第127話 イアンの提案
『竜の熾火』に辿り着いた『賢者の宝冠』の3人は、メデス、エドガー、ラウルの3人によって迎えられる。
6人は早速、商談に移った。
「今回は『賢者の宝冠』様だけではなく、『魔法樹の守人』様も来ておられますからな。もし、優先的にカルテットを使いたいということでしたら、その分料金については上乗せしてもらう必要がありますよ」
メデスはふてぶてしい笑みを浮かべながら言った。
(ふふふ。まさかこの時期に大手ギルドが二つも来るとはな。ラッキーじゃわい。これを機に絞れるだけ絞り取って……)
「おい、『魔法樹の守人』の奴らは『精霊の工廠』同盟に参加するっつってたぞ」
ニールが言った。
「ぴょっ?」
メデスは変な声を出してしまう。
「『精霊の工廠』同盟に? なんでまた……」
エドガーが本当に不思議そうに言った。
「『精霊の工廠』のギルド長が『魔法樹の守人』とパイプを持っているようですよ」
イアンが言った。
「えっ? そうなんですか?」
「ええ。気になって一応広場で聴き込みをしておいたんです。ご存知なかったのですか?」
「えっ? いやぁ。まあ、そのなんと言うか」
メデスはすっかりしどろもどろになる。
「それで? どうなんだよ。こっちの提示する条件で依頼、受けんのか。受けねえのか」
ニールが詰め寄った。
「えっ? もちろん受けますよ? 受けさせていただきますとも。我々があなた方のような由緒正しいギルドの依頼を断る理由などありません」
メデスが慌てて取り繕うように言った。
ニールはその様に眉をしかめる。
(ったく大丈夫かよ、こいつら。地元のライバルギルドの情報くらい集めとけっての。前から思ってたけど、ここの経営層ちょっと抜けてねーか? やっぱこのギルドで使えるのはラウルだけだな)
「まあ、いいや。それじゃ頼むぜラウル。いつも通り『魔法細工』の装備しっかり作ってくれよ」
「えっ? あ、ああ」
ニールが声をかけると、ラウルは気の抜けたような返事をする。
それを見て、ニールは呆れてしまった。
(おいおい、ラウル。お前までなんだその腑抜けた態度は?)
「ラウルさん、どうかしたんですか? 顔色が優れないようですが」
イアンが心配そうに尋ねた。
「あ、いえ。なんでもないっす」
そう言いつつも、ラウルは思い悩んでいた。
(まさか、リゼッタが辞めちまうとは。あいつは優秀な銀細工師だってのに。いいのかよ引き止めなくて。でも、俺は今、自分のことで精一杯だし……)
『精霊の工廠』に辿り着いたユフィネ達はロランの鑑定を受けた。
ロランは手早く全員の状態をチェックする。
「ん。練度落ちてないね。よくやった。『火竜のダンジョン』での働きにも期待しているよ」
「はい。それじゃ、みんな装備を錬金術師さんに預けて。その後は表の食堂でくつろいでいていいから」
ユフィネがそう言うと、隊員達はホッと気を緩めて装備を外し始めた。
「では、『魔法樹の守人』御一行様。表までお越し下さい。本日は皆様の貸し切りですよ〜」
サキがそれとなく現れて、隊員達をおもてなしする。
「ユフィネ、シャクマ、リック、レリオ、マリナ。君達は残って、早速だけど今回のダンジョン攻略について打ち合わせしよう」
すぐに待っていたレオンやハンス、ウィルなど地元の冒険者達も混えて打ち合わせが始まった。
「ダンジョンのことについては実際に目で見てもらうとして、目下の課題は『賢者の宝冠』にどう対処するかだ」
ロランは黒板に『賢者の宝冠』に所属する3人のAクラス魔導師の名前を書いていく。
「攻撃魔導師グレン・ロス、支援魔導師ニール・ディオクレア、治癒師イアン・ユグベルク。いずれもスキル・ステータス共に典型的Aクラス魔導師という感じだった。スタンダードな訓練、スタンダードなクエストを経て、自然と才能を開花させていった。そんな感じだ」
「エリートってやつか」
