第108話 島の病巣
ウェインは『精霊の工廠』に詰めかけた冒険者達にパートナーシップ加入希望用紙を配っていった。
用紙は瞬く間に行き渡り、冒険者達は自身の名前と団体名を記入して、提出する。
そうしてようやくその日は帰ってもらうことができた。
「はぁ。全くなんなのよ急に」
アイナはぐったりしながら言った。
「大丈夫ですか? アイナさん」
騒ぎを聞きつけて食堂からやってきたサキが、気遣うように声をかける。
「ええ。でも、なんだかドッと疲れたわ」
「突然、押しかけてきましたものねぇ」
「サキ。アイナを奥に連れて行ってあげてくれ。さっき突き飛ばされていただろ。怪我がないか一応調べて」
「はい」
サキはアイナを伴って奥に引っ込んでいった。
ロランは彼らの提出してきた用紙の束を訝しげに見る。
(彼らは近く『精霊の工廠』同盟が発足することを知っていた。今回はまだ仲間内にしか告知していないのに……)
「いやー、大変だったな。ギルド長。アイツら礼儀を知らねーもんでよ」
ウェインがしたり顔で言ってきた。
「ウェイン……。彼ら君の知り合いのようだったけれど……」
「まーな。『竜の熾火』時代にはよくアイツらのことを世話してやったもんだ。まさかこんな形で詰め掛けて来るとは思わなかったがな。とはいえ、災い転じて福となす、だ。これで『精霊の工廠』のパートナーシップも100人に到達する。あとはあいつらから金を巻き上げて、カルテットを引き抜けば……」
「ウェイン、何か勘違いしているようだが……、僕は彼らをパートナーシップに加入させるつもりはないよ」
「ハァ!? なんでだよ。パートナーシップ100人が『精霊の工廠』の当面の目標だろ?」
「今日の朝礼で言っただろ? 『精霊の工廠』同盟の限界は50人だって。レオンの知り合いだけで一杯一杯だ。彼らを受け入れる余裕なんて無いよ」
「なに弱気なこと言ってんだよ。そのくらいちょっと頑張ればどうにかなるだろ。『竜の熾火』を倒す絶好のチャンスなんだから、ここは勝負に出ようぜ」
「『竜の熾火』を倒せても、『精霊の工廠』まで倒れたら意味ないだろ」
「『精霊の工廠』にとっても客が増えるし、商売敵は消えるしでいいことづくめだろ?」
「考えてもみなよ。客が増えたからといっていいことばかりとは限らない。職員一人一人の負担は増えるし、工房のキャパシティーがオーバーする恐れも出てくる。そうなると本来手厚く扱うべき、以前からパートナーシップを結んでいるギルドへのサービスが低下する。結果的に客を失うことに繋がる」
「いいじゃねえかよ。そんなもん。適当に誤魔化しとけば。なんならあいつらには、適当に粗悪品を掴ませるなり、言いくるめて待たせて金だけせしめるなりすればいいだろ?」
「ダメだ。それはブランドと信用の毀損に繋がるし、何より仁義に悖る。だいたいこれを見てみなよ」
ロランはパートナーシップ加入希望用紙の所属ギルド欄をウェインに示した。
「彼らはやたら大挙してやってきたけど、全員零細ギルドの連中だろ? 吹けば飛ぶようなギルドばかりじゃないか。そんなギルドの連中が安定した財政基盤を持っているとは思えない。あんな連中とホイホイ契約を結んで品物を作れば、代金を回収できずに倒産なんてことにもなりかねないだろ」
「そこはホラ。S級鑑定士の力でもってさ。チャチャッとあいつら成長させてやって、クエストを成功させて、稼がせてやってくださいよ」
軽い調子で言うウェインにロランはジトッとした目を向けた。
「いや、でもよ。契約数さえ多ければ、資金の調達にも有利になるだろうし……」
「だからそんな絵に描いた餅だけで動く破れかぶれの計画じゃ絶対失敗するって。それよりも僕が気になるのは、彼らが『精霊の工廠』同盟について嗅ぎつけていたことだ。誰かが変な情報を流したのかもしれない。突き止める必要がある。彼らの下に行って、パートナーシップ締結を断りがてら誰から情報が流れたのか聞き出してみるよ」
