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第101話 情報戦

 作業台の上に載せられた鎧を前にして、カルテットの4人は難しい顔をしていた。


 この鎧は、小売店から取り寄せられたものだ。


『精霊の工廠』の紋章が刻まれている。


「これが『精霊の工廠』のAクラス錬金術師アイナ・バークの作製した鎧か」


「一見、何の変哲も無い鎧だが……。おい、鑑定してみろ」


「はい」


 鑑定士が鎧を『アイテム鑑定』する。


【鎧のステータス】

 防御力:70

 耐久:70

 重さ:50

 特殊効果:『柔軟性(フレキシビリティ)


「ふむ。防御力70、耐久70ですね」


「Bクラス装備ってとこか」


「この厚みと重さでBクラス? せいぜいCクラスとしか思えないけどな」


 シャルルが疑問を呈した。


「ごちゃごちゃ言ってても始まんねえ。こうすりゃ一発で分かるだろ」


 エドガーがハンマーを振りかぶって打ち付ける。


 しかし、鎧は傷一つ付かない。


 むしろエドガーは反動に思わず顔をしかめた。


「……っ()え」


 他の3人も驚いた顔をする。


「バカな。このハンマーは威力70はあるはず。この程度の鎧に傷一つ付けられないなんて……」


「リゼッタ。お前の『火槍(ジャベリン)』で攻撃してみろ」


「はい」


 リゼッタが『火槍(ジャベリン)』を手に持って構える。


 煌々と赤色に光る刃先で鎧を突くと、鎧の表面はジュッと音を立てて溶け始める。


 しかし、内側からドロッとした緑色の液体が溢れ出てきた。


「なんだこれ?」


「これは……塗料?」


「ふむ。仕組みは分からないが、どうやらこの塗料がステータスを底上げする秘密のようだな。おそらくユニークスキルか」


 ラウルはそう分析する。


「Cクラスの軽さでBクラスのステータス。見たことありませんわ、こんな装備……」


「そういうスキルを見つけられるのが、S級鑑定士の力ってことだ」


 ラウルが言った。


「しかもこれは市販用に流通されているもの。『精霊の工廠』とパートナーシップを結んでいる冒険者向けとなれば、もっと性能が高いかもしれませんね」


「『白狼』の奴らによると、『精霊の工廠』同盟に参加していた冒険者は、全員青い鎧を身に付けていたそうだぜ」


「要するにだ。アイナ・バークの鎧を破壊するには少なくともAクラス相当の威力か、あるいは特殊攻撃が必要だということだ。リゼッタ、今回はお前が『精霊の工廠』潰しを主導しろ」


「はい」


「な、ちょっと待てよ。Aクラスの装備なら俺も作れるぜ」


 エドガーが異議を唱えた。


「さっきの実験を見ただろ。この鎧には通常攻撃よりも、熱で溶かすことのできるリゼッタの『火槍(ジャベリン)』の方が有効だ。今回は大人しく譲っとけ」


「くっ」


 エドガーは不満気な顔をしつつも反論できずに口をつぐむ。


 そうしていると、入口のドアが開いてメデスが入ってきた。


「よう。お前たち、ちゃんとやっておるか?」


 カルテットの四人は冷ややかな目でメデスのことを見た。


 彼らは結局『炎を弾く鉱石(ファイアレスト)』を調達できなかったメデスのことを足手まといとみなしていた。


 すでに4人で口裏を合わせて、今回の作戦にはなに一つメデスに口を挟ませないと決めたところだ。


「『精霊の工廠』潰しの方はどうなっておる? ちゃんと進んでおるんだろうな? いいか。あの調子に乗った若造にしっかり目に物を見せてやるんだぞ。ん? なんだお前達その目は? なにか文句でもあるのか? おい、なぜ返事をしない。おい、みんなどこに行く? 待たんか。なぜ無視をする? なんとか言え、お前達!」




 海を渡るカモメが波止場に降りてくる。


 ロランはモニカを見送りに港まで来ていた。


 彼女の休暇はもうすぐ終わる。


 そのため、今日中に船に乗って『冒険者の街』へ帰らなければならない。


「それじゃあ、ロランさん」


「うん。元気でね」


「次はいつ会えるでしょうか?」


 モニカが寂しそうに言った。


「分からない。ここでの仕事は少しばかり骨が折れそうだから。『冒険者の街』に帰れるのは少し先になると思う」


「……そうですよね」


「元気でね。君も『冒険者の街』でしっかりやるんだよ。腕を(なま)らせないように」


「はい」


 二人は抱擁した。


 そうこうしているうちに船が港に滑り込んでくる。


 モニカはすでに乗船手続きを済ませているのであとは船に乗るだけだった。


 船に乗ると、甲板から顔を出し、ロランに向かって手を振った。


 ロランも離れて行く船に向かって手を振り続ける。


 やがて、船は地平線の向こうへと姿を消した。


「……さて」


 感傷に浸っていられる時間はあまりない。


 ロランは新しい戦いの準備に向けて街へと戻った。


 翌日、モニカがAクラスモンスターを討伐したということがクエスト受付所にて正式に発表された。


 街の人々はいつも通り、島の外から来たAクラス冒険者に救ってもらおうと彼女の姿を探し求めたが、彼女がすでに街を去ったことが知れ渡るとガックリと肩を落とすのであった。




