第128話 対抗意識
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
裾野の森を行く『大同盟』の行軍は遅々として進まなかった。
「おいっ。もっと早く、走れねーのか」
ニールは苛立たしげに部隊を叱咤した。
「『精霊の工廠』の奴らはすでにはるか先へと進んでいるんだぞ」
『精霊の工廠』同盟と同じ時刻にダンジョン前の広場に集まった『大同盟』だが、彼らはすでに大幅に遅れを取っていた。
まず、部隊編成の段階でちょっとした手違いがあり、予定通りの時間にダンジョンへと入ることができなかった。
『裾野の森』でも、モンスターに遭遇するたび陣形を作るのにもたどたどしく、纏まりにかけていた。
今も『賢者の宝冠』が担当する右翼と中央のモンスターは、難無く片付けることができたが、地元冒険者の多い左翼は戦闘開始から数十分経っているにもかかわらず、一向に終わる気配が見えなかった。
「雑魚モンスターにいつまで手こずってんだ。いい加減にしねーと置いていくぞ」
「ニール、落ち着け」
年長者のグレンがたしなめるように言った。
「ダンジョン探索は始まったばかりだ。序盤から焦って飛ばしているようでは、息切れしてしまうぞ」
「けどよ。このままだと『精霊の工廠』同盟の方が先に採掘場まで辿り着いちまうぜ」
「焦ることはない。このダンジョンには良質な鉱石の採れる採掘場がいくらでもあるんだ。まずは地元冒険者との連携を確立してからだ。去年のことを忘れたのか? 去年も地元ギルドとの連携が十分に取れないまま進んだ結果、後半になってから瓦解した。序盤のモンスターがまだ弱いうちに同盟の課題を洗っておき、中〜終盤に備えて最適化を図るのが肝要だ。このダンジョンでは……」
グレンが言いかけた時、空をつん裂く『火竜』の鳴き声が響き渡った。
その後すぐに怒号と武器の鳴り響く戦闘音が聞こえてくる。
グレンが上空の方を向くと、『火竜』の吐き出したと思しき『火の息』と弓使いの放った矢が飛び交う様が見て取れた。
「あれはまさか……『精霊の工廠』が戦っているのか?」
「奴らもう『メタル・ライン』まで行ってるぞ」
グレンは信じられないような顔をする。
(バカな。いくら何でも速すぎる。あれほどの速度の強行軍、装備もステータスも保たんぞ。勝負を捨てたのか?)
戦闘音は長くは続かなかった。
『精霊の工廠』同盟は信じられない手際の良さで、『メタル・ライン』のモンスター混成部隊を始末したのだ。
無理な進軍をしている様子は、微塵も感じられない。
しかし、それでもなおグレンは信じることができなかった。
常識がどうしても目の前の出来事の理解を拒む。
(この島で注意するべきは盗賊ギルドだけなはず。しかるに……)
「ねえ。流石に不味いんじゃない?」
イアンがニールに耳打ちした。
「この島の冒険者達は移り気だ。あまり『精霊の工廠』同盟に差を付けられると、面子に関わる。向こうに靡く冒険者も出かねないよ」
イアンのこの進言で、ニールの我慢は限界に達した。
杖に魔力を込める。
「ニール!? 何をする気だ?」
「これ以上温存している場合じゃねぇだろ。飛ばすぜ。『俊敏付与』!」
「『魔法樹の守人』の戦力を『精霊の工廠』同盟にいかにして組み込むか。それが今回の課題だ」
ロランはダンジョン突入に先立ってそう言った。
「レオン、ハンス、ウィル。『魔法樹の守人』はまだ『火山のダンジョン』に不慣れだ。『メタル・ライン』で『火竜』に遭遇した場合、君達が倒し方のお手本を見せるように」
「分かったぜ」
「ユフィネ、シャクマ。この島の冒険者達は外部冒険者に苦手意識を持っている。まずないとは思うが、『賢者の宝冠』と戦うことになった時には積極的にリードしてくれ」
「はい」
「どれだけ周到に準備しても、ダンジョン内では必ず不測の事態が発生する。その都度、改善と微調整を迫られるから、どのギルドも積極的に意見を出してくれ」
「「「「「はい」」」」」
そして、ダンジョン内。
「カルラ、『火竜』が来るぞ!」
ジェフが言った。
「任せろ! はああっ」
カルラはジェフを追って低空飛行している『火竜』に『回天剣舞』を浴びせる。
(うっ。斬れる?)
