第118話 陽動作戦
リリアンヌの要請を受けたロランは、急遽クエスト受付所に出向くことになった。
通された受付所の個室で、モンスターやアイテムについて記された紙束を漁り、適当なクエストはないかと目を通していく。
(リリィのスキル『雷撃』と『浮遊』を活かせるAクラスクエストとなれば……、これだな。Aクラスモンスター『洪水を起こす竜』)
Aクラスモンスター『洪水を起こす竜』は、『湖への道』の終点の湖に棲息する水竜型モンスターだ。
月に一度くらいの頻度で出現し、洪水を起こしては、街に被害を及ぼしていたが、主要な採掘場のあるルートからは外れた『湖への道』の先の湖に棲息していることから、外から来た冒険者ギルドには無視され続け、住民からの討伐して欲しいという多数の要望にも関わらず、放置され続けていた。
今となっては住民達もさじを投げており、毎月のようにやってくる洪水をどうにか耐え忍ぶことでやり過ごしていた。
(外から来た冒険者によっても対処されないAクラスモンスター。これを『精霊の工廠』が討伐することができれば、地元住民からの尊敬と称賛を一身に受けることができる。地元住民に『精霊の工廠』をより身近なギルドと感じてもらう端緒となるかもしれない)
ロランは『洪水を起こす竜』の資料を受け取ると、クエスト受付所を後にした。
(リリィ用のAクラスクエストはこれでいい。あとは『白狼』対策だな)
翌日、街には大量のビラが配られた。
ビラには以下のように書かれていた。
『精霊の工廠』が再び大規模な同盟を組んで、ダンジョン攻略を目指すこと。
ついては同盟に加わる冒険者を募集するので、我こそはと思う冒険者は、『精霊の工廠』まで問い合わせるように。
そのビラを見た街の人々は、随分景気のいいことだと嘆じたし、零細冒険者ギルドはこの降って湧いたような特需に歓喜した。
このように大々的な同盟ギルドの募集に『竜の熾火』と『白狼』も反応し、同盟のクエスト達成を阻まんと動き出した。
『竜の熾火』では、『精霊の工廠』のこの動きに対抗すべく、ギルドの主だった面々が会議室に集まっていた。
「『精霊の工廠』が新たに同盟を結成する動きを見せた。我々『竜の熾火』としてもこの動きを黙って見過ごすわけにはいかん。対抗措置を講じる必要がある。さて、その内容だが……、エドガー。例の案を述べろ」
「ウス」
エドガーが起立して、書類片手に自らの立案した作戦を述べる。
「これまで我々が『精霊の工廠』に対して、幾度も戦いを挑んだにも関わらず、芳しい成果を上げられなかったのはなぜか。それはひとえに我々が錬金術ギルドであるにもかかわらず、ダンジョン内での冒険者同士の戦闘に関与しすぎたから、すなわち自分達の得意分野を見誤るという愚挙を犯したからに他なりません。そこで、今回の『精霊の工廠』対策においてはダンジョン内での戦闘は控える形で行おうと思います」
「ダンジョン内での戦闘は控える? だが、それじゃどうやって『精霊の工廠』に打撃を与えるんだ?」
ラウルが訝しげに言った。
「まあ、そう慌てなさんなって。今から、順を追って説明するから」
エドガーは黒板に図を書きながら説明を続けた。
「現在の『精霊の工廠』の戦略は基本的に外部冒険者ギルドとの競合は避け、『湖への道』の採掘場を狙い鉱石を獲得するというものです。前回の探索では、『火口への道』の採掘場を狙いましたが、『白狼』によって少なからぬダメージを受け、収益としてはよくてトントンと言ったところでしょう。しばらくの間は、『火口への道』に手を出さないはず。そこで、我々『竜の熾火』としましては、この『湖への道』、ここの採掘場を押さえることに注力したいと思います。この採掘場の鉱石を全て、とはいかなくても大部分を押さえてしまえば、『精霊の工廠』の鉱石調達ルートを枯渇させ、干上がらせることができる、というわけです。これなら我々は得意分野である錬金術と冒険者支援に徹しつつ『精霊の工廠』に打撃を与えられるというわけです」
「おお!」
「なるほど。これなら直接戦闘をしなくとも『精霊の工廠』に打撃を与えることができますね」
会議室ではエドガーの立てた作戦に少なからぬ感嘆の声が上がった。
ラウルも腕を組んで難しい顔をしながらも、内心で舌を巻いた。
(なるほど。さすがエドガー。企画立案能力と脳筋だけでカルテットになっただけのことはある。よくもまあこうポンポン新しい作戦を思い付くものだ。確かに一見よく考えられ、筋の通った案に見える。だが、なぜだろう。不安に感じるのは。何か大事なことを見落としているような……)
ともあれ、エドガーの案は全会一致で採択され、『精霊の工廠』同盟に対抗すべく、『竜の熾火』同盟が発足され、工房ではそのための装備が製造された。
そうして、『精霊の工廠』同盟がダンジョン探索に向かう当日。
広場には夥しい数の冒険者達が集まっていた。
『白狼』の盗賊達はその様子を遠巻きに眺めていた。
彼らもこの日に合わせるべく急いで準備してきたのだ。
「『精霊の工廠』の奴ら、あれだけ痛めつけられておきながら、まだこれだけの同盟を組む体力を残してやがったのか」
「この大規模な兵力、やはり狙いは『火口への道』の大規模採掘場か? いや、そうに違いない」
「ええい。『精霊の工廠』がこれだけ大っぴらに動いてるっていうのに、『竜の熾火』の奴らは何をしている! 分かってんのか? 『精霊の工廠』が成長して一番困るのはあいつらなんだぞ」
ジャミル達は今回の『精霊の工廠』同盟を挫くに当たって、『竜の熾火』に協力を要請していた。
しかし、『竜の熾火』からはいまだになんの返事もこない。
「あ、『竜の熾火』への伝令役が帰って来たぜ」
「おお、来たか。おい、『竜の熾火』の奴らなんて言ってた?」
「『精霊の工廠』同盟は『湖への道』に行くと思われる。我々は『湖への道』の主要な鉱石を枯渇させるべく『竜の熾火』同盟を発足した。『白狼』は『竜の熾火』同盟を支援しつつ、『精霊の工廠』同盟の妨害をするように、とのことです」
ジャミル達はしばらく無言で顔を見合わせた。
「やっぱダメだぜ。『竜の熾火』の奴ら。あいつら何も分かっちゃいねえ」
「こんだけ大規模な同盟なのに、『湖への道』なわけねえだろ。絶対『火口への道』だよ。でなきゃ採算が取れねえ」
「あいつらダンジョン探索のこと、何にも分かってねえんだよ」
「どうせエドガーだろこんな作戦立てたの。あの出しゃばり野郎が」
「『竜の熾火』からの援護は期待できないか。仕方ない。ここは俺達だけで『精霊の工廠』を叩くぞ!」
しかし、今回ばかりはエドガーの見立てが正しかった。
集められた大多数の冒険者達は、『白狼』を引き付けるための囮だった。
彼らはロランに言い含められていた通り、強力なモンスターの出現しない裾野の森を当てもなくうろついただけで、やがて街へと引き返した。
そうして『白狼』が陽動に引っかかっているうちに、ロランとリリアンヌは『暁の盾』など同盟の主力部隊と共に悠々と『湖への道』を通ってAクラスモンスター『洪水を起こす竜』の下へと向かうのであった。