第130話 新たな文化
順調に『火山のダンジョン』を進むロラン達だったが、『メタル・ライン』の半ばに達したところで流石にその勢いにも翳りが見えてきた。
背後では大勢の足音が聞こえ、『賢者の宝冠』はもうすぐそこにいるに違いなかった。
レオンは不安になってくる。
「ロラン。このまま進んで大丈夫なのか? 流石に部隊にも疲れが見えてきたし、『賢者の宝冠』がもうすぐそこまで近づいて来ている。『白狼』との戦闘も控えているし、『賢者の宝冠』の奴らが仕掛けて来たりすれば……」
「大丈夫。その点についてはすでに考えてあるから」
「そうか。お前がそう言うのなら、まあ……」
(『賢者の宝冠』のエースはすでに消耗している。ジャミルならそこを見逃さず突いてくるはずだ)
「よし。『精霊の工廠』同盟の奴らが見えて来たぜ。追い抜くまであと少しだ!」
ニールは大同盟の先頭に立って率いながら言った。
「ニール。そろそろ彼らと交渉の席を持った方がいいんじゃないかな」
イアンが提案した。
「このままダンジョン内で遭遇戦になれば、お互いに甚大な被害を被る可能性がある。それを避けるためにも……」
「交渉? そんな必要ねぇよ。こっちが交渉の席に着くのは向こうから頭を下げて来た時だけだ! もし奴らが道を譲らないと言うのなら、無理矢理退かすまで。明日は戦争だ。気合入れて、準備しとけよテメーら」
ニールはそれだけ言うと、自分のテントへと入っていった。
(ニールの奴、『精霊の工廠』同盟と戦闘するつもりか……。発破をかけたのは失敗だったかな。まさかここまで手こずるなんて)
追いかけっこを始めて3日。
『大同盟』は、いつしか『精霊の工廠』同盟を追い抜くことが至上命題となってしまっていた。
そのためにはあらゆるものを犠牲にした。
イアンは不安だった。
というのも、『精霊の工廠』同盟の動きに不審な点を感じていたからだ。
(彼らの動きは何かがおかしい)
『精霊の工廠』同盟に先着されながらも、『賢者の宝冠』はレアメタルを拾えるようになっていた。
ニールは『精霊の工廠』同盟が取りこぼしたものとして、気にしなかったが、イアンにはそうは思えなかった。
(取りこぼしをするってことは、『精霊の工廠』同盟はもうすでに鉱石の調達をほとんど終えているということだ。にもかかわらず、ダンジョン探索をやめずに続けている。何かを狙っているとしか思えない。一体何を狙っているんだ?)
翌日、いよいよ追い抜きにかかろうと意気込む『大同盟』だったが、『精霊の工廠』同盟は忽然と姿を消していた。
朝とともに荷物をまとめ、迂回して山を下山したのだ。
(やられた! やっぱり『精霊の工廠』同盟は鉱石の調達を済ませていたんだ)
イアンは事ここに至ってようやく自分達が『精霊の工廠』同盟によって誘い込まれたことに気づいた。
(狙いは僕達と『白狼』を戦わせることか。僕達を囮にして、『白狼』の待ち伏せをかわすつもりなんだ)
ニールはライバルが消えてむしろ喜んだ。
(ようやく目の上のたんこぶが消えてなくなったか。これで探索と鉱石採取に集中できるぜ)
「『精霊の工廠』同盟は我々に恐れをなして逃げだした。ダンジョンから逃げ出す者に冒険者を名乗る資格はない!」
ニールはそう吹聴して、部隊の士気を高めるのであった。
湧き立つ部隊の中にあって、イアンだけが重苦しい表情だった。
(『白狼』が僕達を重点的に攻撃してくるのは間違いない。あとは『白狼』が少しでも『精霊の工廠』同盟の方に兵を割いてくれることを祈るしかないか)
