第124話 疑惑の種
チアルは防音室で祈りを捧げていた。
すると、天井に吊るされた灯りから、光が舞い降りて来て、安置された銀槍に精霊が宿る。
刃の部分は煌々と熱気に輝き、一方で柄の部分は、清水のようにひんやりしている。
(よし。できた)
チアルはしばらく小槌でコンコン叩いたり、素手で触れたりして、出来栄えを確認すると防音室を飛び出した。
「ロディさーん。来て下さい」
「チアル。どうしたんだ?」
「見て下さい。『火槍』が完成しました!」
「これは……」
ロディはチアルの作った『火槍』を手に持ってみる。
(全身銀製の『火槍』か。リゼッタの『火槍』でさえ、柄の部分は木製だというのに)
「どうですか、ロディさん」
「いや、参ったよ。多分、カルテットの『火槍』を超えてる」
「やったー」
「ロランさんに鑑定してもらわないと、厳密には分からないけど、これなら十分……」
ロディが『火槍』をロランの下に持っていこうとしたところ、鬼の形相で入り口の前に立つランジュに突き当たった。
チアルはサッと顔を青くする。
「チアル、お前まーた勝手に銀を使ったのか?」
「え゛っ? チアル、君、ランジュの許可取ってなかったの?」
「わーん。違います。これはロディさんが使っていいって言ったから」
「え゛え゛っ!?」
「嘘つけ。何か隠れてコソコソしてると思ったら……」
「別にいいじゃないですかー。カルテットを超える装備作ったんだからー」
「そういう問題じゃねーだろ。槍使いの客もいねーのに、誰が使うんだよこれ」
ウェインとパトはその様子を見て、ちょっと落ち込んでいた。
(なんて子だ。この島に来て数日であっさりカルテットを超えるなんて……)
(俺達の努力は一体……)
「みんな、ちょっと来てくれ」
ロランが呼びかけると、工員達がゾロゾロと集まってくる。
「エリオ達からAクラス装備を作るよう依頼を受けた」
「Aクラス装備を?」
「ついにこの島からAクラス冒険者が生まれるのか……」
「エリオ、ハンス、ウィル、カルラ用にそれぞれAクラス以上の鎧、弓矢、杖、そして剣を作ることになった。まず、チアル」
「はい!」
「君は銀細工で全ての製品の土台を作るんだ」
「分かりましたー」
「次にアイナ」
「はい」
「『外装強化』で鎧と弓矢の威力・耐久を強化するんだ」
「分かりました」
「パト、君は『竜音』と『鬼音』を通して、可能な限り探索の負担を減らせるように。ニコラ達との打ち合わせも兼ねて頼む」
「はい」
「アーリエ、リーナ。君達は鉱石の精錬及び、アースクラフトの供給を頼む」
「「はい」」
「ランジュ、君は全てのプロジェクトの統括、調整、管理を頼む」
「分かりました」
「ロディ、アイズ、ルーリエ、メリンダ。君達は通常業務及びメインスタッフのサポートを。状況に応じて、臨機応変に動くんだ」
「「「「分かりました」」」」
「最後にウェイン」
ロランは一際、真剣な顔つきでウェインの方を見た。
ウェインも覚悟を決めたような顔で真っ直ぐ受け止める。
「スペックを追求しろ。杖の魔力と刀の軽さ。極限までこだわるんだ」
『精霊の工廠』が着々と体勢を整える中、『竜の熾火』でもリゼッタが新規事業を進めていた。
リゼッタが『精霊の工廠』対策のリーダーに任命され、動き始めるやいなや、エドガーは高圧的に擦り寄ってきた。
「新規事業なんてお前一人じゃどうせ無理だろ? お前がどうしてもって言うなら、まあ、俺も手伝ってやらないことはないぜ?」
リゼッタはにっこりと微笑んでやんわりと断った。
「ありがとう。けれども、人手に関しては十分間に合ってるの。あなたは自分の仕事に専念してね」
リゼッタは新規事業の参加者とその役割、責任者を明記した書類を作成して、メデスにサインさせた。
会議室の見えやすいところにそれを貼り付けておく。
そこにはリゼッタ陣営の者の名前しかなく、エドガーと彼の部下達の名前はなかった。
(これでとりあえずはエドガーの横槍を防ぐことができるわ。あとは事業を進めるだけね)
「さて、アイクをAクラスの槍使いに育てるのはいいとして、どういう風に育てるのが正しいの?」
リゼッタがその場に居並ぶ鑑定士に対して聞いた。
「とにかくスキルを伸ばすことです」
スキル鑑定Aの鑑定士が言った。
