理由 ②
その瞬間、あたしたちの視界に異様なるものが飛び込んできた。
台車の上には檻が乗っていて、檻の中には全身が緑色の生き物がぐったりとしゃがみ込んでいた。人間の形をしていて、大きさは子供くらいだ。目が大きく尖った鼻をしている。しわが深いので年寄りみたいだ。
しかし、異様なのは、その生き物に本来あったであろう両腕が切り落とされていることだ。包帯が巻かれていて、その包帯には血が滲んでいる。口は針金で縫い合わされ、悲惨な様相をいっそうあおる。
「こ・・これって・・」
あまりのむごさに、それだけを言うのがやっとだ。ジャネットは険しい顔をし、ソフィーは手を口にあて、顔をそむけている。
「そいつはゴブリンとよばれる悪意をもった魔物だ。この人間の石化も、そやつの仕業と思われる。危険なので、そのような処置をしたまで」
導師が持っていた杖で床をトントンと鳴らすと、衛兵たちは石像とゴブリンの乗った台車を押してドアから下がっていった。
あたしはゴブリンという魔物がいることは知識上知ってはいたが、見るのは初めてだった。
だけど、ほんとにこのゴブリンが人を石化したとしても、あのようにむごたらしい姿で檻に入れて見世物のようにすることないんじゃないかしら・・
そもそも、あの魔物に、人を石化する呪いをかける能力があるのか疑問に思う。でも、あたしの能力じゃ、呪いを解除することは不可能だしどうしようもないや。
あたしは腑に落ちない気持ちを抑えようと、話を進める。
「あの~、ゴブリンと、あたしたちになんの関係があるんですか?」
壇上の導師はフムと考え込み目を閉じた。少し間をおくと、うっすらと目を開き、話しをはじめた。
「今このローレンス王国、いやこの国ならず世界中に災厄が訪れようとしている。先ほどの人間が石像にされたような摩訶不思議な事件があちこちで多発しているのだ」
「・・・」
「おまえたちは感じていただろう、この大気に宿る邪気を。この邪気に感化され、摩訶不思議な事件がおきているのだ。この邪気は、かつてこの世界を支配しようとした魔神が復活する前ぶれであろう。もし魔神が復活をとげたならば、人類の存亡が危うくなるやもしれんのだ。おまえたちは、その災厄を払うために生を受けたのだ」
話しながら、導師は一冊のみすぼらしい本を手に携え、それを高くかかげた。
「これは、ローレンスの預言書だ。この予言書、286末章には、天暦3065年の花の年に生まれし王家の三姉妹が道を極め、人類を破滅に導く魔神を討伐するため、伝説の神器を手に入れる。勝敗は神のみぞ知る、と記されている。この予言を実践すべく、ここにおわすスタイン王は尽力されたのだ」
「へ~、尽力ってなにをしたのさ」
ジャネットが、いぶかしげな表情で導師に問う。
「そう、花の年に優れた子が授かるよう、王は大勢の女人と関係をもったのだ。一日5人、それを2年間毎日欠かさず勤め上げた。関係をもった女人は4千人近くになろう。多くの子を授かり、その子達の中から優秀な子を選んで武術、法術、魔術を学ばせようとした。しかし、花の年に生まれたのは、おまえ達3人だけだったというわけだ」
げっ、なんなの、この話!あたしの父だかなんだか知らないけど、まるで盛りのついた犬じゃない!やらしいったらありゃしない!
ジャネットやソフィーも、きたないものでも見るように、壇上で玉座に座る男を凝視している。
「この時の後遺症か、王は尽き果て、ご覧のごとく廃人のようになってしまわれたのだ」
初対面から一言も口をきかず、ボ~っとした顔で王座にいると思ったら、そんな裏があったってわけ!あ~やだやだ!
導師の更なる言葉が、あたし達の嫌悪感をますますあおった。