第111話 ロランVSジャミル
ルーシェ→ルーリエに変えました。
『精霊の工廠』同盟が鉱石を調達し終えて山を降りようとしている頃、アイナは食堂で夕食をとっていた。
(ロランさんは今頃、鉱石の調達を終えている頃か)
それは盗賊達との戦いが始まることを意味した。
(ロランさん、大丈夫かな)
アイナが窓の外に見える『火山のダンジョン』を眺めながら、豆をつついていると、テーブルの向かい側に新人のルーリエが座った。
(おっと。夜勤組が来たか)
「こんばんは、アイナさん」
「こんばんは。ルーリエ。……って、えっ?」
アイナは向かいの席に座るルーリエを見ながら目をパチクリさせた。
というのも、彼女の姿はここに来た頃とは似ても似つかぬものだったからだ。
以前の彼女は血色が悪く、目の下には濃いクマができ、体調が悪いことが一目で分かった。
しかし、今、アイナの目の前にいる彼女は、目の下のクマがすっかり消え、ボサボサだった髪は艶めき、肌は瑞々しく潤って、別人のように生気がみなぎっていた。
「ルーリエ。どうしたの? なんだか随分、肌の調子よくない?」
「はい。夜勤になって、お昼までグッスリ眠れるようになってから、みるみる体調がよくなって、お肌の調子まで復活しちゃいました」
「そ、そう。それは良かったわね」
「ええ。ほんと、ここに来てからいいことずくめです」
(夜遅くまで起きてた方が体調がよくなるなんて。変な娘)
アイナがルーリエと話していると、同じテーブルにメリンダがお盆をもってやって来る。
「失礼します」
彼女もすっかり顔色がよくなっていた。
寝不足で常にギラギラと見開かれて充血していた目は、適度に目蓋が被せられ、パチパチと瞬きを繰り返している。
乾いた眼球には潤いが戻り、白目の部分に蜘蛛の巣のように張っていた赤い線はすっかり鳴りを潜めていた。
今となっては、整った睫毛と切れ長の瞳が特徴的な落ち着いた美人である。
彼女はテーブルに座ると、右手で大皿に盛られた食事を口に運び、左手で書類を操り始めた。
「メリンダ。目の充血が消えてるじゃない。寝不足、解消できたんだね」
「ええ、おかげさまで」
メリンダは書類にペンを走らせながら答える。
「ねえ、メリンダ。食事の時くらいゆっくりしたら? 忙しい時期は過ぎたし、そんなに急いで仕事を片付けなくてもいいのよ?」
「いえ。このくらい働かないと眠れないんで」
「そ、そう」
「深夜に目が冴えちゃうんですよ。四六時中働いてないと」
(二人とも変わった子。夜勤についてくれるのは助かるんだけれど。なんだかなぁ)
アイナはため息を一つ吐くと再び窓の外に目をやった。
(ロランさん、早く帰ってこないかな)
100人分の鉱石採取クエストを終えたロランは、山を降り街に帰ることにした。
(さて、問題はここからだ。帰りには盗賊達が待ち構えているはず。この帰り道を無事に潜り抜けなければ、このダンジョンでクエストを達成したとはいえない。『白狼』の連中は前回してやられたと思って、復讐に燃えているはず。おまけにこの大所帯。彼らからすれば、こちらに打撃を与える絶好のチャンスだ。必ず仕掛けてくる)
ロランは部隊の状態を再度チェックした。
ロランの中で部隊は4つのグループに分けられていた。
一つ目は練度Bのグループ。
スキルもステータスもBクラス相当で、部隊行動にも適応している主力ともいえるメンバーだ。
『暁の盾』と『天馬の矢』がこれに当たる。
二つ目は練度Cのグループ。
スキルがまだ発展途上だったり使いどころが限られているものの、ステータスはBクラス相当。部隊行動にも適応している。
『鉱石の守人』、『銀鷲同盟』、『山猫』、魔導師姉妹、吟遊詩人のニコラ、など約20名がこれに当たる。
三つ目は練度Dのグループ。
ステータスC相当で、部隊行動にはまだ不慣れ。
今回新規に加入した冒険者達の中で、集中的に鍛錬した者達約30名がこれに当たる。
四つ目は練度Eのグループ。
今回新規に加入した冒険者達の中で、ほぼ何の訓練も施していない、ステータス調整すら済んでいない者達約40名がこれに当たる。
(練度B・Cのグループを中核にして、いかに練度D・Eのグループをフォローするか。それが今回のテーマだな。あとは……)
ロランが視線を感じて振り返ると、こちらを睨んでいるカルラと目が合った。
カルラは慌てて目を逸らす。
(彼女が今回の切り札になるかもな)
ロランの中で彼女は特別枠だった。
