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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
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忍務7 やくそうの試練

 エルファン領の隣領、ゴロンド公爵領は広い耕地面積と川を持ち、森もある豊かな土地である。領主の町には人口も多く、商業も盛んであった。

 聖王国の公爵位を持つ領主は老齢で、穏やかな性格の人物だった。領地経営にはあまり力を入れず、専ら鳥を飼う趣味を満喫していた。

 領主の代わりに領内を統治しているのは、町や村に派遣される代官である。彼らは重い税を民に課して、一部を自らの懐へ入れる、典型的な悪代官たちであった。

 当然、領内には悪代官に付き物の商人もいる。商業が盛んであればあるほど、裏の商売もまた栄えてしまう。彼らが儲ければ儲けるほど、領内の民は反比例して貧しくなっていく。豊かな土地に住まえど貧しい民と、一部の例外的な商人たち、そして特権階級の代官と領主。ゴロンド公爵領は、そのような土地であった。



 ダクは、うんうんと唸って頭をひねり、考えていた。ダクの前には、土下座をするエレナの姿がある。ダクの受けた忍務は、伝説のやくそうを取ってくること。そして、エレナもまた、病気の母のためにやくそうが必要だという。伝説のやくそうは、毎年ひとつしか取れない。

「ほえ……どうしよう?」

 悩み続けるダクは、無意識のうちに懐に手を入れる。ダクの懐にあるのは、ラブリーマジカルステッキだ。魔法使いのエリスからもらった、大事な品だった。ダクはラブリーマジカルステッキの先端の、七色の宝石をぎゅっと握る。エリスの顔が、ダクの頭の中に浮かんだ。頭の中のエリスの顔は、何だか困った顔をしていた。

「お願いします、お願いします……」

 懇願するエレナの肩が、小さく震えていた。ダクの目から、迷いが消える。

「ほえ、わかった。エレナさん」

 ダクの声に、エレナが顔を上げた。すがるような視線が、ダクの目の奥まで射抜いてくるようだった。

「いいんですか? 伝説のやくそうを、私がもらって」

「うん。エレナさんのおかあさんに、ひつようなんだよね? それなら、いいよ。やくそうをとったら、エレナさんにあげる」

「ありがとう! ダクくん!」

 ぎゅっと、エレナがダクに抱きついた。不意を突かれて、ダクはエレナの胸の中にすっぽりと納まってしまう。

「むー! むー!」

 柔らかくて温かいものに挟まれて、ダクは声を上げる。何だか、逃れられない力を感じた。ダクにとって、それは初めてのことだった。

「ご、ごめんなさい、私ったら、嬉しくって、つい……」

 ダクを解放して、エレナは謝る。

「ほえ、だいじょうぶ。ぼくは、つよい子だから」

 にっこりと、ダクが笑った。エレナも、つられたように笑う。

「それじゃあ、やくそうさがしのまえに、おべんとうにしようよ」

 ダクが、背後のジャイアントスネークの死体を指して言った。

「え?」

 エレナの顔が、笑顔のまま引きつった。ダクは気にせず、ジャイアントスネークの胴体を解体してゆく。皮を剥いで、骨を取り除く。小さなたき火を起こして棒に刺した身を上に吊るせば、調理は完成だ。ぱちぱちと、香ばしい匂いがあたりに漂った。

