第103話 ジャベリンの攻略
『竜騎士の庵』との戦いを終えたロラン達は、装備の損耗具合を点検していた。
ロランは装備の点検をしているエリオに声をかけた。
「エリオ、お疲れ」
「ロラン」
「さっきの『盾突撃』見事だったよ。装備に違和感はないかい? 『黒弓』をモロに受けたように見えたが……」
「うん。凄いよこの装備、まるでビクともしない」
「そのようだね。アイナは上手くやってくれたようだ」
エリオの鎧には『外装強化』が二枚重ねされていた。
鎧の外側には青い『外装強化』、内部には緑の『外装強化』。
(威力140の鎧。これならもはや並みの物理攻撃では傷一つつけられないな。……っと)
【エリオの鎧】
威力:140
耐久:90(↘︎10)
(耐久の数値が10ポイント下がっている。流石に無傷では済まなかったか。『アースクラフト』があるから多少の消耗なら回復できるが……)
「ジェフ。ちょっといいかい?」
ジェフがやって来る。
「エリオの鎧、流石に損耗が激しい。来たるカルテットとの戦いに備えてエリオの鎧を温存しておく必要がある」
「『竜騎士の庵』はもう撃退しただろ? それにもうすぐ森を抜けるぜ」
「確かにもうすぐ森を抜けるが、帰りにもこの森を通り抜けることになる。それに倒したのは、エドガー・ローグの『黒弓』だけだ」
「帰りには『火槍』と『竜頭の籠手』が来るってことか」
「そういうこと。そこでジェフ、行きはエリオなしで『火竜』と戦うんだ」
「エリオなしで?」
「ああ、すでに君の『弓射撃』はBクラス。ハンス達と同様ヒットアンドアウェイの戦法をとることができるはずだ」
「……分かった。やってみるよ」
「というわけだ。エリオ。ここから君は温存。必要以上の戦闘は避けるようにしてくれ」
「うん。分かった」
こうして、ロラン達はダンジョン探索を再開した。
Bクラスの弓使いや魔導師を複数名抱え高度な連携を取る部隊は、森を抜けた後も襲い来る『火竜』をものともせず凄まじい速さでダンジョンを進み、瞬く間に鉱石採掘場へとたどり着くのであった。
『竜の熾火』では、エドガーが非難されていた。
抜け駆けした上に『精霊の工廠』に返り討ちにされたことがバレたのだ。
「エドガー、テメェ。事前にリゼッタを主軸にするって取り決めたはずだろうが! なに、勝手なことしてやがる!」
ラウルは怒り心頭という感じでエドガーに食ってかかった。
胸ぐらを掴み、顔を付き合わせ、凄んでみせる。
「いや、違うんだよ。『竜騎士の庵』の奴らがどうしても作って欲しいって言うからよ。仕方なく……」
「ああ!?」
「まあ、でもこれで私達のやるべきことがハッキリしましたわね」
リゼッタが言った。
カルテットは全員リゼッタの方を見る。
「鉱石集めから帰ってきて、疲弊した『精霊の工廠』同盟を森で待ち構え、討ち取る。それでよくて?」
「チッ。まあ、いいだろ」
ラウルはエドガーを手放して、頭を掻きながらいった。
「ここはリゼッタの案を採用する。エドガー、お前はリゼッタのサポートだ。それ以外余計なことは一切すんなよ。それで今回のことは不問にしてやる。いいな?」
「……ふー、ああ、分かったよ」
「シャルル。お前は鉱石の買い占めだ。特に『火槍』の弱点『銀砕石』が『精霊の工廠』に行かないよう手を打っておけ」
「了解」
「これでいいな、リゼッタ?」
「ええ、ありがとうございます」
(アイナさん。あのBクラスの剣を作るのがやっとというところから、まさかここまで登りつめてくるなんて。きっと血の滲むような努力をされたのでしょうね。でも、私負けませんよ?)
