忍務63 それからどした
本作品も残すところあとわずかではありますが、終章開幕です。最後まで、どうぞお楽しみください。
かつて、聖王国と呼ばれた国があった。魔族の討伐へ出た国王が敗れ、姿を消してから王国は急速に崩壊していった。周辺の小王国が、従属のくびきから逃れ大陸は群雄割拠の趣を見せることとなったのである。
だが、戦乱に大陸が乱れることは無かった。ごくごく平和裏に、崩壊した聖王国は小王国の集まった共和国として再生する。その陰には、多種多様の種族を鏨のように纏める強力な存在があったのだ。
影の支配者となったのは、一人の忍者である。周辺諸国を圧倒的な武力で制し、しかし表には出ずに彼らは裏から国の重鎮たちを支配したのだ。人族も魔族も、等しく忍者の前にひれ伏したのである。
旧聖王国首都には、現在統合政府が置かれている。年に一度、各国首脳が集まり共和会議を開くのだ。これは、王国崩壊に伴い忍者が各国首脳を呼び集めたのを起源として行われてきたものだ。だが、それを知る者は各国要人の他には、忍者の関係者しかいない。民衆たちは、ただただ訪れた平和を甘受するのみであった。
聖王が行方不明となって、一年の時が過ぎようとしていた。王都へと続く街道には、列を成した多種多様の種族の者たちが歩いていた。胸を張って煌びやかな行列もあれば、とぼとぼと肩を落とした哀愁漂う行列まである。背の低い一団は、ドワーフ王国の列だ。
「あんれま。そこさ行ぐは、ゴロンド公爵の兵でねか」
訛りの強い声で、ドワーフの兵が声を上げる。煌びやかな細工鎧に身を包んだドワーフの兵のひとりが、ゴロンド公爵領の人間の一人に歩み寄った。
「ども。お前さんのとごの旗、ゴロンド公爵さまの旗でねえべか?」
声をかけられた人間の兵士が、きょろきょろと視線を彷徨わせる。手を挙げて、ドワーフは挨拶をする。
「これは……先触れが遅れて申し訳ない。ドワーフ王国の方ですね?」
丁寧に挨拶を返す人間の兵だったが、どこか覇気に欠けていた。それはそのまま、行列の質についても同じである。ゴロンド公爵の兵たちは皆、肩を落として歩いていた。
「んだ。おらはゴズンっちゅうもんだが、お前さんらも王国に呼ばれて来ただか?」
陽気に名乗り、ゴズンが聞く。
「はい……我が主、ゴロンド公爵も王都へ向かっております……」
沈んだ顔で、その兵士は言った。ゴズンは相手の様子を斟酌することなく、兵士の腰のあたりをばんばんと叩く。
「んだか。公爵さまんとこも、一緒だべか。そら、心強いこっでねか」
陽気に笑うゴズンに、兵士は浮かない顔である。
「どした? そっただ顔して?」
ゴズンの問いに、兵士は首を横へ振って息を吐く。
「いえ……ドワーフ王国にまで、彼らの手が伸びていたのか、と思っただけで……」
兵士の答えに、ゴズンは首を傾げる。
「彼ら?」
問いを重ねるゴズンに、兵士はただただ首を振る。
「知らなければ、その方が幸せです……」
呟く兵士に、ゴズンは気を取り直して再び腰をどやしつける。
「そか。ま、ゴロンド公爵さまには、たっくさん武器を買って貰ったから。お前さんの持ってる槍こも、おらの工房で作ったもんだしな。手入れは、しとるだか?」
ゴズンの視線の先にあるのは、兵士の携えている槍だった。兵士はこくこくとうなずく。
「はい……まあ、使う暇もありませんでしたが……」
兵士の言葉に、ゴズンは首を傾げる。だが、すぐにまた陽気に笑った。
「平和なら、それに越したことはなかんべ。訓練でもええがら、たまーに振ってやってくんろ」
元気の無い兵士を励ますように言っていると、ゴズンの元に同僚が駆けて来る。
「おおーい、そろそろ出発だべ! 列に戻れ」
「わかったあ! そったら、おらは行がねば。また、王都さ行ったら飲みにでも」
返事の代わりに手を挙げる兵士に背を向けて、ゴズンは走り出す。ドワーフたちの鈍足の行列は、ごくゆっくりと王都へと進んでいくのであった。
王城の謁見に使われる広間には、びしりと背を伸ばした忍者たちが並んでいた。その間を矮躯のドワーフが一人、歩いてゆく。そして玉座に座する頭目へ、恭しく拝礼した。
「ドワーフ王国国王、ドワーリン! お召しにより参上いたしました!」
白い髭に覆われた口から、広間を揺るがす大音声が繰り出される。
「たいぎである。まずは、そちらへ」
正体不明の声で、頭目が玉座の右手前方を指した。そこには、黒い忍者服に囲まれるようにして様々な種族の長たちが佇んでいる。ドワーリンはずかずかと歩き、下忍の指し示す椅子へどかりと腰掛けた。