レオンが苦笑しながら言った。
生まれてこの方叩き上げで育ってきた彼には、ついぞ縁のない世界だった。
「だが、弱点も見つけた」
「もうそこまでしていたのか」
(あの短い時間で、ここまで傾向と対策を。やはりこいつは普通の鑑定士とは違うな。頼りになるぜ)
「彼らの弱点はこの3人の中に指揮能力の高い人間がいないところだ。いずれもせいぜい平均レベル。これはどのギルドでもそうだし、仕方のないことでもあるんだけれど、スキルや戦闘能力の高い者が指揮官の役割も兼任しがちだ。おそらく『賢者の宝冠』も同じだろう。強過ぎるがゆえに自分達の力を過信してしまうんだ。おそらく『魔法院の守護者』同様、スキルとパワーのゴリ押し戦法でダンジョンを攻略してくるだろう」
ロランは黒板に『脳筋』、『ゴリ押し』の文字を書き加える。
「こちらにはもう一つ利点がある。『アースクラフト』の調達をすでに終えていることだ」
「多少の強行軍は問題ないってことですね」
レリオが言った。
「そうだ。敵の弱点とこちらの分析についてはこのくらいでいいね。あとはどのルートを取るかだ」
ロランは二つの道を黒板に書き加えた。
『火口への道』と『湖への道』。
「『賢者の宝冠』はまず間違いなく、『火口への道』をとってくるだろう。前回、『霰の騎士』が来た時、僕達は外部ギルドとの競合を避け、『湖への道』をとった。だが、今回は僕達も『火口への道』を選ぶ。『賢者の宝冠』と正面から競合するぞ」
「『魔法樹の守人』が援軍として来てくれたもんな。このチャンスを活かさねえ手はねぇか」
「それは違うよレオン。『魔法樹の守人』が来なくても、僕は『賢者の宝冠』と競合するつもりだった」
地元の冒険者達はロランの凄みにゴクリと喉を鳴らした。
ユフィネ達は平然としている。
「まずは『火口への道』に分布する全ての『アースクラフト』を取り尽くす。そうすることで敵から競争力を削ぎ、『賢者の宝冠』を『火口への道』から締め出すんだ」
月が変わり、ダンジョンに新たな鉱石が露出した。
『精霊の工廠』同盟と『賢者の宝冠』率いる『大同盟』は、ダンジョン前の広場で探索の準備を始める。
そんな中、エリオ達はAクラスモンスター討伐用の装備を受け取っていた。
「こちらがエリオさんの新しい装備になります。よいしょっと」
アイナとロディが二人がかりでエリオの前に持ってきた鎧は、今までの青い『外装強化』に加えて、銀色に煌めいていた。
チアルの銀細工で作った鎧に青い『外装強化』を施したのだ。
エリオが新しい鎧に体を通すとこれまでとは次元の違う重みが伝わってくる。
(ズシっとくる。これがAクラスの重みか)
「以前のものよりも威力・耐久共に上がっていますがその分重くなっています。どうですか? 重さに問題ありませんか?」
「うん。まだ慣れない重さだけど、きっと使いこなしてみせるよ」
ハンスの下にも新しい弓矢が運ばれた。
エリオの鎧同様、銀製になっている。
「これまでのハンスさんの射撃記録を下に、可能な限り『魔法射撃』の威力・精度が上がるようにしています」
ハンスは弓矢を受け取りながら、ロランに言われたことを思い出していた。
(精神面か。この課題について最も不安要素を抱えているのは僕だ。前回の『白狼』との戦いではアリスとクレアが捕虜になった後、何もできなかった)
「ありがとう。アイナ。とにかく使ってみるよ」
(この弓矢と『賢者の宝冠』との戦い。そこで答えを見つけてみせる)
ウィルとカルラは、ウェインから杖と刀を受け取っていた。
ウィルは杖の先に付いた魔石に触れてみた。
多面体に切削された魔石からは膨大な魔力が伝わってくる。
「驚いたな。ほんの少しの間にずいぶんと腕を上げたじゃないか、ウェイン。以前もらった杖とはまるで違う」
ウィルが感心したように言った。
カルラは受け取った刀を振ってみる。
(軽い。こんな軽さで大丈夫なのか?)