 焼いている間に、ジャイアントスネークの頭を土に埋める。魔物ではあるが、死ねばそれは大地に還る。

「あ、あの、ダクくん?」

「ほえ、なあに?」

 遠慮がちに、エレナが声を掛ける。ダクは振り向いて、小首を傾げた。

「……それ、食べるんですか?」

 心底嫌そうな顔をしたエレナが、恐る恐る聞いた。ダクは、あっさりとうなずく。

「ほえ。しとめたえものは、ちゃんとたべるのがさほうだって、ゴンザさまがいってたからね。エレナさんも、いる?」

 ほどほどに焼けた蛇の白焼きのついた棒を、エレナに向ける。エレナはすごい勢いで後ずさり、両手を出して首を横へ振った。

「い、いいえ私は遠慮します」

「ほえ、おいしいよ?」

 がじ、とダクが白焼きにかぶりつきながら言った。エレナは、信じられない、といった目で食べ終わるまでずっとダクを見つめていた。

「いつも、そんなものを食べてるんですか?」

「ほえ。おしごとするときは、たいてい。いつもは、水と草だよ」

「水と、草……」

「たまに、バッタとかもたべるんだ。みんなとわけてたべるから、ぼくはいっつもあしとかはしっこのほうばっかりで……どしたの、エレナさん?」

 ダクの前に立ったエレナが、何とも言えないような顔をしている。優しく微笑んではいるが、顔色は真っ青で、そして涙目になっている。

「やくそうが取れたら、うちでご飯を食べて行ってください、ダクくん。せめて、それだけでも……」

 なでなでと、エレナの手が慈愛をもってダクを撫でる。少しくすぐったかったが、エレナが必死な様子なのでダクは邪魔せずしばらくされるがままになっていた。

 気を取り直して、ダクとエレナの二人は森を歩いた。木の根に足を取られそうになったり足元の覚束ないエレナの手を、ダクが引いている。

「ご、ごめんなさい、ダクくん。私、足手まといですよね?」

 すまなさそうに、エレナが謝る。その拍子に、バランスを崩して転びそうになった。

「ほえ。へいきだよ、エレナさん。あしもと、きをつけてね」

 歩み寄ったダクが、エレナの身体を支える。

「ありがとう、ダクくん。もう少しで、伝説のやくそうの生えている場所に着きます」

 顔を赤くしたエレナが、荒い息遣いで言った。人間であるエレナには、森歩きはきついのかもしれない。ダクは慎重に、エレナの先に立って歩く。茂みをかき分けて、その先へ。

 たどり着いた場所は、木々が円形に開けた天然の広場だった。

「ほえー……」

 感嘆の声が、ダクの口から漏れた。ぴいよぴいよと、樹上では鳥が鳴いている。緑の木の葉の間から、広場に一筋の光が差し込んでいる。丈の低い草のカーペットが敷き詰められた空間に、一本の曲がりくねった細く背の高い草が生えていた。葉を茂らせて、ふよふよと風に揺れている。

「きれいなとこだね」

 エルファン領の森の中にも、これほど清涼感のある場所は無かった。ダクや他の下忍たちにとって森は修行場であり、地獄でもあった。だから、気づかなかっただけかも知れないが。ともあれ、そこは綺麗な空間だったのだ。

「ふふ……それほどでも……ふふ」

 なぜか、エレナはくねくねと奇妙な動きをしていた。ダクはそれに気づくことなく、一本の草に近づいていく。

『待て』

 空間に、厳かな声が響いた。ダクは足を止めて、きょろきょろと周囲を見回す。声の主は、見つからない。

「ほえ? だれ?」

 ダクの問いに、あたりの木々がざわめきを返した。

『我は、伝説のやくそう。我を取りにきたのか、小童』

 その声に、ダクは背の高い草を見た。

「ほえ、やくそうさん?」

『そうだ。我だ。やくそうだ。違う、後ろに誰も隠れていない。右の木の裏にも、誰もいないぞ。我だ。信じてくれ、小童』

「ほええ……」

 ダクは、しげしげと草を見る。ふよふよと頼りなく揺れる草は、普通の雑草のようにも見える。

『あまりそこを見つめるな、小童。恥じらい、というものを知らんのか』

「ほえ、ごめんなさい」

 草のてっぺんにある花のつぼみを見ていると、怒られた。あまり、見てはいけない場所なのかもしれない。ダクは頭を下げた。

『ふむ。素直で良い小童だな。我の試練を受けるに、相応しい』

「ほえ、しれん?」

 ちょこんと首を傾げて、ダクは問う。

「伝説のやくそうを取るには、試練を乗り越える必要があるんです、ダクくん」

 後ろで、エレナが教えてくれる。

「むずかしいのかな?」

「ダクくんなら、きっと大丈夫ですよ」

 ぐっとガッツポーズで、エレナが太鼓判を押した。ダクはうなずいて、草に顔を向ける。

「わかった。どうすればいいの?」

『我の従者と戦うのだ。勝てば、我が身を捧げよう、小童』

 厳かな声とともに、ダクの前の草がもりもりと盛り上がる。瞬く間に、それは人の形になった。大きさは人間の大人ほどもあり、頭部と思しき場所には二つの緑に光る眼が付いていた。

「ほえ……わらにんぎょう?」

『そんなおどろおどろしいものと一緒にするな。これは、グラスゴーレムという。草のゴーレムよ』

 草を束ねたようなグラスゴーレムが、ダクに向かって手を振り上げた。

「危ない、ダクくん!」

 ゴーレムの手が、振り下ろされる。ぽけっとして見上げているダクに、エレナの悲鳴が上がった。

「ほえ、だいじょうぶだよ、エレナさん」

 ゴーレムの背後に回ったダクが、着地する。同時に、振り下ろされたゴーレムの手がふぁさりと落ちた。

「ほえ。このくらいなら、たいしたことないね」

『ほう。なかなかやるようだな。だが、しかし……』

 厳かな声と共に、ゴーレムの手がにょきりと生える。ゴーレムの足元の草が、ぞわぞわと動いていた。

『無限の再生能力を持つこいつに、どこまで抗えるかな』

 今度は両手を上げて、ダクに振り下ろす。後ろへ飛びのいて避けるダクの目の前で、地面が砕けた。まともに当たれば、無事では済まない威力だ。

「ほえ……それなら、忍法かまいたち!」

 ダクは両手を組み合わせ、素早く外へ向かって振りぬいた。真空の刃がゴーレムに襲い掛かり、胴を輪切りにする。ジャイアントスネークの頭をも両断する、恐ろしい切れ味だ。胴切りにされたゴーレムの上半身が、ふぁさりと地面に落ちた。

