第133話 新しい工房
「『白狼』を待ち伏せ?」
ニールはグレンの言葉に眉を顰めた。
「『精霊の工廠』同盟に遅れを取ってるこの状況でか?」
「この状況だからこそだ」
グレンも負けじと強い調子で返す。
「このまま『精霊の工廠』を必死に追いかけ、よしんば追い抜いて先に鉱石を調達したとしても、激しく消耗してしまうだろう。そうなれば、どの道帰りは『白狼』に狙われることになる。ならばいっそのことここで『白狼』を待ち伏せし、叩き潰す方が得策だ」
「……」
「盗賊ギルドを叩くことができれば、そもそも『精霊の工廠』と競争する必要もない。採掘場はいくらでもあるのだからな。『白狼』の捕虜となっている仲間達も解放させてやることができる。『精霊の工廠』に傾いた地元ギルドの信望を取り戻すこともできるやもしれん。懸案事項であった地元ギルドの士気を向上させることもできるだろう」
「分かってんのかよ。部隊を二つに分けた以上、何の成果も出せませんでしたじゃ済まないぜ?」
ニールは試すように睨みつけながら言った。
グレンも覚悟を決めたような顔で返した。
「……よし。分かった。部隊を再編するぞ」
ニールは部隊の3分の1をグレンに預けて、『白狼』の待ち伏せ任務に就かせた。
「何? 『大同盟』が動きを止めただと?」
ジャミルは斥候からの奇妙な報告に眉をしかめた。
すぐに自ら偵察に出向き、『賢者の宝冠』の陣容を確認する。
すると確かに平地に陣を張ったまま動かない『大同盟』の部隊が見える。
ジャミルがロドに『火竜』に乗って偵察させたところ、ダンジョンの先を進む『大同盟』の一隊がいることもわかった。
(なるほど。部隊を二つに分けて、一方で俺達を食い止めているうちに、鉱石を調達しようというわけか)
ジャミルが遠目から敵をステータス鑑定したところ、魔力の異様に高い者が一人いる。
(この魔力、筆頭攻撃魔導師のグレン・ロスか。ニール・ディオクレアとイアン・ユグベルクはいない。よし)
ジャミルは部隊の中でも特別逃げ足が速く、演技の上手い者達を選抜して、特別部隊を結成した。
「いいか。お前達。『大同盟』に攻撃を仕掛けたら、ほどほどのところで負けたふりをして逃げろ。そして、谷底まで誘い込むんだ」
ジャミルの命を受けた特別部隊は、いかにも油断している風を装って『大同盟』の陣地へと向かった。
『大同盟』が展開しているのを見ると、いかにも今気付いたといった様子でハッとし、慌てて陣形を組み始める。
「『大同盟』だ」
「目の前にいるぞ」
「陣形を組むんだ。急げ」
(来たか)
グレンは闘志を漲らせた。
(高低差のない平地戦。これならば地力がモノを言う。戦わない理由はない!)
