第116話 背中を押してくれる人
ウェインは朝から狂ったように鉄を打ち続けていた。
ここ数日、彼はずっとこの調子だった。
彼の脳裏にあるのは、ボロボロになって冒険者達によって打ち捨てられた鎧。
(冒険者に装備を捨てられる。錬金術師にとってこれ以上の屈辱はねぇぜ。エドガーへの復讐や工房内での権力争いにこだわった挙げ句、冒険者に見限られるほど装備の質を下げちまうとは。情けねえ。俺は一体いつからこんな腑抜けになった! エドガーにはめられてからか? アイナに負けてからか? 昔はもっと純粋にスペックの向上を目指していたはずだ)
ウェインは出来上がった鎧を見て、すぐに脇に退けた。
「くそっ。ダメだ。こんなんじゃ。アイナはおろかエドガーにすら勝てやしねぇ」
すぐさま新しい鎧を作り始める。
アイナとロディは呆気に取られながらウェインの様子を見ていた。
「ウェインの奴、一体どうしたんだ急に?」
「ダンジョンから帰ってきてから、ずっとあの調子よ。帰ってきた冒険者の装備はボロボロだし、ロランさんはぶっ倒れるし、ダンジョンで一体何があったんだか」
「しかし……一体何がやりたいんだあいつは?」
「さあ。私にはさっぱりだわ」
実際、傍目にはウェインが何がしたいのかよく分からなかった。
成型の様子を見る限り、Aクラスの鎧を作っているように見えるが、それにしては鉄の量が足りなかった。
使っている鉄の品質もバラバラである。
鎧を作っては壊しての繰り返しで、一向に目指す場所が見えてこない。
「みんな、おはよう」
「あ、ロランさん」
「もう大丈夫なんですか? ダンジョンから帰るやいなや倒れたって聞きましたが……」
「うん。僕はもう大丈夫。心配かけてすまない。それよりもこの音は? ウェインが作業しているのか」
「そうなんですよ。帰ってきてからずっとあの調子で。まるで何かに取り憑かれたように一心不乱に鉄を打ち続けているんです」
「熱心に作業するのはいいけど、鉄を無駄にしすぎだわ。あんなに出鱈目に鎧ばかり作って。新規パートナーシップ向けの装備にも手抜きの痕跡があったし。そろそろ注意しなきゃ」
「待って。アイナ」
注意しようとするアイナをロランは止めた。
「ロランさん?」
「ウェインの中の何かが変わろうとしている。ここは一つ見守ってみよう」
ロランはウェインの作った鎧を鑑定してみた。
(一見、いい加減に作られているあれらの鎧。だが、よく見れば一つのコンセプトを追求していることが分かる。それはスペック。なるべく少ない量の鉄で威力・耐久の高い装備を作ろうとしているんだ。あくなきステータスの探求。これがウェインの才能を開花させるスイッチだったのか)
ロランはウェインの様子を見た。
これまでのどこか気の抜けた様子と違い、必死の形相で鉄を打ち続けている。
(探索の最後で見せたあの涙。あれが嘘でないのなら、チャンスを与える価値はある)
ウェインは今日10個目になろうかという鎧を作るものの一向に満足いく出来のものは作れなかった。
また、新しい鉄を作業台に載せたところでようやく違和感に気づく。
(あ? なんだこれ。鉄Cじゃねーか。くそっ。何をやってるんだ俺は。鉄の品質も見分けられねーほど鈍っちまったのか)
ウェインは気を取り直して、鉄Aを取りに行く。
鉄Aの表札が付いている箱から、鉄を取り出して手触りを確かめる。
(だが、だんだん思い出してきたぜ。昔の感覚を。そうだ。昔から錬金術に集中している時は、感覚が鋭敏になって、手触りだけで金属の品質が分かるくらいだった。俺はこんな基礎的なことすら忘れてたのかよ)
ウェインの感覚はどんどん鋭敏になっていった。
鉄の手触り、ハンマーから伝わってくる打撃の感触、鉄を打つ音、変化する色。
そうして出来上がった鎧を確かめる。
それは確かに厚い装甲で、高威力の鎧に違いなかった。
(だが、ダメだ)
ロランは鎧のステータスを鑑定する。
【鎧のステータス】
威力:90
耐久:30
(威力は高いが、耐久が低すぎる)
ロランはウェインの作った他の鎧にも目を向ける。
それらはいずれも似たような問題を抱えていた。
(硬度を十分に高める前に成型するからこうなるんだ。さっきからこれの繰り返し。どうする? 口出しするか?)
