第102話 黒弓VS青鎧
カルテットを迎え撃つ装備!
ロランの命を受けた『精霊の工廠』の面々は、早速スキルアップと装備強化に取り組んでいった。
アイナはロランの言葉を思い出しながら、鉄を打っていた。
「裾野の森……ですか?」
「そうだ」
ロランはボードに簡単な図を描いた。
火山の頂上付近に当たる『不毛地帯』、中腹に当たる『メタル・ライン』、そして裾野の森。
「『炎を弾く鉱石』もなしに『火竜』飛び交うダンジョンの奥深くを戦場にしてくるとは思えない。『火竜』の『火の息』に消耗しながら、他ギルドと戦うなんてのは自殺行為だからね。となれば、おそらく仕掛けてくるのは裾野の森だ。そこで『竜の熾火』子飼いの冒険者ギルドを迎え撃つことになるだろう。だからみんなには森での戦闘に適した対地・対人専用の装備を開発して欲しいんだ」
「森での戦闘に適した装備……ですか」
「うん。とはいえやることは今までとそう変わらないよ。アイナの『外装強化』された鎧で敵の攻撃を凌ぎ切るのが基本戦術だ。ウェインとパトはユニークスキルの強化。リーナは『鉱石精錬』と『廃品再生』で全員の生産をサポートすること」
(カルテットからの攻撃……、『黒弓』、『火槍』、『竜頭の籠手』を凌ぎ切るとなれば、中途半端な防御力では足りない。となると、アレやってみるか?)
アイナは以前から構想していた新製品の開発に着手してみることにした。
それは『外装強化』の二枚重ね。
彼女は早速、ロランに相談した上で、ロディの『製品設計』とアイズの俊敏を使って、開発の高速サイクルを回していった。
ウェインは作業しながら焦っていた。
(おいおいおい。マジかよ。カルテットが4人がかりで俺達を潰しに来るって。くそっ、まさかこんなことになるとは。エドガー1人なら俺が踏ん張ればどうにかなったかもしれねえが。4人全員一気に襲いかかってくるとなりゃあ、いくら俺でも凌ぎきれねえぞ。こんな小さな工房で作った装備なんてひとたまりもないぜ。どうする? 逃げるか?)
「やあ、ウェイン。調子はどうだい?」
「あ? ロラン?」
ウェインはロランに話しかけられて作業の手を止める。
「アイナが『外装強化』の二枚重ねという案を出してくれた。僕は彼女のアイディアにゴーサインを出したよ」
「……」
「理に適ったいい案だ。だが、これでもカルテットからの攻撃を凌げる保証はない。彼らを倒すというのはそれだけ高い壁なんだ」
「たりめーだろ、そんなもん。そうやすやすとあいつらを倒せてたまるかよ」
「となると、今回の切り札は君ということになるね?」
「……切り札?」
ウェインの眉がピクッと動いた。
「ああ、だってそうだろう? 君のユニークスキル『魔石切削』で、後衛の魔導師の火力と支援能力を底上げすることができれば、前衛が攻撃に晒される時間を減らすことができる。ひいてはカルテットからの攻撃を凌ぐことに繋がるというわけだ」
「……」
「君の力でこの工房を、そして冒険者達を救ってくれ。期待しているよ」
ロランはそれだけ言うと、またアイナの方に戻るのであった。
(ふっ。切り札か。ったく、しゃーねえなぁ。ホントこの工房は俺がいねぇと話になんねーぜ。ここは俺がサクッとAクラス装備を開発して、こいつらを助けてやるとするか)
ウェインは改めて『魔石切削』の作業に取り掛かった。
その時にはもう逃げようなどという考えはどこかに行っていた。
パトは作業に没頭するアイナの方を心配そうに見ていた。
(アイナさん。大変そうだな。ロランさんとずっと話しこんでいる。何か僕にできることはないのか?)