カルラは新しい剣の斬れ味にギョッとする。
普段は何重にも刻まなければ、通らない『火竜』の皮膚に一度の斬撃だけで深々と食い込み、骨まで届きそうになる。
おかげでカルラは勢い余って技を決め損ねた上に、着地の態勢を崩しそうになった。
後ろに控えていたセシルが慌てて、『火竜』にトドメを刺す。
「何やってんだ、カルラ。トドメ刺し損ねてんじゃねーか」
「わ、悪い。ちょっと手元が狂って……」
(ウェインの奴、何ていう斬れ味の刀渡すんだ。下手に『回天剣舞』を繰り出すと、倒し損ねてしまうな)
別の場所ではエリオが『ロック・ファング』の攻勢を受けていた。
俊敏の高い『ロック・ファング』の攻撃を完全に防御するのは至難の技である。
だが、エリオはそれをやろうとしていた。
(普段ならダメージを受けても良しとするところだが、Aクラスの盾使いを目指すなら、完璧に敵の威力を殺せなきゃダメだ)
小刻みに動きながら隙を伺ってくる『ロック・ファング』に対して、エリオは目を凝らしてタイミングを図る。
『ロック・ファング』が飛びかかってきた。
(今だ!)
エリオは盾を構えて、『ロック・ファング』の爪攻撃を防御する。
しかし、衝撃を完全に殺すことはできず、装備とステータスを削られるのを感じた。
(くっ、ダメか?)
エリオがチラリとロランの方を振り返ると、首を振っている。
(くそっ。もう一度だ)
ハンスは『飛竜』を追い掛けていた。
(僕にはアリスのような『速射』もクレアのような『連射』もできない。それでAクラスを目指すには、『魔法射撃』の威力と……百発百中の命中率を目指すしかない!)
ハンスは火炎に包まれた『魔法射撃』を放つも、『飛竜』を一撃で撃ち落とすことはできない。
(くそ。ダメだ。どうしても『魔法射撃』だと、射撃モーションが遅れてしまう。もっと集中しなければ)
ウィルは味方の戦列の後ろから『爆風魔法』で敵を殲滅していた。
巻き起こる爆風はいつもよりも一回り大きい。
「わぁ〜。凄いです。お兄様」
「うん。凄いね。この杖。ウェインの奴はいい仕事をしてくれたようだ。でも……」
(今の戦いではもっと敵を効率よく倒せたはずだ。もっと速くポジションについて、もっと的確な場所に爆風を起こさなければ。それに……)
ウィルは杖を握り締めた。
(もっと高い威力を出せるはずだ。ウェインの作ってくれたこの杖なら)
ロランは戦場全体を見渡しながら、特にエリオ、ハンス、ウィル、カルラの働きを注視していた。
彼ら4人には、多少部隊の都合を差し置いても成長を優先するよう言い渡していた。
(いい感じだ。4人とも以前より欲が出てきているのが分かる。Aクラスになろうとする意思は本物だな。この分であれば、あとは場数を踏めば自然とスキルアップしていくだろう。Aクラスモンスターに遭遇すれば、躊躇なく彼らをぶつける)
「カルラ、『火竜』もう1匹いくぞ。今度は一撃で仕留めろよ」
ジェフが『火竜』を引き寄せる動きをした。
カルラもその動きに合わせる。
(新しい武器では『回天剣舞』を決めるのは難しい。ならここは……『剣技』だ!)
