第123話 時代の流れ
『精霊の工廠』では、ランジュによる改善が着々と進んでいた。
この日もランジュに呼び出され、作業机まで引っ張られているのはウェインだった。
「なんだよ。今日はミスもサボりもしてねーだろ」
「今日はミスやサボりを咎めに来たんじゃねーよ。お前のユニークスキルを向上させる方法を思いついたんだ。『魔石切削』をしてもらう」
「うぐっ。また魔石削りかよ」
『魔石切削』がAクラスになったウェインだが、いまだに魔石を削ることに関しては消極的だった。
剣や鎧を鍛える方が偉いという従来の固定観念からどうしても抜け出せないのだ。
「魔石削りはもういいだろ。装備の軽量化で成果をあげてるんだから、そっちに専念させろよ」
「まあ、そう言わずこれを見てみろ」
ランジュはウェインを作業机の前まで連れて来る。
ウェインはその見慣れぬ光景に怪訝な顔をする。
机には、加工前の魔石、加工後の魔石、そしてガラス管が並べられていた。
特にガラス管は見たこともない変わった器具だった。
その棒のように細いガラス管には、細かく目盛りが振ってあり、先っぽには銀色の液体が詰まっている。
「なんだこりゃ? 温度計か?」
「これは『魔力測定器』。アイテムに内包された魔力の高さを測る道具だ。先に詰まっているのは『魔水銀』。魔力の高さに応じて膨張する性質を持った特殊な水銀だ。『冒険者の街』の『魔界のダンジョン』で発見され、最近、実用化された。まだウチでしか取り扱っていない最新の計測機器だぜ」
「ふーん。『魔力測定器』……ね」
(ロランさんによると、ウェインのモチベーションはスペックの向上。こいつにやる気を出させるには、目に見える形でスペックの数値を表すしかない)
「いいか。まずは加工前の魔石の魔力を測るぞ」
ランジュが測定器の先を魔石に触れさせると、先に詰まった水銀が膨張して、ガラス管の内部をゆっくりと迫り上がっていく。
水銀は目盛りが10のところで止まった。
「この魔石の魔力は10ってことだな」
「……ほう」
「次にお前が『魔石切削』で加工した魔石の魔力を測ってみるぞ」
ランジュが測定器を魔石に当てると、水銀は急激に膨張して、目盛りの50にまで到達する。
「!?」
ウェインの目付きが変わった。
(この測定器、マジで魔石に込められた魔力を測ってる!? いや、それよりも俺のユニークスキルでここまで魔力が変わるのか!?)
「分かったか? お前のユニークスキルなら魔石のポテンシャルを大幅に引き出すことができる。お前の仕事は魔石のポテンシャルを『魔石切削』で引き出すこと……。ウェイン?」
ウェインは一心に自分の削った魔石を観察していた。
どうすれば魔石のポテンシャルをもっと引き出せるか見極めているようだった。
(こっちの声、全然聞こえてねぇな。……こいつも腐っても職人ってことか。素材の可能性が見えると磨かずにはいられない。やっぱ、ロランさんの目に狂いはねえな。こいつもAクラスの錬金術師だ)
ウェインは不意に観察を止めると、『魔力測定器』を手に取った。
「この測定器、借りとくぜ」
ウェインはすぐに魔石削りに精を出し始めた。
竪琴を弾きながら楽譜を書いていたパトは、ウェインの作業机の方で様子が変わったのに気付いた。
(ウェイン、何か掴んだのか? 物凄い集中力だ)
ウェインは一心不乱に魔石を削っている。
その鬼気迫る様子はとても話しかけられるものではなかった。
(『竜の熾火』にいた頃の負けん気の強さとひたむきさが戻ってきたな)
「パト。頼まれてた鉱石持ってきたよ。わっ、何これ。パト、楽譜なんて書いてるの?」
リーナがパトの作業を見て驚いたように言った。
「うん。『竜音』と『鬼音』が最近、ごっちゃになってきてさ。楽譜を書けば、音を記録に残すことができるし、演奏者ともイメージを共有しやすい」
「凄いねー。楽譜が書けるなんて」
「本当に基礎的な部分だけだよ。まだまだ手探り状態さ」
(でも……、だんだん分かってきた)
パトはチラリとウェインの方を見た。
ウェインは仕上げに入ろうとしている頃だった。
(負けないよ。ウェイン)
パトも仕上げに入るべく、竪琴の最終調整を進める。
ロランは工房の片隅で作業しながら、ウェインとパトの様子を見守っていた。
(ウェインとパトの伸びが著しい。ランジュの管理が行き届いて、ようやく健全な競争原理が働くようになってきたな。これならもうあとは放っておくだけで自然と業績は向上していくだろう)
【魔石のステータス】
魔力:100(↑90)
【竪琴のステータス】
特殊効果:『鬼音』A(↑2)
午後になると、ロランはエリオ、ハンス、ウィルの3人から訪問を受けた。
折り入って話したいことがあるとのことだ。
「エリオ、ハンス、ウィルも。どうしたんだい? 珍しいね。君達三人で行動するなんて」
「ロラン。僕達はAクラス冒険者を目指す覚悟を決めたよ」
「Aクラスを?」
「ああ。リリアンヌの戦い方を見て、今のままではいけないと思ったんだ」
「Aクラスになるにはどうすればいいのか。君の手解きを受けたい。手助けしてくれないか?」
「分かった。打ち合わせしよう」
ロランは三人と打ち合わせのためにあいにく食堂は満員だった。