入口を見やると、続いてやって来る者の姿が見えた。聖王国でも一、二を争う名門の貴族、ゴロンド公爵である。白髪の気弱そうな老人が、おっかなびっくり忍者の列の間を歩き、玉座に土下座をする。
「ゴロンド公爵領領主ゴロンド、ただいま参りました!」
小柄な頭目はまるで子供のようで、公爵が土下座をしている光景はかなりシュールなものである。だが、公爵本人は必死の様子で、そんなことを気にかけてはいない。
「ごくろう。それじゃ……それでは、そちらへ」
頭目が少し噛んだように聞こえたが、この場でそれを指摘する者は誰もいない。公爵は頭目に指示された通り、玉座の左側に用意された席へと着いた。玉座の左側には人間族が、そして左側にはそれ以外の種族が、集められているように見えた。
着席する左右の国家首脳たちが、一斉にざわめいた。御静かに、と書かれたプラカードを持った忍者が周囲を巡り、その声はすぐに止んだ。
「魔界の王、魔王ユラだ。余の席はいずこにある?」
現れたのは、魔王だった。黒く美しいドレスを身に纏い、優雅な身のこなしでやってきた。
「わたしの、となりへ」
指し示されたのは、玉座の左隣に置かれた椅子である。ユラは満足げに微笑んで、その椅子へと座る。
「さて、ほんじつみんなにあつまってもらったのは、ほかでもない」
広い謁見の間に、正体不明の声が響いてゆく。男のものか女のものか、老いているのか子供なのか一切わからないその声に、魔王と忍者以外の者たちはびくりと身体を震わせた。
「せんじつ、ゴロンドがわれらにこうふくした。よって、たいりくすべてのせいりょくは、わがしはいかとなったのだ」
頭目の言葉に、ある者は無念の顔を、またある者は誇らしげな顔を頭目へと向ける。
「まぞくともどうめいをむすび、われらにてきたいするものはどこにもいない。にんじゃが、おまえたちのちょうてんになったのだ」
頭目が各国首脳にゆっくりと視線を巡らせる。赤く光る眼光は、見返す者全てを委縮させた。
「だが、わたしはおうになるつもりは、ない」
頭目の言葉に、首脳たちから驚きの声がかすかに上がった。右手を挙げて、頭目はそれを制する。
「われらにんじゃは、あくまでかげのそんざい。ゆえに、おまえたちがどのようにくにをおさめようと、わたしはかまわぬ。ただし……」
言葉を切った頭目へ、首脳たちは視線を向けて唾を飲んだ。
「わたしにとって、ふゆかいなもんだいがしょうじれば、わたしはぜんりょくをもってそのくにをつぶすことになるだろう」
頭目の言葉は、恫喝である。ここへ集められた首脳の誰もが、忍者の恐ろしさを身に味あわされていた。中には、不自然な代替わりをした者までいる。全員が頭を下げて従う意思を示すのは、当然のことと言えた。
「頭目。ひとつ願いがあるのだが、良いか?」
そんな中で、魔王が声を上げる。
「もうせ」
頭目が答えると、魔王は立ち上がって玉座の頭目に正対し、挑む様な視線で口を開く。
「頭目の配下にいる、ダクというダークエルフの忍者を、こちらへ貰い受けたい。それをもって、我ら魔族は人族への永世不可侵条約を締結したいのだが」
魔王の言葉に、首脳たちはざわめいた。忍者一人で、魔王はこれまで続けられてきた人族領域への侵攻を永遠に止めると言うのだ。
「まおうユラよ。それはできない」
だが、頭目が返す答えは拒否だった。
「ダクは渡せぬ、ということか?」
魔王の問いに、頭目は首を横へ振る。
「いや、ちがう。ダク、というにんじゃは、わたしのはいかにはそんざいしないからだ」
「ほう。今更、隠し立てを……」
魔王の表情が、険を帯びる。だが、続けようとした魔王の言葉は、新たに謁見の間へやってきた者の足音に遮られた。
「そ、そなたは……!」
魔王がちらりと視線を向けたまま、視線を固定する。純白の輝くようなドレスの裾を揺らしながら、歩いてくる一人のエルフを見つめて。
「エルファン領領主、そしてエルフ女王エルファン、ここに参上した。遅れて済まない、頭目」
優雅に一礼すれば、プラチナブロンドがふわりと拡がる。美しいその容貌は清楚な服装と相まって、白の女神と形容するべき有様である。各国首脳たちから、感嘆の息が漏れた。
「まっていた。エルファンよ、ここへ」
そして頭目が示すのは、玉座の右側だ。玉座の階段を登るエルファンを、頭目は立ち上がり手を差し伸べて迎えた。
「な、なぜそなたが……で、では、この頭目は……」
呆然と口にするユラの頭の中へ、気配の声が流れ込んでくる。
『ほえ。ぼくだよ。ごめんね、ユラさま。ぼくのはいかにぼくはいないから、あげられないんだ』
頭目の覆面の中を覗き込もうとするユラを、エルファンが手を伸ばして止める。
「無礼であろう。頭目は、我が夫となる存在でもあるのだ」
