第115話 援軍
ロランは火山の中を彷徨っていた。
傍を流れるマグマ。
空はオレンジと黒に染まっている。
『火竜』が『火の息』を吐いて空を焼き尽くしたのだ。
突然、高所から矢が飛んで来て、後ろからは『白狼』の部隊が剣を煌めかせながら詰め寄って来る。
ロランは味方をかえりみた。
部隊は惨憺たる状態だった。
武器はボロボロ、足はくたくたで、みんな疲れ切った顔をしている。
どうにか部隊を守らなければ。
その一心でロランは必死に味方を鼓舞した。
しかし、味方の反応は鈍く惰性で前進を繰り返すのみで、剣すらまともに構えることもできない。
波のように寄せては返す『白狼』の変幻自在な攻撃の前に部隊は翻弄され、いいように蹂躙されていく。
味方は一人また一人と倒れていき、やがて残っているのはロラン一人となった。
『白狼』の凶刃がロランの背中に迫りくる。
「はっ!!」
ロランはベッドの上で目を覚ました。
顔には滝のように汗が流れている。
ロランが状況を掴めずに戸惑っていると、緑色の瞳をした女性が心配そうに覗き込んできた。
ロランには彼女が女神のように見えた。
「ロランさん。起きたんですね」
「君は……リリィ? どうしてここに。というかここは……」
思わず辺りを見回す。
そこは自分の部屋だった。
傍にはタオルと水の入った桶が置かれている。
(リリィ。付きっきりで看病してくれたのか)
「ビックリしましたよ。ダンジョンから帰って来られたと聞いて、駆けつけましたのに。気を失ってらっしゃるんですもの」
リリアンヌは絞ったタオルでロランの顔を拭きながら言った。
「ダンジョン……、僕は、部隊はダンジョンから生還することができたのか?」
「はい。レオンさんによると、ダンジョンから帰ってきた途端気が抜けたのか、意識を失ってしまったそうで」
「そうか。部隊は無事だったのか。あ、そうだ。『白狼』の捕虜になった人達は……」
「レオンさんを始めとした『暁の盾』の皆さんが同盟を代表して、交渉に当たっておられます。今のところ、特に問題なく進められていて、明日には捕虜となった人達も解放されるようですよ」
「そっか。問題は起きてないか」
ロランは安堵して力が抜けたようにベッドに身を横たえた。
「ええ。ですから、ロランさんはもう少しお休みになって……」
リリアンヌはそう言いかけたところでロランがまた眠っていることに気づいた。
うなされていた先程より幾分安らかな寝顔だった。
「ロランさん……」
ロランが目覚めている頃、捕まっていたアリス、クレア、ウィル達が、『白狼』から解放されていた。
捕虜の解放に関しては、『白狼』の担当者と同盟の臨時代表となったレオンによって、島の捕虜協定に則り、つつがなく履行された。
アリスは拘束具のせいですっかり凝り固まった手首を伸ばす。
「はあー。ようやく捕虜生活から解放された。体凝り固まっちゃたわよ、もう!」
「捕虜になったのは久しぶりですねぇ。ハンスの方は大丈夫かしら」
「うーん。どうかな。あいつ、打たれ弱いところあるからなぁ。同盟の足手纏いになってなきゃいいけど」
アリスは難しい顔で兄の心配をする。
「おっ、噂をすれば迎えが来たようだよ」
ウィルが向こうからやってくるラナとハンスを見ながら言った。
「アリス、クレア。無事か?」
「お兄様ー」
ハンスはアリスとクレアの方に、ラナはウィルの方に駆け寄って無事を確認する。
「こっちは大丈夫よ。それより同盟はどうなったの?」
「なんとか崩壊することなく街まで帰ることができたよ。でも、よかった」
彼らはしばらくの間、互いの無事を祝して喜びを分かち合った。
「そうか。ロランが倒れて」
「流石に無理し過ぎでしたもんね」
