第122話 青いペンダント
メデスは正式にリゼッタを『精霊の工廠』対策のリーダーに任命した。
鑑定士チーム結成の認可と予算を受け取ったリゼッタは、ギルドに所属している鑑定士達を集めて会議を開いた。
(ようやくきたわ。名誉挽回のチャンスが。このプロジェクトを成功させれば、カルテットの頂点に君臨するのも夢じゃない)
実際、冒険者育成に成功したとなれば、ギルド内での発言権は増し、他の錬金術師達、ひいてはカルテット達に対してさえ、指導的な立場を取ることができるだろう。
(ロランには感謝しなければいけないわね。こうしてラウルをも越える機会を与えてくださったのだから)
リゼッタは思い出す。
『精霊の工廠』でのロランとのやり取り。
そして自身の発言を。
──もし、あなた方が一度でも私の作る装備を上回るものを作ることができたら、私あなたのギルドに移籍して構いませんよ──
(もうすでに一回負けちゃったけど……、あれはノーカンよ、ノーカン。だって鑑定士が冒険者を育てるなんてずるいじゃない。今度は対等な条件の下、正々堂々と勝負よ)
幸いギルド内にはAクラスの鑑定士が3名いて、彼らとしてもギルド内での扱いの低さに不満を持っており、リゼッタのプロジェクトに協力するのもやぶさかではなかった。
リゼッタは会議にて、冒険者の育成に重点を置くことを確認し、早速、彼女の顧客である『翼竜の灯火』にこのプロジェクトを持ち掛けた。
『翼竜の灯火』のリーダー、アイク・ベルフォードは彼女からの提案に二つ返事で応じた。
「まさかこんなにも早く『精霊の工廠』にリベンジする機会をもらえるとは。願ってもないことです。喜んであなたの計画に協力させていただきますよ」
鑑定士達がアイクを鑑定した結果、すぐに伸び代が見つかった。
【アイク・ベルフォードのスキル】
『槍術』:B→A
「ふむ。見つかりましたよリゼッタ。彼のスキル『槍術』はAクラスのポテンシャルを秘めています」
こうしてとりあえず、アイクをAクラス槍使いに、『翼竜の灯火』のメンバーを全員Bクラス冒険者にすることを目標とする、ということで話がまとまった。
その夜、リリアンヌはロランの部屋で過ごしていた。
肌を重ね合わせて、久しぶりにロランの腕の中ではしゃぐことができて、今は彼に後ろから抱きしめてもらっているところだった。
ロランに髪を撫でられながら、愛の言葉をかけてもらえて、とても幸せだった。
「リリィ。よく頑張ったね」
リリアンヌはウットリとして、しばらく彼に身を委ねる。
しかし、突然、彼女は切なげに眉を寄せたかと思うと、さめざめと泣き始めた。
「どうしたの、リリィ?」
「なんでもありません」
しかし、リリアンヌは泣き止まなかった。
「せっかくこうして二人でいるのにそんなに悲しそうにするなんて。教えてくれないと分からないよ」
「だって、もうすぐ私は『冒険者の街』に帰らなければいけません。そうなれば、またしばらく会えなくなるでしょう?」
「……」
「今はこうして幸せです。でも、幸せであればあるほど別れる時の寂しさも一入です」
リリアンヌは涙を拭った。
「ごめんなさい。つい感傷的になってしまいました。あなたが『火竜の島』にいることを責めているのではありません。お仕事しっかり頑張ってくださいね」
「リリィ。渡したいものがあるんだ」
ロランは側の棚から小箱を取り出して、リリアンヌに渡した。
「なんですかこれ?」
「開けてみて」
リリアンヌが箱を開けると、綺麗な青色の宝石のペンダントが現れた。
「わぁ。綺麗。なんですか、これ?」
ペンダントの宝石はサファイアのようだが、それにしては輝きが深く眩かった。
「『巨大な火竜』の『火の息』によって生成された特殊なサファイアだよ。別名『竜の涙』。多種多様な鉱石が豊富に採れるこの島でも、滅多に採れないモノらしい。ウチの錬金術師に頼んで、ペンダントにしてもらったんだ。僕がいない間は、このペンダントを僕の代わりだと思って」
「はい……。ありがとうございます」
リリアンヌはペンダントを愛しげに指で撫でた。
ペンダントは月の光を反射して、落ち着いた淡い輝きを放つのであった。
翌朝、リリアンヌは島を発つにあたって、お世話になった『精霊の工廠』支部の錬金術師達に挨拶して回った。
アイナの下にも挨拶に行く。
「アイナさん、『洪水を起こす竜』討伐の際にはお世話になりました。突然のクエストにもかかわらず、装備の準備に対応してくださって……」
「いえいえ、そんな。装備を準備するのが私達の仕事ですから」
「ささやかながら、休憩室の方に『竜茶』とお菓子の差し入れを置いておきました。どうぞ皆さんでお召し上がりになって下さいね」