 モニカと別れた後、ロランはレオンとの打ち合わせに向かった。


 酒場に着くと、すでに盃を傾けているレオンが手を振ってくる。


「先日の『炎を弾く鉱石(ファイアレスト)』獲得クエストでは世話になったな。恩にきるぜ」


「上手くやれて良かったよ。それで、その後みんなの様子はどう?」


「ああ、おかげさまで助かったよ。同盟に参加したギルドの連中はみんな潤って、仕事を続けられそうだ。中にはスキルアップしている連中もいたし」


「そうか。それは良かった」


「しかし、たまげたぜ。まさかお前に部隊の指揮経験があったとはな」


「はは。まだまださ」


「ま、何にしても頼りになる。これからもよろしく頼むぜ」


「それはそうと……」


 ロランはさっと周囲を見回した後で切り出した。


「『霰の騎士』がこの島に来たそうだね」


「ああ、それも第一部隊。どいつもこいつも北国仕込みの益荒男(ますらお)どもさ。中でもセンドリックという男はAクラス冒険者だ。個人レベルの実力では、この島に敵う奴はいないだろう。早速、島の連中は『霰の騎士』と同盟を組もうと躍起になって売込みをかけている」


「それで? 『暁の盾』としてはどうするつもりだい?」


「無論、『精霊の工廠』のクエストを優先するぜ。お前のことだ。次のことも考えてるんだろ?」


「ああ、もちろんさ」


「やっぱりな。それで? 今後、『精霊の工廠』としてはどうするつもりだ?」


「『霰の騎士』と正面から戦う」


「なっ……」


「って言ったらどうする?」


 ロランはニヤリと不敵に笑った。


「……って冗談かよ。滅多なこと言うんじゃねえよ。ったく……」


 レオンは辺りに『霰の騎士』の冒険者がいないかどうか、慌てて確認した後、ホッとして酒に口を付ける。


「はは。まあ、全然、冗談じゃないけどね」


「ぶっ。ゴホゴホ」


 レオンは思わず噎せてしまった。


「レオン、大丈夫かい?」


「大丈夫って……。それを聞きたいのはこっちだよ。お前こそ正気か? 『霰の騎士』と正面からぶつかろうだなんて」


「無論、正気さ。僕は全然『霰の騎士』と対抗できると思ってるよ。君達と組めばね」


(こいつ……、この自信は一体どこから……)


「それで? 君達としてはどうなんだい? 『霰の騎士』と直接対決する気があるのかどうか……」


「いや、その、なんというか、いくらなんでもまだ時期尚早かな、と俺は思うぜ?」


「ふむ。そうか……」


 その後、ロランは『天馬の矢』にも同じ質問をしてみたが、帰って来た答えは似たようなものだった。


 そして、そもそも『精霊の工廠』同盟に参加したほとんどのギルドが、『霰の騎士』の同盟に参加したがっているようで、前回のような大規模な部隊を編成するのは不可能であることが分かった。


 彼らは『精霊の工廠』の装備に一応の信頼は置いたものの、まだまだ島の外から来る冒険者と組んだ方がメリットが高いと考えているようだった。


『精霊の工廠』とパートナーシップを結んだのも『鉱石の守人』、『銀鷲同盟』、『山猫』の3ギルドに留まった。


 島の冒険者達の外部への依存心がまだまだ強いと感じたロランは、リリアンヌやランジュに書簡を送って援助を要請することにした。

 

 一方でロラン自身は、一旦『精霊の工廠』に戻って、情報を整理することにした。

 

 ロランの頭の中には、先日訪れてきたメデスの姿があった。


 彼の来訪が、『炎を弾く鉱石(ファイアレスト)』の買取りを目的としたものだとしたら……。


『竜の熾火』は今、彼の思った以上に『炎を弾く鉱石(ファイアレスト)』不足に困っているのかもしれない。


 相手がどの程度困っているのか知りたかった。


 ロランは『精霊の工廠』でパトに意見を求めた。


 すでに彼には『竜の熾火』と『霰の騎士』の動向を探るよう命じていた。


「パト、調査の結果を聞かせてくれ」


「はい。やはり『竜の熾火』は相当鉱石不足に悩まされているようです」


「やはりそうか」


「はい。『霰の騎士』が『竜の熾火』に装備を預けてから、もうかれこれ一週間が経ちます。が、未だに彼らは装備を受け取れる気配がありません。『霰の騎士』の冒険者数名に話を聞いてみましたが、装備を預けてからいつまでも戻ってこないことに大層お怒りでした」


