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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
終章 これでおしまい編
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最終話 駄エルフ忍者

 父母の話を、作文にするような課題を出された経験はあるだろうか。もしあったとして、両親が共に英雄とも呼べる人物である、ということはあるだろうか。

 共和国立第一小学校に通っていた頃、そんな宿題が出された。なるべく客観的に見た姿を書きなさい、と先生は言っていた。先生の言いつけは、絶対である。もしも守らなければ、頭の上にとても痛い拳骨が落ちて来るのだ。

 とんだ暴力教師ではあるが、先生は両親のお気に入りである。しわくちゃの厳めしい顔に禿げ上がった頭は萎びたタコのようであったが、まだまだ現役である。辞任させるよう働きかけてみたものの、それは十年経った今でも実現されてはいない。なにせ、私の両親の影響力は、絶大なのだ。

 取材に行った先々で、先生の話も聞いた。丸いおじさんは、尊敬すべき人だと言っていた。赤毛のスレンダーなおばさん、もといお姉さんも懐かしい顔で愚痴をこぼしていた。

 父と母の行跡を追って、私は大陸中を旅することとなった。幼少の頃から、両親には無理やりに近い形で忍術を教わった。私は嫌々ながらも、十歳になる頃にはほぼ全ての両親の忍術を極めてしまっていた。だから、旅自体には何の障害も無かった。異種族たちが平和に暮らすこの大陸で、一体何から身を守るというのか。

 時折、ミツメさんの視線を感じることもあった。見守られていることに安心と、少々のうんざりした気分を覚えた。どうせ、恋人といちゃつきながら片手間に見ているのだろう。そう思うと、少しばかり爆発しろと言いたくなってくる。

 旅を始めて一年間は、宿題と拳骨のことが常に頭の中にあった。だが、旅を続けるうちにそれは徐々に薄れてゆき、今では気楽に町を転々と回って父母の伝説をかき集め、気の向くままにリュートを鳴らして酒場を練り歩く毎日だ。

 気が付けば、私は吟遊詩人になっていた。長い寿命を持つ両親は、跡継ぎを必要とはしていない。だから私は父の跡を継いで忍者になる必要も無ければ、母の跡を継いでエルフの女王になる必要も無いのだ。小学校を卒業しないまま、大陸全土を歩いていても、何の問題も無い。


 南に足を伸ばせば、砂漠の国へとたどり着く。父の部下の人が経営するのは、国一番の食堂である。夜は酒場になっており、私の爪弾くリュートの音色に酔っぱらった夫婦が手拍子をくれる。その夫婦も、父と関係があったらしい。

 砂漠の国の町の外は、治安が悪い。野放しになった魔物や町で食い詰めた者が形成した野盗団などが、あちこちにいる。そんな場所で私をボディガードしてくれたのは、アサシンの女性だった。彼女も父とは友人であるらしいが、詳しいことは話してはくれなかった。次に会った時は、忍術で聞き出してみると面白い話を聞けるかもしれない。

 砂漠の国は女王から代替わりして、平凡な王様が治めている。病没した女王ホルスの逸話は多く残っているのだが、現王については良い話も悪い話も聞くことは無かった。それでも、国がまとまりを失わずにいられるのは、アサシンたちが暗躍しているからなのかもしれない。


 大陸の北には、魔界がある。暗雲立ち込める不毛の大地であった魔界も、今では開発の手が伸びて立派な観光地になっている。

 魔王様への面会を申し込んだところ、二つ返事で受理された。柔和な笑みを浮かべるマスコットキャラの魔将軍に連れられて、見慣れた黒装束の忍者でいっぱいの魔王城を歩いた。魔将軍と御付きの二人の魔族だけは、軍服や古式ゆかしい魔族の衣装を身に着けていた。そして、魔界四天王はなぜか三人しかいなかった。

 魔王ユラ様は今年八十歳になるのだが、人間とは齢の取りかたが違うようだ。玉座に座り嫣然と微笑むその顔には、老いなどは微塵も感じられない。

 ユラ様は父の名を何度も口にして、しきりに懐かしがった。そして私を、着せ替え人形のようにしてもてなしてくれた。三日三晩ほど続いたので、少々疲れてしまったのだが良い思い出である。

 魔界の瑞々しいリンゴを食べていると、四天王の首無し忍者がやってきた。将来勝負を挑みに来る、とのことだがご勘弁願いたい。私は、忍者では無く吟遊詩人なのだ。

 魔界には、父と母を良く知る忍者が一人いた。影人間のイェソドである。聖王との決戦の後、彼は魔界へ隠遁して気ままな隠居暮らしを始めたのだ。私が魔界に来た目的は、彼に会うためであった。

 彼から聞けたのは、母が忍者の頭目をしていた頃の話と、父が闇の森にいた頃の話だった。軽妙で掴みどころのない話術と、コロコロ変わる語尾に翻弄されながらも、私は彼の話を楽しく聞いた。話の途中に、逞しい体つきの老人がお茶を運んできてくれた。立派な体躯と落ち着いた威厳のある物腰に、何やらいわくありげなものを感じた。だが、イェソドは老人については何も語らない。ただ、懐かれてしまった、とだけ答えたのである。


 共和国の国々を巡り、私は闇の森と呼ばれる場所へと訪れる。父と母が、かつて出会った場所だ。闇樫の木が生い繫り、昼間であってもそこは夜のように暗い。静かな森の中には、たくさんの精霊や動物たちが生息している。

 父は、忍者の頭目として裏で国家を取りまとめ、各国を飛び回っている。ほえほえと情けない鳴き声をたまに上げるが、アレは口癖なのだろう。

 母は、エルフの女王である。エルファン領という森と山を持つ領土を治めているが、仕事はほとんど配下のエルフや忍者に任せきりである。

 父母は現在、結婚二十周年の新婚旅行へと出かけている。十九年目は大陸一周だったから、今年は三週くらいはしてくるつもりなのかも知れない。父も仕事だと言いながら、何だかんだと理由をつけて母と二人で抜け出してあちこち観光をしているらしい。

 私の父はダークエルフで、母はハイエルフである。自分の出自に関わることなので、私は早い時期にエルフ族についての伝承、噂話などを集めていた。だが、美麗で賢く、森で密やかに暮らす彼らと父母の像は、一致しなかった。エルフの伝説から見れば、父母はダメなエルフ、つまり駄エルフと呼んで差し支えないだろう。おまけに父母ともに私に伝えたのはエルフ族の魔術ではなく、忍術だ。伝説に残るエルフの皆さんは、父母を一発ずつ殴ってもいいと思う。どうせ、当たらないのだろうけれど。

 だがそれでも、私にとっては愛すべき両親であり、尊敬すべきエルフであるというのは変わらない。そして父母を語る関係者の人たちも、懐かしさの中に敬意を持った言葉を使っていたところをみれば、父母はとても愛されているのだろう。もちろん、父も母も今でも私を愛し、見守ってくれている。

 私はこの文をもって、第一小学校を卒業するつもりだ。卒業まで十年かかり、私は二十歳になった。もう、さすがに小学生の身分は恥ずかしい。だが、これならゴンザ先生も、きっと文句は言わないだろう。

 愛すべき、駄エルフ忍者の娘として、私はここに両親の行跡を記す。


 ダークエルフ ダクとハイエルフ エルファンの子 四年一組 フーリ

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。これにて、駄エルフ忍者は閉幕となります。

ブックマーク、評価、感想など、本当にありがとうございました!

次の連載にて、またお会いできましたら幸いです。

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