「ちょ、待て待て待て待て。待てよ。なあ、あんたこそ考えてみてくれよ。俺はもうあいつらにパートナーシップに入れると言っちまったんだぜ? それを今さら無しにして欲しいなんて言ったら、あのゴロツキども何しだすかわかったもんじゃねーよ。また、このギルドが襲撃されるかも」
「そうだね。それじゃあ、レオン達に護衛を頼もう。彼らも『青鎧』を前に喧嘩を挑もうとはしないだろう。その上で断りを入れれば……」
「ちょ、待て待て待て待て。待てよ。なんでそんな断る方向ばかりで考えるんだよ。もうちょっと前向きに検討してみてもいいだろ。大体俺の立場にもなってみてくれよ。俺はあんだけ大見得切ってあいつらにパートナーシップに入れって言っちまったんだぜ? それなのに今さら白紙に戻すなんざ、そんなことしようものなら俺の信用がなくなっちまうだろうが」
「それは君の都合だろ? 僕には関係ない」
「そんな冷たいこと言うなよ。可愛い部下の顔を立てると思ってさ。このままじゃ俺があいつらに囲まれて、タコ殴りにされちまう」
ロランは肩を竦めるだけだった。
まことにお気の毒だが僕にはどうすることもできない、と言わんばかりの態度であった。
(くっ、こいつ……)
「なあ、頼むよ。あんただって島の冒険者育てたいと思ってんだろ? あんたにとっても好都合じゃん」
「さっきから『精霊の工廠』の目標がどうとか、僕の都合がどうとか見当はずれなことを言っているけれど、君分かってる? そもそも君のやっていることは越権行為だよ?」
「何?」
「僕は君にパートナーシップを勝手に締結する権限を持たせた覚えはない!」
「……いや、でも仕方なかっただろ。あの状況だと……。こっちが傷付けられるかもしれなかったし……」
「なら、危険が去った今、この加入希望を受け入れる必要はない。前言を撤回した上で、正式に彼らのギルドに威力業務妨害で抗議する」
「……」
「もう他人や状況を理由にするのはよそう。君はどうなんだいウェイン?」
「俺?」
「ここまで好き勝手やるならば、僕が聞きたいのは一つだけだ。どんな結果になっても甘んじて責任を負う覚悟があるのかどうか」
「……」
「自分の職務は全うしないくせに、権限を越えた行為だけは頻繁に行って、責任は取らない。こんな勝手をホイホイ許してたら、『精霊の工廠』もすぐに『竜の熾火』みたいな個人主義集団になって、見せかけだけの数字と見込みだけの売上げを追いかけて、蓋を開けてみれば実態はガタガタ、挙げ句の果てには後になってから責任の押し付け合いばかりする。そんな組織になってしまうのは目に見えている」
「……随分、知った風な口きくじゃねーか。実際に『竜の熾火』の中で働いてたわけでもねーのによ」
『竜の熾火』での苦い記憶を思い出して、ウェインは久し振りに噛み付くような顔になる。
「実際に働いたりしなくても、大体分かるよ。『竜の熾火』の実態なんてそんなとこだろ?」
「お前に何が分かるんだよ。ここで生き残るためにはそんな悠長なこと言ってられねーんだよ!」
「……とにかくそんな切った張ったの賭けをするようなプロジェクトを、自分の仕事も満足にこなせない半人前の言い分に乗って、許可することなんてできない」
「くっ……。越権行為したのは悪かったよ。でも、あいつらが困ってるのはマジなんだよ。頼むよ。どうにかアイツらのこと救いたいんだって」
【ウェインのステータス】
企画立案:50-70→90ー100
(企画立案のステータスが90ー100の資質。横道に逸れることにはなるが、錬金術にも利用できる資質だ。これが何かの相乗効果を発揮する可能性もある……か?)