「そうか」


 パトからの報告を聞いて自分の仮説に自信を深めたロランは、『竜の熾火』にカマをかけてみることにした。


 ディランに『炎を弾く鉱石(ファイアレスト)』をエサに情報を奪取してくるよう依頼する。


 ディランは夜の酒場で悄然としている『竜の熾火』の鉱石調達担当者を見つけて話しかけ、以下のように持ちかけた。


「『炎を弾く鉱石(ファイアレスト)』の在庫を大量に抱えてしまった業者がいてな。売り手が見つからなくて困っているんだ。買い取ってくれるギルドを探しているんだが……」


 するとその担当者はあっさり食いついてきた。


「なに!? 本当か? それは渡りに船だ。ちょうどウチは『炎を弾く鉱石(ファイアレスト)』が足りなくて困っていたところなんだ。ぜひウチで買い取ろう」


 そうして価格や数量について駆け引きしながら、探りを入れているうちに相手の必要な数量や相手の保有している数量についてまでかなり正確に知ることができた。


 次の日、鉱石を買い取れると期待に胸(ふく)らませながらやってきたその担当者に、ディランは申し訳なさそうな顔をして以下のように言うのであった。


(くだん)の『炎を弾く鉱石(ファイアレスト)』についてなんだが……、すまない。業者の方で先に買い手を見つけてしまったようでな。もう一つも残っていないとのことだ。申し訳ないがあの話は無かったことにしてくれ」


 担当者は肩を落として帰っていくのであった。


 これらの調査と報告を受けたロランは、情勢と彼我戦力差を考えた上で今後取るべき方策について固めていくのであった。




「と、いうわけで、今回は『霰の騎士』との直接対決は見送ることにしたよ」


 ロランは『精霊の工廠』のメンバーを集めた会議の場でそう言った。


「お、おう」


 ウェインは微妙な返事をする。


(『霰の騎士』と直接対決って……こいつマジでやる気だったのかよ。相手は外部の大手ギルドなのに、島の弱小ギルドの寄せ集めで勝てるわけねーだろが)


「さて、『霰の騎士』との直接対決を避けたからといって、『竜の熾火』との対決から逃れられるわけじゃない」


 ホッとした空気が流れたのも束の間、会議の場は再びピリッとした雰囲気になる。


「前回の『精霊の工廠』同盟ではかなり派手に動いたからね。流石に向こうも本腰を入れてこちらを潰そうとしてくるだろう。だが、向こうにも弱みはある。パト、ディラン。例の報告を」


「はい。現在、『竜の熾火』に装備の整備・製造を依頼している『霰の騎士』の動向を調査しましたところ……」


 パトはロランにしたのと同様の報告をつらつらと述べていった。


「……ということが分かり、以上の事実から『竜の熾火』は現在、相当『炎を弾く鉱石(ファイアレスト)』不足に悩まされていると思われます」


「同じくこちらも『竜の熾火』の鉱石調達担当者に探りを入れてみた結果分かったのだが……」


 ディランも同様に調査結果を報告した。


「ん。二人ともありがとう。よく調べてくれた。以上の調査から分かる通り、『竜の熾火』が『炎を弾く鉱石(ファイアレスト)』不足に悩まされているのは紛れもない事実だ。よって『精霊の工廠』としてはこの優位を活かしつつ、『暁の盾』ほか、パートナーシップを結んでいるギルドを支援して次の手を打っていきたいと思っている」


「パートナーシップを結んでいる冒険者の方々はどのようにおっしゃられているんですか?」


 アイナが尋ねた。


「彼らも『霰の騎士』と直接対決するのは時期尚早だと思っているようだ。今回は『霰の騎士』と競合しない方向でクエストを出すよう頼まれたよ」


「は、はぁ」


(まだ直接対決とか言ってる……。ロランさんってば、結構好戦的なんだから)


「そこで今回注意するのは、やはり『竜の熾火』のカルテット及び、彼らの子飼いの冒険者ギルドだろう。『竜の熾火』もバカじゃない。今後は本気でこちらを潰しにくるだろう。みんなにはこれまで以上によい装備を作って貰う必要がある。特にアイナ。君がAクラスの称号を得たことは『竜の熾火』にも筒抜けだ。今頃、彼らは君の鎧を攻略するため、研究を重ねているはず。カルテットが総掛かりで潰しにくる、ということもあり得るだろう」


「カルテットが総掛かりで……」


 アイナはゴクリと唾を飲み込んだ。


 これまでにないプレッシャー。


 一応、エドガー・ローグの装備にステータスでは勝る装備を作ったことがあるとはいえ、所詮はカタログスペック。


 相手が油断していない状態での真剣勝負はこれが初めてだった。


「アイナ、君はこれまでにない最強の装備を作るんだ。エドガー・ローグの『黒弓』、リゼッタ・ローネの『火槍(ジャベリン)』、ラウル・バートレーの『竜頭の籠手(ドラグーン)』。これらの攻撃を耐え抜くことができる、そんな装備を!」

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