今回の探索中にも練度Aに達するかもしれない。
まだ発展の余地を大きく残しており、4つのグループのどこに入れるとも結論の出ていない存在だった。
ロランの予想通り、盗賊達は山を降り始めるとすぐに仕掛けてきた。
曲がりくねった細い道において、崖の上からロラン達に向かって矢を浴びせてくる。
ロラン達はすぐ様盾を構えて防御態勢をとる。
ジャミルは崖の上の物陰から顔を覗かせて、『精霊の工廠』同盟の冒険者達を『ステータス鑑定』した。
【とある冒険者のステータス】
腕力:30ー60
耐久:30ー50
俊敏:40ー50
体力:40ー80
(ククッ。流石のS級鑑定士様も部隊全員のステータスを調整することはできなかったようだな。冒険者によって練度にバラツキが見られるぜ)
ジャミルは冒険者一人一人を『ステータス鑑定』して練度の低い冒険者を特定していく。
(ステータスの乱れはパフォーマンスの乱れに繋がり、やがては精神の乱調へと繋がる。ステータス調整の甘い奴から順に攻撃していけば、自ずと恐慌を引き起こし、自壊するだろう)
ジャミルはすでに罠を仕掛けていた。
この『弓射撃』の雨から逃れて山を下ることができる脇道が一つだけある。
その道の先には『火竜』の群れを従えたロドが待ち伏せしていた。
ロラン達が降りしきる矢の雨から逃げてきたところを『火竜』と戦士部隊で急襲すれば、同盟はあっさりと崩壊するだろう。
しかし、ロランは道の先に待ち伏せがいることを見抜いた。
そこでロランは弓使い(アーチャー)達に『弓射撃』で威嚇射撃を行うよう命じた上で、敵の『弓射撃』が止んだ瞬間を狙い、部隊に来た道を順次引き返すよう命じた。
部隊員達は、ロラン指揮の下、ステータスの弱い者から順に射程外へと避難していく。
退却は稀に見る秩序正しさで速やかに遂行された。
(何っ!?)
ジャミルは目を見張った。
「おい、あいつら引き上げていくぜ」
ザインが焦りながら言った。
(こちらの作戦が見抜かれたか?)
退却してゆく同盟にザインが『龍頭の籠手』を放つものの、彼らは少しも慌てふためかない。
「チッ。白兵戦部隊を出せ。ただし、戦いは仕掛けるなよ。あくまで牽制だ。向こうが仕掛けてきたら適当に戦いつつ退却」
伏兵として身を隠していた『白狼』の白兵戦部隊が出てきて、退却してゆく同盟の背後に詰め寄る。
それに気づいたロランは部隊を反転させて、戦闘に応じる構えを見せる。
両者は互いに睨み合ったまま、膠着した。
ロランは敵の次の手を読むべくジッと相手を観察する。
(仕掛けてこないか。とはいえ、こちらから仕掛ければ確実に罠が待っている。かと言って、このまま見守っていても敵の攻撃態勢が整うだけだ)
敵の中に『竜音』を操る者がいるのはすでに分かっている。
このまま待っていれば、彼らは『火竜』を回り込ませて、挟み撃ちしてくるだろう。
こちらにも『竜音』を使える吟遊詩人はいるが、それは相手も気付いているはずだ。
何か対策していると見て間違いない。
ロランはラナに命じて『地殻魔法』で防備を固めさせた。
こちらと相手の間を土の壁で隔てていく。
崖から降りて白兵戦部隊に加わったジャミルはその様子を見て顔をしかめた。
(あれは……防備を固めて陣地化しているのか? しかし、これだと向こうからも攻撃できなくなってしまうぞ。いや、待てよ)
ジャミルはロランの狙いに気づいた。
(あれは『火竜』に背後から襲われた時に備えた策。ああして、壁を作り、敵と自分を分断しておけば、後ろから『火竜』が来ても挟み撃ちを防げる)
「おい。ジャミル。『火竜』で攻撃した方がいいんじゃないか? いつでもいけるぜ?」
ジャミルに呼ばれて駆けつけたロドが言った(実際、ジャミルはロランが土壁を作らなければロドに命じて『火竜』を回り込ませるつもりだった)。
「ダメだ。今、攻撃してもせっかく手懐けた『火竜』を消耗するだけだ」
「でも、こうして見ているうちに向こうはどんどん防備を固めていくぜ。このままじゃこっちの攻め手がなくなっちまうよ」
「落ち着け。敵の方がポーションに余裕はないはずだ。必ず向こうから仕掛けてくる。それより、こっちも防御を固めろ」
『白狼』の戦士達も盾を地面に立てて重ねたり、土を盛ったりして防御を固める。
ロランの方からもその様子は見て取れた。
(こちらが防御を固めているにもかかわらず攻めて来ない。むしろ防備を固めてきた。敵の指揮官がこちらの狙いを見抜いたのか?)