パトは首を振って自分を戒めた。
(いや、ここは自分の仕事に集中しよう。アイナさんが大変なのは確かだが、僕は僕で自分の仕事を完遂させなければ。『竜音』の質を向上させることも立派なサポートだ。『竜音』でカルテットからの攻撃は防げないが、『火竜』からの攻撃を凌ぐことはできる。それがカルテットとの戦いに力を温存することに繋がるはずだ)
こうして『精霊の工廠』では、錬金術師達がスキルアップと装備の強化に励み、瞬く間に月日は過ぎていくこととなった。
次の月になった。
地殻変動(『巨大な火竜』の起こしたものではない。定期的なもの)が起こり、ダンジョンの形が変わると共に、再びたくさんの『炎を弾く鉱石』が地表に表出する。
火山の中腹は紅くキラキラとした輝きを纏い、その魅惑的な煌めきは冒険者達を竜族蠢くダンジョンの奥深くへと誘う。
それを見て『霰の騎士』は動き出した。
彼らは『竜の熾火』から鉱石不足を告げられ、『炎を弾く鉱石』を自力で調達することにしたのだ。
「まったくなんてギルドだ。二週間も待たせたあげく装備の素材を自分達で調達して来いだと? 我々は待った分、装備の預け代と宿代も支払わなければならないというのに!」
「世界一の錬金術ギルドが聞いて呆れますな」
「ともあれ文句を言ったところで始まらん。これ以上、ダンジョン探索を延期するわけにもいくまい。『炎を弾く鉱石』なしでダンジョンに入るのは不安があるが、やむを得ん。これより『霰の騎士』第一部隊は、『火山のダンジョン』探索を敢行する。隊員の招集と同盟ギルドへの通達は万事抜かりなく済んでおるだろうな?」
センドリック達は待たされた分、情報収集には力を入れていた。
彼らは前回『火山のダンジョン』に挑戦した『三日月の騎士』が三回に分けて、ダンジョン攻略にトライしたことを聞きつけたので、それに倣らうことにした。
1度目の探索で鉱石を手に入れ、2度目の探索で『巨大な火竜』を狩り、3度目は予備とする。
『三日月の騎士』はなぜか3度目の探索を敢行せず帰ったようで、そこが腑に落ちなかったが……。
『霰の騎士』同盟が動くのに合わせて、ロラン達も動いた。
『霰の騎士』の動向はディランの情報収集を通じて『精霊の工廠』に筒抜けだった。
ロラン達は『霰の騎士』がダンジョンに入るその日にピタリと合わせて、ダンジョンへ突入することにした。
集まった冒険者達を前にして、ロランは演説した。
「みんなよく集まってくれた。多くの冒険者達が『霰の騎士』同盟の方に靡く中、今回も僕達の呼び掛けに応じてくれたこと感謝するよ。さて、今回は『霰の騎士』との競合を避け、彼らとは別ルートを辿り、小〜中規模の採掘場を狙う。無論、チャンスがあればスキルアップ、ステータスアップにも取り組む。各員の働きに期待しているよ」
ロランは集まった冒険者達の顔ぶれに目を通す。
今回は『暁の盾』や『天馬の矢』に加え、『鉱石の守人』、『銀鷲同盟』、『山猫』などのギルドが参加していた。
『鉱石の守人』は4名の盾使い、『銀鷲同盟』は治癒師1名、盾使い1名、剣士1名、『山猫』は女性の盗賊3名でそれぞれ構成されているギルドだ。
これにより盾使い6人、弓使い4人、盗賊3人、治癒盗賊1人、治癒師1人、剣士2人、魔導師2人、吟遊詩人1人、鑑定士1人。
総勢21名となり、ようやく部隊の体裁が整ってきたというところか。
運用の幅も広がってきた。
盾使いが6人いれば、6列の横隊で戦線を作ることができるし、後衛の魔導師の火力も使うことができる。
