第110話 ポテンシャル
カルラがロランを背後から襲おうと腰を低くした時、誰かが肩を押さえた。
「何をしているカルラ?」
「っ。パト!?」
「敵はもう全て倒したんだ。剣を鞘に収めたらどうだ?」
「っ。お前に言われなくても分かってる。うるさいな」
カルラは剣を鞘に収めて、ロランから目を離す。
「カルラ。まさかロランさんを攻撃しようとしたんじゃないだろうな?」
カルラはそれには答えず、自分の配置に戻った。
(恐れていたことが起こったてしまったか。ロランさんの実力を認めたのはいいものの、そのためにかえってカルラの危険人物リストにロランさんが入ってしまったんだ。カルラ、本当に『巨大な火竜』に近づく人間全て殺すつもりか?)
二人を近づけたのはやはり間違いだったのだろうか?
パトはかぶりをふった。
(たとえ、今は考え方にすれ違いがあったとしても、必ず手を取り合える道があるはずだ。何にしても今後はより一層彼女の監視を強化する必要がありそうだな)
カルラはパトから十分離れたところで再びロランの方をチラリと見る。
ロランは今、別の人間を指導しているところだった。
(これだけの衆人環視の中、ロランを暗殺するのは流石に自殺行為か。チッ。パトに止められたせいでチャンスを逸してしまったな。まあいい。どの道、今の私の攻撃力ではロランの着ている青鎧に傷は付けられない。奴を一撃で仕留めるには『影打ち』しかない。『影打ち』を放つには、間に盾使いを挟む必要があるから誰か協力者が必要だな。とはいえ、今のこの状況でロランの暗殺に協力してくれる奴がいるかどうか……)
カルラは焦ったさに歯噛みしながらも、自分を抑える。
(落ち着け。情勢が変わればロランのことを快く思わない人間も出てくるはず)
カルラは瞳の奥に炎を宿しながらロランのことを見る。
(今は見逃してやる。だが、見ていろよロラン。必ず殺してやるからな)
その後、ロラン達はダンジョンを少しだけ進んで野営することにした。
その日は何事もなく夜を迎えて、全員眠りにつく。
翌朝、ロランはカルラを連れて前衛部隊の下に訪れた。
「レオン。ちょっといいか?」
「よお、ロラン。どうしたんだ?」
「メンバー変更だ。彼女はカルラ。今日から補充要員として前線の部隊に編入してもらう」
(何? 前線に編入だと?)
カルラは焦った。
(冗談じゃない。そんなことになれば、ますますロランを殺しにくくなってしまうじゃないか。何とかやめさせなければ……)
「補充? こっちは間に合ってるぜ?」
レオンが不思議そうに言った。
「ああ、分かってる。だが、彼女は後ろに置いておくには惜しい存在だ。彼女は前線でレベルの高い者達と組んでこそ真価を発揮する。僕はそう考えているよ」
「ほお」
レオンは初めてカルラに興味を持ったかのように彼女のことを見る。
「カルラとか言ったっけ? 前衛は後衛ほど優しくないぜ? 足手纏いにはならないんだろうな?」
レオンがそう言うと、カルラはムッとする。
「足手纏い? 冗談じゃない。むしろお前達が私の足手纏いにならないか心配なくらいだ」
「ふっ。威勢だけは一人前のようだな。その言葉が口だけじゃないことを祈るぜ」
「レオン。彼女は後衛型盗賊。盾使いの後ろにピタリとついて、敵が組み合ってきたら『影打ち』で攻撃し、敵が身を引いてきたら飛び出して『剣技』を浴びせるスタイルだ。エリオと組ませて機能するか試してみたい」
「よし。分かった。エリオ。ちょっと来てくれ」
レオンがエリオを呼ぶ。
カルラはその段になって、ようやく自分の失言に気づく。
(しまった。売り言葉に買い言葉で前線編入に同意する流れになってしまった。何をやってるんだ私は)
「カルラ。大丈夫か?」
ロランはカルラの顔が強張っているのに気付いて声をかけた。
「えっ? あ、いや……」
「大丈夫だよ。君なら前線組でも十分通用する。自信を持って」
「ん? あ、ああ」
「レオンも責任感が強いから言い方が厳しいだけで、決して意地悪なんてしたりしないさ。すぐ君のこと認めてくれるよ」
「お、おう」
(なんかやりづらいなコイツ。優しく励ましやがって)
カルラは殺意が薄まりそうになるのを慌てて戒めるのであった。
そうして、部隊の再編を完了させると、ロラン達はまたダンジョン探索を始める。