仕方なく、4人は酒場に行こうとしたが、ロランは工房の前にカルラがいることに気づいた。
どうやら彼女もロランを訪ねて来たようだ。
「ロラン?」
「どうしたんだ?」
「みんな、少し待っていてくれ。彼女にも話を聞かなければならない」
ロランはカルラを伴って、二人になれる場所に移った。
エリオ達には先に酒場で待っているように言っておく。
「久しぶりだね。カルラ。前回の同盟では助かったよ。君のおかげで危機を脱することができた」
「こちらこそ……、勉強になった」
「あれからどうしていたんだい? しばらく音沙汰が無かったけれど……」
カルラはそれには答えず、一度視線を外す。
「『洪水を起こす竜』を倒したそうだな」
「うん。Aクラスモンスターのクエストに参加したいって言う人がいてね。街の人々が洪水被害に困ってるというし」
ロランがそう言うと、カルラはまた黙り込んだ。
何か言い出そうとして、口をつぐむ。
彼女はしばらくの間、それを繰り返した。
壁に掛けられた時計がコチコチと時間を刻んでいく。
ロランは彼女が話し始めるまで辛抱強く待ったが、やはり彼女は何も話してくれなかった。
仕方なく、別の話題を振ってみる。
「ダンジョンに潜っている時、君は何度か僕に危害を加えようとしたね」
「気付いてたのか」
「こう見えてそれなりに修羅場は潜ってきたんだ。君の殺気の隠し方は……お世辞にも上手くなかった」
「む」
「あの殺気は僕個人に向けられたものじゃない。パトやエリオから聞いたよ。君はユガンやセインのことも殺そうとしていたそうだね」
「……」
「なぜ、島の外から来た冒険者を殺そうとするんだい?」
「私は『竜葬の一族』、その末裔だ」
「『竜葬の一族』?」
「先祖代々、『巨大な火竜』を葬る儀式を務めてきた一族だ」
「そうか。君はその一族の末裔……。それは……知らなかった」
「まあ、知らないのも無理ないさ。なにせ役目を取り上げられて久しいからな。今では島の人間でも一部の者しか知らない一族さ」
カルラが自嘲気味に言った。
「昔は『巨大な火竜』もあそこまで大きくなかったし、強力でもなかった。島の人間だけで十分に対処できたんだ。だが、ある時から『巨大な火竜』は急に力を増していった。原因は分からない。島の人間だけでは対処しきれなくなって、とうとう島の外の人間に協力を依頼することになったんだ。そこからこの島はおかしくなった。レアメタルを求めて、外から冒険者ギルドがわんさか来るようになって、島の冒険者はどんどん弱体化していった。今では、外の奴らに挑戦するのは盗賊ギルドくらい。私は今でも思うんだ。あの時、なんとか外の人間に頼らず、自分達の力で踏みとどまってさえいれば……」
カルラは悔しそうに机の上に置いた拳を握り締めた。
(なるほど。そんな事情があったのか。島の外から来る強力な冒険者と、『巨大な火竜』の膨張に対して、彼女はたった一人で抗い続けていたんだ。忘れられた一族の誇りを背負いながら……。でも……)
「だから、島の外から来た冒険者は誰だろうと殺す。だが……」
カルラは急に弱々しい調子になり始めた。
「お前は今までの奴とは違う。島の冒険者を育てて、私のスキルを上げて、『洪水を起こす竜』を倒した。お前が自分の都合だけじゃなく、島のことも考えて行動してるのは私にも分かる」
「今回、訪ねて来たのは、そのことに関係してるのかい?」
カルラは迷いを振り切るように一度目をつぶった後、意を決して本題を切り出した。
「なぁ。もし、あんたが島の味方だって言うなら、あんたの力でどうにか外から来る冒険者を締め出すことはできないかなぁ」
「それはできない」
「そんな、どうして……」
「カルラ、どれだけ君が望もうとも、時代の流れを止めることはできない」
「時代の……流れ?」
「そうだ。この島の経済は、外部冒険者が訪れることを前提に成り立っている。外から冒険者ギルドがやって来るのを阻むことはできない。発展したいと願う人々の気持ちを抑えることはできないんだ。今までも、これからも。人の歩みを止めることはできない。君が強くなったのを、そしてこれからも強くなっていくことを誰にも止められないように」
カルラは苦悩に顔を歪めた。
強くなりたいという望みと、変化を拒みたい気持ちの狭間で激しく葛藤する。
ロランは彼女の心の整理がつくまで、また辛抱強く待った。
「何か……方法はないのか?」
ようやくカルラは絞り出すようにして言った。
「時の針を元に戻すことはできない。だが、形を変えて残すことはできる」
「……残す?」
「そう。どれだけ時代の奔流に晒され、形を変えようとも、決して消えずにそこに残り続けるものもあるんだ。君が強くなっても、根っこの部分は変わらないようにね」
ロランがそう言うと、カルラはポロポロと泣き始めた。
「竜葬の儀式について、もう少し聞かせてくれないか。君の怒りと悲しみ。その根源についてもっと知りたいんだ。島の外から冒険者が来るのは止められないけれど、君のために僕にも何か手助けできることがあるかもしれない」
その後、ロランはカルラの話をじっくりと聞いて話し合った。
カルラは迷いながらも、ロランの下でAクラス冒険者を目指すことに決めた。