(『精霊の工廠』とパートナーシップを結んだ冒険者が20名。ようやくここまで来れたってところか。だが、あと一息だ。彼らを全員Bクラスに上げることができれば、かなり強力な部隊となる。特にこの4人……)
【エリオのスキル】
『盾防御』:B→A
『盾突撃』:B→A
【ハンス・ベルガモットのスキル】
『弓射撃』:B→A
『抜き足』:B→A
『魔法射撃』:B→A
【ウィル・ウォンバットのスキル】
『爆風魔法』:B→A
【ラナ・ウォンバットのスキル】
『地殻魔法』:B→A
(この4人はいずれもAクラスの資質。彼ら4人がAクラスになれば、島の人々の考えも変わるだろう)
ロランがそんなことを考えているとアイナが『精霊の工廠』のメンバーを率いてやってきた。
「ロランさーん。新しい装備を持ってきました」
「来たか。よし、それじゃあ冒険者の皆さんに装備してもらって」
冒険者達は向上したステータスに沿って新しい装備を身につけていった。
パトはジェフに新しい弓矢を配布していた。
「これが俺の新しい装備か」
「はい。ジェフさんのステータスに合わせて、特別に改良してあります」
【ジェフのスキル・ステータス】
『弓射撃』:B
『遠視』:B
俊敏:70ー80
(ジェフさんもついにBクラス相当か。頑張ってたもんな。良かった)
パトはその場にいる冒険者達を見回した。
(この数日間、粘り強く情報を集め、装備の強化に努め、勝率を上げるためにあらゆる努力を積み重ねてきた。どうにか努力が実るといいのだけれど……)
ふと、ダンジョンへと入る『霰の騎士』のことが目に入る。
(『炎を弾く鉱石』が備わっていない。やはり『竜の熾火』には、『炎を弾く鉱石』が欠乏していたのか。あんな装備でダンジョンに入って大丈夫なのか?)
また外部から来た冒険者が『竜の熾火』の都合によって振り回されようとしている。
それを考えるとパトは気が重くなるのであった。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ディランさん」
「まあ、心配だよなあいつら」
「はい」
「とはいえ、俺達にも他人を助けている余裕はない。ここは自分達の仕事に集中しようぜ」
「はい」
パトはダンジョンへと入っていくロラン達に祈りを捧げた。
(どうか彼らの冒険に幸あらんことを)
『火山のダンジョン』には、大きく分けて二つのルートが存在する。
一つは『火口への道』、もう一つは『湖への道』。
二つのルートは、入り口と終着点(『巨大な火竜』のいる火口)は同じだが、終着点までの道のりはかなり隔たりがあった。
『火口への道』は、『メタル・ライン』の中でも最も大規模な鉱石採掘場が集中するルートで、島の外から来た大手ギルドの冒険者達は必ずといって良いほどこのルートを通っていた。
一方で『湖への道』は、小〜中規模程度の鉱石採掘場が集中するルートで、距離の割に採れる鉱石の数は比較的乏しいため、大手ギルドや大同盟を組むギルドからすれば割りに合わず、地元の中小零細ギルドが狙う採掘場が集中していた。
二つのルートを結ぶ道もあるにはあるが、そこを通ろうものなら大幅な迂回とタイムロスを余儀なくされてしまう。
今回、『霰の騎士』は『火口への道』を通ることが分かっていたので、ロラン達は競合を避けて『湖への道』を探索することにした。
『白狼』の面々はその様を苦々しげに見ていた。
「チッ。あいつら『霰の騎士』のダンジョン探索にきっちり合わせてきたぜ」
ロドはイライラしながら言った。
「やはり、知恵の回る奴が仕切っているようだな。冷静な奴だ」
ザインも渋い顔をする。
ジャミルも歯噛みした。
