第131話 アースクラフトの弱点
『精霊の工廠』同盟がいなくなって、自由気ままに鉱石を採取できるようになった『大同盟』だが、喜ぶのも束の間、帰り道では『白狼』の苛烈な襲撃が待っていた。
『白狼』の盗賊達は無理な強行軍によって消耗し、士気の上がらない地元冒険者達を狙い撃ちにした。
ニール、グレン、イアンを始めとした『賢者の宝冠』の魔導師達がフォローに回ったものの、『白狼』の巧みな陽動、奇襲、待ち伏せを前にしてなす術もなく削られていった。
数度の攻勢を受け、『大同盟』は瓦解した。
結局、『大同盟』はAクラス魔導師が実力を発揮できないまま、鉱石の半分以上が奪われ、『賢者の宝冠』の正規メンバーからも10名ほど捕虜を出してしまう。
ニール達は島民達からの批判を恐れて街に戻るのを躊躇ったが、意外にも住民達は『大同盟』に興味を示さなかった。
不思議に思ったニール達だが、街を歩いているうちに住民達が『精霊の工廠』同盟の武勇を称えるのに忙しいことに気付いた。
吟遊詩人は『精霊の工廠』同盟の武勇を称える歌を口ずさみ、人々は英雄譚を語り合っていた。
人々は『精霊の工廠』同盟が『大同盟』に勝利したとみなしたのだ。
その様子を見て、ようやくニールは『精霊の工廠』同盟にしてやられたことに気づいた。
(『精霊の工廠』同盟の奴ら……、舐めた真似しやがって)
「次回のダンジョン探索ではあいつらよりも速くダンジョン探索を進めて、速攻で帰還するぞ!」
ニールはそう息巻いたが、イアンは複雑な顔をしていた。
(『精霊の工廠』同盟か。思ったよりも厄介な相手だな)
『賢者の宝冠』とのレースに勝ち、『白狼』を上手くかわして、大量の鉱石を持って街へと帰ってきたロラン達だが、内情は決して芳しいものではなかった。
「なんなんですかあの連中は?」
地元冒険者のいなくなったところで、リックは鼻息も荒くロランに抗議した。
「前半なるべく消耗を避けるのはわかります。しかし、後半の地元ギルドのあの態度! こちらが突撃しているというのに援護もしない。あんな連中とは一緒に戦えません。もし、また彼らと同盟を組むというのなら、私は今回の任務、辞退させていただきますよ」
「リック。君の言うことも分かるが……」
ロランは『魔法樹の守人』のメンバーを宥めるのにその日1日を費やすことになった。
「はぁー。ったくリックの奴、いつまでも不満をタラタラと……」
ロランと一緒にリック達を宥めていたユフィネは、疲れたため息を出した。
「すみません、ロランさん。忙しいのにこんなことで時間取らせちゃって」
「いや、いいよ。組織の下層から上層に不平不満が聞こえてくるのはいいことだ。風通しが悪くなるよりも断然マシだ。本当に不味いのは下部から何の不満も聞こえず上手くいっていると錯覚すること。それを思えば……」
「ロラン、ちょっといいか?」
レオンが呼びかけてきた。
「ロランさん、新しい工房の件なのですが……」
アイナも何やら案件を持ってやってきた。
「ああ、二人とも待ってくれ。すぐ行くから」
ユフィネは心配そうにロランの方を見た。
(ロランさん。『冒険者の街』にいた頃よりも忙しそう。やっぱりギルド同盟を率いるのって大変なんだな)
ユフィネはロランと別れた後も酒場で物思いに耽っていた。
(ロランさんは同盟を取りまとめるのに忙しいし、なんとか負担を和らげてあげたいけど。はあ。けれどもどうしようかしら。『白狼』との戦闘。私も何か対策を考えとかないと)
攻撃しては逃げていく、陣形を使った勝負を仕掛けてこない敵に対してどう戦えばいいのか。
ユフィネがそんなことを思案していると、誰かが隣に座ってきた。
「やあ」
「あなたは……イアン」
ユフィネは再び自分の前に現れた背の高い男に目をパチクリさせた。
イアンは品のいい笑みを浮かべてくる。
「ダンジョン探索は上手くいったようだね。街ではどこもかしこも『精霊の工廠』同盟一色だ。君のとこの指揮官に上手くやられたよ」
