第12話 別れた道
品評会当日の朝は、まさしく絶好の鑑賞日和だった。
ほどよく雲のかかった空から、太陽の光がこぼれている。
会場であるエルセン伯の屋敷の中庭では、すでに机の上に並べられた銀細工の数々が、太陽の光に煌めいてた。
屋外で品評会を行うというのは、庶民でも出品された品々を見られるようにという、エルセン伯の粋な計らいだった。
伯の狙い通り、見慣れない見世物に庶民らは盛り上がっていた。
しかし当のエルセン伯はというと浮かない顔で会場を見渡していた。
(大手のギルドばかりじゃないか)
ギルド毎に一つずつ与えられた机を端から端まで見てみると、いずれの錬金術ギルドも誰もが一度は見たこと聞いたことのあるギルドばかりだった。
さらには自分達を象徴するギルドマークの隣には『金色の鷹』の紋様をかぶせている。
(こういうのじゃないんだよ。こういうのじゃ)
弱小ギルドの出品を期待していたエルセン伯はガッカリとしてうなだれる。
一方でルキウスは、エルセン伯が大層残念そうにしているのを、品物の質のせいだと勘違いしていた。
実際、品評会に出品されている銀細工にはB級のものしかなかった。
「おい、もっとマシな銀器を用意できなかったのか?」
ルキウスは、『金色の鷹』の品評会担当者であるドーウィンに、イライラした様子で耳打ちした。
「仕方ないでしょう。優秀な精錬士を窯から遠ざけていたんです。銀Aが無いとなれば、いくら私といえども限界がありますよ」
ドーウィンはヤレヤレといった感じで肩をすくめてみせる。
彼は飛び入りで来た、この余計な仕事にあまり乗り気ではなかった。
「そんなことを言っている場合か。これはエルセン伯に我々『金色の鷹』を売り込むチャンスなんだぞ。君とて貴族からの援助に興味がないわけではあるまい。エルセン伯のお墨付きが欲しくないのか?」
「そう言うなら、なおさら銀Aを供給してくださいよ。一体いつになったらこの戒厳令は解けるんです?」
「『魔法樹の守人』に『アースクラフト』を供給している裏切り者が判明するまでだ。今月、精錬士を遠ざけさえすれば、来月、奴らの『アースクラフト』は枯渇するはず」
「では、来月までAクラスの銀細工は作れませんね」
「チッ」
ルキウスは舌打ちしながらドーウィンのことを睨む。
ドーウィンはと言うとどこ吹く風と言わんばかりに口笛を吹いている。
ルキウスはますます、イライラした。
彼はドーウィンのことが苦手だった。
どうもこのドワーフの若者は、飄々としていて何を考えているのか分かりづらかった。
ルキウスはしばらく忌々しげに会場の銀細工を見ていたが、やがていつもの余裕を取り戻す。
(まあいいさ。出品しているのは我々傘下のギルドのみ。結局は最優秀の品も我々の中から選ばざるを得まい。こうして何度も我々を選ばせれば、やがてはエルセン伯も気付くだろう。我々と手を組むしかないということを)
ルキウスはほくそ笑む。
会場の出品者は見事なほどに、『金色の鷹』傘下のギルドばかりだった。
そんな風に、エルセン伯もルキウスも会場には『金色の鷹』参加のギルドしかないと信じていたので、隅っこの方にひっそりと置かれている弱小ギルドのブースにまで目が行き届かなかった。
そのブースの机には、すでに出品物が運ばれた上、布が被されていたため、銀細工の品々とギルド名は見えなくなっていた。
ロランは『精霊の工廠』のメンバーを連れて、エルセン伯の屋敷内の一画を歩き回っていた。
エルセン伯は品評会の出品者にも特別な計らいをしていた。
出品者及びその所属ギルドには、送迎の馬車及び、休憩するための一室と銀器を運び込むための倉庫スペースがそれぞれ割り当てられ、屋敷内の一区画を自由に歩くことが許されていた。
一行は列柱の立ち並ぶ回廊を歩きながら、各々異なった反応を示していた。
チアルは初めて入る巨大な建築物を前にキラキラした目で見回しており、アーリエは自分がこのような待遇を受けて良いのだろうかと不安げに周りの目を気にしていた。