ロランはウェインの様子を伺った。
ウェインも自分が同じことを繰り返していることに気づいていた。
(くそっ。どうして俺はこういつもいつも耐久を軽んじてしまうんだ。前回、耐久の低い鎧を大量に作っちまったところじゃねーか)
ウェインはまた新しい鉄を取り出して鎧を作り始める。
(硬度を十分高める前に成型するからこうなるんだ。もっと打ち込みを十分にして。確かアイナはもっとこう、速く、丁寧に叩いていたはずだ)
ウェインはアイナのフォームを思い出しながら、鉄を打っていく。
ロランもウェインが作業工程を修正したことに気付く。
(自力で気づいたか。もう少し見守っていよう)
そうしてついに鎧が完成した。
【鎧のステータス】
威力:80
耐久:80
重さ:80
(できた。間違いない。俺が今まで作ってきた中で最高傑作だ。……だが、なぜだ?)
ウェインは出来上がった鎧を見て微かな違和感に囚われる。
(何かが足りない気がする。一体どうして……)
「そこでやめてしまうのか、ウェイン?」
ウェインはかけられた声にハッとして、振り返る。
(ロラン……。目を覚ましてたのか)
「その鎧はまだ成型限界に達していないよ。なのにもうそこでやめてしまうのかい?」
「っ。誰がやめるなんて言った!」
ウェインは出来上がったかに見えた鎧に向き直る。
(まだ、成型限界に達していない。だが、ここは『金属成型』じゃない。ここは……)
ウェインは切削用具を取り出す。
(ここは『魔石切削』だ!)
ウェインは切削用具を使って、鎧の粗い部分を削り、ツルツルにしていく。
そうして、全ての余剰部分を削ぎ落とした時、鎧に新たな光が宿った。
ロランは出来上がった鎧を鑑定してみる。
【鎧のステータス】
威力:80
耐久:80
重さ:60(↓20)
重さ60にもかかわらず、威力80耐久80。
それは通常ありえない現象だった。
【『魔石切削』の効果】
魔石を削ることで魔石の威力を高めることができる。
装備の威力を保持したまま余剰部分を削ぎ落とし、軽くすることができる。
【ウェイン・メルツァのスキル】
『金属成型』:A(↑1)
『魔石切削』:A(↑2)
(『魔石切削』の効果が追加されると共にAクラスになった。ついに覚醒したか)
ウェインは自分の中に走った感覚に慄いていた。
(なんだ今の感覚は。通常のスキルが向上する感覚とは明らかに違う。まるで二段階駆け上がるような……。これがロランのスキル? 『竜の熾火』にいた時はこんなことありえなかった。背中を押してくれる奴がいる。それだけでこんなにも成長速度が違うのかよ)
(見せてもらったよウェイン。君の成長を。同時に工房最大のウィークポイントも補われた。これでこの工房もようやく次の段階へと進むことができる)
「みんな、ちょっと来てくれ」
ロランの呼びかけに応じて、各々作業していた錬金術師達が集まってくる。
同時にランジュ、アーリエ、チアルも呼び寄せた。
「『精霊の工廠』本部から来た仲間を紹介するよ。ランジュ、アーリエ、チアルだ。彼らには今日からこの工房の仕事を手伝ってもらう」