「あなた達は散々だったようね。鉱石の大半を『白狼』に奪われたって聞いたわよ」
「そうなんだよ。挽回するのに大変でさ」
「相手のことを侮るからそうなるのよ。せいぜい気を付けることね」
「はは。手厳しいな」
「それで一体何の用? 手は組まないって言ったはずだけど?」
「今回はまた別の用件で来たんだ」
「別の用件?」
「『アースクラフト』についてだよ」
ユフィネは警戒を強めた。
『アースクラフト』は『賢者の宝冠』対策の要となるアイテムだった。
「風の噂に聞いたんだけれど、君達、先のダンジョン探索において、大量の『アースクラフト』を採取したんだってね。自分達では使い切れないほど」
「……」
「実は今、僕達は『アースクラフト』が不足していて困っているんだ。どうかな? 今なら、相場の2倍の価格で取引してもいいと思っているんだけれど……」
「おあいにくさま。別に私達お金には困ってないの。『アースクラフト』を調達したいならよそをあたってちょうだい」
「へえ。それじゃやっぱり前回の探索の目的は『アースクラフト』だったんだね」
ユフィネはハッとした。
(こいつ……)
「つまり君達は『アースクラフト』の精錬が終わるまで次の探索には行けない。そういうことかな?」
ユフィネはグラスをドンと机に置くと、銅貨を机に置いて、店を後にした。
「待ってよ。どこ行くんだい?」
「ついて来ないでストーカー。もうあんたとは金輪際口聞いてやんないから」
ユフィネは『精霊の工廠』同盟内を回って、「イアン・ユグベルクに気を付けろ。あいつと話すと情報ぶっこ抜かれるぞ」と注意喚起して回った。
ニールとグレンは『賢者の宝冠』の宿舎で沈鬱な表情を浮かべながら机を囲んでいた。
再度のダンジョン探索に向けて準備を進める彼らだったが、行く手には問題ばかりだった。
地元の冒険者達は『精霊の工廠』同盟への乗り換えをチラつかせながら報酬の吊り上げを求めてきていたし、『竜の熾火』までこの機会に足元を見てきた。
ニールはメデスとのやり取りを思い出す。
「ダンジョン探索の結果については我々も聞き及んでいますよ。『精霊の工廠』にしてやられたそうですな。いやはや、お気の毒です」
「ちょっと油断しただけだ。二度も同じ手は食わねえよ」
「しかし、現状の装備では心許ないでしょう? どうです? 『魔法細工』の剣鎧だけでなく、『黒弓』や『火槍』も追加で購入してみては?」
「おい、余計な口出ししてんじゃねえよ。自分達の使う装備くらい自分達で選ぶ。あんたら錬金術ギルドは俺らの言う通りのもん作って納品すりゃいいんだ」
「ニールさん、ちょっと我々の立場にもなっていただきたい。我々の作った装備で『精霊の工廠』のようなポッと出のギルドに負けたとあっては島1番の錬金術ギルドの名折れですよ。我々のブランドにも傷が付いてしまうというものです」
ニールは憤然として立ち上がった。
「ブランドだぁ? いい加減にしやがれ。テメーらの装備がどれほど役に立つってんだ。『竜の熾火』の装備を身に付けた冒険者は、以前から盗賊ギルドの連中にいいようにやられてんじゃねーか。知らねーとでも思ったか? いい加減にしねーと提携を打ち切りにすんぞコラ」
「そうですか。では、残念ですがこれにて交渉は打ち切りですな。そちらの出口からお帰り下さい」
メデスはパイプに火を入れて、煙を燻らせ始める。
「ぐ、ぐっ」
ニールはしばらく肩を震わせていたが、気を鎮めるように大きく息を吐くと、椅子に座り直した。
「悪い。言い過ぎた。今のはなしだ」
「結構。では、交渉を続けましょうかね」
メデスはふてぶてしくニンマリと笑った。
(全く手間をかけさせおって。これだから外から来た奴らは。どれだけ粋がったところでワシらの力を借りねば何もできんくせに)
「それでどうなさるおつもりですか、ニールさん? 追加の装備について購入するのか、しないのか」