ランジュは落ち着き払った態度で歩き、ときどき飾られている備品や絵画を興味深げに眺めている。
「ロランさん。あの建物は? あの建物はなんですか?」
チアルがはしゃぎながら聞いてきた。
彼女は中庭の反対側に見える尖塔を指差している。
「ああ、あれは鐘楼だよ。」
「鐘楼? 鐘楼ってなんですか?」
「鐘が設置されている塔のこと。一番上に鐘が見えるだろう? 高い所で鐘を鳴らせば街中に響き渡る。それでみんなに時間を知らせるんだ」
「ええー。何それ。行ってみたいです。登りましょう。塔に登って、鐘を見に行きましょう」
チアルはロランの腕をとって子供のようにねだった。
彼女は金属で出来たものなら何であってもじっくりと見て研究したがった。
「参ったな。もうすぐ品評会が始まるって言うのに」
「ロランさん。展示ブースの方は俺がやっとくんで、二人と一緒に登ってきてもらっていいですよ」
ランジュが気さくに言った。
彼はその喧嘩っぱやそうな風貌の割に気遣い上手な人間だった。
「そう? それじゃあ悪いけど、頼もっかな」
「あわわ。申し訳ありません。ランジュさん」
アーリエが恐縮しきって言った。
「いいっすよ。一人いればブースは十分なんで。あ、ただお昼の差し入れだけお願いしますね」
それだけ言うと、ランジュは展示場の方へと立ち去って行った。
三人は鐘楼の方に向かって、歩き出した。
そうしてしばらく回廊を歩いていると、ロランを呼び止める声がした。
「ロランさん!」
ロランはその声にギクリとする。
聞き覚えのある声だった。
恐る恐る振り返ってみるとそこにはやはり予想通りの人物がいた。
ジルだった。
「うっ、ジル。どうしてここに」
ロランは『金色の鷹』時代のトラウマから、ついつい彼女をみて動揺してしまう。
「よかった。ロランさん。ずっと会いたかったんです」
ジルはロランに抱きついた。
「えっ!? ジル? うぐっ」
ジルはダンジョン探索用の重装備ではなく、祭典用の煌びやかさを重視した軽装備だったが、それでも抱きつかれると鎧のゴツゴツした突起部分が肋骨に当たって痛い。
抱きついた勢いもなかなかのものだったので、ロランはタックルを受けたような感じになった。
しかしそれよりもロランを戸惑わせたのは、彼女が親愛の情を示してきたことだった。
彼女はてっきり自分を蔑んでいるものかと思っていたので。
ジルは脚光を浴び始めてから、ロランの指導を拒否するようになり、ロランがトレーニングの予定を調整してもキャンセルしていた。
最後にはロランへと指導者の変更通知を受け渡していた。
その時にはっきりと「今後はルキウス様の側近としての仕事があるので、これ以上自分に近づかないで欲しい」と告げられていた。
ルキウスがつけた彼女の秘書によって。
それだけにロランにとって彼女のこの態度は不可解なものだった。
「こんなところでお会いできるなんて。ロランさんのバカ。私がSクラスの冒険者になるまで徹底的にしごいてくれると約束したではありませんか。どうして私に何も言わずギルドを出て行ってしまったんですか?」
ジルは感激のあまりロランが苦しんでいるのも構わず、全身鎧のまま抱きついて、鋼鉄の籠手と胸甲でロランを締め上げる。
「ちょっ。ジル。痛い。痛いって。死ぬから。一旦離れて……」
「あっ、申し訳ありません。私ったら。再会した感動のあまりつい……」
ジルは正気に返ってロランから離れる。
「ぐっ、ゲホッ。それよりもジル。どうして。君は僕を避けてたはずじゃあ……」
「? 何を言っているんです? 確かにここ最近、忙しくて会えていませんでしたが、避けるなんてことは一度も……」
ジルはキョトンとした顔でロランを見た。
その様子を見てロランはハッとする。
(まさか。これもルキウスが裏で手を引いて……)
「そうだ。そんなことよりもロランさん。どうか『金色の鷹』に戻って来てください」
