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吸血鬼がいる日常  作者: ノーマッド
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朝とイメチェンと吸血鬼

 朝。といっても仕事に行く日に比べたら昼間同然の時間。吸血鬼にとって気持ちの悪い朝日を分厚い遮光カーテンで遮り、浦戸弦はソファに座って、目の前の空の皿に向かって手を合わせた。

「ごちそうさまでした。」

「お粗末さまでした。」

 横に座るナハトが腰を上げようとするのを制して、弦がキッチンに皿を運んでいく。

 ナハトはその背中を見守るついでに、ソファを占領するのであった。


 食事のあとの気だるい食休みの時間。目蓋の重みが増したのを感じながら食べ終えた皿をシンクに漬けてきた弦がリビングへ戻ってくると、ナハトがソファの上で寛いでいた。

 ソファを占領するように両手と両足を広げて座り、ふんぞり返る姿がやけに似合っている。

「ほら退け退け、座れないだろ。」

「いや。」

「ナーハートー?」

 返事の代わりに少女は、横に広げて伸ばしていた両腕を弦に向けた。

 返事の代わりに男は、ため息をこぼして微かに濡れた手をズボンで拭くと少女の腕を掴もうと手を伸ばす。


 ナハトはその腕の中にするりと入り込み、ちょうど弦がナハトをだっこするような姿勢になると、腕の中の少女が嬉しそうに男の頭を撫でた。

「ふふ、楽ねー。いいこいいこ。」

「はいはいありがとありがと。」

 その態度が照れ隠しであることがよく分かるので、ナハトはますます男の頭を撫でる。そして、弦はますます照れ臭くなるのであった。

 二人の暮らす部屋はそれほど広くない。元々弦の一人暮らし用の部屋であり、室内で一番広い空間は二人で選んで買った大きなベッドに埋め尽くされているからだ。

 そのため、場所がないという物理的な理由と、出来るだけ触れ合っていたいという精神的な理由から、ナハトは弦にぬいぐるみのように後ろから抱き締められ、弦はナハトの人間椅子となっていることが多い。たまに喧嘩するとお互い離れ離れになるのだが。ナハトはソファに居座り、弦はベッドの上で布団を抱くようにしてそっぽを向き合い、そのうちお互いに寂しくなり、意地を張っていた理由も忘れて、どちらからともなく謝ってまた一緒になる。


 見た目通り、いやそれ以上に軽い彼女を抱っこしたまま男がソファに座った。そして何を話すでもなく、上質な黒絹のような少女の髪を弄りながら、ふと弦はなにかを思い付いたようにスマホに手を伸ばす。

「なぁ、ナハト。

髪型ってなんかこだわりあるのか?」

「こだわり?」

「あぁ。いつもその髪型だしさ。」

 ナハトは吸血鬼である。いつもは幼い少女の容貌をしているが、その実どんな姿にもなることができるのだ。老若男女を問わず、それどころか動物にもなれる。

 しかし、彼女はもっぱら子供のような姿を好み、それ以外の姿になったところを同居している弦ですらほとんど見たことがない。

 少女は小さな顎に細い指を当ててたっぷり十秒は考えてから答えた。

「髪は……特に気にしたことがなかったわ。」

「弄っていいか?」

 顔を上げた少女の前に少年のように顔を輝かせる弦がいる。

 彼の手の中の小型端末には検索したらしい髪の結い方が表示されており、少女は返事の代わりに器用に身体を反転させると、頭を男の胸に預けるのであった。


 少女の細くしなやかな髪に櫛が入る。指先から伝わる彼女の髪がどこまでも流れていくような感覚が弦は好きだった。

「それで、どんな髪型にしてくれるの?」

「そうだな…。」

 髪を梳く手を一旦止めて液晶画面に目を落とす。三つ編み、ツインテール、ツーサイドアップ…その中の一つに男の目が止まった。

「よし、決まった。」

「どんな髪型?」

「出来てからのお楽しみ、だ。」


 少女の髪に手を入れて片手に集めていく。男の手付きは意外なほどに慣れた様子であった。

 その手つきに安心したのか、リラックスした様子で少女は男に髪を任せている。

 長い長い黒髪を片方に纏めて、軽く編み込んだ。やや不格好だが上手く纏まった髪が耳の下を通るように一本になって、ちょうど二人の足の上にかかっている。

「どうだ?」

 自慢気に胸を張る男の姿を、鏡越しに眺めながら少女は新しい髪型を見ていた。

 垂れた髪を愛おしそうに手で梳きながら、ナハトが笑う。

「いい出来、弦って器用なのね。

……ところで、どうしてこの髪型を選んだの?」


 ナハトと疑問に弦は笑顔で答えた。


「ナハトのうなじが見てみたくなってさ。」

「……今度、浴衣でも着てみる?」

「いいのか?」

 少女は少しだけ頬を染めて微笑みながら言った。

「でも、ちゃんと可愛がってくれなきゃ。嫌よ?」

 浦戸弦は、いやこの世のどんな生き物であろうとも、この問いに否と言えるものはいないだろう。

 そんなことを思いながら、弦は答えの代わりナハトの頭に手を添えた。

 その首筋は、人間であるはずの弦でも噛み付きたくなるほどに魅力的に感じられるほど、雪のように白く、少しだけ蕩けるように赤みが差している。

「今度、近くのお祭りでも探してみようか。」

「いいけど。夏の方がいいじゃないの?」

「夏祭り、か。」

 浴衣姿のナハトと、同じく浴衣姿の弦。二人揃って人混みの激しい夏祭りの中をたこ焼きやわたあめを求めて歩く。

 弦の想像の中で二人は早々に祭りを切り上げて、浴衣姿のまま屋上のベンチで花火を眺め始めていた。人間嫌いのナハトと人混み嫌いの弦。この二人はお祭りをあまり楽しめないようだ。

「人混みがなくて花火がよく見えるお祭りとかあればいいけど。」

「なぁにその、ルーの代わりに福神漬けが乗ったカレーみたいな。」

 結局、太陽が沈み切るまでの間、室内好き(ひきこもり)の二人はどこへ行くでも何をするでもなく益体もないことを話して時間を過ごすのであった。

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