「ああ。僕も撤退戦ではあまり役に立てなかったし。目を覚ましたら、見舞いに行かなくてはね」
「でも、これから同盟はどうなるのかな」
アリスがポツリと呟くように言った。
「えっ?」
「だって、今回は実質失敗でしょ? 私達の損害はまだ軽微で済んでるけど、『精霊の工廠』の損失、バカにならないでしょう?」
「錬金術ギルド主導の同盟も限界が見えちゃたわね」
「まさか『精霊の工廠』自体終わっちゃう……なんてことないわよね」
「それは……ロランに聞いてみないとなんとも……」
5人は一様に沈鬱な面持ちになる。
ロランが再び目を覚ましたのはもう夕方に近い頃だった。
「はい。あーん」
リリアンヌが切られたリンゴをロランの口に持っていく。
「リリィ。大丈夫だよ。体は動くし。そこまで気を遣わなくても」
「まぁ。いいじゃないですか。はい。あーん」
「むぐ」
ロランはやむを得ずリリアンヌの差し出してきた果物を口に含む。
「同盟の陣容見させていただきましたよ。部隊にはステータス調整もできていない貧弱な冒険者もいましたね。装備もボロボロ」
「うう」
「あなたらしくありませんね。こんな無茶をするなんて」
「この島の冒険者事情は一筋縄ではいかないんだ」
「工房の職員の方から聞きました。この島では冒険者同士の戦闘が認められているそうですね」
「そうなんだ。それで冒険者からの収奪を生業にしている『白狼』っていうギルドがあって、こいつらがとにかく厄介でさ。こっちの嫌なことを的確にしてくるんだ。『竜の熾火』も問題だ。島最大の工房にして、世界でも有数の錬金術ギルドと聞いていたけれど……。まあ確かに優秀な錬金術師が多数いるのは間違いない。ただ、その実態は死の商人だ。冒険者達同士を争わせ、装備を消耗させることで利潤を得ている。島の零細冒険者達も事情をややこしくしている。外から来た冒険者ギルドに圧力をかけて、同盟を組み依存する一方で、いざ戦う段になると、自分達のギルドの利益を優先して非協力的になる。それが『白狼』を動きやすくさせて、『竜の熾火』の悪性に拍車をかける結果になってる」
「うーむ。なるほど。『冒険者の街』とは何もかも違うというわけですね」
「『冒険者の街』の方はどう?」
「思わしくありませんね」
リリアンヌは悩ましげにため息をついた。
「ロランさんが長期間、ギルドを不在にしていることが叩かれ始めています。『巨大な火竜』討伐の下準備はいつまでかかるのかと」
「そうか」
「私もなるべくロランさんの立場を擁護しようと努めてきたのですが……。しかし、困りましたね。今回の訪問では、下準備の進捗を聞くとともに、期限を催促するつもりだったのですが、今の話を聞いた以上、無闇に結論を急ぐわけにもいきませんね」
リリアンヌは腕を組んで考え込む。
「そうだね。僕としてもきっちりした返答ができなくて心苦しい限りなんだけど」
ロランも顔に手を当てて、途方に暮れたような仕草をする。
「とはいえ、今回の件で、工房の錬金術師達もまだまだ精神的に未熟なことが露呈した。冒険者の育成に重点を移しても大丈夫かと思ったが、甘かったよ。あの欠陥装備を見る限り工房から目を離すのが早すぎたみたいだ。どうしたものか……」
「苦戦してるみたいですねロランさん」
ロランはかけられた声にハッとした。
(この声は……)
入り口の方に目を向けるとロランのよく知る人物が立っていた。
「ランジュ!?」
後ろからひょこっとアーリエとチアルも顔を出す。
「『冒険者の街』でのお仕事が一段落したので……」
「応援に来ましたー!」
「ダンジョン探索についてはともかく、こと錬金術ギルドと工房運営に関しては俺達も力になれると思いますよ」