リゼッタはまず事を進めるにあたって、まず実際に戦った『竜騎士の庵』に『精霊の工廠』の装備について聴取することにした。
「『黒弓』を至近距離で直撃させたんだ。でも、跳ね返された」
「跳ね返された?」
「ああ、青鎧に当たった矢がそのまんまこっちに返って来たんだよ」
「……」
(物理攻撃を跳ね返す防具。エドガーの『黒弓』でも傷一つつけられないとなると、ほとんどあらゆる物理攻撃は無効化される、と考えて良さそうですわね。やはり、私の『火槍』で仕留めるしかないか)
「それはそうとしてフロイドさん。敵は『銀砕石』でできた装備を持っていませんでしたか?」
「『銀砕石』? いや、それらしい装備は見当たらなかったな」
リゼッタはホッとした。
(とはいえ、まだ隠している可能性はあります。一応対策は打っておきましょう)
「エドガー。ここは念のため、『火槍』と通常装備半々の割合でいこうと思います。私は『火槍』の製造にあたりますので、あなたは残り半分の製造を」
「へいへい」
エドガーは苦々しい気分で返事した。
(くそっ。リゼッタのやつ人を顎で使いやがって。とはいえ、失敗した後のこのタイミングで独断専行に走るのはマズイ。シャルルとも別々に離されて動き辛いし。このままこいつが手柄を立てるのを黙って見ているしかないのかよ)
リゼッタは『火槍』を製造すると、あらかじめ声をかけていたギルド『翼竜の灯火』に支給した。
「ふっ。ようやく我々にも『火槍』を使わせてくれる気になったか、リゼッタ嬢」
『翼竜の灯火』のリーダーにして、槍使いのアイク・ベルフォードは、
『火槍』を受け取りながら誇らしげに言った。
【アイク・ベルフォードのスキル】
『槍術』:B
(アイク・ベルフォード。この島で槍を扱わせれば右に出るものはいない槍使い。こんな形で役に立つとは思わなかったけど、手塩にかけて育ててきた甲斐があったわ)
アイクと『翼竜の灯火』はリゼッタにとっての上顧客だった。
初めてリゼッタが彼の槍を作り続けていた時から、アイクは常にリゼッタを指名し続けた。
「しかし、一体どういう風の吹き回しだい、リゼッタ嬢? これまで門外不出の、島の外の冒険者にしか作らなかった『火槍』を僕達に使わせてくれるだなんて」
「ちょっと生意気な錬金術ギルドが出て来てね。困ってるの」
「『精霊の工廠』だね? 噂は聞き及んでいるよ。錬金術ギルドでありながら、冒険者同盟を主導し、市場とギルドが鉱石不足に喘いでいる間隙を縫うようにして、まんまと『炎を弾く鉱石』の独占に成功した。なかなかの食わせ物じゃないか」
「そうそう。その『精霊の工廠』。ただでさえ食わせ物だっていうのに。エドガーが大失態を犯しちゃってね。私がその尻拭いしなくちゃいけなくなったというわけ」
(くっ、このアマ調子に乗りやがって)
隣で聞いていたエドガーは、拳をワナワナと震わせた。
「なるほど。そのような事情があって我々に『火槍』を使わせる気になったというわけか。まあ、よかろう。『竜の熾火』に仇なすその不届き者供に、このアイク・ベルフォードが正義の鉄槌を下してしんぜよう。全ては麗しの錬金術師リゼッタ嬢、あなたの栄光のために」
アイクは恭しく跪きながらリゼッタの手の甲に口付けした。
リゼッタも満更でもなさそうにする。
「まあ、ありがとう。期待してるわね」
「ああ。任せてくれ」
アイクは銀色に煌めく『火槍』の切っ先を惚れ惚れしながら見つめる。
(美しい装備だ。この『火槍』さえあれば、Aクラスの槍使いになるのも容易いことだろう)
(ケッ。なーにが麗しの錬金術師だよ)
エドガーは面白くなさそうにソッポを向くのであった。
10名に通常装備を、残りの10名に『火槍』を身に付けさせたアイクは、帰ってくるロラン達を待ち伏せするべくダンジョンに向かった。
裾野の森で『湖の道』に連なる道の前に陣を張り、盗賊と弓使いを付近に放って索敵に当たらせる。
また、来たる戦闘に備え、周囲のモンスターを狩り尽くしておく。
ロラン達は首尾よく鉱石を採掘し、周囲を警戒しながら帰り道を戻っていた。
ニコラの『竜音』のおかげで、ダンジョン探索はかつてないほど快適に行われた。
ロランは弓使い4人と盗賊4人に四方を索敵させながらなるべく消耗の少ない道を選んで進んで行く。
(索敵できる弓使いが4人いると助かるな。モニカの『鷹の目』とほとんど同じ視野を確保できる)