イアンは下方に目を向ける。
(ユフィネ、今頃、君は自分達だけ上手く逃げ果せたと思っているんだろうね。だが、どうかな? 『白狼』はタダで見逃してくれるほど甘くはないよ)
ジャミルは『精霊の工廠』同盟と『大同盟』の背後を追いながら、彼らの下山に備えて準備していた。
降りてくる部隊を待ち伏せするポイントをあらかじめ選定しておき、退却する時逃げ込む拠点も用意してそこにポーションなどのアイテムや武具鎧など予備の装備も隠しておく。
ジャミルが各班の班長達と最後のチェックをしていると、『火竜』に乗って偵察に向かっていたロドが帰って来た。
「ジャミル、『精霊の工廠』の奴らが山を降り始めたぜ」
「そうか。それで? 『賢者の宝冠』は、奴らは少しでも『精霊の工廠』を削ることができたのか?」
「いんや。全然ダメだね。戦闘すらさせてもらえずだ」
「……そうか」
(チッ。使えない奴らだな)
「仕方ない。主力は『大同盟』の方に当てる。ザイン。お前は予備の部隊を率いて、『精霊の工廠』同盟の方に向かえ」
「分かった」
(ロラン。『大同盟』を上手く撒いたからと言って、逃げ切れると思うなよ。俺達の庭に入ってきたからには、その落とし前きっちりつけてもらうぜ)
片側が坂になった道の半ばに差し掛かったところで、『精霊の工廠』同盟は攻撃を受けた。
部隊に矢の雨が降り注いでくる。
「敵襲だ!」
「右側から来たぞ」
ロランはすぐに部隊を展開させて、防御を固める。
(流石にいい場所で待ち伏せしてくるな。さて、後半戦の始まりだ。ユフィネ達を加えてどうなるか)
リックは最前線で盾を構えながら、意気込んでいた。
(ふふふ。ようやく盗賊ギルドとやらのお出ましか。防御ばかりやらされた鬱憤、ここで晴らさせてもらうぞ)
しばらく盾を構えて防御していると、矢の雨が止まる。
「よし。今だ。斬り込むぞ。俺について来い!」
リックは剣を抜いて勇しく敵陣に攻め入ろうとした。
しかし、彼について来る仲間はまばらだった。
「えっ?」
結局、突出したリックが集中的に攻撃を受けてしまう。
リックは慌てて引き下がった。
「おい。何をしているお前達。敵に斬り込むチャンスじゃないか!」
しかし、彼の周りの味方は決して安全地帯から前に出ようとしない。
(なんだぁ?)
結局、一方的に削られるだけ削られて『白狼』には逃げられてしまう。
「おい。お前達。どういうつもりだ。ここまで来て怖気付いたのか? 敵に逃げられてしまったじゃないか」
リックは憤るが、地元の冒険者達は肩をすくめるばかりであった。
(くっ。こいつら……)
レオンは苦々しい思いでその様を見ていた。
(やはり、帰りになるとこうなっちまうか。『魔法樹の守人』が加わってどうなるかと思ったが……。鉱石を手に入れた以上、消耗は避けたい。俺達のこの悪癖はどうしてなかなか深刻だな)
次の待ち伏せポイントでも、また『白狼』の軽装部隊に先手を取られ、『精霊の工廠』同盟側は突撃の足並みが揃わない。
「ええい。もういい! こうなったら俺一人で突っ込むまでだ。『俊敏付与』」
リックの体が緑の光に包まれたかと思うと、彼は凄まじい速さで、坂道を駆け上がっていった。
しかし、あと少しで敵に斬り込むことができるところで、赤い光線が向かってくる。
「!?」
炎弾がリックの鎧を直撃した。
「ぐ……あ」
リックはがくりと膝をつく。
(なんだ今の攻撃は。普通の『爆炎魔法』とも違う。まさかこれが『竜頭の籠手』!?)