一閃。
カルラは『火竜』の太い首を一刀の下両断した。
【カルラ・グラツィアのスキル・ステータス】
『剣技』:A(↑1)
適応率:80%(↑20%)
(カルラ、流石にセンスがいいな。新装備への適応率も上がってきた)
地元組が中心になってモンスター達と戦う中、『魔法樹の守人』の面々は後ろに控えながら戦いを見守っていた。
『火山のダンジョン』のモンスターに慣れるまでは地元組の戦いを見ているようロランに言われたからだ。
リックもダンジョンに入ってからずっと後ろに控えて後衛の任務に徹していたが、カルラが『火竜』をぶった斬るのを見て、ついに我慢の限界に達した。
「ええい。さっきから『火竜』を狩っているのは地元の奴らばかりではないか。もう我慢できん。レリオ、俺達も『火竜』を狩るぞ」
「うん。そうだね。やってみよう」
レリオはその俊足でもって、ポジションをとり、はるか遠くの『火竜』を射止める。
ジェフは目を丸くした。
(こいつ速い。狙いも正確だ。Aクラス弓使いか?)
リックは『俊敏付与』を自らにかけると、重厚な鎧を身に付けているにもかかわらず風の速さでレリオを追い抜いて、急降下してくる『火竜』の爪を『盾防御』で受け止めたのち、『剣技』で始末する。
(支援魔法、盾防御、剣技をハイレベルに使いこなしてやがる。こいつもAクラス魔導騎士か)
レオンはリックのことをそう判定した。
リックとレリオに勇気付けられて、『魔法樹の守人』の弓使いと戦士も続々『火竜』の討伐に挑戦するようになっていった。
各々スキル・ステータスの個性を活かして、『火竜』を狩っていく。
レオンは彼らの戦い方を注意深く観察した。
(なるほど。流石に『冒険者の街』最強部隊だけのことはある。まだ『火山のダンジョン』に入って間もないというのに、『火竜』の倒し方を完璧に身に付けやがった。だが……、気のせいか? 俺達と『魔法樹の守人』の動きにそこまで差は無いような?)
レオンは自分の部隊を見回した。
(俺達はもう島の外から来た奴らと肩を並べるレベルになっているのか? いや、まさか……)
『精霊の工廠』同盟が進むにつれて、モンスターの強さは増していった。
そのため、地元冒険者と『魔法樹の守人』は争うようにして『火竜』討伐に取り掛かり、獲物取り合いの様相を呈してきた。
『魔法樹の守人』が前に踊り出れば、地元冒険者が追い越して前に陣取る。
すると『魔法樹の守人』の冒険者達がさらに前へと陣取って、部隊は否応なくその隊形を長くしていった。
(おいおい、ちょっとまずいんじゃねぇか?)
レオンは加熱する討伐競争の様子を見て、焦りを感じ始める。
(まだ序盤だってのに、今からこんなに飛ばしてちゃあもたねぇぞ。帰りには『白狼』との戦いも控えてるってのに。ここいらでちょっと力をセーブしといた方がいいんじゃ……。いや、しかし……)
レオンは『魔法樹の守人』の面々をチラリと見た。
(果たして俺がそんなことを言っていいのか? 『魔法樹の守人』も外から来たハイレベルなギルドだ。変に口出しして、険悪になりでもしたら取り返しがつかんぞ。いや、しかし……)
レオンは今度は地元冒険者の方を見る。
(普段はあっさり外部ギルドの後ろに隠れる地元の奴らがいつになく対抗意識を燃やしてやがる。それ自体はいいことだ。いいことだが……、このままいけば、また地元と外部で揉めんのは目に見えてんぞ)
また、地元冒険者が『魔法樹の守人』を抜かして先頭に立った。
隊列はさらに間延びすることになる。
(どうする? このままじゃ同盟は瓦解しかねない。誰かがこの流れを止めねーと。しかし、誰が? 地元と外部、両方に言い聞かせて、納得させられる奴なんてここには……)
「レオン、ユフィネ。部隊に止まるように言ってくれ」
ロランが言った。
「今日の探索はここまでだ。野営の準備を始めるように」
それを聞いて、レオンはホッとした。
(流石にいいタイミングでインターバルを挟んでくれるな。とりあえずはクールダウンできるぜ)
ロランの一声により、『精霊の工廠』同盟は、まだ日が高いにもかかわらず、近くの小高い場所に陣取って野営の準備を始めた。