第104話 離島の魔導師
S級鑑定士3巻、本日発売です!
ここまでこれたのも、ひとえに応援してくださる読者の皆様のおかげです。
今後ともS級鑑定士をよろしくお願いします。
アイナは気を揉みながらロラン達が帰ってくるのを待っていた。
ロラン達は無事だろうか?
自分の作った装備はカルテットの装備に対して通用しているのだろうか?
それだけに工房の入口から声が聞こえた時は、矢も楯もたまらずロランの下に駆けつけた。
「ロランさん!」
「アイナ?」
「よかった無事で。探索はどうでした? 私の装備、ちゃんと機能していました?」
ロランはそれには答えず後ろにいるレオンの方に目をやる。
「レオン。例のもの見せてやりなよ」
そう言うとレオンは鹵獲した『火槍』を掲げ見せた。
『火槍』には、『絡みつく楯』が取り付いている。
それを見て、アイナはパァッと顔を明るくした。
「さ、積もる話は中でしよう。みんな疲れてる。冒険者の皆さんの装備預かってあげて」
「はい」
「どうぞ。『竜茶』でございまーす」
サキが『工房』にいるロランとアイナに『竜茶』を振舞ってくれる。
冒険者達の装備を預かって、ようやく一息ついたところだ。
「ありがとう。サキ」
「ダンジョン探索おつかれさまでした。ごゆっくりなさってくださいねー」
サキはウィンクしてそれだけ言うと、下がっていった。
気立てのいい娘であった。
「それで、どうでした?」
「ああ、カルテットの装備のうち、『黒弓』と『火槍』は君の装備で倒すことができた」
「物理攻撃と特殊近接攻撃は倒せたということですね。となると残りは……」
「ああ、特殊遠隔攻撃、『竜頭の籠手』。これさえ凌げばカルテットは攻略できる!」
リゼッタは一日千秋の思いで、アイク達が『精霊の工廠』から鉱石を奪って帰ってくるのを待っていた。
それだけに彼らが鉱石どころか、身に付けていた装備まで身ぐるみ剥がされて帰ってきたのを見た時は動揺も一入だった。
「アイク……。あなたその姿、一体どうして……」
「面目ないリゼッタ嬢。敵に敗北するばかりか、せっかく頂いた『火槍』まで奪われてしまった」
「教えてちょうだい。一体どうしてそんなことになったの?」
「その……森の中でうまく『火槍』が使えなかったというのもあるが、敵の使う盾、『精霊の工廠』の盾が少し奇妙で……、『火槍』が封じられてしまい……」
「まさか……『火槍』が負けたっていうの? 『精霊の工廠』の装備に?」
「う……、その……、面目無い」
(マズい。マズいわ)
リゼッタはロランとの約束を思い出して青ざめる。
「もし、あなた方が一度でも私の作る装備を上回るものを作ることができたら、私あなたのギルドに移籍して構いませんよ」
(たとえ口約束とはいえ、あんな約束を……)
「はあーあ。やっぱりな。だから言ったんだよ俺は。リゼッタにはまだ荷が重いって」
エドガーが素知らぬ顔で言った。
「だから俺は反対したんだよ。リゼッタの『火槍』じゃ不安だって」
「エドガー。あなたなに他人事のように言ってるの? あなただって『翼竜の灯火』の装備を作ってたでしょう。無責任なこと言わないで!」
「なっ、俺のせいにする気かよ。主導してたのはお前だろ? お前こそ人に責任をなすりつけんなよ」
ガァンと部屋の奥で鉄を叩く音がした。
リゼッタはビクッと体を震わせる。
「ったく、揃いも揃って使えねえ奴らだな」
ラウルはそう言いながら、室内の一同を見回した。
全員気まずそうに顔を背ける。
「もういい。『精霊の工廠』は俺がやる」
(『精霊の工廠』とS級鑑定士ロラン。どうやら只者じゃねーようだな。少しばかりナメていたようだ。ここからは俺が相手になってやるぜ。Sクラス錬金術師のこの俺が!)