「ワガママ言うのはこれで最後だ。これが成功したら、ちゃんとユニークスキルの習得に励むからさ。これまで足引っ張ってきたのを取り返したいんだよ。ちゃんと責任持ってやり遂げるからさ」
ロランはため息をついた。
「分かったよ。君がそこまで言うのなら、このまま進めるのを許可しよう」
「よっしゃ。恩にきるぜ」
「さて、そうと決まれば、やることは一つだね」
「おう、早速人員を集めて、材料を調達して……」
「違うだろ? そんなことより大事なこと」
「? なんだよ?」
「アイナに頭を下げて、協力してもらうこと」
「はあっ? なんでそこでアイナの奴が出てくるんだよ」
「当然だろ。今、この工房のほとんどを仕切ってるのは彼女なんだから。彼女の協力なしには何事も動かない。君はまだあの時の失言について彼女に謝っていないだろ? 女だからどうとかこうとか」
「……まだ根に持ってんのかよ。もう時効でいいだろ」
「それを決めるのは君じゃなくてアイナだろ。いつまで対立しているつもりだ? 会議の時以外、いつもお互いを避けあってまるで何かの駆け引きみたいに。もういい加減和解してもらわないとこっちとしてもやりづらいんだよ」
「全部俺が仕切るよ。やらせてくれ。大丈夫だって上手くやるさ」
「ダメだ。それは許可できない」
「なんでだよ。俺には部下を指揮して大仕事するのは無理だとでも言うのかよ?」
「うん。無理だと思う」
(くっ、こいつ……)
「どうしてもこの企画を進めたいというのなら、アイナの協力を得ることが条件だ」
「んなこと言ったって。できるかよ。あいつに頭下げるなんて」
「頭を下げて協力してもらうのも仕事のうちだよ。というか仕事なんてそれがほとんどだよ。それとも何か? そこまで僕が面倒見てやらないといけないのか?」
「……」
「最後まで責任を持ってやり遂げる。自分でそう言っただろ? それならこのくらいはやりなよ」
「ぐっ」
「と、いうわけで協力してくれよ」
アイナはジトッとした目でウェインのことを見る。
(くっ、どうにかコイツを説き伏せないとロランの許可を得られねぇ)
「なあ。頼むよ。あの時は悪かったって。入ったばかりで気が立ってたんだ。今はちゃんとあんたのこと、錬金術師として認めてるからさ」
「私を認めるのはいいけど、こんな変更したら、みんなに迷惑かかるのよ。それ、分かってんの?」
「分かってるよ。それを承知で言ってんだ。このチャンスにかけてるんだよ俺は」
「ロランさんはなんて言ってるの?」
「……あんたの協力を得られたら、進めてもいいって」
アイナはため息を吐いた。
「はぁ。しょうがないわね。あんたのささやかな成長に免じて、協力してあげるわ」
「っし。恩にきるぜ!」
アイナはため息をついた。
(まったく、ロランさんったら律儀なんだから。ロランさんに言われれば、こんなことせずとも私はすぐ応じるのに)
パートナーシップ加入希望者の激増とウェインの立案を受け入れたことにより、『精霊の工廠』の生産計画は大幅な変更を余儀なくされた。
ロランは早速、計画の軌道修正に合わせて、新たに人材を調達するべく動き出した。
(現在の工房の設備では、50名分の装備を作るだけで一杯一杯。100名分の装備を生産するには、昼だけでなく夜も工房を稼働させるしかない。となれば夜の作業に適した人物を新たに雇う必要がある)
ロランは面接に訪れた目の前の少女を鑑定する。
【ルーリエのスキル】
『夜行性』:C→A
『金属成型』:C→A
(見つけた。スキル『夜行性』を身に付けた錬金術師)
基本的にスキルやステータスは夜になると不安定になる。
この島の冒険者達が夜、戦闘しないのもそのためだ。
