第109話 カルラの戦い方
『精霊の工廠』同盟がダンジョンに入って行くのを見届けた『白狼』の面々は、ほくそ笑みながら後をつけていく。
「ふっ、まさか自分達の方から雁首そろえてダンジョンに入ってくれるとはな」
「どうやって『精霊の工廠』をダンジョンに誘いこもうかと気を揉んでいたが、こちらから策動する手間が省けたな」
「ロランの野郎、先日の雪辱果たさせてもらうぜ」
「わざわざ大所帯になって、攻撃もしやすくなった。このダンジョンが誰の庭かたっぷり教えてやる」
森の中を進みながら、ジェフは違和感を感じていた。
(なんだ? 他の奴の動きが遅く感じる)
ロランはジェフが怪訝な顔をしていることに気付いて声をかけた。
「どうしたジェフ?」
「ロラン。いや、なんか、新しく加わった連中の動きが妙に遅いような気がして……」
「それだけ君が成長したってことさ」
実際、新規に加入した者達と既存の部隊員では、目に見えて動きの質が違った。
ロランの鍛錬を着実にこなして実戦経験を積んできた彼らは、既に島の一般的な冒険者とは一線を画するレベルになっていた。
(だが、こうなってくると新規ギルドと既存ギルド間の格差が問題になってくるな。格差は必ず軋轢と分断を生む)
指揮官としては頭の痛い問題だった。
(さて、どうしたものかな)
同盟に参加した冒険者ギルドから装備の使用料を徴収するには、彼らに鉱石を獲得させなければならない。
ただ、鉱石を採って戻ってくるだけではなく、全員で鉱石を獲得し戻ってこなければならないのだ。
当然、盗賊達もそれを狙ってくるはずだった。
(まずは行きの採掘場までの道。ここをなるべく消耗せずクリアして、なおかつ新規で入ってきた冒険者を育てなければならない。帰りの盗賊達との戦いに備えて)
鬼族や狼族の出て来る裾野の森は、数の力で強引に突破していき、やがて一行は鈍色の鉄鉱石がそこかしこに表出している『メタル・ライン』へとたどり着く。
(さて、問題はここからだな)
100名もの冒険者を引き連れて、ダンジョンの細い道を進むとなると、全員で固まって進むというわけにはいかなかった。
戦列は自然と縦に長く伸びることになる。
(『メタル・ライン』からは『火竜』が出て来る。上空から『火の息』を吹きかけてくる相手に縦に長く伸びた部隊をどう守るか)
ロランは部隊を二つに分けることにした。
最前線には最強部隊を揃えて、『火竜』を迎え撃つ。
俊敏の高い弓使いと盗賊を使い索敵で優位に立ち、『火竜』がこちらを見つける前に、こちらから見つけて倒す作戦だった。
「レオン!」
「ん?」
「前衛の指揮を頼んでもいいか? 僕は後方の指揮に専念したい」
「それはいいが。俺で問題ないのか?」
「大丈夫。前衛には部隊中でも最強の冒険者を集めているし、それに……」
【レオンのステータス】
指揮:80-90
「君の指揮官としての能力もかなり上がっている」
「そうか。まあ、お前がそう言うのなら……」
「後方は僕が守るから、君達は前方の敵に集中してくれ。なるべく消耗しないように地上戦は最小限の戦闘で追い払うこと。竜族だけ確実に仕留めてくれ。索敵してなるべくこちらから仕掛けるんだ。ただし、後方とは連絡を緊密に取って距離を空け過ぎないようにね」
「分かった」
レオンは前衛で指揮を執る。
(さてと僕は……)
ロランは後衛の指揮を執りながら、優先的に育てると決めていた者達を自分の周りに集めた。
その中にはカルラの姿もある。