時を待たずして、索敵に出たジェフが近づいてくるモンスターを見つけてくる。
「前方500メートルに敵部隊がいるぞ。『鎧をつけた大鬼』20体と『鎧をつけた狼』10体」
「よし。部隊前進。こっちから仕掛けるぞ。ジェフに続け。伝令係は索敵部隊を戻すと共に後ろにも知らせろ」
レオンがそう指示を出すと伝令係の弓使いが上空に矢を放って、敵を見つけたことを知らせる。
「カルラ。とりあえずお前はエリオの後ろに付いとけ。後のことは周りがフォローする」
「ああん? そんなこと言われなくても分かって……」
エリオが『鎧をつけた大鬼』に向かって飛び出して行った。
(うっ。速い)
カルラは遅れそうになるところ、慌てて付いて行った。
どうにかエリオが『鎧をつけた大鬼』と対峙するところ後ろに付ける。
(よし。エリオの後ろについたぞ。ここから敵が攻撃してくるのを待って、『影打ち』で……)
しかし、エリオは敵が攻撃してくるのを待たず、自分から『盾突撃』する。
「えっ?」
カルラが、『盾突撃』で急加速するエリオに戸惑っているうちに、エリオは敵を昏倒させた上で組み伏せる。
腰から取り出した短刀を相手の首元に突き立てて、あっさりと敵を倒す。
周囲の冒険者達も自分に割り当てられたモンスターを順当に倒していった。
「あ……」
カルラは何もしないうちに戦闘が終了してしまう。
「カルラ。何やってんだ。『影打ち』するならエリオの『盾突撃』に合わせなきゃだろ」
ジェフが叱咤した。
「う、うるさいな。分かってるよ」
また戦闘が始まる。
カルラはエリオの背後についてチャンスを窺う。
(さっきは遅れを取ったが、今度こそ……)
エリオは敵の姿が目に入るや、敵との間合いを測りながら、『盾突撃』のチャンスを狙って小刻みにステップを踏む。
(くっ。こいつ盾使いのくせに動きが読みづらい。『盾突撃』がある分、ロランよりも動きが複雑なんだ)
カルラはどうにかエリオの『盾突撃』のタイミングに合わせて『影打ち』を放とうと準備する。
しかし、エリオは突然止まった。
カルラはエリオの背中にぶつかってしまう。
「うぶっ」
「あ、ごめん。大丈夫?」
「急に止まるなよ。一体どうして……」
「今回は『火竜』が来てるからジェフの後ろで待機なんだ。ホラ、来るよ」
ジェフが『火竜』を『弓射撃』で引き付けたところに、エリオが飛び込んで『盾突撃』する。
カルラはぼうっと見ていたため、また出遅れてしまう。
「おい、カルラ。何やってんだ。追撃するところだろ」
またジェフが叫んだ。
「いい。俺が行く」
事態を見越して準備していたレオンが、サッと動いて、昏倒している『火竜』の頭部に剣を突き立てる。
(やはり、まだ前衛組とは差があるな)
ロランはエリオに合わせようと四苦八苦するカルラを見ながらそう思った。
(カルラのスキル・ステータスはすでにBクラスだが、エリオ達に比べれば、判断の速さ、戦術理解度、スキルの精度など、まだまだ発展途上だ。だが、それら足りない部分を洗い出して埋め合わせた時、彼女もこの部隊も一段階上のレベルに到達できるはず。今はまだ見守る時だ)
前線部隊にまた、モンスターが襲いかかってくる。
が、カルラはエリオに付いていくので精一杯で『影打ち』を打つことができない。
「カルラ! お前、さっきから何やってんだ。後ろでぼーっとしてるだけじゃねーか」
「う、うるさいな。お前らの動きは速い上に分かりづらいんだよ」
「『火竜』が出たら、とにかく『盾突撃』からの追撃だ。しっかり頭に入れとけ」
ジェフは苛つきながら叱咤する。
しかし、レオンは異なる見方をしていた。
(驚いたな。カルラの奴、もうエリオの動きについていきつつある。これほど早くエリオの動きに合わせられた奴は初めてだ。なるほど。ロランが特別目をかけるのも分かる。カルラ・グラツィア、こいつの素質は別格だ)
「また、『火竜』が来たぞ」
「カルラ、今度は外すなよ」
「うるさい。分かってる」
エリオが『盾突撃』の構えに入る。
(ここから、急加速するんだろ。それなら、私も踏み込みを強くして……)
エリオは一瞬急加速して、『火竜』の頭に飛び込む。
カルラも寸分違わずエリオの背中に飛び込んだ。
ジェフはカルラの猫のようにしなやかな動きにギョッとする。
(なっ、あいつ空中で『影打ち』する気か!?)