しかし、スキル『夜行性』を身に付けたものならば夜間にスキルを使用しても、昼と同様の効果が得られる。
ルーリエは目にクマのできた血色の悪い不健康そうな少女だった。
ろくに手入れもされていないボサボサの黒髪がだらしなく目元までかかっている。
「大丈夫ですか? 少し寝不足なようですが……」
ロランがそう尋ねると、少女はビクッとする。
「その……、低血圧から朝寝坊しがちで、どこに行っても遅刻してしまって。朝起きれるよう頑張るので、どうにか雇っていただけませんか?」
「なるほど。では、夜間勤務は可能ですか? ウチはこれから工房を夜も稼働させる計画でして。夕方出社、早朝退社という形になるのですが」
「えっ? 朝、早起きしなくていいんですか? やります。やります。是非その形態で働かせて下さい!」
ロランは次の募集者を鑑定した。
【メリンダのスキル】
『耐久超回復』:C→A
『体力超回復』:C→A
『金属成型』:C→A
(『耐久超回復』と『体力超回復』がAクラス。これなら夜間でもスキルの精度を安定させることができる)
夜間にスキルが不安定になるのは、耐久と体力が急激に落ちるためだ。
そのため、『耐久超回復』と『体力超回復』さえあれば、ある程度夜間のスキル使用も見込める。
メリンダはルーリエとは打って変わってまるで徹夜明けのように目をギラギラと輝かせた少女だった。
「あの、大丈夫ですか? 少し目が血走っているように見えるのですが……」
「すみません。寝不足でして」
「寝不足? 何か悩み事でも……」
「いえ、悩み事ではなく、仕事不足ですね。1日12時間は働かないと眠れない体質でして」
「なるほど。ウチは今、たくさん装備を作る必要があって、人手不足でして。もしよろしければ夜間勤務及び休日出勤も可能なのですが……」
「えっ? 休日も働いていいんですか? やります。やります。是非働かせてください」
(二人とも『金属成型』はCクラス。Cクラスの装備を作るには問題ないだろう。昼組にBクラスの装備を、夜組にCクラスの装備を作らせれば問題ない)
こうして新たな仲間を加え、『精霊の工廠』は新体制の下スタートした。
アイナは急いでスケジュールを組み直していた。
(新人が入って来たんだから、新しく仕事の振り分け方を考えないと。夜組の育成はロランさんに任せるとして、朝組と夜組でスムーズに切り替えられるよう配置を考えて、スケジュールを組み直さなきゃいけないし、新人用に新しく設計図も作らなきゃいけない。ロランさんから仕様書が来たら、それぞれに仕事を振り分けて、『外装強化』できるのは私だけだから……、倉庫の管理は……。あー、もうやること多すぎるよ)
「アイナ、鎧の鉄部分作っといたぜ。これ、『外装強化』のところに置いておけばいいんだよな?」
アイナがあれこれ悩んでいるとウェインがそう言ってきた。
「あら? ありがとう。どうしたのよ? いつになく気が利くわね」
「俺もこのプロジェクトの責任者だしな。それにこれは千載一遇のチャンスだ。工房一丸となって頑張らねーとだろ。鎧と盾は全部俺のところに振っていいぜ。
パトは『調律』に集中しなきゃならないし、リーナは精錬に忙しい。ロディは設計図を書かなきゃいけないし、アイズは手元に置いておきたいだろ? お前は『外装強化』と仕事の振り分けに集中しろよな」
「そう? まあ……、それじゃあ任せるわ」
(随分、殊勝な態度ね。今回の一件で成長したということかしら)
しかし、ウェインには別の思惑があった。
(ふっ。企画を通すことさえできれば、こっちのもんだぜ。工房の生産能力以上のクエスト、アイナにとってもキャパシティオーバーだし、ロランも夜組と冒険者の鑑定に軸足を移して、目が行き届いていない。俺がこの工房で影響力を高めるチャンスだ)