「これはどうも、ご丁寧に……」
アイナはリリアンヌの首にぶら下がっているペンダントに目をとめた。
「あ、そのペンダント……」
「ああ。これですか。実は昨夜、ロランさんからいただきまして……」
「そうだったんですか。そのペンダント私が作ったんですよ」
「あら、そうだったんですか。道理で素晴らしいペンダントだと思っていました。さすがはAクラス錬金術師さんですね。この島で1番の錬金術師さんに作ってもらえたとなれば、『冒険者の街』でも自慢できますわ」
「いえいえ。そんな。『冒険者の街』へはいつ出発されるんですか?」
「本日、午後の便で船に乗る予定です」
「そうですか。でも、そうなると寂しいですね。ロランさんと離れ離れになってしまって」
「そうなんです」
リリアンヌはしょんぼりする。
「ロランさんのこの島での仕事は当分終わりそうにありませんし、私も私で『冒険者の街』に帰れば業務に忙殺されることになります。しばらく会えないことを思うと憂鬱です。この島での仕事が予断を許さないのは分かるのですが……。ロランさんの心が私から離れてしまうのではないかと心配です」
「大丈夫ですよ。リリアンヌさんほど、素晴らしい女性は滅多にいません。ロランさんもあなたを差し置いて浮気する勇気なんてありませんよ」
「ありがとうございます。あなたにそう言っていただけると安心ですわ」
「リリアンヌさんは大手を振って『冒険者の街』で待っていて下さい。ロランさんに悪い虫が付かないよう私達が見張っていますから」
「ありがとう。ロランさんのこと、支えてあげて下さいね」
「ええ。必ず」
アイナはリリアンヌが工房を後にするのを見送った。
カルラは自分の所属するギルドの詰所でボーッとしていた。
『精霊の工廠』同盟に参加して以来、ギルドの彼女に対する評価は180度変わった。
以前は何かにつけ問題行動を起こす彼女に仲間達は難儀していたが、帰ってきた彼女がBクラスの剣士になっているのを見てすっかり態度を変えてしまった。
今となっては、クエストに関して様々なことを頼まれる立場だ。
そうして仲間から頼られる日々を送っている彼女だったが、心の中にはポッカリと穴が開いて、いつも何かが足りなかった。
いや、彼女自身何が足りないのかはよく分かっている。
彼女の所属するギルドのクエストはあまりにも物足りなかった。
こうして自分のギルドでのクエストを細々とやっていると嫌でも思い知る。
ロランの指揮がいかに高度なものであったか、その要求がいかに厳しいものであったか。
そして、カルラの戦いぶりはロランの要求を概ね満たしていたのだ。
仲間の彼女を見る目がすっかり変わってしまったように、彼女の世界を見る目もすっかり変わってしまった。
彼女は暇さえあれば、ロラン達と一緒に戦った日々を思い出した。
今も目をつぶればありありと思い浮かぶ。
強力なモンスターに囲まれて、ヒリつく空気。殺気立つ部隊。
そんな中で一瞬でも判断が遅れれば、仲間達に遅れを取ってしまう。
カルラは敵の構成と味方の配置を見て、瞬時にどのように動くか決める。
レオンが指示を飛ばしている。
ジェフが素早く走り込んでいる。
エリオがその図体のデカさに似合わない鋭い動きをしている。
セシルは絶妙な位置で回復魔法と飛び道具を器用に使い分けている。
そしてロランが見ている。
そんなおっかない現場で、極度のプレッシャーに苛まれながら、不思議とカルラに恐怖心はない。
盾持ちの後ろについて、『影打ち』を放つチャンスを窺いながら、時と場合によっては仲間を飛び越えて、『回天剣舞』を浴びせる。
まさか自分にこのような高度な戦い方ができるとは。
しかも、彼女にはまだまだ成長できる余地があるように思えた。
ロランは彼女に新しい扉を開いたのだ。
その扉の先に見えるあまりにも広大な可能性に比べれば、彼女の今目の前にある見慣れた日常はいささか燻みがかかっているように見えた。
「みんな大変だ」
ギルドの若い者が休憩所に駆け込んできた。
「どうした?」
「『精霊の工廠』同盟が『洪水を起こす竜』を討伐したそうだ」
「何!? 『洪水を起こす竜』を?」
「これはたまげたな」
「外部ギルドも長年放置してきた『洪水を起こす竜』を倒すとは……」
「『精霊の工廠』の威信はますます高まるだろうな」
「どうする? 我々も『精霊の工廠』と契約を結んだ方が良いのでは?」
「うーむ」
カルラは起き上がって、休憩所を飛び出した。
「カルラ?」
「おい、どこに行くんだ」
カルラはその声には応じず、通りに出る。
(どこに行くかだって? そんなの決まってる)
カルラは一路『精霊の工廠』を目指し、通りを駆け抜けていった。