(盗賊達との戦闘が予想される帰りまでにどれだけ部隊の弱い部分を鍛えられるかが勝負の分かれ目だ。かと言って、じっくり進むわけにもいかない。遅く進みすぎれば消耗が激しくなる上に、先行する前衛を見失ってしまう恐れがある。となれば……選別する必要がある。使える者と、使えない者)
ロランは比較的成長の早そうな者を選抜して、適役を振り分けていった。
腕力の高い弓使いはパワーシューターに。
俊敏の高い弓使いは援護射撃に。
腕力と耐久の高い剣士は突撃要員に。
俊敏の高い剣士は後ろからの飛び出しに。
『盾防御』のスキルが高い者は耐久の低い剣士の援護に。
「こんなところかな。さて、最後にカルラ。君は……」
ロランはカルラのスキルを鑑定した。
【カルラのスキル】
『剣技』 :C→A
『影打ち』 :D→A
『アイテム奪取』:E→A
『回天剣舞』 :E→S
(ふむ。あの時から驚くほど成長していない)
「カルラ。君には僕の後ろについてもらう」
「? お前の?」
こうして配置を全て終えると、『精霊の工廠』同盟はダンジョン探索を再開した。
レオンの指揮する前衛とロランの指揮する後衛に分かれて、一定の距離を保ちながら細い山道を進んでいく。
ロランが周囲を警戒しながら進んでいると、前衛から3本の矢が上空に放たれるのが見えた。
(前衛からの合図! 戦闘か)
ロランは部隊に合図して前衛の背後を守るべく、前を進む部隊の最後尾にピタリとつけた。
そうして前衛の背後を固めると、自身の部隊には後方を警戒するように命じる。
(さて、こうしてダンジョンの途中で止まっていれば当然ながら……)
「敵襲!! 後ろからだ」
『遠視』を使える弓使いが叫んだ。
「数は?」
「『小鬼』10体と『鎧をつけた狼』5体!」
「よし。展開しろ。回り込まれないよう、横に広がれ。カルラ、さっき教えたこと覚えてるね? 行くぞ」
「……」
カルラは先程森でロランから教わったことを思い出す。
「後衛型盗賊?」
「ああ。君は前衛としては腕力も耐久も低い」
【カルラ・グラツィアのステータス】
腕力:30ー40
耐久:20ー30
「そこで君の場合、盾使いを上手く使った、後衛型盗賊の戦い方を覚えるのが最適だ。そこで肝となるのが君のスキル『影打ち』だ」
(『影打ち』……。私にそんなスキルが……)
【カルラ・グラツィアのスキル】
『影打ち』:D→A
ロランは盾を手に持った状態で、木の幹に体ごと押し付ける。
「『影打ち』は味方越しに向こう側にいる敵を攻撃するスキル。カルラ。この状態のまま、僕に攻撃してみてくれ」
「は?」
「僕の背後から、僕越しにこの木の幹に攻撃するイメージで」
「いや、そんなこと言われても……」
「いいから。とにかくやってみて」
「はぁ」
カルラはロランの鎧に覆われた背中部分に斬りつける。
すると剣がロランの体を通り抜けるような感覚に襲われる。
「!?」
木の幹の、ロランが盾を押し付けている部分に切り傷が付いた。
ロランにダメージはない。
カルラは慌てて、剣の切っ先を見た。
剣はロランの背中に押しつけられたままである。
(な、なんだ今の感覚は。まるで剣がロランの体を通り抜けたみたいに)
「うん。いい感じだ。できたみたいだね」
【カルラ・グラツィアのスキル】
『影打ち』:C(↑1)
そのあとも、カルラは何度かロランと練習して『影打ち』の感覚を掴んでいく。
(練習ではほとんど100%『影打ち』を発動できるようになった。だが、果たして実戦で使いものになるのか?)
