第132話 静かな追跡
まんまと『精霊の工廠』同盟を出し抜いて先行した『大同盟』だが、『メタル・ライン』に入ってからはその行進速度は目に見えて落ちていった。
今も地元冒険者達が『火竜』1匹を倒すのに異様に手こずっている。
ニールはイライラしながらその様子を見守っていた。
「『火竜』1匹倒すのにいつまでかかってんだよあいつらは!」
「ニールよ。そう苛立つな」
グレンが諌めるように言った。
「このダンジョンでは地元冒険者の協力が必須だ。彼らにも自力で『火竜』を倒せるようになってもらわねばならん」
「分かってるけどよ」
『賢者の宝冠』の首脳部は地元冒険者の士気を上げるために様々なことを試してみた。
報奨金の設定、指揮系統の見直し、監視の強化。
しかし、いずれの方策も大した効果は得られず、むしろ業務の煩雑さを招くばかりだった。
ニールは一時怠惰な地元冒険者に対して罰金を課すことまで提案したが、流石にそれはグレンによって止められた。
そのようなことをすれば同盟ギルドの大量脱退は免れない。
(なんなんだよ。こいつらは。何か不満があるならはっきり言いやがれ)
ニールは地元冒険者達の到底満足できない働きぶりにイライラしながら、怒鳴るのを我慢していると、背後から微かに聞こえてくる足音にハッとした。
モンスターの足音ではない。
靴で山を駆け上がっている人間の足音だった。
それはどんどん近づいて来る。
(まさか)
ニールが振り返ると、眼下には『精霊の工廠』同盟が見えた。
(あいつら……もう追い付いて来やがったのか)
「グレン。予定変更だ。ペースを上げるぞ」
『大同盟』は慌ただしく戦っている途中の『火竜』を片付けて、引き離しにかかる。
『精霊の工廠』同盟の方でも『大同盟』を捕捉した。
二つの同盟の距離は弓を射れば届く距離となる。
このまま進めば、両部隊は激突するだろう。
にわかに敵意と警戒心がみなぎり始め、緊張が走る。
「グレン。牽制に魔法撃っとけ」
ニールが命じた。
「うむ。やむを得んな。『爆炎魔法』」
『精霊の工廠』同盟の先頭部隊の目の前で爆炎が弾ける。
大地を焼き尽くさんばかりの『爆炎魔法』に先頭部隊はどよめいて、思わず足を止める。
(この『爆炎魔法』……、『賢者の宝冠』の筆頭攻撃魔導師グレン・ロスか)
先頭部隊に加わっていたリックは、強敵との遭遇に闘志をたぎらせ、背中の剣を握る手に力を込める。
(相手にとって不足なし!)
しかし、ユフィネの魔法陣が足下をよぎって、後退するよう合図した。
(チィ。また敵を前にして戦わずか)
リックは悔しそうにしながらも素直に命令に従う。
ロランのいる中央の方でも『賢者の宝冠』に近接したこと、『爆炎魔法』が牽制に放たれたことを察知する。
「ユフィネ。リックに下がるよう連絡だ。レオン、リックと交代で先頭部隊の指揮に入ってくれ。敵の最後尾と弓矢の射程圏外を維持しながら追尾だ」
「了解」
「分かったぜ」
リックと前衛の指揮を交代したレオンは、『大同盟』と付かず離れずの絶妙な距離感を保ちながらダンジョンを進んだ。
その日はそれ以上何事もなく夕暮れを迎えた。
(よし。とりあえずは牽制が功を奏したみたいだな)
『精霊の工廠』同盟が仕掛けてこないのを見て、ニールはそう判断した。
イアンとグレンを呼んで明日のことについて打ち合わせする。
「明日のことだが、グレン、お前は今日と同じく部隊の最後尾で奴らに睨みを利かせとけ。もし、奴らが魔法の射程内に入ったら容赦なく撃てよ」
「分かった」
「俺は先頭を引っ張る。『精霊の工廠』同盟を引き離すチャンスがあれば、迷わず支援魔法を使っていくぜ。イアン。お前は中軸だ。先頭と最後尾の間で情報を処理してバランスを取れ。回復魔法を要請されれば、適宜対応するように」
「分かった」
「そして分かってると思うが、もし、あいつらが戦闘を仕掛けて来たり、追い抜きにかかろうとしてきたら、こっちからも躊躇なく戦闘を仕掛けるぞ」
ニールは凄みながら言った。
「とにかく勝負のカギは『精霊の工廠』同盟より先に鉱石を集めて、下山できるかどうかだ。そうすれば『白狼』の負担を相手に押し付けて、安全に帰ることができる。そのためにもここは一歩も引けないぜ。先頭を死守するぞ」
ニール達が会議している頃、『大同盟』の野営している場所から少し離れたところに野営した『精霊の工廠』同盟の陣地でも、ロランがレオンから受け取った情報をもとに考えを整理していた。
(『大同盟』はあれ以来、何も仕掛けて来なかった。やはりあの『爆炎魔法』は牽制。向こうも無闇に戦いたくはないってことか。それならこちらとしても望むところだ。しばらくは様子を見るか)
ロランはこのまま『大同盟』との距離を一定に保ちながら進み、勝負どころを待ち、指示があるまでは決してこちらから戦いを仕掛けないよう全部署に告げた。
『火山のダンジョン』には毎月50箇所もの大小様々な採掘場が出現する。
一度目のダンジョン探索で『精霊の工廠』同盟と『大同盟』は15もの採掘場からレアメタルを取り尽くした。
残る採掘場は35。
この島ではどれだけ冒険者を集めても一度の探索で取り尽くせる採掘場は15が限界。
そのため、二つの同盟で採掘場を分け合えば十分足りるはずである。
では、彼らは何を賭けて争っているのか?