そうして部隊を進めていると、前方を哨戒していたクレアが、気絶した男を背負いながら戻ってきた。
「クレア? その人は……?」
「ギルド『翼竜の灯火』の者です。『翼竜の灯火』は『竜の熾火』と結び付きの強いギルド。周囲を警戒しながら探っている様子だったので、『竜の熾火』からの刺客ではないかと思い、戦闘して捕獲しました」
(やはり、待ち伏せしていたか)
「よし。前方に盗賊と弓使いを集中。敵の偵察を排除・捕獲しつつ、本隊の居場所を突き止めるぞ」
すぐにハンス、アリス、クレア、ジェフ、セシルと『山猫』の盗賊3人が前方をくまなく探して、『翼竜の灯火』の偵察部隊を警戒しながら、敵の本隊の位置を特定する。
一方で、アイクの方も偵察に放った弓使いがいつまでも戻って来ないのに気づいて、その方向に『精霊の工廠』同盟がいることを察知した。
アイクは索敵をやめ、迎撃の準備をする。
「来ました。『翼竜の灯火』です! 『火槍』を持っている戦士が約10名います!」
クレアが言った。
「『黒弓』と『竜頭の籠手』、ほかに特殊装備を持っている者は?」
「……いえ、見当たりません。他の10名は通常装備です」
(今度は『火槍』だけか。舐めてるのか、それともカルテット同士で余程仲が悪いのか? いや、待て。『火槍』は囮で、後ろに『竜頭の籠手』の部隊が控えている可能性もある。それなら……)
「よし。林の中に退却。敵を誘い込むぞ」
ロラン達は木々や茂みの乱立する場所に逃げ込んで敵を待ち構える。
アイク達は『火槍』を持つ戦士5名を先行させ、自分は通常装備の者と一緒にその後を追いかけた。
アイクの目にも青鎧を身に付けた戦士が、雑木林の中に逃げ込む姿が見えた。
(あれが『黒弓』を破ったという青鎧か。しかし、鉄をも溶かす『火槍』の前には裸も同然!)
『火槍』さえ敵に当てれば倒せる。
そう楽観的に考えていたリゼッタは、森の中での戦闘を想定して、装備の長さを調節するのを忘れていた(というか、そもそもそういう視点に欠けていた)。
『火槍』は通常、『火竜』を撃墜することを想定した対空装備。
そのためその全長は冒険者の身長の2倍近い長さとなっている。
飛空する竜の鱗をも溶かして、一撃で沈めることのできる『火槍』だったが、木々の密生する空間では、槍が木の枝や幹に引っかかって、素早く自由に動くことができなかった。
そのため、ロラン達はヒット&アウェイ戦法に慣れた『天馬の矢』の庇護の下、悠々と退却することができた。
『翼竜の灯火』側も弓使いで応戦しようとしたが、そこは『精霊の工廠』側の方がはるかに練度もスキルも高く、狙い撃つことすらままならず逆に迎撃された。
身軽なアリスは、木の上をヒョイヒョイと乗り移りながら敵を射撃していった。
「ええい。何をしている。槍が長過ぎて引っかかるなら短く持て。木々が邪魔なら切り拓け」
アイクがそう言ったため、『翼竜の灯火』の槍使い達は、槍の全長の半分のところを手に持ち、木々を切り倒しながら進んだ。
高熱を発する『火槍』の切っ先に斬りつけられた木は特に力を入れなくてもアッサリと焼き切れる。
そうして進む槍使い達だが、今度は足下に痛みを感じる。
「ぐっ、これは……撒菱!?」
【セシルのスキル】
『罠設置』:C→A
(私は戦闘ではあまり役に立っていないんだから、こういう時くらいは役に立たないとね)
(盗賊のスキルの一つ『罠設置』。罠設置に関して、セシルはAクラスのポテンシャルを秘めている。ずっと育てたいと思ってたスキルだが、ようやく実戦で使える時が来たな)
『翼竜の灯火』の槍使い達は、ハンス達の『弓射撃』とセシル達の『罠設置』に難渋したが、それでもどうにか槍使いの一人が、散開しながら進むロランの部隊に追いつく。
『火槍』で攻撃しようとしてくる敵に対し、近くにいたレオンが対応する。
『翼竜の灯火』の槍使いはレオンを見てほくそ笑んだ。
彼の持つ剣は、『火槍』の3分の1程度の長さのため、半分の長さでも十分間合いの上では有利なように見える。
「もらった!」
レオンの方に踏み込む槍使いだったが、彼の槍の切っ先がレオンの鎧に触れるよりも、レオンの剣が彼の肩に刺さる方が先だった。
「ぐあ、なぜ?」
槍使いは突然伸びたレオンの間合いに混乱する。
レオンの剣は『折りたたみ剣』だった。
手元のスイッチ一つで槍と同じ長さまで伸びる。