ニールはその場をどうにか凌ぐことができたものの、自分達の望む条件をメデスに了承させることはできなかった。
(チクショー。どいつもこいつも。ちょっとこっちの調子が悪くなりゃ、笠に着て足元見やがって。これだからこの島の連中は……)
「ニール。問題は『大同盟』や『竜の熾火』のことばかりではない」
グレンが言った。
「『白狼』によって捕虜にされている我々の同志や地元冒険者の解放についても交渉しなければ。特に地元冒険者の『大同盟』への忠誠心が落ちている。即刻対処しなければ……」
「分かってるよ。分かってるけど……」
「すまない。遅れてしまった」
イアンがドアを開けて入ってきた。
「あっ、イアン。お前どこ行ってたんだよ。5時から会議するって言っただろーが」
「ちょっと情報収集に手こずってね。だが、それに見合う成果は上げられたよ」
「何か耳寄りな情報が手に入ったのか?」
「ああ。『魔法樹の守人』は『アースクラフト』を使っているようだ」
「『アースクラフト』を?」
「『精霊の工廠』同盟があれだけの速度で行軍できたのも『アースクラフト』を持っていたことが大きい」
「なるほど。そういうことだったのか。なら、こっちも『アースクラフト』を調達して……」
「無駄だよ。どうも前回の探索の趣旨は『アースクラフト』の独占にあったようだ。すでに主だった『アースクラフト』の採掘場は全て押さえられている。市場にも僅かばかりしか流通していない」
「なんだと!? くそっ。あいつらそこまで考えて探索してたのかよ」
ニールは悔しそうに歯噛みする。
「完全に後手後手に回ってしまっているな。『魔法樹の守人』か……。強かな奴らだ」
グレンは腕を組んで唸った。
「でも、これは考えようによってはチャンスかもよ」
「何? どういうことだ?」
「彼らが『アースクラフト』を探索の要に置いているということは、裏を返せば『アースクラフト』の精錬が終わるまでダンジョン探索を開始できないってことだ」
「なるほど。つまり、奴らが精錬を終える前にダンジョンに入ってしまいさえすれば……」
「ダンジョン探索で先行して主導権を握れる。ひいては前回向こうにやられたように『白狼』の負担を押し付けることもできるというわけか」
「そういうことだね」
「よし。そうと決まりゃあ早速、準備するぞ。『竜の熾火』の奴らにソッコーで装備を整備させて、同盟の奴らに招集をかけ、最短時間で部隊を編成だ。お前ら、忘れたわけじゃねぇよな」
ニールはその双眸に鋭さを取り戻して、二人を睨んだ。
「『魔導師の街』で最強の魔導師になる。そのためには『巨大な火竜』を倒してSクラスになる必要があるんだ。『魔法樹の守人』だか『精霊の工廠』だか知らねーが、あんなどこの馬の骨とも分からねぇ新興ギルドごときに手こずってるわけにはいかねぇんだよ」
イアンとグレンは無言でうなずいた。
その後、ニールは『竜の熾火』に最短時間で装備を整備すれば、追加料金を支払うという条件で話をまとめた。
地元冒険者達にも最短の準備をアピールして、再び『大同盟』への参加を呼びかけた。
三日後には全ての準備を終えた『大同盟』がダンジョンへと突入する。
ロラン達が『アースクラフト』の精錬を終えて、ダンジョン前に集合できたのは次の日だった。
ダンジョンからは『火竜』の『火の息』が見える。
『大同盟』はすでに『メタル・ライン』に到達しているのだ。
『精霊の工廠』同盟の面々は流石に不安げな顔をする。
「なあ。ロラン。これって……」
レオンがダンジョンの方を見ながら不安げに尋ねる。
「ああ。『大同盟』は僕達が『アースクラフト』の精錬に時間がかかることを見越して、先にダンジョンへと突入したんだ」
「くそ。やっぱりそうか。してやられたな」
「どんな装備でもたちどころに復元してしまう『アースクラフト』だが、唯一の弱点がこの精錬にかかる時間だ。この回転率の悪さを嫌って、あえて『アースクラフト』を探索で用いないギルドも多い」
