俺の中に勇者と魔王がいる
異世界生活三日目。
ここが異世界だとわかったのは、見たこともない生き物や植物がいたからだ。哺乳類でも爬虫類でも当たり前のように空を飛んでいる……。まあそのおかげで飛んでる魚を食べることもできたわけだけど。
「最初はわくわくしたけど、三日も森から出られずサバイバル生活……。死ぬなこれ……」
異世界だと最初に気付いた時には、これからどんなハーレムが待っているのだろうかとか、どんなチートスキルが与えられているのかとか、呑気な考えを持って行動していた。
しかし、この三日間、何もなかった。ハーレムどころか森から出ることも出来なかった。食えそうなものは全部食って、体調が崩れたときは次から気をつける。火が使えないから魚も刺身でしか食べられない。刃物も尖った石くらいしかない、めちゃくちゃな生活だ。
「食うもの食ってても、ダメなもんなんだな……」
栄養バランスか、体力的な問題か、それとも、精神的な限界だろうか。いよいよ動くのもしんどくなり、その場に仰向けに寝転んだ。
「ああ、どうせ異世界に来たんなら、あり得ないスキルで無双したりとか、そういうのがしたかったなぁ」
誰もこんな、サバイバルな異世界転移なんて願わないだろう。
「力が欲しいの?」
頭の上で女の人の声がする。
「欲しいなぁ」
一度横になってしまうと、そちらを向く気力すら湧いてこなくなっていた。このまま眠れたらどれだけ幸せだろうか。
「そう。なら、あげるわね。私の全て」
「くれるのか。ありがとな……」
朦朧とする意識の中で、なんとなく受け答えをする。そこで意識は途切れた。
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「ようやく起きたのね」
「ここは……?」
「木陰に移動しただけよ。森からは出ていないわ」
違う。そうじゃない。周りを木々に囲まれていることはわかっている。
「この柔らかいものは」
「お気に召さなかったかしら?」
「とんでもないです!生きててよかった!」
どうも寝てる間ずっと膝枕をしてくれていたらしい。女神のような人だ。改めて向き合うと、本当に女神のような美しい女性がそこにいた。
「はじめまして。あなた、名前は?」
「涼!水無瀬 涼って言います」
ひと眠りして回復したのか、あり余る元気が美少女と出会った興奮によって空回りしている。
「リョウと言うのね。私はアスミ。これからよろしくね」
黒の髪は肩を超えて少し伸びたあたりできれいに流れている。少し切れ長な目元が彼女の印象をクールなものにしていた。
そんな美少女に「これからよろしく」と言われたのだ、少しは期待してしまうというものだ。
「俺、眠る前になんか言われてたよな……?」
「あら、あんなに大切な話をしていたのに覚えてないのね」
ドキッとする仕草で告げられる。この人、女性経験のない俺には刺激が強すぎる気がする……。
「私はあなたにすべてをあげると言って、あなたはそれを受け入れたのよ」
「……?」
呆然。なんだその三段飛ばしで俺の恋愛経験をすっ飛ばしていくエピソード。全く覚えがない……。いや、うっすら思い出したな。
「力を、って話だったよな?」
「思い出したのね」
なんでもないことのように流す彼女だが、こっちはいまだに心臓がバクバク言ってる。勘弁してほしい。
「あまりいじめていても話が進まないわね」
「やっぱりからかわれてたのか……」
アスミはさらっと流して話を進める。
「あなたに私の持てる力はすべてあげたわ」
「力って、具体的には」
「すでに身体を漲るエネルギーを感じるでしょう?それがすべてよ」
言われてみて自覚する。確かに倒れる前のあの疲労感は一切なく、身体中に溢れる不思議な力を感じた。
「試しに、あそこの木を切り倒してみればどう?」
「そんな簡単に言うような大きさじゃないだろう」
俺が三人がかりでようやく木のまわりに巻きつけるかというほどの大木を指して、涼しげに言う。一方俺の方も、そうは言ったものの簡単にそれをなしえることができる妙な予感と実感を得ていた。
「わざわざ何の罪もない木を倒すのは罪悪感があるし、機会があるまで取っておくよ」
「そう。まあいいわ。それも含めてあなたのものなのだし」
会話が止まる。
「アスミは、何者なんだ?」
こんな力を人に与えることができるんだ。ただものじゃないのだろう。
「私はもうあなたに力を与えたのだし、ただのか弱い女の子よ。これからはあなたに守ってもらおうと思っているけれど、だめかしら?」
「いやいや喜んで守らせてもらいます」
ハーレムの予感がする。いやもうこんなきれいなお姉さん相手ならハーレムなんて必要ない。とにかくこの人のために生きよう。力を授かったというよりすべてもらい受けたんだ、彼女を守るのはもはや義務だろう。
「よかったわ。いつまでもこんなところにいても仕方ないし、帰る準備をするわね」
「帰る?」
「街に、よ。行ったことくらいはあるでしょう?」
「いや……それが……」
かいつまんで説明する。三日前に突然この森に来たこと。それまでは別の世界にいたこと。
「そうなのね」
「あまり驚かないんだな」
「そういうこともあるというのだから、そうなのでしょう?」
それだけ言うと彼女は帰る準備に必要だとこの場を離れた。もしかして、この世界は転移は珍しくないんだろうか?