涼やかな笑みを浮かべ、エルファンは言った。
「お、夫!?」
驚きの叫びを上げるユラに、エルファンは嫣然と微笑んだ。
「ほんじつここへあつまってもらったのは、わたしのほうしんをみんなにつたえるほかに、もうひとつある。それは、わたしとエルファンのこんやくはっぴょうだ」
エルファンの言葉を裏付ける頭目の確定に、ユラは彫像のように固まった。
「い、いつからそんな関係に……そなた、奥手では無かったのか?」
問いかけてくるユラに、エルファンは余裕の表情である。
「それをお前に言っても、仕方がないだろう?」
ふっと笑うエルファンの顔から眼を反らし、ユラは椅子に戻った。魂の抜けたようなユラの横で、頭目は言葉を続けている。
「わたしのねがいはただひとつ。みんななかよく、へいわにくらすことだ! いろんのあるものは、いるか?」
頭目の問いかけに、各国首脳は答えない。だが、玉座の右側で不意に抜剣の音が鳴った。
「貴様の首を取れば、私が王だ! 覚悟!」
最後尾の席から、翼を広げたバードウォーリア族の王が飛び出した。鋭い銀の剣先が、頭目に向けて突き出される。
「ほえ、忍法、ふーじんたつまき!」
頭目がバードウォーリアの王に片手を向けて、忍法を発動させる。謁見の間の天井を突き破り、王はそのまま空の彼方へと吹き飛ばされていった。
「……ほかに、いろんのあるものは?」
頭目の問いかけに、もう抗する者は誰もいなかった。
ダクは、かつて闇の森と呼ばれた荒野に立っていた。聖王国に各国首脳が揃う、その前日のことだ。ここ一年ほど、ダクも大陸各地を動き回って忙しい身の上だったが、頭目にこの場所へと呼び出されたのだ。
「よく来た、ダクよ……」
枯れた大木の根元で、頭目は待っていた。黒装束に黒覆面は、相変わらずだった。
「ほえ、とーもく。あしたのことでおはなしって、なんですか?」
対するダクは、戦いの後も青年ダークエルフのままだった。手足はすらりと伸びて、薄い筋肉がついている。顔つきも、大人びて魔性の色気が出始めている。だが、話し方までは変わっていない。一年経っても、どこか情けないところが丸々残っていた。
「もはや知っているだろうから、ここからは本来の姿で話そうか」
頭目は言って、覆面に手をかけた。するすると衣擦れの音を立てて、頭目の顔から覆面が滑り落ちる。同時に、頭目の四肢の関節からばきばきと音が鳴って、すらりとした手足が伸びた。
「……ほえ、エルファンさま」
間近で見るエルファンの美しさに、ダクは少し顔を赤くした。そんなダクへエルファンは目を細め、にっこりと笑う。それはエルファンの浮かべる、初めて不敵さを伴わない笑みだった。
「ダク、お前には、これまで良く尽してもらった。まずは、礼を言おう」
エルファンの身体から、忍者服がすとんと落ちた。その下に纏っているのは、白い薄布一枚である。細くしなやかな肢体に、ダクの胸がどきんと鳴った。
「ほ、ほえ。あたまをあげてください、エルファンさま。ぼくは、とーぜんのことを、したまでです」
深々と頭を下げたエルファンに、ダクは慌てて両手を振った。
「此度のお前の働きに……いや、そうではないな。今からするのは、褒美などではない。私がしたいから、するのだ」
すっと、エルファンがダクへ身を寄せる。
「嫌ならば、逃げても良いのだぞ、ダク?」
両腕を拡げ、エルファンがダクの身体を抱きしめる。
「ほ、ほえ? エルファン、さま?」
エルファンの長い耳が、ダクの耳をくすぐるように触れる。熱いエルファンの体温を感じて、ダクの胸はますますどきどきを速くする。
「私のことは、エルファン、と呼び捨てにしろ。そしてお前は頭目となり、私を娶るのだ……」
熱い囁き声が、ダクの耳朶に心地よく響いてゆく。
「ほえ、ぼくが、とーもくに……エルファン……を、およめさんに」
呆然と呟くダクの手が、エルファンの背に回る。
「そうだ……この森で幼いお前に出会ったときから、ずっと……私は、お前のことを好きになっていた……」
情熱的なエルファンの言葉に、ダクの全身は熱くなった。
「ほえ、ぼくで……いいの、エルファン?」
囁きを返すと、エルファンの身がびくっと震えた。
「お前でなくては、ダメなのだ、ダク……」
抱き合う二人の影が伸びて、そっと唇が触れ合った。木々の枯れた荒野の中に、一陣の風が吹き抜けてゆく。
「ここに、木を植えよう……再び、森になるくらいに」
抱き合ったまま、エルファンが言った。
「ほえ。もりになったら、きっとたのしいね、エルファン」
荒涼とした風に乗って、かすかな笑い声と囁く言葉が飛んでゆく。ロマンチックとは程遠い景色の中で、二人のエルフは夜を過ごしたのであった。