カルラは、エリオの盾が『火竜』の頭部に当たるタイミングで、寸分違わずエリオの背中に剣を突き立てる。
『火竜』は『盾突撃』と『影打ち』を同時に食らって、昏倒しながら額から血を吹き出す。
「はああっ」
カルラはそのままエリオの背中を踏み台にして、もう一度飛び『回天剣舞』を浴びせる。
一瞬で『火竜』の頭部から首にかけて無数の切り傷がつけられた。
『火竜』は数箇所から血を吹き出しながら地上に墜ちる。
「ふっ。どーだ。ジェフ。私が本気を出せばこんなもんだ」
「くっ。一匹『火竜』を倒したくらいで調子に乗ってんじゃねーぞ。前線組なら一人で『火竜』を倒せるようになって、ようやく一人前だ」
「なんだとぉ? このヤロ偉そうに」
「まあまあ、ジェフ。何もそんなに厳しくしなくても。カルラ、今の連携よかったよ」
「エリオ。お前、こいつを甘やかすなよ。すぐ、調子乗るぜ」
(とはいえ……)
ジェフはズタズタにされて倒れている『火竜』の方をチラリと見る。
(型に嵌った時の攻撃力は尋常じゃねーな。そこは認めざるを得ないか)
レオンはカルラの動きを見て苦笑した。
(まったくカルラの奴、1日経たずしてエリオに合わせられるようになりやがった。こりゃ俺もうかうかしてらんねーな)
(だが、まだだ)
ロランはカルラを『ステータス鑑定』した。
【カルラ・グラツィアのステータス】
俊敏:70(↑10)ー80(↑10)→120ー130
(エリオの動きに合わせられるだけではまだ足りない。彼女のポテンシャルなら、ジルの動きにも合わせられるはず。それができるようになった時、『巨大な火竜』をも倒す攻撃力を発揮することができるだろう)
とはいえ、現状では十分すぎる成果であった。
ロランは今日のところはこの辺りで満足することにした。
「レオン、カルラは問題なさそうだから僕は再び、後衛に回る。消耗にだけ気をつけて。あとは頼んだよ」
「分かった」
ロランは前衛を離れ、後衛の方へと向かって行く。
カルラはそれを見てハッとする。
(あっ、ロランの奴、後衛の方に行く気か? くそっ、ただでさえ、暗殺する機会が少ないっていうのに。これじゃあますますチャンスが減ってしまうじゃないか)
「カルラ。何ボーッとしてんだ。次の敵が来るぞ」
「くっ、分かってるよ」
そうしてロラン達はスキルを伸ばしながら、採掘場を渡り歩いて行き、順調に鉱石を獲得していった。
『白狼』の面々は湖の辺りで待機していた。
傍らでは多数の『火竜』が羽を畳んで休んでいる。
ロドは『火竜』の一匹に向かって『小鬼』の肉を放り投げた。
『火竜』は投げつけられた肉片をバクリと咥えると、手に持って貪る。
「よーし、よしよし。しっかり食べてその分働いてくれよ」
あたり一面にはすでに『小鬼』の肉片と骨が散らばっており、『火竜』達は心地よさげにロドの『竜笛』の音色に聞き入っている。
『火竜』の中には膨らんだ腹を満足げにさすったり、ゲップしたりしているものもいた。
「ロド。『火竜』の様子はどうだ?」
偵察を終えて帰ってきたジャミルが尋ねた。
「ジャミル。いい感じに手懐けてるぜ。これだけ前払いしとけば、いくら敵に『竜音』の使い手がいたとしても、そう簡単にはなびかないはずだ」
「そうか」
ジャミルは山の上方に目をやった。
大人数が採掘場で鉱石を切り出している様子がここからでもよく見える。
「『精霊の工廠』は四つ目の採掘場を訪れたところだ。そろそろ鉱石の調達を終えて、アイテム袋は一杯になっているはず。降りてくる時を狙って、仕掛けるぞ」
「了解」