『炎を弾く鉱石』なしでダンジョンに潜った『霰の騎士』は、『火竜』の『火の息』と『白狼』による攻撃に晒され、這々の体で帰ってきた。
身に付けている装備は至る所ボロボロで、センドリックの立派に生え揃っていた白い口髭も焼け焦げて半分になっていた。
戦果乏しくして意気消沈する『霰の騎士』のメンバーであったが、さらに追い討ちをかけるように『魔導院の守護者』以来、島では恒例の同盟ギルドによる分け前請求に悩まされることになる。
センドリックは同盟ギルドからの要望に応えるため、再度ダンジョンにトライせざるを得ないのであった。
『霰の騎士』は所持していた北国産の毛皮や象牙を質に入れて資金を工面し、『竜の熾火』に装備の整備と製造を依頼した。
「センドリック隊長。本当にまたダンジョンに潜るのですか?」
「当然だ。このまま引き下がれるか!」
「しかし、島の冒険者達はどうも役立たずです。要求ばかり立派で、いざ戦闘になると腰抜けのお荷物ばかり。先の探索では我々が彼らの尻拭いをする場面があまりにも多すぎました。『竜の熾火』の動向も気がかりです。どうも彼らは信用できません」
「なにを! 彼らは今回こそきっちり『火弾の盾』を用意してくれたではないか。『炎を弾く鉱石』さえあれば、『火竜』や盗賊共など恐るるに足りん!」
「しかし、おかしいと思いませんか? 以前は街のどこを探しても『炎を弾く鉱石』はないと言っていたのに、彼らは今回一体どこから鉱石を手に入れたのでしょう? 盗賊が我々から奪った鉱石を使っているとしか……」
「ええい、そのようなこと詮索していてもキリがない。とにかく装備は万全に整った。かくなる上は敵を倒し、ダンジョンを攻略して、名誉を持ち帰るのみ! さあ、行くぞ。『火竜』を撃ち落とし、卑劣な盗賊共に雪辱を果たすのだ! 我々の力をこの島中に知らしめてやる!」
『白狼』のジャミル達は、『霰の騎士』とその同盟ギルドがダンジョン前で準備しているのを見守っていた。
そして、その後ろで準備している『精霊の工廠』同盟を苦々しげに見た。
カルテットと戦ったはずの彼らは、どう見ても健在だし、むしろ以前よりその兵装は充実しているように思えた。
「チッ。あいつらまた『霰の騎士』の動きにピタリと合わせてきたぜ」
ロドが言った。
「徹底してやがるな」
ザインが言った。
「なあ、ジャミル。いいのかよ? あいつら野放しにしてて。あいつらドンドン調子に乗ってるぜ。このままじゃヤバイって」
「カルテットの奴らも大したことねーな。デカイ口叩いてる割には」
「あいつらダンジョン内戦闘のこと何にも分かってないんだよ。装備を作るばっかりでさ」
「そうだな。ここいらでいっちょ叩いといた方が賢明なんじゃないか?」
「そうだよ。『精霊の工廠』は俺達でないと叩けないって」
「今回も標的は『霰の騎士』だ」
「ジャミル!? うっ……」
ロドとザインはジャミルの凄みに思わず黙りこんでしまう。
「まずは『霰の騎士』を徹底的に叩き潰す。二度と立ち上がれないようになるまでな」
(カルテットでも『精霊の工廠』を止められない。単純な装備の質だけでは仕留められないというわけか。ロランって奴は相当の手練れのようだな。それだけに潰す時は細心の注意を払って、念入りにする必要がある。ん?)
ジャミルが『精霊の工廠』の方を見ていると、その後ろにまた別の一団が現れるのが見えた。
(あれは……ラウル・バートレー?)
