の矛先を『大同盟』に向けさせる作戦は失敗か)
ジャミルは『精霊の工廠』の布陣を観察しながら指揮していた。
(やはりこの大部隊の全てをカバーすることはできないようだな)
ジャミルはユフィネの率いる前衛に『魔法樹の守人』の隊員が数多くおり、連携が甘いことを見破った。
「前衛を狙うぞ。可能な限り敵を足止めしろ」
(行軍を遅らせれば、やがて後ろからやってくる『大同盟』に攻撃させることもできる。そうなれば三つ巴の乱戦だ。機敏に動ける俺達が一番有利に立ち回れるぜ)
こうして『魔法樹の守人』と現地冒険者の混在する『精霊の工廠』同盟の前衛が最も激しい攻撃に曝されることになった。
リックは最前線で降り頻る矢の雨を受け止めながら歯痒い思いだった。
(くそ。またこのパターンか。こうもあからさまに敵から攻撃されているというのに、こちらからは攻撃にいけないとは)
リックはロランから一人で突撃しないよう厳しく戒められていた。
突撃する際には、最低でも2人以上で、後衛の援護がある時のみ。
(とはいえ……)
リックは傍の地元冒険者達をチラリと見る。
(こいつらに突撃する勇気があるとは思えん。ええい。何かないのか。この膠着を打破し、『白狼』に打撃を与える方法は)
リックがそんなことを考えていると、隣から誰かが飛び出した。
(!? 誰だ?)
エリオだった。
降り頻る矢の雨もものともせず、盾で上部を隠しながら坂を駆け上がり『白狼』の陣営に飛び込んでいく。
(まだどこかで思っていた。このままでいい。このままで問題ないって。でも……)
エリオの脳裏にあるのは、ロランがリックを宥めている場面。
(俺達が不甲斐なければ、結局その尻拭いをするのはロランなんだ。ロランは俺達の成長のために辛抱強く付き合ってくれた。今度は俺達がロランを支える番だ!)
エリオは敵の防衛線の一角に突っ込み、戦列を崩していく。
それを見てリックは笑みを浮かべた。
「ふっ。骨のある奴がいるじゃないか。この島にも!」
リックはエリオに続いて、『白狼』の陣営に斬り込んでいく。
後ろに控えていた他の冒険者達も二人の突撃に勇気づけられて、続々前進していく。
その中にも地元冒険者達も含まれていた。
『白狼』はたちまちのうちにその場から撤退していく。
遅れて駆けつけたロランもエリオの勇戦ぶりに満足した。
(ついに覚醒したか。それを待っていたんだよ、エリオ)
【エリオのスキル】
『盾防御』:A(↑1)
『盾突撃』:A(↑1)]
その後、『白狼』はすぐに退散したため、決定的な損害を被ることはなかった。
しかし、二人のAクラス盾使いにより前衛にも隙のなくなった『精霊の工廠』同盟は、『白狼』から攻撃が来るたびに跳ね返し続け、無事に街へとたどり着く。
街の人々は『精霊の工廠』同盟を祝福した。
ロラン達は街を練り歩きながら新たにできた工房へと凱旋する。