「えっ?」
「お願いです。私の力をフルに発揮させることができるのはあなたしかいないんです。いいえ。私だけではありません。他にもロランさんの指導を待っている者は多くいるはずです。ギルド内の反対者は私がなんとかします。だからどうか戻って来てください」
ジルは縋るようにして言った。
アーリエとチアルは青ざめる。
ロランが『金色の鷹』に戻ったら自分達はどうなるのだろうと思って。
「すまない。ジル。僕は『金色の鷹』に戻ることはできない」
ロランは苦渋の表情を浮かべたものの、はっきりと言った。
「そんな。どうして……」
ジルが次の言葉を発しようとすると、それを遮るように冷たく威圧的な声が回廊に響き渡った。
「私のギルドの者にちょっかいを出さないでいただけるかなロラン君」
「……ルキウス」
ロランが声の方を見るとそこにはルキウスがいた。
いつも通り、ディアンナを引き連れている。
ロランはルキウスを前にして及び腰になりながらも彼の方を見た。
ジルはロランを擁護しようとした。
「ギルド長。違います。私が彼に声をかけたのであって、彼は……」
「ジル君。申し訳ないがここは引き下がってくれないかね? 私は彼と話すことがあるのでね」
「ギルド長。ですが……」
ジルは言いかけて口をつぐんだ。
ルキウスによって凄まれたからだ。
その尋常ではない表情に、ジルはついつい押し黙ってしまう。
ジルが黙ったところで、ルキウスは再びロランの方を向いた。
「まだこの街にいたとはね。あれだけギルドに迷惑をかけておきながら。しかも錬金術ギルドとは」
ルキウスはロランに詰め寄りながら言った。
ルキウスは上背があるため、相対する者を萎縮させる威圧感があった。
背の低いアーリエとチアルは思わずロランの背中に隠れる。
「まさかとは思うが。品評会に参加するつもりではあるまいね?」
「ああ、そのまさかだよ。品評会に参加して優勝を狙ってる。僕は君と、『金色の鷹』と戦うためにここに来たんだ」
ロランは目を逸らさずに言い返した。
「なんだと? 自分が何を言っているのかわかっているのか?」
「クエスト受付所で聞いたよ。僕に冒険者の仕事を回さないよう裏で根回ししていたそうだね」
「……」
「あの時、僕は何もかもにうんざりしていて、ただただ逃げ出すことしかできなかった。けれども今は違う。今の僕には守るべき仲間と居場所がある。君が僕をこの街から追い出そうとするのなら、僕は君と戦う。どれだけ、君と『金色の鷹』の力が強かろうと関係ない。僕達は自分に恥じることなんて何一つしていない。僕がこの街から追い出されるいわれなんて一つとしてないんだ!」
「……ふん。何をわけのわからんことを。私がクエスト受付所に根回しした? 被害妄想はやめてくれたまえロラン君。なぜ、私が君ごときにそんなことをしなければならない? それよりも品評会を辞退したまえ。ここは君達のような人間の来るところではない。私は君が恥をかかないように親切心で言っているのだよ。辞退してくれるね?」
「断る。僕達が辞退しなければならない理由なんてない。今後は僕は、どれだけみっともない姿をさらそうとも最後まで君と戦う。君と『金色の鷹』を潰すまでだ!」
ルキウスは肩をすくめた。
「フン。親切心で言ってやったというのに。後悔するぞ」
ルキウスはロランに背を向けて歩き出す。
ロランもルキウスに背を向けて歩き出す。
「ジル。行くぞ。聞いただろう? あいつは『金色の鷹』を潰すそうだ。つまり我々の敵だよ」
「そんな……」
ジルはロランに懇願するような視線を向けるが、ロランが振り返ることはなかった。
この日からロランとルキウスの二人は別々の方向に向かって歩き出し、その後、目指す場所が重なることは決して無かった。
中庭では歓声が上がったいた。
街の至る所から来た人達、あるいは領地の外から来た人達までもが入り混じって、この記念すべき日を祝している。
品評会が始まろうとしていた。