ラウルは寄せ集めのCクラス冒険者達に加えて、見慣れぬ一団を引き連れて、ダンジョンの前に来ていた。
その中には年老いた魔導師の姿も見られた。
「ホホ。まさかこの歳でまたダンジョンに入ることになるとはの」
「お手を煩わせて申し訳ない老師」
ラウルはいつにない慇懃さでその老人に接する。
「聞いておるぞ。島にできた新しい錬金術ギルドが、『竜の熾火』の牙城を脅かしておるらしいの」
「ええ。そこで今一度あなたのお力をお借りしたい。魔導師アルゼアよ」
魔導師アルゼアはこの島の冒険者としては異例の魔導師として名を上げた冒険者だった。
ラウルにとって飛躍のきっかけを与えてくれた冒険者でもある。
アルゼアの注文に答え続けた結果、ラウルのユニークスキル『魔法細工』はSクラスになったのだ。
今は離れの小島にて半分隠居する形で、弟子達に魔法を教えている。
今回はわざわざ離島から『火竜の島』本土にやってきてもらったのだ。
「まさか新興錬金術ギルドを倒すためにワシとお主が動かねばならんとはの」
「ええ、お恥ずかしい限りです」
「カルテットの他の奴らは何をやっておるんじゃ?」
「彼らも頑張ってはいるのですが、まだ若輩ゆえの甘いところがあるようでして」
「ふむ。まあ、よかろう。ここはこの老骨がその思い上がった若造の鼻っ柱をへし折ってやるとするかの」
「ありがたい。恩に着ます」
「それで? 装備の方は万全なんじゃろうな?」
「はい。お前達例の物を」
ラウルは下級職員達に持ってきた荷物を開けるよう命じた。
箱の中からは複雑な意匠の施された鎧や剣が現れた。
ラウルのスキル『魔法細工』の施された装備である。
『魔法細工』には魔法スキルの効力を高める効果がある。
『竜頭の籠手』には、爆炎魔法を収束させて威力と貫通力を高める効果があり、『魔法細工』の意匠が拵えられた剣と鎧には『攻撃付与』や『防御付与』の効力を高める効果がある。
「ふむ。腕は衰えておらんようじゃの」
「この鎧と剣は冒険者に合わせてCクラスの重さにしているが、あんたの支援魔法をかければ、『魔法細工』の効果と合わせてAクラスの攻撃力・防御力にもなる。青鎧とも渡り合えるはずだ」
「青鎧?」
「そうか。まだあんたには言ってなかったな。『精霊の工廠』のAクラス錬金術師アイナ・バークが製作している装備に青鎧ってのがあってな。類似する市販の緑鎧においては、Cクラスの重さの装備にBクラス以上のステータスが付与されていた。おそらく特注品である青鎧にはさらなる効力が秘められているとみて間違いない」
「ほう。そんな芸当ができる奴がお主以外にいるとはの」
「エドガーの黒弓もこの青鎧にまんまとやられちまった。なんでも物理攻撃が跳ね返されちまったらしい」
「物理攻撃を跳ね返す……」
「他にも伸縮自在の剣や壊れて槍に取り付く盾といった報告もある。とにかく奇妙な装備を使ってくるんだ」
「なるほど。そりゃ厄介じゃの。とはいえ……」
アルゼアは不敵に笑った。
「お主の『竜頭の籠手』の敵ではない。そうじゃろう?」
「ああ。その通りだ。すでに緑鎧で試してみたが、『竜頭の籠手』の火力で塗料を剥がすことができたし、装備者へ直接ダメージを与えることもできた。青鎧に対しても同じ効果が見込めるはずだ」
「うむ。よかろう。では、そろそろ行くかの。アラム、リアム」
アルゼアが呼ぶと瓜二つの二人の魔導師が前に出る。
どうやら双子の兄弟のようだった。
「そのお二人は?」
「こやつらはアラムとリアム。ワシの一番弟子じゃ。攻撃魔導師としてもすでにBクラス。お主の『竜頭の籠手』を身に付ければ、Aクラスの攻撃魔導師となるじゃろう」
「そいつは心強い」
【アルゼアのスキル】
『攻撃付与』:B
『防御付与』:B
【アラムのスキル】
『爆炎魔法』:B
【リアムのスキル】
『爆炎魔法』:B
(Bクラスの支援魔導師一人とBクラスの攻撃魔導師が二人。俺のスキル『魔法細工』の効力と兼ね合わせればAクラス魔導師三人分に匹敵する戦力。いくらロランといえど、これだけの火力を前にしては手も足も出まい!)