伸縮自在のため、森の中でも動きが鈍ることはない。
通常ならこのような仕掛けの剣は脆く壊れやすいが、継ぎ目の部分が『外装強化』の『柔軟性』効果で補強されることで強度を保っていた。
槍使いがその場に崩折れるのを見たレオンは、深追いせずその場から逃れる。
他の槍使い達も足下では撒菱に足を取られ、前方からは弓使いの『弓射撃』と盗賊の短剣に晒され、散々ステータスを削られて、それ以上動けなくなった。
(とりあえず『火槍』持ちが5人戦闘不能。あと5人か)
ロランは槍使い達のステータスを鑑定しながら戦況を分析する。
「チィッ。ダメか。退け」
雑木林での戦闘が不利と判断したアイクは、動けなくなった槍使い達を抱えて開けた場所まで退却した。
そうして、自分達からは戦いを仕掛けずロラン達が仕掛けて来るのを待った。
ロランは弓使いに命じて、『弓射撃』で敵を挑発させたが、彼らは頑として動かない。
しかし、こちらへの監視は怠らず林から出てくれば、すぐに攻撃できるよう準備している。
ジリジリと睨み合う時間が過ぎた。
このままではイタズラにポーションを消費するばかりでロラン達の方が先にジリ貧に陥る可能性が高かった。
逃げることも考えたが、モニカの『鷹の目』なしに、これ以上森の奥深くに入って部隊行動するのは危険だった。
まだ『翼竜の灯火』側に『龍頭の籠手』部隊の援軍が来る可能性も潰えていない。
これ以上雑木林に誘い込むことも、持久戦をすることもできないと悟ったロランは、打って出ることにした。
セシルに撒菱を回収させ(スキル『罠設置』は罠の素早い解除もそのスキルの範疇に含む)、戦闘不能になった槍使い5人を木に縛り付けた上で、雑木林の外に出て隊列を整える。
アイクの方も迎え撃つ。
「ようやく出てきたか。手こずらせやがって!」
『翼竜の灯火』は通常装備の戦士達を前に出して、自分含め残った槍使いを後ろに配置した。
通常装備の戦士を犠牲にして、槍使いで決戦を仕掛ける作戦だった。
ロラン達は弓使いの『弓射撃』で敵の盾持ちを排除し、背後から槍使いが踊り出てきたタイミングでこちらも盾使いと剣士を繰り出すことにした。
『翼竜の灯火』は『弓射撃』で『盾持ち』を潰されながらも、なんとか敵の前衛を『火槍』の間合いに捉える。
「もらった!」
レオンを間合いに捉えたアイクは、『火槍』を突き出す。
レオンは『火槍』を盾で受け止める。
「ムダだ! 『火槍』は、鋼をも溶かす灼熱の槍! その程度の盾で防げると思うなよ」
アイクの『火槍』は、レオンの盾を溶かし、貫く。
ケーキに刺さるナイフのように、いとも容易く『火槍』の刃が盾を破るとともに、盾の内側から緑色の液体がブシャッと漏れ出す。
しかし、途中で槍の柄の先端に重みが加わって動かなくなる。
(なんだ!?)
レオンの構えていた盾は、アイクが考えているよりも厚みがあった。
しかも内部には『外装強化』をかけられた緑の塗料が充満しており、『火槍』の高熱によって塗料が融解するとともにひしゃげて、槍にまとわりつき、重しとなるようになっていた。
どれだけ防具を厚くしても『火槍』を防ぎ切るのは不可能と判断したアイナは、このように攻撃を受け流すことを思い付いたのだ。
(なんだ? 破壊した敵の盾が俺の槍に纏わり付いて、重っ……)
アイクが自分の装備に起こった異変に戸惑っているうちに、レオンは距離を詰めて剣の間合いに持ち込むと、ニッと笑みを浮かべた。
「悪いなアイク。俺達には精霊の加護がついてるんでね」
レオンが斬りつけると、アイクの纏っていた薄い防具は大破し、アイクの耐久及び全ステータスは根こそぎ奪われ、アイクは戦闘不能に陥る。
(バカな。カルテットの最強装備が……いとも簡単に……)
その後、アイク以外の『翼竜の灯火』構成員も『精霊の工廠』の新装備『絡みつく盾』によって制圧される。
ロランはアイク達を尋問して別働隊や援軍の有無について問い質したが、そのようなことについては何も聞いていないとのことだった。
周囲を索敵しても敵の友軍は見当たらなかった。
(てっきり別部隊がいるのかと思ったが、そういうわけではないのか。『竜頭の籠手』に備えて、エリオを温存していたが、必要なかったかな)
ロラン達はアイク達『翼竜の灯火』の隊員を捕虜にして街へと帰還した。
身代金がわりに彼らの装備を取り上げた上で、アイク達を解放する。