ロランは盾で飛びかかってくる『小鬼』の剣を受け止める。
「カルラ、今だ!」
しかし、カルラがロランの背中に斬撃を加える前に『小鬼』は離れてしまう。
カルラの斬撃はロランの鎧を損耗させるだけだった。
(ぐっ、ミスった)
ロランも体勢を崩して、体力が削られる。
「ぐっ」
「あ、すまない。大丈夫かロラン?」
「大丈夫だ。それよりカルラ、もっと早く踏み込んで! 斬撃も素早く放てるようフォームを短くするんだ」
「う、うるさいな。分かってるよ」
「来るぞ。もう一度だ!」
再び『小鬼』がロランに斬りかかってくる。
(もっと、カルラがやり易いように)
ロランはなるべく長く敵と接触していられるよう、盾で『小鬼』の剣をいなし、体を敵にぶつける。
「カルラ、今だ!」
「はああっ!」
カルラは思い切りロランの背中を突いた。
『小鬼』は血を吐きながら、後ろに吹き飛ぶ。
(で、出来た!?)
(ただ、ダメージを与えただけじゃない。敵の鎧もすり抜けて斬撃を浴びせている。これが『影打ち』の真価か)
部隊の他の者達もそれぞれ戦闘を終えていく。
「カルラ。よかったよ、今の戦闘」
「あ、ああ」
「次の戦闘もこの調子で頼む。パト!」
「はい」
パトが呼ばれて、ロランの下に駆け寄ってくる。
「カルラの装備だけれど、突き主体で。耐久よりも軽さ重視だ。予備動作が少なくなるように」
「分かりました」
パトはロランの言ったことをメモに控えていく。
「よし。それじゃあ探索を再開しよう。前の部隊に戦闘が終わったことを伝えて」
ロランは伝令係に弓矢を放つよう命じた。
二つに分かれた部隊は再び一定の距離を保ちながら、山を登っていく。
その後もロランはカルラの『影打ち』を鍛えていった。
そのうち、カルラは敵に与えるダメージがマチマチなことに気づいた。
一撃で敵を仕留められる場合もあれば、小ダメージしか与えられない時もある。
(なんだ? 威力にバラつきがあるな)
カルラは首を傾げる。
「カルラ。どうやら君の『影打ち』、敵の体勢によって威力が変わるようだ」
「敵の体勢?」
「そう。敵の体勢が崩れている時に『影打ち』を浴びせれば大ダメージを与えられる。敵がこちらに寄りかかっている時など、つまり重心を崩している時にはクリーンヒットと同じくらいの効果が生まれるようだ」
「な、なるほど」
「僕の動きだけじゃなく敵の動きもよく見て」
「よし。分かった」
(敵の動きもよく見て……)
カルラはロランのアドバイス通り敵の動きにも注意を払うようになった。
とはいえ、ロランの背中越しではほとんど敵の動きは見えない。
しかし、そのうちに敵の足下を見るだけで、ある程度敵の体勢が予想できるようになる。
(崩れた。今だ!)
カルラは『影打ち』を放つ。
『鎧をつけた大鬼』がその巨体にも関わらず、急所を貫かれ、一撃で絶命する。
(大したもんだな。もう、盾使い越しの戦いを身に付けている)
ロランはカルラの習得の早さに内心で舌を巻く。
(『小鬼』も『大鬼』も倒した。もはや耐久と体力、腕力で、彼女は止められない。後は俊敏の高い狼族と『トカゲの戦士』を仕留められれば……ってとこか)
パトも後ろから見ていて、カルラの変化を如実に感じとっていた。
(カルラの動き、どんどん鋭くなっていく。適切な戦い方を覚えただけで、ここまで変わるものなのか?)