彼らが争っているのは『白狼』からの襲撃を回避する権利である。
その権利を受け取るには、先に鉱石を調達して下山するしかない。
次の日も、その次の日も同じ展開が続いた。
ダンジョンを進む『大同盟』の後ろを『精霊の工廠』同盟が一定の距離を保ちながら追尾する。
『大同盟』が野営の素振りを見せると、『精霊の工廠』同盟もそのすぐ後ろにピタリと付けて野営する。
グレンは『大同盟』の最後尾で敵を牽制する任務に就きながら、『精霊の工廠』同盟の一矢乱れぬ動きに驚愕していた。
(何という統率力だ。この俺の『爆炎魔法』を目にしながらまるで動じている様子もない。これほど統率の取れた部隊、『魔導師の街』でも見たことがないぞ。敵は本当に寄り合い所帯の同盟なのか?)
ニールとイアンも『精霊の工廠』同盟に底知れぬ恐れを感じていた。
普通、これだけの大部隊がこれほど近接して行軍していれば、何かしら小競り合いが起こりそうなものだが、一向にそのような気配もなく、後ろに控える敵はただただ静かに一定の距離を保って追ってくるだけである。
それはレオンの卓越した指揮能力の賜物であった。
【レオンのステータス】
指揮:90-100
(レオンは頼りになる存在になったな。何も言わずに部隊を任せられる)
時間が経つにつれてニールとイアンは焦り始めた。
ニールは『精霊の工廠』同盟を引き離せないことに。
イアンは『精霊の工廠』同盟に一向に消耗の気配が見えないことに。
(くっそ。なんでだよ。こっちは可能な限り速く進んでんのに。なんでアイツらを撒けないんだよ)
(マズいな。こうも後ろにピタリとつけられては前を走ってる僕達の方が消耗が激しい。このままだとたとえ鉱石の調達を先に済ませたとしても、『白狼』に狙われる可能性が……)
そうこうしているうちに、『精霊の工廠』同盟に絶好のチャンスが訪れる。
その日、『大同盟』は予定していた地点までたどり着くことができず、中途半端な位置で野営をすることになる。
そこは見渡す限り平坦な高原で、まばらに聳える岩山以外周りには防壁となるものは何もない。
(ここだ。仕掛けるとしたらここしかない)
ロラン達は弓矢が届くか届かないかの地点で野営し、防備を固め始めた。
まるで戦闘の前触れかのようだった。
『大同盟』に緊張が走る。
ニールは防備を固めておくよう命じたが、作業は一向に進まなかった。
次の日の朝、ついに全面戦争かと覚悟を決めた『大同盟』だが、それに反して『精霊の工廠』同盟は防壁の中に閉じ籠り一向に出て来る気配がなかった。
竪琴の音が鳴り響くばかりである。
ニール達が不思議に思っていると、背後から力強い羽音が聞こえてきた。
『火竜』の一隊だった。
『火竜』達が『大同盟』に襲いかかると示し合わせたように、『精霊の工廠』同盟も陣地から打って出た。
『弓射撃』の援護の下、盾使い達が『大同盟』の防備の一角に突撃した。
二正面作戦を強いられた『大同盟』は、『精霊の工廠』同盟の突破をみすみす許すほかなかった。
イアンは不審に感じる。
(なんだ? 『火竜』が襲いかかってきたと思ったら、示し合わせたように『精霊の工廠』同盟も出てきた? まさかさっきの竪琴は『竜音』!? くそっ。奴らまだ切り札を隠し持っていたのか)
『大同盟』を突破した『精霊の工廠』同盟はそのままスピードアップして、凄まじい速さで山を駆け上っていった。
ニールは再び追い抜こうと息巻くが、『アースクラフト』を存分に使った『精霊の工廠』同盟は装備の損耗を気にせずダンジョン探索を進めたため、すぐに見えなくなってしまう。
(ちくしょう。なんなんだよこいつら。こっちは必死で全力で走ってるってのに、まるで軽くあしらうみたいに。俺達とこいつらでそんなに実力差があるっていうのか。そんなはずはねぇ。こんな無名の奴らに負けるなんてそんなことあるはずない)
しかし、そんなニールの考えをよそに『精霊の工廠』同盟はどんどん距離を開けてしまう。
ニール達は作戦の変更を余儀なくされた。
(くそっ。どうする? 敵には追いつけない。士気は上がらない。このままだとまた帰り道で『白狼』に鉱石を掠め取られることになるぞ)
「ニール。ちょっといいか?」
『精霊の工廠』同盟とのレースが絶望的になった頃、グレンが重々しい口調で話し始めた。
「俺に兵を預けてくれないか?」
「兵を? 一体なんで……」
「この場で『白狼』を待ち伏せし、奴らを討ち取るためだ」