「突撃だ! 卑劣な盗賊共に目にものを見せてやれ!」
『大同盟』の前衛が一斉に突撃した。
二つの部隊はしばらくの間、互角の白兵戦を演じていたが、グレンが『爆炎魔法』を放ったことで『白狼』は崩れた。
「うわあああ」
「グレン・ロスがいるぞ」
「逃げろ。撤退だ!」
『白狼』の盗賊達は逃げ始める。
「よし。追撃しろ」
グレンが命じた。
「お待ち下さい」
地元の冒険者が制止した。
「なんだ一体?」
「妙ではありませんか? 『白狼』のこの動き。いつもは山の影に身を潜めて、決して姿を現すことはないのに、今日に限って妙に堂々と戦いを挑んできました」
「敵も油断していたのだろう。いつも有利な状況でばかり戦っていれば自然と気が大きくなるものだ。さあ、行くぞ」
「しかし、罠かもしれません。確かこの先には四方を崖で囲まれた待ち伏せに最適な場所があります。そこに誘い込む気かも」
「考え過ぎだ。このまま手をこまねいていては絶好のチャンスをみすみす逃してしまう。さあ、行くぞ」
「せめて、斥候を放ち、様子を探ってからでも……」
「くどいぞ。グズグズしていれば追撃の好機を失ってしまうではないか。さあ、者共かかれ! 勝利は目前だぞ。これまでの雪辱を果たすのだ」
グレン達は脇目も振らず盗賊達を追撃した。
途中、後ろに控えていたと思しき『白狼』の部隊に何度か遭遇したが、その度に戦っては蹴散らして、崖に囲まれた場所まで追い立てる。
(次々と逃げて行く。やはりこの感じは罠などではなく、思わぬ事態に慌てて逃げ惑っているとしか思えん。これは思いの外、高い戦果を獲得できるやもしれんな)
グレンはいよいよ気を大きくして追い討ちを本格化させる。
しかし、『白狼』の盗賊達は谷底の細い出口までたどり着いたところで急に反転して、戦う姿勢を見せた。
その後ろには待ち構えていた部隊が姿を現す。
「むっ。あれが本隊か?」
姿を現したのは彼らだけではなかった。
崖の上にも潜んでいた盗賊達が姿を現して、弓矢を射かけ、グレン達のやって来た道には撒菱をばら撒き、逃げ道を塞いだ上で、四方八方から散々に痛めつけた。
しばらく一方的に攻撃された後、グレン達は投降した。
ジャミルは捕虜の中にグレンがいるのを確認して満足した。
(よし。Aクラスを一人召し取ったぜ。身代金だけでも元は取れる。これで『大同盟』は虫の息だ。あとは『精霊の工廠』同盟を潰すだけだ)
グレンが『白狼』に惨敗を喫している一方、ニール達はニール達で矛盾する作戦を取っていた。
『精霊の工廠』同盟との競争をやめるどころか、速度を上げて山を駆け上っていた。
(人数が減った分、行軍スピードが増したぜ。これなら『精霊の工廠』同盟に追い付ける!)
ステータスが消耗するのも厭わず、遮二無二『精霊の工廠』同盟に追い付こうとする。
心配に感じたイアンは、ニールに話しかけた。
「ニール、もう少し速度を緩めた方がいいんじゃないかな。このままだと『精霊の工廠』同盟に追い付いてしまうよ」
「追い付くんだよ。その上で追い抜かす」
「追い抜かす? 『白狼』を押さえて、『精霊の工廠』と競争する必要を無くすんじゃなかったの?」
「『白狼』を押さえたからこそだよ。これで帰りの心配をする必要は無くなった。思う存分、『精霊の工廠』同盟との競争に集中できる。それに早く鉱石を集めるにこしたことはねーだろ。先に街に帰った方が勝ったとみなされるんだからよ」
イアンは不安になってきた。
そもそも彼は部隊を二つに分けることにも引っかかるものを覚えていた。
こんな風に部隊を引き離しては、各個撃破の格好の餌食ではないか。
とはいえ今さら引き返すわけにもいかない。
イアンとしてはニールの言う通りなるべく早く『精霊の工廠』同盟に追い付くしかなかった。
努力の甲斐あって『大同盟』は『精霊の工廠』同盟の最後尾と数時間の距離にまで近づくことができた。
『精霊の工廠』同盟の最後尾で指揮をとっていたレオンは、背後から『大同盟』が近づいて来ているのを索敵の結果察知した。
(『大同盟』が近づいて来ている。どうする?)