「『竜頭の籠手』が当たったぞ」
「今だ。集中砲火しろ」
また無数の矢がリックに向かって飛んでくる。
「なんの。これしきっ」
リックは降り注ぐ矢の雨にも負けず、再び盾を構えて突進していく。
しかし、盗賊達は後退して、リックの攻撃をかわした。
横側の高所から矢が射られて、リックは退却を余儀なくされる。
「ぐっ。おのれ……」
リックの攻撃は失敗したが、エリオはその様を見て舌を巻いた。
(凄いな。あれがAクラス盾使いの気迫……)
戦闘が膠着する中、レリオは絶好の射撃ポジションを見つける。
低所だが、上からの攻撃を防ぐ低木がある。
(よし。あそこなら……)
「!? 待て、レリオ。そっちはダメだ」
ジェフが制止するのも聞かず、レリオは走り出した。
しかし、走り込もうとした場所に向かって進むうちに鉄のトゲが降ってきた。
(? なんだこれ?)
足に鋭い痛みが走る。
「うっ。ぐあ」
(くっ。これは……、撒菱か……)
気付けば彼の周り一面に撒菱が撒かれていた。
やむなくロランは、レリオを救出するために人数を割いた。
ユフィネとシャクマは回復と支援をしながらすっかり『白狼』の戦い方に戸惑っていた。
「なんなのこいつらのこの戦い方」
「こちらを撃破するというよりは心を削ってくる。そんな感じですね」
リックとレリオが後退したことで、部隊全体が引きずられるようにして後ろへと下がり始めた。
『魔法樹の守人』と地元ギルドの足並みが揃わないことからも、動揺は同盟全体に広がろうとしていた。
「おい、不味いぜ、ロラン」
レオンが言った。
「『魔法樹の守人』はまだ『白狼』との戦いに慣れていないし、俺達地元ギルドも帰りの戦闘には消極的だ。せっかく『賢者の宝冠』を上手くやり過ごしたっていうのに。このままじゃ『白狼』の奴らに上手く絡めとられちまう。なんとかしないと……」
「レオン。気付かないのか?」
「あん? 何がだ?」
「さっきから『火竜』が全然来ない」
「……あっ」
「今、僕達が戦っている敵の中に『竜音』の扱える者はいない。つまり……」
ロランは空を指差した。
「こちらからの『竜音』が有効ってことさ」
すでにニコラには竪琴を弾かせていた。
大きな影が部隊の間を横切った。
雄叫びが空に鳴り響いたかと思うと、3匹の『火竜』が『白狼』に襲いかかる。
盗賊達は背後からの奇襲に慌てて逃げ惑う。
ロラン達は敵を深追いすることなく、戦線を離脱した。
ザインはロランを追撃すべく部隊を立て直そうとしたが、主力部隊ではないこともあって手間取った。
ロラン達はその隙に山を駆け下りて、『白狼』の追撃部隊を撒いた。
ほとんど無傷で街へと帰還する。
街では住民達が冒険者達の帰りを待ち構えていた。
『精霊の工廠』同盟か『大同盟』か、どちらが先に帰ってくるのか気になるのだ。
中には、屋根の上に登ったり、物見の塔から眺めたりして、少しでも早くどちらの同盟が帰還するのか見定めようとする者もいた。
先に帰って来たのが『精霊の工廠』同盟だと伝わるやいなや、街中は歓喜の渦に包まれた。
住民達は、『精霊の工廠』同盟が『大同盟』に勝利したとみなしたのだ。
人々はダンジョンの前に集まって冒険者達を労う。
ロランは同盟下の者達にあえて遠回りして、『精霊の工廠』まで帰還するよう命じた。
そのため街はさながらパレードの様相を呈した。
島には新たな文化が根付こうとしていた。
ダンジョンから最初に帰ってくるギルドを見届ける文化。
そして地元の冒険者達に期待を寄せる文化だ。
中には地元が勝つか、外部が勝つか賭博の対象にする不届き者もいたが、住民の地元冒険者に対する期待は日増しに高まるばかりだった。