(イアン・ユグベルクか。情報収集のエキスパートなのは分かっていたが、思った以上にやるな)
ユフィネはロランの隣で爪を噛んでいた。
(くっそー。あのすかし野郎。リックが駄々こねて、ロランさんからの心証が悪くなってるってのに。よりによって私から情報ぶっこぬくなんて。覚えてなさいよ。ダンジョンで会ったらただじゃ置かないんだから)
「ロランさん。その、すみません。私から情報漏洩しちゃったみたいで……」
「いいよ。その後、ちゃんと全体に注意喚起して対策を施したんだろ? むしろこの程度で済んでよかった」
「ロランさん……」
ユフィネはロランの寛大な処置に感激したように目をウルウルさせた。
(とはいえマズいんじゃねぇか)
レオンは思った。
(『賢者の宝冠』を相手に1日のロス。帰りは『白狼』の主力部隊と戦う可能性が高い。それに……、こっちはこっちで問題を抱えている)
レオンは先日、リックがただならぬ剣幕でロランの部屋に抗議しに行ったのを思い出す。
リックがどのようなクレームをロランに入れたかまでは知らないが、どうも『魔法樹の守人』の方で何か揉めているらしいということは、レオン達の方でもそこはかとなく感じていた。
その原因が自分達にあるということも。
(大丈夫なのかよ。ロラン)
レオンがそんなことを考えていると、広場の向こうの方から騒めきが聞こえてくる。
遅ればせながらリックが到着したのだ。
(くそ。やはりこの連中と一緒に探索することになるのか。どうにも納得がいかん)
一応ロランに説得されたリックだが、それでもまだ割り切れない思いを抱えていた。
不機嫌なのを隠そうともせず険しい顔つきで、ズンズン周りの冒険者達を押しのけていく。
「やあ、リック。来てくれたんだね」
ロランがにこやかに話しかけた。
「よかったよ。君がいないと前衛の強度は著しく減退してしまうからね」
リックはロランのことをキッと睨んだ。
「ロランさん、改めてお尋ねします。前回のダンジョン探索で演じた『白狼』との戦い。あのように無様な戦いぶりをまた繰り返すおつもりですか? 『魔法樹の守人』最強部隊の指揮官としてお答え下さい」
リックの問いかけに周囲の者達は緊張した。
特に地元冒険者の一団が顔を強張らせる。
ロランも真剣な顔つきで応じる。
「分かっているよ。無論、僕とていつまでも『白狼』の連中に好き勝手させるつもりはない。だが……今はまだ時期尚早だ」
ロランは目を落とした。
「今、地元の冒険者達は類稀な努力の結果、目覚しい成長を見せている。『白狼』の妨害と『竜の熾火』による歪な錬金術支配に抗いながら、ようやくここまで来たんだ。あと少し。あと、もう少しだけ時間が欲しい」
リックは大きく息を吐いて、自分を鎮めた。
「分かりましたよ。今はそれでよしとしましょう」
「ありがとう。ただ、『白狼』との戦い方に関しては、僕の方でも言いたいことがある。リック。君の前回の戦いぶり。なんだあの戦い方は?」
「む」
「一人で突撃して、敵にいいように翻弄されて、あんな風に無謀な戦い方を教えた覚えはないよ」
「……」
「君はAクラスの魔導騎士にして前衛の要なんだ。その君がやられれば、部隊全体の士気に関わる。その自覚は常に持たなきゃダメだよ」
「わ、分かっていますよ。少しばかり『白狼』の戦い方に困惑して、冷静さを欠いただけです。同じ轍は踏みませんよ」
「ならいい。頼りにしているよ。……みんな、集まってくれ」
ロランが号令をかけると、同盟参加者達が集まってきた。
「見ての通り、『大同盟』に先を越されて若干不利な状況だ。だが、このくらいの不利を跳ね返してこそ本物の実力だ。やることは前回と同じだよ。消耗を少なくしてなるべく効率よくダンジョン探索を進める。作戦もそのままだ。『アースクラフト』の独占を通して、『賢者の宝冠』を競争から締め出す。一歩も引くつもりはない。まずは『大同盟』に追い付くぞ」