魔術学院 ②
赤レンガで覆われた5階建ての古風な校舎。その3階に学院長室がある。
あたしは学院長室の前まで来ると、一度、深呼吸をし、ドアをノックした。
「失礼します。クレアです。お呼びとのことで、ただいま参りました」
重厚な木製のドアをギッと押し、あたしとタレス先生が室内に入ると、部屋の中央にある応接用の椅子に二人の人物が対座していた。
一人は学院長。白髭をはやし、魔法衣に身をつつむ、おじいさんだ。
あと一人は見知らぬ、小太りの中年女性。着ている外出用のドレスの胸につけている紋章は、王家の印だ。
「ああ、クレア、待っていたよ。こちらは王宮からいらした、筆頭侍女のデボラさんだ」
学院長の紹介に、あたしはその女性にまず一礼をした。
すると、あたしの一礼の間に、その女性はサッと椅子から立ち上がり、あたしに深々と頭を下げてきた。
王家の従者というのは、こんなに礼儀のあるものなのだろうか?相手からしたら、年端もいかぬ小娘のあたしに、儀礼とはいえ、そんなにかしこまったおじぎをするなど。
「まあ、みんな、かけて話したらよかろう」
学院長の言葉に、デボラ女子は、こう答えた。
「いえ、侍女である、あたくしが、姫君の前で腰をおろすなど、そんな不調法なまねは、できませぬ」
えっ?姫君?なにか勘違いしてない?
訳が分からず戸惑うあたし。そんなあたしを尻目に、となりに立っていたタレス先生が声を発した。
「デボラ、久しぶりだな。お互い年をとったな。おっと、これは女子に失礼だったか、ははは」
「これは、タレス様、大変ごぶさたをいたしておりました」
デボラ女子がうやうやしく、タレス先生に頭を下げている。
えっ?えっ? ますます訳がわからない。あたしはキョロキョロとここにいる一同を見回し、そして視線をタレス先生に定めた。
タレス先生・・あなた何者なの?いったいなにがどうなってるのか混乱する。
「無理もないが、クレアがかなり混乱してるようだ。まあ、そこにかけて、落ち着いて話そうじゃないか。デボラも立ってないで腰をおろせ。おまえが立っていると益々クレアが混乱する」
タレス先生は、あたしの両肩に手を置き、中央の応接椅子までいざなった。デボラ女子も、仰せの通りにと言い、一礼してから椅子に腰をおろした。
「さて、王宮から迎えが来たということは、事実をクレアに話すときが来たということだ。デボラ、おまえは王宮の使者だ。お前から話せ」
応接椅子に座ってひと時、間をおいた後、タレス先生は、王宮の侍女であるデボラ女子に命令口調で命じる。それに対しデボラ女子は礼で応じた。あたしの中の戸惑いの渦がますます激しくなる。迎えってなに?事実ってなに?あなた達はいったいなに者なの!?
「クレア様、あなた様には秘密にしておりましたが、あなた様の父君は、当、ローレンス王国のスタイン王に、ございます」
デボラ女子の唐突な言葉。
あたしの脳は、あたしの視力をさえぎって真っ暗な世界へと迷い込ませる。
・・父・・、・・父・・、・・父・・、なに言ってるの、この人。そんなバカみないなこと、あたしが信じるとでも思ってるの!なにが王よ・・
もの心つくころから、あたしは、この学院の寄宿舎で生活していた。自分は天涯孤独の身なんだ!父も母も、そんなものいないんだ!
「クレアや、デボラ女子は本当のことを言っておる。おまえは、スタイン王の婚外の子ではあるが、王は正室をめとっておらぬゆえ、王女と呼ばれて過言でなかろう」
横から口をはさんできた学院長を、あたしは、睨みつけた。あんたも、なんか事情を知ってるわね!外交使節の件だと思ってここに来たのに嘘つき!
沸騰した湯のように、あたしの心が煮えたぎる。なんで、なんで、今更そんなこと言うのよ!聞きたくないよ、そんな話!