「そいつはAクラスまで鍛え上げた剣にさらに『魔石切削』で軽量化したものだ。極限まで刀を研ぎ澄ますことで、軽くすると共に斬れ味を増している」
カルラが訝しげにしていると、ウェインが説明を始めた。
「その刀なら、お前の『影打ち』と『回天剣舞』の威力を高めてくれるはずだ。お前ら」
ウェインは二人の肩をガシッと掴む。
「頼むぜ。この装備を使いこなしてくれ。もうこれ以上、ロランに迷惑かけたくねーんだ」
ウィルとカルラは不思議そうに顔を見合わせる。
ユフィネが自分達の部隊を最終チェックしていると、『賢者の宝冠』から誰かが近づいてきて、声をかけてきた。
「やぁ。レイエス」
「あんたは……確かイアン」
「覚えていてくれたんだ。光栄だね」
「そりゃあライバルギルドのエースだしね。チェックは欠かさないわよ。何か用?」
ユフィネがそう聞くと、イアンはそれには答えず、準備している冒険者達の方に目を向けた。
「この雰囲気はこの島独特のものだね。異なる大陸の覇者同士が肩を並べてダンジョンに入っていく。だが、中でも今回の光景は異様だな。島の地元冒険者達が真っ二つに分かれて外部冒険者と同盟を組んでいる。僕達『賢者の宝冠』も地元冒険者ギルドを集めるだけ集めたが、君達の下にも同じくらいの数が集まっている。これだけの大所帯集めるということは、やはり君達の狙いは『火口への道』かな?」
「そんなの言えるわけないじゃない。機密情報よ」
「……」
「世間話をしに来たのなら、もう行かせてもらうわ。こう見えて、私忙しいから」
「ロラン・ギル」
イアンの口から出たその名前に、ユフィネは立ち去ろうとしていた足を止めて振り返る。
「『精霊の工廠』ギルド長にして、数多の錬金術師、冒険者を育ててきた知る人ぞ知るS級鑑定士だ。『冒険者の街』における『魔法樹の守人』と『金色の鷹』の覇権争いにおいても影の立役者として活躍し、重要な役割を演じたと言われている。『広範囲治癒師』の君を見出したのも、他でもないロランだ。そうだろ?」
「……驚いた。ロランさんのこと知ってたの?」
「いや、この島に来てから調べたんだ。元々、噂としてS級鑑定士のことは聞いていたけど、信じてはいなかった。一介の鑑定士にそれほどの大仕事ができるとは到底思えなかったからね。裏付けが取れたのは、ここ数日で君達と『精霊の工廠』との繋がりを調べてからだ」
「……大した調査能力ね」
(あのニールって奴が『賢者の宝冠』表のリーダーだとすれば、こいつは影の実力者ってとこか)
「それで? そんな風にコソコソ私達とロランさんのこと調べて一体何の用なの? さっきから」
「分かった。単刀直入に言おう。競合するのはやめにして手を組まないか?」
「なんですって?」
「よく考えて欲しいんだ。このままいけば『魔法樹の守人』と『賢者の宝冠』の間で潰し合いになる。そうなれば得するのは誰か? 『白狼』だ」
「……」
「前回、僕達がこの島に来た時も大手ギルドと競合することになったんだ。その時の相手は『魔導院の守護者』っていう僕達と同じ街を本拠地にするギルドだったんだけれど、同郷だけにライバル意識剥き出しで互いに互いの足を引っ張りあった。結果、両方とも芳しい結果は得られなかった。『賢者の宝冠』でも『魔導院の守護者』でも互いに相手のせいだとする論調が目立ったけれども、実際に漁夫の利を得たのは地元ギルドの『白狼』だ。今思うと、要所要所で彼らの有利になるように僕達は動かされていた気がする」
「……」
「『賢者の宝冠』と『魔導院の守護者』は根っからのライバルギルドだから、妥協の余地がなかった。けれども僕達は違う。今からでも遅くない。交渉を重ねて、手を組み、共同してクエストに当たることができれば……」
「悪いけどそれはできないわ」
「……どうしてだい?」
「私達の任務はロランさんを支援すること。そのロランさんがあなた達と戦えと言っているんだから、私達はその指示に従うだけよ。あんた達に特段恨みはないけどね」
「君達はまだこの島に来たばかりだから、知らないかもしれないが、『白狼』は、彼らは危険だ。狡猾でこちらの隙を見逃さず狙ってくる。だが、僕達が組みさえすれば……」
「『白狼』の危険性については聞き及んでいるわ。けれども、ロランさんが警戒してるのは彼らだけじゃないの。『竜の熾火』。どうもロランさんは彼らのことも問題視してるのよね。あなた達『竜の熾火』に装備を任せているんでしょう? 私達と手を組むとして、今さら『竜の熾火』と縁を切れるの?」
「それは……」
「ま、そういうわけで、私達はあんた達と組むことはできないの。悪いわね」
「そうか」
イアンはため息をつきながらかぶりを振った。
「残念だよ。君は話が分かる人だと思っていたんだけどね。『竜の熾火』と戦うなんて。そのロランって人はトチ狂ってるようにしか思えないな。後悔することになるよ。たかが、一鑑定士の判断をそこまで信用したこと」
「あなた達こそ後で後悔しても知らないわよ」
「? どういうことだい?」
「世界にはあなた達の物差しでは測れない人がいるってことよ」