ラウルは離島から来たこの3人の魔導師の他に、2人のCクラス攻撃魔導師(ラウルの装備によって実質Bクラスの攻撃魔導師)にも参加を呼びかけていた。
『竜頭の籠手』が使えるということで2人とも喜んで呼びかけに応じた。
これによりAクラスの攻撃魔法2枚とBクラスの攻撃魔法2枚、そしてさらにAクラスの支援魔法により実質Aクラスの攻撃力・防御力を持つ戦士10人で、重装備・重火力の部隊となった。
アイナの『外装強化』で保護された部隊とはいえ、まともにぶつかり合えばひとたまりもないだろう。
こうして戦いは始まった。
ロラン達はダンジョンに入ると、やはりすぐさまダッシュした。
アルゼア達は追いかける。
「くそっ。なかなか敵の背中が見えてこない。あいつらなんてペースで行軍するんだ」
アラムが言った。
「このままだと体力を消耗してしまいますよ。お師匠様」
リアムが言った。
「慌てるでない。もうすぐ森の奥じゃ。『大鬼』クラスのモンスターが複数出てくる。そうなれば奴らとてペースを緩めざるをえんじゃろう」
そうして行軍していると、前方を行く戦士が大声をあげた。
「あイッタァ!」
「!? どうした?」
アルゼアが見ると声をあげた戦士は片足を持ち上げて顔をしかめている。
「足の裏に……何かが……」
「これは! 撒菱です」
「なぬ? 撒菱じゃと?」
【セシルのスキル】
『罠設置』:B(↑1)
(セシルのスキル『罠設置』がBクラスになった。ますます素早く的確な場所に罠を仕掛けられるようになって、行軍中にも罠を仕掛けることが可能になった。これで追いかけてくる敵のスピードを緩めることができる)
「なぁ、ロラン!」
ロランがセシルの『罠設置』する様子を見ながら行軍していると、ジェフが話しかけてきた。
「なんだい、ジェフ?」
「さっき、セシルが罠を撒いたところ、敵を『弓射撃』できるちょうどいいポジションがあったと思うんだ」
「ふむ」
「ハンス達と一緒にヒット&アウェイ、仕掛けてきてもいいか?」
「……そうだね。やってみるのも面白いか。エリオ、レオン」
「なんだ?」
エリオとレオンが振り向く。
「ジェフと『天馬の矢』がしばらく離れることになる。弓使いの援護なしでしばらく行けるかい?」
「おお。問題ないぜ。前方は俺達だけでやってみるよ」
「よし。ジェフ。行ってきていいよ。ただし、一時間後には戻ること」
「よっしゃ。ハンス、ちょっといいか?」
ハンスと打ち合わせするジェフを見ながら、ロランは確かな手応えを感じていた。
(ジェフ。自信が付いたのか、自分から提案してくるようになったな)
【ジェフのスキル】
『弓射撃』:B→B
『遠視』:B→B
『抜き足』:B→A
『速射』:C→B
『連射』:C→B
『一撃必殺』:C→B
(『抜き足』以外、弓使い系のスキルはいずれもBクラス止まり。よく言えばオールラウンダー、悪く言えば器用貧乏。だが……)
【ジェフのステータス】
戦術眼:60ー80→110ー120
(戦術眼のステータスがSクラス相当。戦術の幅が広がって、自主性も出て来た。強くなるための基盤が着々とできつつある。これなら今まで以上に成長を加速させていくことができる!)
「あイッタァ」
アルゼア達はまた罠に嵌っていた。
「ええい。また撒菱か」
「一旦止まれ。他にもあるはずだ。探すぞ」
部隊の前を歩く者達が腰を屈めて、茂みや草むらに隠された罠を探す。
矢が飛んできたのは、その時だった。
「ぐあああ」
「なんだ!?」
「敵襲だ!」
「ええい。『竜頭の籠手』で応戦せい」
「!! 『竜頭の籠手』来ます」
クレアが注意を促すように言った。
「よし。逃げろ!」
ジェフが言った。
ジェフ、ハンス、クレア、アリスの4人は林の中に逃げ込む。
『竜頭の籠手』が辺りの木を2、3本吹き飛ばしたが、その時には弓使い達は立ち去った後であった。
「くそっ、逃げられたか」
「すばしっこい奴らだぜ」
「負傷者の回復急げ!」
アラムとリアム兄弟は『弓射撃』で負傷した戦士が回復するまで苛立ちながら待たねばならなかった。
その間、当然ながら部隊の行軍は停止しなければならない。
「マズイですよお師匠様」
「このままでは『精霊の工廠』同盟を見失ってしまいます」
「弟子達よ。慌てるでない。先はまだ長いのじゃ」
「しかし、このままでは奴らは森を抜けてしまいます」
「抜けさせればよい。勝負は『メタル・ライン』に辿り着いた時じゃ」
アルゼア達は、『魔法細工』の施された装備を身に付けているだけでなく、『炎を弾く鉱石』のふんだんに使われた『火弾の盾』も装備していた(『炎を弾く鉱石』は『白狼』の持ち帰ってきたもの)。
(『炎を弾く鉱石』があれば、『火竜』飛び交う『メタル・ライン』でも消耗することなく探索できる。森を抜ければ、『罠設置』も物陰に隠れての『弓射撃』も難しくなる。『メタル・ライン』に入ってからが勝負じゃ。なあに、会戦に持ち込みさえすればこっちのもんじゃよ。こっちには『竜頭の籠手』があるからの)
アルゼアはその落ち窪んだ瞳に老獪な光を宿すのであった。
明日も投稿します!