「Aクラスモンスターは、Aクラスのスキルがなければ倒せません。Aクラススキルを身につけることを最優先の目標に定めるべきです」
「いや、ちょっと待ってください」
ステータス鑑定Aの鑑定士が言った。
「まずはステータスを鍛えるべきです。ベルフォード氏は腕力、俊敏いずれも伸び代があります。まずはステータスを鍛えてからスキル向上に取り組むべきでしょう」
「いや、待って下さい」
アイテム鑑定Aの鑑定士が言った。
「ベルフォード氏と『火槍』の適応率は十分とはいえません。まずは装備と装備者の適応率を高めることを考えるべきでしょう」
3人の鑑定士はあれこれ意見を戦わせたが、結論は出ない。
「分かったわ。それじゃあ、質問を変えましょう。アイクをAクラスにするにはどんな装備を作ればいいの?」
リゼッタがそう言うと、3人の鑑定士達は黙り込んでしまった。
彼らはあくまで錬金術師や冒険者、装備、アイテムの鑑定をするだけで、装備の製造やダンジョン探索補助を含む総合的なサポートは手掛けた経験がなかった。
リゼッタは歯痒そうにする。
(やっぱり新規事業だとどうしても手探りになってしまうわね。正しい方向性が全く分からないわ。でも、これを乗り越えないとロランは倒せない)
その後も会議では特に良い案が出ることはなかった。
仕方がないので、とりあえずはアイクにAクラスモンスター討伐クエストにチャレンジしてもらい、そこで足りないものを補足していくということで意見を一致させた。
リゼッタのプロジェクトに一枚噛めないと分かったエドガーは、メデスを扇動することにした。
日常業務のついでに新規事業のことを持ち出す。
「ギルド長、例のリゼッタの新規事業、本気で進める気ですか?」
「代案がない以上仕方あるまい。リゼッタがやりたいと言うんだからやらせるしかないだろう」
「実は彼女についてよからぬ噂を小耳に挟んでいましてね」
「なに? どんな噂だ」
「リゼッタがロランと夜な夜な密会している、とのことです」
「なんだと? それは本当か?」
「真偽は分かりません。私も人づてに聞いただけですので。ただ、妙に思いませんでしたか? なぜ『今』鑑定士による育成計画を立ち上げるのか。わざわざ相手の土俵で勝負するなど、『精霊の工廠』に利するだけとしか思えないんですよね」
「ふ……む」
「リゼッタとロランが何を企んでいるのか分かりませんが、このように不審な行動を繰り返す彼女を野放しにしておいて、本当によいものでしょうか?」
「エドガー、お前はどうするべきだと思うんだ?」
「なんらかの方法で彼女に首輪をつけ、厳しく監視の目を光らせておくべきかと」
「……」
その場ではメデスは意見を保留して、エドガーを下がらせた。
しかし、エドガーは十分な成果だと考えた。
(これで疑惑の種は植え付けたぜ。あとはすくすく育つのを待つだけだ。思う存分膨らませるがいいさ。風船みたいにパチンと割れるまでな)
リゼッタはAクラスモンスターの討伐をアイクに打診した。
しかし、ここに来て問題が発生する。
リゼッタの計画を聞いたアイクは慌てて説明にやってくる。
「継戦能力?」
リゼッタは聴き慣れない言葉に眉をしかめる。
「不毛地帯まで行くというのなら、装備をAクラスにするだけでは足りませんよ。それまでの道のりの間で起こる装備と部隊の劣化を防ぐ工夫もしなければ」
(なによそれ。そんなのどうすればいいの)
仕方なくリゼッタは以前『精霊の工廠』同盟に参加していた冒険者を探し、ロランがどのようにしているのか聞くことにした。
その冒険者によると、『精霊の工廠』では『アースクラフト』を用いることで装備の強度を保ちつつ鍛錬もこなしているということだった。
その情報を聞きつけたリゼッタは、ギルド長室に向かった。
「ギルド長、よろしいでしょうか?」
「ん? リゼッタか。どうした?」
「新規事業の件ですが、少々問題が起こりまして……」
リゼッタは『アースクラフト』が必要なことを伝えた。
「ふむ。そういうものなのか」
メデスはいまいち釈然としない顔をした。
「ええ。そういうものなんです。それで、つきましては『アースクラフト』の調達と精錬のために追加の予算をいただきたいのですが……」
メデスの眉が不快げにピクッと動く。