ウェインはアイナの方を見た。
(確かに現状、牛耳ってるのはアイナだが、ここでアイナよりも多く鎧を作ることができれば、確実に俺の株は上がる。そうなりゃロランも今後はこの仕事を俺に仕切らせざるを得まい。それに俺の影響力も増して今後も企画を通しやすくなるだろう。そうしてこの工房を事実上牛耳った上で、この次は新工房の建設だ。新工房の建設を俺が仕切って、敵の鼻面の前におっ立てて、エドガー、あの野郎をぶっ潰してやるよ)
そうして、実際にウェインは新規装備の鉄部分のほとんどを作り上げてしまう。
これにはロランもアイナも舌を巻いてウェインのことを見直すのであった。
こうして、100名分の装備は瞬く間に製造されていった。
ダンジョン探索予定日、『精霊の工廠』同盟に参加を希望する冒険者達が広場に集まる。
100名ともなると、『精霊の工廠』の前では手狭なため、広場に集合となった。
『精霊の工廠』の職員達が、広場を仕切りながら冒険者に装備を装着させていく。
パトは冒険者達に装備を配りながら、難しい顔をしていた。
(どうにか100人分の装備を作り上げれた。ここまでもってこれたあたり流石ロランさんだ。だが……)
パトはロランと話したことを思い出す。
「ロランさん、僕は反対です。これだけ急激な拡大をしては必ずどこかで綻びが出るでしょう。ウェインやリーナのスキルもまだまだ発展途上ですし、まずはそっちを伸ばして、現状すでにパートナーシップを結んでいるギルドへの支援を充実させた方がよいのでは?」
「ああ、僕もそう思っていた。だが、ウェインの成長を待つのにも限界がある。彼を雇ってからそれなりの時間が経つにもかかわらず、未だユニークスキルがCクラスを超えていない。これ以上成長しないようであれば、僕としても彼の育成を断念せざるをえない」
「そんな……」
「そこで今回の計画というわけさ。責任を持って仕事にあたらせれば、彼の意識改革につながるかもしれない。危険な賭けだが、僕はウェインの意気込みに賭けることにしたよ」
「……」
「大変だし、危険なことだとは思うけど。どうにか協力してくれないかな」
(ウェインの成長のため……か。そう言われれば親友として僕も賛成しないわけにはいかない。だが、大丈夫だろうか。これだけの大人数、一気に育てるとなるといくらロランさんでも……)
パトがそんな風に思い悩んでいると、広場の一角に人だかりができているのが見えた。
誰かが演台に立って演説しているようだった。
(なんだ? 演説?)
パトが人だかりの後ろから目を凝らすと、少女が演説をしていた。
「諸君! 我々がこうして食い詰めるようになったのは一体なぜか!」
パトは演説している少女の顔を見て仰天した。
(あれは……カルラ!?)
「我々がこのように食い詰めるようになったのも全ては外部から来た冒険者のためだ。『竜の熾火』が外部冒険者向けの装備を優先するようになったのも、議会が外部の冒険者に大きく門戸を開く決議をしたためだ。私はこれ以上外部からきた冒険者達が好き勝手に我々の庭を荒らすのを黙って見ていることなどできない。今こそ、皆で立ち上がろうじゃないか。港を封鎖して、外部のものを締め出し、『火山のダンジョン』と『巨大な火竜』討伐クエストを我々の手に取り戻そう。ここに集まった者達で一致団結し、議会に対して圧力をかけよう。これだけの人数が議会に押し掛ければ彼らも話を聞かないわけにはいくまい」
(カルラ。何をしているんだ。まさか、この集まりに乗じて、人々を扇動するつもりか?)