(どうにか『精霊の工廠』を叩きたいところだが……、こちらにも部隊を二つに分けている余裕なんてない。『精霊の工廠』と『霰の騎士』なら、断然『霰の騎士』を襲った方が戦果が大きい)
「お前ら。今回、『精霊の工廠』はスルーだ。ここは『霰の騎士』の撃破を優先するぞ」
「ジャミル。いいのかよ。やられっぱなしで」
「借りはいずれ返す。今は『霰の騎士』に集中しろ」
「くっ」
ロドは悔しそうに『精霊の工廠』がダンジョンへと入って行くのを見守る。
ジャミルはチラリと『精霊の工廠』の後ろに控えている集団に目をやった。
『霰の騎士』同盟にも、『精霊の工廠』同盟にも参加していない集団。
『竜の熾火』お抱えのギルド『竜騎士の庵』だった。
(エドガーによると、カルテットも『精霊の工廠』潰しに動いている。ここはあいつらに任せるしかねえ)
『精霊の工廠』対策はリゼッタを主軸とする。
あれだけラウルにそうはっきりと言われたにもかかわらず、エドガーは手柄を横取りするべく、こっそりと独自に動き、『精霊の工廠』対策を進めていた。
彼はカルテットの部屋から離れた工房の一室で、アイナの青鎧を破る武器の開発を進めた。
エドガーの旺盛な体力でもって、その装備は瞬く間に組み上げられ、ロラン達がダンジョンに突入する日に間に合わせた。
今、彼はロラン達がダンジョンに入ろうとするところを『竜騎士の庵』と共に見ているところである。
(やはり『霰の騎士』のダンジョン探索に合わせてきたか。へっ。所詮は弱者の戦略。お前らのやることなんてお見通しなんだよ)
「よし。例のモノを」
エドガーは子分に持ち運んでこさせた装備、ロラン達の側からは見えないよう布と人集りで隠していた装備を『竜騎士の庵』の冒険者達に晒した。
「凄いね。まさか、あの短期間で用意できるとは」
シャルルは半ば呆れながらエドガーの十八番装備『黒弓』をしげしげと眺める。
「当然だろ。リゼッタの奴に手柄を取らせてたまるかよ」
シャルルはため息をついた。
(まさしく体力オバケだな。『霰の騎士』と『白狼』の依頼をこなしながら、『精霊の工廠』対策まで進めるなんて)
シャルルはエドガーのこういう行動力と筋力にはいつも感心させられていた。
そうしてその都度、彼を敵に回すのは得策ではない、と心に刻むのであった。
「ようし。首尾は上々だな。フロイド」
エドガーが呼ぶと、『竜騎士の庵』のBクラス弓使いフロイドが前に進み出る。
「これが『精霊の工廠』対策に使う弓矢だ」
「はぁ……」
フロイドは気乗りしない様子で『黒弓』を眺める。
(カルテットの一人、エドガー・ローグの装備『黒弓』。確かに強力な装備だけど……)
「ん、しょっ」
フロイドは顔をしかめながら、弓矢を持ち上げる。
「重いですね」
【『黒弓』のステータス】
威力:100
耐久:100
重さ:100
【フロイドのステータス】
腕力:50ー60
俊敏:70ー80
「少しくらい我慢しろ」
「しかし、これでは運用しづらいですよ」
「そこはお前らでどうにか工夫するんだよ。いいか。とにかく鎧をぶち抜くために、矢を当てるんだ。当てられさえすりゃあ、Bクラスの鎧くらい必ずぶち抜ける」
「はぁ」
(アイナ・バーク。一体どんなユニークスキル持ちか知らねえが、これ以上は好きにさせねえぜ)
「おい。敵の中に例のAクラス弓使いはいるか?」
「いや、見当たらない。モニカ・ヴェルマーレがこの島を出て行ったというのは本当のようだね」
「そうか。よーしよしよし。情報は正しかったようだな。それなら十分勝機はあるぜ」