『無駄だよ。グラスゴーレムに、そんなものは効かない』

 厳かな声と共に、ゴーレムの胴から上半身がにょきりと生えた。ダクは首を傾げ、考える。それから、懐に手を入れて爆薬玉を取り出した。

「ほえ。草ならもやしたら、どうかな?」

「ダメです、ダクくん! 伝説のやくそうまで、燃えてしまいます!」

『そうだ! 早まるな! 手段を選ぶのだ!』

 エレナと草が一緒になって、慌てて叫ぶ。こくん、とうなずいてダクは爆薬玉を仕舞った。エレナと草が、同時にほっと息を吐いた。

「ほえ……それなら、どうすればいいかな?」

「ダクくん、草を! やくそう以外の草を、どうにかするんです! 再生するとき、そのゴーレムは草を取り込んでいました!」

 エレナが声を上げた。ダクはためしに、ゴーレムの左手を鎌鼬で切り落とす。にょきりと左腕が生えるときに、足の下の草がぞわぞわとゴーレムに吸い込まれていく。

「ほえ。草をどうにかすればいいんだね。わかった」

 ごそごそと、ダクが懐に手を入れる。取り出したのは、うぞうぞ動く大量の毛虫だ。

「忍法、けむしじご……」

「いやあああああ! ダクくん、それ、しまってくださいいい!」

 うぞうぞした塊を手に持ったまま、ダクは草を見る。

『……うん。たぶん、それも無しの方向で』

 厳かに、草は言った。ダクは虫たちを懐に仕舞う。かたかたと歯を鳴らし、エレナは青い顔でダクを見つめていた。

「ほえ。それじゃあ、これで。忍法、ちばしり!」

 叫んだダクの姿が、ブレて消えた。ゴーレムの背後にダクが現れ、さらに広場の反対側に現れ、エレナの前に現れる。ダクが現れ消えるたびに、地面の土ごと草が削り取られて宙を舞う。ダクが、恐ろしいスピードで足を引きずりながら駆けまわっているのだ。本来これは、荒野や砂漠などで姿をくらますための術だった。

 ほどよく耕された地面の上に、ばらばらになったゴーレムが倒れた。再生するための草は、全て引き抜かれていて残ったのはやくそうの周囲の僅かな草のみだ。

『よくぞ、我の試練を潜り抜けた、小童』

「ダクくん、やりましたね!」

 やくそうと、エレナの満足そうな声がした。

「ほえ。それじゃあ、とっていい?」

『うむ。我が試練を乗り越えたのだ。あ、優しく取ってくれ。指は添える程度で……痛、ま、待て、そっちの女の子に代わってくれ』

 ぐだぐだとうるさいことを厳かに言う草を、ダクはじっと見つめる。

「ねえ、やくそうさん」

『な、何だ? そんな所を見て。我にそっち系の趣味は無いぞ?』

「やくそうさんに、たねはあるの?」

『た、種だと? 種と申したか! よくもまあ、恥ずかしげもなく……いや、知らずに?』

 もそもそと、やくそうは言う。ダクは、首を傾げた。

「たね、ないの?」

『……我は、地下の根が成長して生えるのだ。一年かけて、根からこの姿になる。だから、種は無いのだ』

 なんだか情けない声で、やくそうは言った。ダクは、少し考える。

「ほえ……ねっこがあれば、はえてくるんだね?」

『そうだ。だから、根は残して切ればいい。薬効成分があるのは、我の葉と茎と花だけだからな。乱暴に折ったりせず、丁寧に切り取れば……』

 やくそうの声に、ダクの顔がぱっと明るくなった。

「わかったよ、エレナさん!」

「何がわかったんですか、ダクくん?」

 ダクが薬草の根元を切り取って、エレナに渡す。

『ぎゃあああああ! 優しくって、言っただろう!』

 抗議の声を上げるやくそうに構わず、ダクは周りの土ごと薬草を掘り出した。

「忍法、うえきばち!」

 ダクの手の中に、素焼きの植木鉢が現れる。土をこねて形どり、焼いて干してを一瞬にして行ったのだ。便利だが、植木鉢以外の物は作れずいい土がないとできない忍法である。素焼きの鉢の中に、掘り出した土ごとやくそうを入れる。

『……』

 厳かな声で、やくそうはぶつぶつと何かを言っている気がした。だが、小さい声なのでダクにもエレナにも聞き取れない。ダクは植木鉢を懐に仕舞い、エレナににこっと笑いかける。

「これで、ぼくもエレナさんも、やくそうをてにいれたね」

「そうですね。すごいです、ダクくん」

 手を取り合って、ダクとエレナは喜んだ。こうして、伝説のやくそうは歴史からその姿を消すこととなるのであった。

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