パトは彼女の発想と行動に愕然とした。
しかも困ったことに少なくない者達がカルラの演説に聞き入っていた。
「おい、コラ。テメェ。何勝手に演説やってんだ!」
ウェインが目くじらを立てながら、演台に登ってカルラの手を掴む。
「なっ、貴様、何をする。離せ!」
「指揮系統に入ってない奴が勝手に演説するのは禁止だ! こっちに来い。ロランの前に引っ立ててやる」
パトは慌ててウェインとカルラの下に駆けつけた。
「ウェイン。待ってくれ。その娘は僕の知り合いだ」
「あん? パト? お前の知り合いかよ」
「どうした? なんだこの騒ぎは?」
ロランがやってくる。
「あっ、ギルド長。聞いてくれよ。この女が勝手にウチの同盟の連中を扇動してやがったんですよ」
「君は確か以前ウチのギルドに来た……。パト、彼女と知り合いなのか?」
「ロランさん、彼女のこと僕に任せてくれませんか?」
パトとカルラは広場の隅に移動した。
カルラはバツの悪そうな顔をしている。
「久しぶりだね、カルラ」
「……」
「ユガンの暗殺が失敗して、今度は政治活動かい?」
カルラはキッとパトのことを睨む。
「暗殺に失敗したわけじゃない。殺すまでもなく、奴らが退散したんだ」
「それで今度は政治活動というわけか」
「お前に私の行動をとやかく言われる筋合いはない。私は島を守るためにやっているだけだ」
(島を守る……)
今のパトにはカルラの言っていることが空虚なことのように思えた。
「カルラ。君も『精霊の工廠』同盟に参加してみないか?」
「何?」
「『精霊の工廠』とロランさんは、いずれこの島の錬金術ギルドとして主導的な役割を果たすつもりだ。そして、この島を蝕む病巣を取り払って治癒する」
「病巣?」
「そう。病巣だ。この島は病気にかかっている。『竜の熾火』という名の病気に」
「……」
「『精霊の工廠』に移籍して、はっきり分かった。彼らは病人であるにもかかわらず、それに気づかずウィルスを振り撒いている伝染病患者のようなものだ。おかしいと思わないか? 島の冒険者がいつまでも育たず、『巨大な火竜』がいつまでも倒せない。一方で、『竜の熾火』だけ発展し、肥大化している。これは偶然じゃない。全ては『竜の熾火』の抱えている病気が原因だ」
「……」
「彼は、ロランさんはこれまで島の外からやってきた冒険者達とは明らかにレベルが違う」
「まあ、確かにSクラス冒険者はおろか、Aクラス冒険者すらいないようだし、ユガン・アイマールやセイン・オルベスタの部隊に比べれば見劣りするな。そんなことはわざわざ言われなくたって……」
「逆だよカルラ。セイン・オルベスタやユガン・アイマール、彼らに比べて、ロランさんの方が冒険者としてはるかに上回っている。僕はそう言いたいんだ」
「何だと?」
「君も曲がりなりにもセイン・オルベスタやユガン・アイマールと一緒にダンジョンを探索してきたんだろ? そして彼らの実力を間近で見てきた。なら、一緒にダンジョンを探索すればすぐに分かるはずだ。ロランさんの実力が」
「……」
「君も『巨大な火竜』を狙ってるんだろ? なら、今後、この島で間違いなく台風の目となる『精霊の工廠』とロランさんについて、チェックしておくのは決して時間の無駄じゃないと思うけれどね」
「お待たせしました。ロランさん。彼女も同盟に参加するとのことです」
パトはカルラを伴って、ロランの下に戻ってきた。
「ようやく来たか」
ロランはカルラに親しみを込めた笑みを向ける。
「カルラだっけ? 君とはいずれ一緒にダンジョンを探索する。そんな気がしてたよ。初めて会った時からね」
(なんだこいつ?)
カルラはロランを訝しげに見た。
「ロランさん、今回の探索、僕もついて行きます」
「パト。君も?」
「はい」
(カルラがロランさんを殺そうとすれば僕が止める。命に代えても)
「おい、待てよ。パトが行くなら俺も行くぜ」
ウェインが言った。
(せっかくここまで下ごしらえしたっていうのに、ダンジョン内でパトが活躍して、俺の貢献が薄れないとも限らないしな。最後の最後で俺の手柄が横取りされないように、しっかり監視しとかねーと)
こうして役者を揃えた同盟は、急拵えの装備、拙い関係と交錯した思惑など、多くの綻びを抱えながらダンジョンへと潜って行くのであった。