(モニカ・ヴェルマーレがいなければ、冒険者の質はほぼ互角。となれば、勝負を決めるのは装備の質だ。これまではつい舐めてかかっちまったが、俺の本気装備ならどこの馬の骨とも分からない錬金術師の装備に負けはしないぜ)
「『精霊の工廠』同盟がダンジョンに入り終わりました」
「ようし。急いで追いかけて、潰せ。裾野の森にいるうちに勝負を決めろよ」
『竜騎士の庵』は気乗りしない様子でダンジョンに入っていった。
彼らはこの任務に嫌気がさしていた。
すでに何度も戦って負けている上に『霰の騎士』同盟にも参加できない。
とはいえ、彼らは装備のローン代を『竜の熾火』に握られているため、逆らうわけにもいかなかった。
ロラン達はダンジョンに入るや否やダッシュした。
カルテットが仕掛けてくると読んでのことだ。
(今、『竜の熾火』には『炎を弾く鉱石』がない。仕掛けてくるとしたら、『火竜』のあまり現れないこの裾野の森だ。この森さえ抜ければ一先ず追いかけてくる敵を撒ける)
ロラン達はモンスターに遭遇してもなるべく戦闘を避けるようにした。
威嚇して追い払ったり、逆に逃げたりして、ダンジョンを進んだ(どうしても戦闘が避けられない場合は、エリオの『盾突撃』で敵を昏倒させその隙に逃げた)。
森を走り続けて数十分もした頃、殿を務めていたジェフが異変に気付き声を張り上げる。
「敵が来たぞ! 『竜騎士の庵』だ」
「編成は?」
「盾使い10人、剣士5人、治癒師2人、弓使い3人。弓使いの1人は『黒弓』を持ち運んでるぜ」
「? 『火槍』や『竜頭の籠手』は?」
「……いや、今のところ見えないな」
ロランは首を傾げた。
(てっきりカルテットの総力を挙げて叩き潰しに来るかと思ったが……。まあ、いい。舐めてくれるなら好都合だ)
ロランがそんなことを考えていると風切り音とともに矢が飛んできた。
矢はロランのすぐ側の大木に命中する。
木の幹は、その太さの半分以上を抉られて、真ん中からポッキリと折れてしまう。
「なっ、なんだ?」
「『黒弓』だ!」
部隊に動揺が走った。
ジェフも青ざめる。
(マジかよ。木の幹を抉りやがった。こんなもん弓矢の威力じゃねーだろ)
「みんな落ち着け。闇雲に射ってきただけだ。当たることはない。このまま、走り続けて、敵のステータスを消耗させるぞ」
ロランがそう言って落ち着けたので、部隊はどうにか動揺を抑えて行軍を続けることができた。
(確かに大した威力だ。でも、これは……)
ロランは敵の射撃にどこか違和感を感じながらダンジョンを進んでゆく。
『竜騎士の庵』の冒険者達は、『精霊の工廠』同盟に追いつくべく必死に走っていた。
だが、走れど走れど敵の背中は見えてこない。
「くそっ。まだ敵に追いつけないのか」
(威嚇射撃も効果なし……か)
フロイドは一向にペースを落とさないロラン達を見て歯噛みする。
ロランの読み通り、先程の一撃は闇雲に放っただけのものだった。
あわよくば敵に動揺を引き起こして、戦闘に誘い込もうという算段だった。
(それにしてもこの弓重てえな。どうにかなんねえのかよ)
フロイドは肩に負担を感じながら、どうにか森を進んでいく。
「このままでは敵は森を抜けてしまうぞ」
「落ち着け。この先には『大鬼』が大勢出る場所がある。そこでは流石にモンスターにぶつかってペースを落とさざるを得まい」
その男の言う通り、ロラン達は『大鬼』の大勢いるエリアに差し掛かったため、行軍速度を落とした。
流石にこのエリアを、敵に追われながら駆け抜けるのは危険なので、陣を敷いて迎え撃つことにした。
やがてこちらに向かってくる敵の姿が見え始め、射撃戦へと突入する。