(このまま夜を迎えるまで閉じ篭るのだとしたら、ロランの狙いはおそらく明朝、朝日が昇ると共に退却してこちらを撒き、迂回して山を降りること。なら、こっちも夜営に備えて陣地化した上で、明朝の追いかけっこのために追撃態勢を整えとかなきゃな)
ロランとジャミルはこの数手のやり取りで、互いに相手の力量を読み取った。
((隙がない。やるな))
翌朝、同盟は朝日が昇るとともに駆け出した。
元来た道を引き返し、迂回して盗賊達をかわし、山を降る。
『白狼』の盗賊達もすぐ様、『地殻魔法』で作られた土壁を破壊して、後を追った。
「おい、ジャミル。同盟の奴らに逃げられてんじゃねーか」
ロドは走りながらイライラした調子で言った。
「慌てるな。まだ敵を見失ったわけじゃない」
「けど、こんなの予定になかっただろ。もうすでにロランのペースにハマってるんじゃねーの?」
「なあに。奴らは不安要素を抱えている。ステータスという不安要素をな」
「ステータス?」
「そう。奴らの部隊員のうち、少なくない人数がステータスに乱調を来している。こうして走っていればすぐに息を切らして……ステータス?」
(待てよ。そういえば奴らのステータス、俊敏の項目だけやけに振れ幅が少なかったような?)
全ての同盟参加者を鍛えるのは無理だと判断したロランは、せめて俊敏だけでも全員調整することにした。
そのため、戦闘はともかく行軍に関しては通常と同じ速さでダンジョンを移動するよう要求し、俊敏については全員誤差10以内に調整することに成功していた。
ゆえに、こうして逃げ回っている分には息切れすることもなく行軍することができた。
(チィッ。俊敏だけ鍛えられていたのはそういうことかよ。この事態を見越して……)
おまけにロランは麾下の弓使い(アーチャー)と盗賊を使って、後ろから追いかけてくる『白狼』に対し、『弓射撃』や『罠設置』を仕掛けたため、『白狼』の追撃は困難を極めた。
『白狼』の面々はイライラしながらロラン達を追いかける羽目になる。
流石のジャミルも焦りを覚え始めた。
(まずいな。このままだと、ジワジワ削られた上、敵を逃してしまう)
「おい、どうすんだよ。ジャミル。敵に追いつけないぜ」
「敵の弓使い(アーチャー)と盗賊が強力なのも厄介だぜ。追いかける展開は不利だ」
ロドとザインにそう言われて、ジャミルは奥歯を噛み締める。
(確かにこれ以上はやばいな。何か手を打たなければ)
ロドとザインを抑えるのにも限界がある。
彼らがジャミルに従うのは、ジャミルが戦果を稼がせてくれるからに他ならない。
このままロランを捕まえられなければ、ロドとザインもジャミルの統率から離れて勝手に行動しかねない。
そうなればロランに勝てる可能性はますます低くなる。
「……犠牲を出してでも敵の足を止めるか」
「ロラン。待ち伏せ成功したわ」
待ち伏せから帰ってきたアリスが言った。
「敵の盗賊二人を削っておいたぜ」
一緒に帰ってきたジェフが言う。
「よし。よくやった」
「どうする? もう一回くらい待ち伏せしとくか?」
ジェフが言った。
「うーん」
ロランは高原を走りながら道の先と太陽の位置をチラリと確認する。
「いや、やめておこう。この先に夜営できそうな場所がある。今日はそこまで進んで休もう」
「分かったわ」
「了解」
(にしても……)
ジェフは新しく加わった冒険者達の方を見る。
(こいつらもっと速く走れねーのかよ)
ロランによって俊敏を調整されたとはいえ、まだロランのやり方に慣れていない新規加入組の冒険者達は、行軍の至る場面でもたつきを見せて、足を引っ張っていた。
(こいつらがもたついてさえいなけりゃ、もっと先に進めたし、待ち伏せを仕掛けるチャンスだってもっとあったはずなのに)
ジェフも言葉にして不満を表すことはなかったが、内心ではフラストレーションを溜めていた。
そうしているうちにも背後から敵が近づいてくるのをジェフの『遠視』が捉える。
「敵が来る! 『盗賊』15名!」
ジェフが叫んだ。
(15名?)