『精霊の工廠』同盟の中央を率いているロランとは約8時間の距離がある。
そこまで急いで駆け付けるか、援軍を要請するか、あるいは単独で戦うか。
(ロランからの援軍は間に合わない。ここは単独で対処するしかない)
幸い防御に適した高所がすぐ側にあった。
レオンは道を塞いだ上で高所に陣を張り、敵の出方を伺うことにした。
程なくして『大同盟』がやってくる。
レオン達が高所に布陣しているのを見た彼らは、自分達も部隊を展開して戦闘に応じる構えを見せた。
レオンはその様を見て苦笑する。
(『賢者の宝冠』には指揮適性のある奴がいないとは聞いていたが……、なるほど、こりゃ酷えな)
無理な強行軍のせいでステータス鑑定をせずとも俊敏がガタガタなのは明白だった。
しかも背後にある高所を誰も守っていなかった。
地元冒険者の一部は見るからに不安そうでオロオロしている。
自分がどういう役割をこなすべきなのか分かっていないようだった。
指示の伝達が行き届いていないのが、レオンのいる場所から見ても明らかである。
レオンは敵の背後にある高所を占拠することにした。
俊敏の高い弓使いの1部隊を回り込ませて、『大同盟』の背後から『弓射撃』させる。
「なっ、何やってんだ」
ニールが慌てて高所を取り返そうとするも、消耗して士気の低下した部隊は、『弓射撃』を恐れてその場から動こうとしない。
ニール達はやむなく部隊を後退させて、俊敏が回復するまで待つ。
レオンはその隙にさっさと本日の目標地点まで向かい、敵の追撃を撒いてしまう。
その後もロラン達は『大同盟』を寄せ付けることなく、採掘場へと先着していった。
『火山のダンジョン』内で三つ巴の駆け引きが火花を散らしている時、街では新しい動きがあった。
港に続く大通り、『竜の熾火』に程近い場所で何やら新しい建物が建てられようとしている。
道行く人々はその工事現場の前で足を止めて、しきりに何の建物が建つのかと噂話をしていた。
メデスもその中の一人として建物を見上げていた。
「随分と大きな建物ですな」
メデスは近くで見物している紳士に話しかけた。
「おや、メデスさんじゃありませんか」
「一体どこのどなたでしょうな? こんな立派な施設を建てようとしているのは」
「どうも『精霊の工廠』同盟に参加している地元冒険者達のようですよ」
「ほう? 『精霊の工廠』同盟の……」
「ええ。そうなんです。そろそろ同盟にも拠点が必要ではないかということで、話が持ち上がったそうです」
「ほお。随分と景気の良い話ですな。地元の冒険者にしては珍しい」
「最近、『精霊の工廠』同盟は連戦連勝ですからな」
紳士は内心の喜びを隠し切れずにウキウキした調子で言った。
彼も地元の名士として、『精霊の工廠』同盟の躍進には心躍るものがあるようだった。
「これを機に同盟の名称も『精霊同盟』に変更するそうです」
「なんともそれは喜ばしいことですな」
メデスは終始愛想のいい笑みを浮かべながら、紳士と歓談した。
(ふふ。ロランの奴、まさかここまで地元の冒険者達を育て上げるとはな)
紳士と別れた後も、メデスは上機嫌のまま往来をゆったり歩き続けた。
事実、気分は悪くない。
『精霊の工廠』同盟が発展したからといってどうだと言うのだろう?
困るのは外から来た冒険者達で、『竜の熾火』には何の実害もない。
結局のところ、ロラン率いる『精霊の工廠』は地元冒険者を相手にするばかりで、島の外から来たギルドは『竜の熾火』に金を落としていく。
今となってはなぜあれほどロランのことを敵視していたのか分からない。
むしろ今はロランのことを『白狼』同様、潜在的な友軍のように感じている。
実際、先の交渉では、『精霊の工廠』同盟が『賢者の宝冠』を負かしてくれたおかげで装備代を釣り上げることに成功したではないか。
(そう。何も目くじらを立てる必要などない。住み分ければよいのだ。ワシらが外部の仕事をし、奴らには地元を任せる。それでよいではないか。ワシらの工房のすぐ近くに拠点を作る? 結構なことじゃないか。なんなら『白狼』同様『精霊の工廠』同盟とも裏で手を組んで取引するのもアリかもしれんな)
そんな呑気なことをことを考えながらメデスは、今日も『竜の熾火』に出勤する。
しかし、蓋を開けてみればそこに建てられたのは冒険者達の拠点ではなく、新しい『精霊の工廠』の工房だった。
通りに面する入り口には、店舗が構えられている。
店舗の外観を飾るオシャレなウィンドウには、工房で取り扱っている装備が安置され、ステータス、団体向けの予算まで付記されている。
明らかに外部冒険者ギルドへの営業を意識したものだった。
ロランは『竜の熾火』と共存するつもりなどさらさらなかった。
新しい工房は『竜の熾火』から顧客を奪うために建てられたのだ。