そうしているうちにロランの望み通りの相手が来た。
『トカゲの戦士』である。
『トカゲの戦士』は細かいステップを踏みながら、ロランに偃月刀で斬撃を加えてくる。
(くっ、なかなか敵を捕まえられないな)
ロランは『トカゲの戦士』に体をぶつけられず、苛立ちを覚える。
そろそろ鎧が限界を迎えつつあった。
彼の耐久と体力も。
一方でカルラの神経は研ぎ澄まされていく。
(ロランが敵を捉え損ねている、敵の動きが速いんだ。もっと鋭く、相手の動きを先読みして……)
カルラは影のようにロランの後ろに付きながら、今までよりも一層腰を低くして一瞬のチャンスにかける。
『トカゲの戦士』の剣がロランの盾に当たり損ねて、体勢を崩す。
ロランは『トカゲの戦士』の懐に飛び込み体をぶつける。
「よし。今っ……」
ロランが全て言い終わる前にカルラは踏み込んでいた。
『影打ち』を発動させて、『トカゲの戦士』の剣を弾き飛ばす。
(もう一撃……)
しかし、『トカゲの戦士』が体を離す方が早かった。
「ロラン、スイッチだ!」
カルラはロランの肩を飛び越えて、『トカゲの戦士』に斬りかかる。
一撃を加えた後も回転して、連撃を繰り出した。
『トカゲの戦士』をめった斬りにする。
カルラは自分で自分の繰り出したスキルに驚いた。
(な、なんだ今のは? 私のスキルなのか?)
(今のカルラの斬撃。普通の『剣技』だけじゃない。おそらくユニークスキル『回天剣舞』!)
【カルラ・グラツィアのスキル・ステータス】
『剣技』:B(↑1)
『影打ち』:B(↑1)
『回天剣舞』:C(↑2)
俊敏:60(↑20)ー70(↑20)
(盾使い越しの戦いを覚えて、一気にスキル・ステータスが開花したか。これなら来るべき盗賊との決戦においても十分戦力になる。カルラ・グラツィア。合格だ!)
「よし。よくやったよカルラ」
ロランはカルラの肩をポンと叩く。
「あ、ああ……」
「流石に疲れただろ。一旦休んで……。ん? 新手か!?」
戦闘を終えたロラン達の前に、新たなモンスターの軍勢が襲いかかってきた。
カルラは再び剣を構えようとして、足に違和感を感じた。
(っ。足が……)
【カルラ・グラツィアのステータス】
俊敏:10(↓50)ー70
(急激なステータスの上昇の反動で、ステータスが不安定になっている)
(マズい、このままじゃ囲まれてしまう)
カルラの額に冷や汗が浮かぶ。
「大丈夫だカルラ。君はこのまま休んでいて」
「えっ?」
カルラが問い返すまでもなく、
二人の周りを冒険者達が取り囲んでフォローした。
ロランに選抜された他の冒険者達だった。
「俺が一番デカい『大鬼』に当たる。サム、トレバー。左右を固めてくれ」
「オーケー」
「任せろ」
「ノア。敵の中に後ろからこっち狙ってる奴がいる。『弓射撃』頼む」
「よしきた」
成長していたのはカルラだけではなかった。
ロランの選抜した冒険者達は、連戦にも関わらず疲れを見せることもなく、連携して瞬く間に新手のモンスター達を制圧していく。
「よーし。敵を制圧できたぜ」
「なんか俺達いい感じじゃね?」
「ああ、この装備使いやすいしな」
「指揮官の指示が明確なのも助かる」
カルラはその光景に唖然とする。
地元の冒険者達がこれほど勇敢に戦う姿など未だかつて見たことがなかった。
(この短時間の間に、これだけの冒険者を成長させたっていうのか)
カルラは畏怖の目でロランのことを見る。
(こいつなら、本当に『巨大な火竜』を……)
「ロラン、装備についてちょっと相談があるんだが……」
「ロラン、敵の索敵について……」
「ああ、それなら……」
成長する楽しさを覚えた冒険者達は、次々と向上心を発揮させて、ロランに教えを乞う。
ロランもそれに応えていく。
「よし。こんなとこかな。カルラ。今日はもう休んでいいよ。疲れただろ」
「……ああ」
(危険だ)
カルラは据わった目で部隊をまとめるロランの背中を見る。
(こいつは危険過ぎる。今すぐに消さなければ)
カルラはロランに気づかれないよう密かに剣の柄を握りしめる。