ロランが近づいてくる敵を確認すると、確かに近接戦闘用の装備をした盗賊15名が近づいてくる。
ロランは不審に思った。
(たった15人でこちらの100名近い冒険者に近接戦闘を挑んでくるのか? なりふり構わずこちらの足を止めたい? それとも何か別の狙いが?)
ロランはもう一度自分達の位置と、目的地までの距離を確認する。
(野営予定地まであと少しだ。ここで多少時間を食ったとしても問題はない)
ロランは戦うことにした。
それも練度Dのグループで。
(敵のスキル・ステータスを見た限り、新規加入組でも十分倒せる。ここで『白狼』に勝っておけば、練度Dグループの成長にも繋がる。島の冒険者達の『白狼』への恐怖心も少しは拭えるかもしれない)
ロランが迎撃を命じると、練度Dのグループは、待ってましたとばかりに躍り出た。
彼らも腕試しの機会を求めていたのだ。
彼らは敵の盗賊部隊を迎え撃つと、あっさり優位に立った。
一方、敵の盗賊部隊は形勢が不利になってもなかなか撤退しなかった。
防御重視の態勢をとり、あからさまに戦闘を長引かせようとしてくる。
(やっぱり、敵の狙いは足止めか)
ロランは自分の読みが当たっていてホッとした。
これなら敵を倒したあと、さっさと陣地に引きこもれば、敵の追撃をやり過ごすことができるだろう。
そう考えて、ロランが戦闘の推移を見守ろうとしたところ、突然、味方の一人の鎧が大破した。
(なにっ!?)
さらにもう一人、鎧が大破する。
鎧が壊れた冒険者達はポカンとしながら地面に尻餅をついていた。
事実、敵からこれといった大ダメージを受けるような攻撃は放たれていない。
(バカな。一体何が? まさか!)
【大破した鎧のステータス】
威力:0(↓60)
耐久:0(↓30)
(耐久30!? 粗悪品が混じっている。あれは確かウェインの担当していた鎧……)
ロランはジロリとウェインの方を睨んだ。
(ヤベッ)
ウェインは慌てて目を逸らす。
ロランは苦い顔をした。
(ウェインの奴、妙に作るのが早いと思ったら、そういうことか)
戦闘を行っている部隊の間では早くも動揺が広がり始めていた。
みんな浮き足立って敵に押され始める。
ロランがサッと鑑定したところ、粗悪品はまだ多数ある。
(くっ。今はウェインを責めている場合じゃない)
ロランは援軍を繰り出して、速やかに敵を制圧するよう命じた。
新手が来るのを感じた敵は、潮時と判断して逃げ出す。
(逃げられたか)
もし敵にこちらの装備の不備が見抜かれたら……。
(マズいな)
傍では鎧を大破させた冒険者が仲間に助け起こされている。
「イテテ」
「おい、大丈夫か?」
「ああ」
「急にどうしたんだ一体」
「わからねぇ。なぜか急に鎧が壊れちまったんだ」
「ロラン。ちょっと見てくれ。こいつの鎧が急に壊れたみたいなんだ」
情報は瞬く間に周囲に広がった。
「鎧が壊れた?」
「どういうことだ?」
「まさか不良品か?」
ロランは周囲の冒険者達の視線が自分に注がれているのに気づいた。
額に嫌な汗が流れる。
「えーっと……」
周囲の冒険者達は固唾を飲んでロランの次の言葉を待つ。
ロランは心臓をバクバク言わせながら、壊れた鎧を調べているフリをした。
そしておもむろにみんなの方を振り向くとにっこり微笑んだ。
「どうやら打ちどころが悪かったみたいだ。アンラッキーだったね」
それを聞いて、冒険者達は肩の力が抜けたような顔をした。
「なあんだ、打ちどころが悪かっただけかよ」
「全く焦らせやがって」
「まあ、でもよかったよ。装備に何か不備があるわけじゃないんだろ?」
「だな。もし装備の製造に不備があるようなら、この後の戦闘にも支障をきたすからな」
ロランはみんなの言葉を聞きながら、顔が青ざめるのを必死に隠していた。
(危ないところだった。不良品が大量に混ざっているなんてのが知られたら、信用問題に関わる。だが、どうする? どうにかこの場はごまかせたが、『白狼』につけ込まれたらシャレにならないぞ)
ロランは事態を収拾するべく、頭を高速で回転させるのであった。
(どうにかしないと……)