敵を射程距離に捉えたフロイドは、『黒弓』を放った。
「喰らえ!」
『黒弓』から放たれた矢は、相変わらず大きな風切り音を発しながら、しかし狙った敵の右斜め上に大きく外れて彼方へと飛んで行く。
(くっ……。当たらない)
一方でハンス、アリス、クレア、ジェフの放つ矢はまだ距離が遠いにもかかわらず、フロイドの方に向かって正確に飛んでくる。
「う……わっ」
フロイドは慌てて、盾持ちとスイッチした。
盾持ちは矢玉にさらされ、ステータスと装備の耐久を削られる。
(くっそ。敵の射撃正確だな。こっちはこの重てー弓矢を放つのが精一杯だってのに)
ロランは後方からフロイドのステータスを鑑定した。
【フロイドのステータス】
命中率:40(↙︎40)
(命中率が著しく低下している。走り続けて消耗しているのもあるだろうが、それだけでは説明がつかない。おそらくは……)
【『黒弓』のステータス】
威力:100
耐久:100
重さ:100
適応率:40パーセント
(やはり、適応率が非常に低い。ただでさえ重い装備を持たせられた上にこの長距離の行軍。これでステータスを維持しろという方が無理な話だ。運用を無視してとにかくスペックの高い武器を装備させたってところか。脳筋の考えそうなことだ)
早くも機能不全に陥っているにもかかわらず、『竜騎士の庵』は『黒弓』の一撃に賭けることにした。
とにかく敵に『黒弓』を一撃当てるのだ。
後のことは分からないが、それでも何かが起こるはず。
そう信じて盾隊で列を組み、矢を浴びながら前進して、命中率の下がった弓使いでも矢を当てられる距離まで詰め寄ろうとする。
やがて彼らは多少命中率が低くても『黒弓』が当たる距離まで近づいた。
ロラン達の方でもにわかに緊張が高まる。
盾使いを犠牲にし、距離を詰めて『黒弓』を当てようとする作戦だと見抜いたロランは、反撃の準備をすることにした。
「エリオ」
「なんだい?」
「あの木(ロランのいる位置からおよそ50メートル)、敵があの木の地点まで詰めてきたらジェフとスイッチして『黒弓』に向かって『盾突撃』。いけるかい?」
「分かった」
エリオはロランの言う通り、敵が近づいてきたところでジェフの肩を叩いた。
「ジェフ。スイッチだ」
「!? 分かった」
2人は流れるようにスイッチして、位置を交代させる。
フロイドが前に出るのも同時だった。
エリオはフロイドに向かって『盾突撃』する。
「自分から近寄ってくるとはバカめ。飛んで火に入る夏の虫だぜ!」
フロイドはエリオに向かって矢を放った。
その場にいる誰もが、彼の放った矢がエリオの盾と鎧を貫くと予想した。
しかし、それに反して、矢は青鎧に傷をつけるばかりか、『反射』効果により跳ね返される。
「何!?」
跳ね返った矢は真っ直ぐ、フロイドの肩当てに直撃し、彼の肩を貫き、刺さる。
「ぐっ……は」
フロイドは後ろに仰け反って、そのまま倒れた。
『竜騎士の庵』に動揺が走る。
【エリオの鎧】
威力:140(『外装強化』により↑40)
耐久:100
重さ:80
特殊効果:『反射』、『柔軟性』
適応率:90パーセント
ロランはエリオの仕事振りと彼の着ている鎧の強度に満足した。
(『反射』と『柔軟性』。二つの特殊効果を兼ね備えた『外装強化』二枚重ねにして威力140越えの盾鎧! アイナの青鎧は、完全にエドガーの『黒弓』を凌駕した)
「うおおおおおお!」
エリオはそのまま『盾突撃』し、敵の戦列を崩して行く。
すぐに後ろからエリオに続いて盾持ちと剣士達が詰め寄って、浮き足立った『竜騎士の庵』を散々に打ち負かしていった。