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「あら、こんなところで人間に会うなんて」
アスミがいなくなって数分後。次の美少女が現れた。
「この世界の女の人ってみんな可愛いの?」
「はあっ?!あんた、いきなり何言ってるの!?」
我ながらあほな質問をしたもんだが、言われた方は言われた方で、こちらの想像以上に衝撃を受けている。
アスミのきれいな黒髪に対し、輝かしい金髪が眩しい。腰まで伸びたその髪は、根元から二手に分かれて伸びている。いわゆる金髪ツインテールというやつだ。
「えっと、こんなところで何を?」
「あら、我が家へ帰ってきただけだというのに、理由がいるの?」
「我が家……?」
ここは森のど真ん中。三日も彷徨っていたのだからわかる。近くに出口はない。そんな森で唯一、天候や動物に警戒せずに休める洞窟の入り口がここだ。
「可哀そうに……。つらかったねえ、もう大丈夫だよ。俺が何とかするからな……・」
こんな森の奥深くの洞窟を我が家と呼ぶまでに至ってしまった哀れな美少女に、強い親近感を覚える。
「え?ええ……まあ、よろしく頼むわ?」
混乱する相手も雰囲気に流されるようにそんなことを言っていた。
「君のためになら俺はなんでもしよう!気持ちは痛いほどわかるんだ!」
「そう、そうなのね……」
勢いだけで喋っているが、相手も相手で目にうっすら涙を浮かべて答えている。やはりこんなところで生活するのは苦しかったんだろう。もう大丈夫だ。アスミが帰ってきたら一緒に街に連れて行って、お風呂に入れて、目いっぱいおいしいものを食べさせてあげよう。
「とりあえず、名前を聞いてもいいかな?」
「シャルロットと呼ばれているわ」
「そうか、シャルって呼んでいいか?」
「シャル……。と、特別なんだからね!」
顔を赤らめてそう答える彼女がいとおしい。このわずかな時間で特別を許されるだけの信頼関係に至ったわけだ。
「そういえば、あなた私のためなら何でもすると言ったわね?」
「おう!そのつもりだ!」
彼女の信頼には、俺もこたえよう。
「なら、私からも力を与えるわね」
「力?」
「そう、私のために存分に力を振るいなさい」
良い終わると同時に、柔らかい光に包まれた。視界が回復するとそこには。
「な……なんで?!」
驚愕を顔に張り付けたシャルがいた。
「こんなはずじゃ……なかったのに……」
落ち込むシャルになんとか話を聞く。シャルには人や物に力を与え、見返りに自分に協力してもらう能力があったらしい。実際洞窟の中には、えらくファンシーな植物の召使いやデフォルメされた動物たちの姿があった。
「まさか……全部力を持っていかれるなんて」
「ま、まあ心配するなって。俺は絶対に君を守るから」
「そ、そう?絶対よ?いいわね?」
いつも通り力を与えようとしたら、自分の力を全部吸い取られたらしい。もちろん俺に戻す能力はないのでどうしようもなくなった。
力を失い不安がる彼女を元気づけるのに、そのあともしばらく時を要した。
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「まあ、前向きに考えればもう私は自由ってことよね」
「そうだそうだ!自由だ!」
「わかっているの?あなたがその分縛られるということよ?」
「大丈夫だ、それがシャルのためになるならなんだっていいさ!」
割と適当なことを言っているが、言うたびにシャルは顔を赤らめて恥ずかしそうに「そ、そう……」みたいな反応をしてくれる。気分がよくなって一層いつもの適当さに拍車がかかる。
「私の力を持っていったということは、あなたは魔王ね」
が、そののんきな気分もここで吹き飛んだ。
「魔王!?」
「あら、シャルロットの森の主。みんなからはそう呼ばれていたわ。もう力がないのだから、魔王と呼ばれるべきは私ではなくあなたでしょう?リョウ」
衝撃の事実だ……。
シャルにとってファンシーな召使いを作ることは能力と言うより生まれ持った当たり前の動作であり、俺たちが手足を動かすような感覚だそうだ。力の本質はまさしく魔王にふさわしい、恐ろしいほどのエネルギーにあった。
「まあ、たまに勇者に狙われるけど、それだけよ」
軽々しく告げる彼女だが、俺は勇者に狙われて無事でいられる気はしない。
「ところで、リョウはなんでこんなところにいたの?」
「ああ、それはな……」
アスミの時と同じように説明する。アスミとの話を付け加えることも忘れずに。
「そう、リョウはそうやって、何人も守る相手を作るのね……」
わかりやすくご機嫌斜めになってしまった彼女をなだめていると、アスミが帰ってくる。
「ああ、お帰り。紹介するよ、シャルって言うんだけどさ」
言いかけたところで様子がおかしいことに気づく。突然、アスミは背負っていた剣に手をかけ飛びかかる。狙いはシャルだ。
一方シャルも分かっていたかのようにかわし、距離を取る。
二人は同時に手を前に突き出し……そこで、止まった。
「魔法が……」
「出ない……」
二人の力はすでに、俺の力になっていた。
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さて、まあ薄々分かっていた。シャルを見るなり飛びかかっていったんだ。シャルを知っているということになるし、シャルを敵として認識している。その上で、魔王が余裕なく構える必要がある相手など、一人しかいないだろう。
「アスミが、勇者だったんだな……」
勇者と魔王、二人の力を吸収してしまった奇妙な異世界生活が、幕を開けた。
連載ものにできるかなあと構想中の冒頭部分ですが、短編としてとりあえず投稿させてもらいました。
感想等いただけたら嬉しいです。