表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
7/71

忍務6 伝説のやくそうを追え!

 この世界における忍法と忍術には、歴然とした違いがある。忍術とは、魔法と科学の融合技であり、魔力を必要とするものだ。対して、忍法とは、純然たる体力、集中力などを必要とする体術体系の技である。

 わかりやすい爆発系で例を挙げるならば、忍術の火炎は爆薬と火炎魔法のミックスだ。対する忍法の火炎とは、木と木を高速ですり合わせ、火種を作り爆薬に引火させる。こうして並べてみれば、忍術のほうが優れているようにも見える。だが、忍法には忍術に無いメリットもある。

 魔法の一種である忍術は、魔力の強さがイコール術の強さであり、魔力の低い者が用いても強力な忍術には成り得ない。魔力は生まれた時の素質で総量や性質が決まるので、自然と向き不向きの術ができてしまう。もちろん、伝説の大賢者とかいう連中ならば、全ての忍術を最大威力で発揮できるのだが。

 対して忍法とは、体術である。訓練次第で、誰にでもできるようになるのだ。体力にも鍛錬次第で差異は生まれてしまうのだが、魔力の消耗なしで使い続けられるのは大きなメリットといえる。ただし、忍法の習得には大きな障害もある。物理法則という常識を、捨てなければならないのだ。これは困難を極める行為であり、ほとんどの忍者は忍法ではなく忍術を極めていくのである。いずれにしろ、忍者とは険しい修羅の道を歩む者たちなのだ。


 エルファン領領主の館の裏口へ、ダクはてくてくと歩いて入って行った。ぐねぐねした道や危険な罠を潜り抜けていく先は、頭目の待つ大部屋である。松明で照らされた木像が、入ってきたダクを険しい目で見下ろしている。

「ほえ。とーもく、ゴンザさま。げにんのダク、ただいまさんじょうしました!」

 ダクは部屋の奥、木像の置かれた祭壇にいる頭目へまず頭を下げる。続いて、祭壇の右に立つ禿頭の巨漢、ゴンザにも一礼をした。

「うむ。ご苦労」

 正体不明の声で、頭目が声をかける。それから、頭目はゴンザに向かってうなずいた。

「これより、ダクに忍務を言い渡す。しかと聞けい」

 漬物石より重い声で、ゴンザが言った。ぴん、と耳を伸ばしてダクは聞き入る。

「東の隣領の森へ赴き、やくそうを取って参れ」

「ほえ、やくそうですか?」

 聞き返すダクに、ゴンザはうなずいた。ダクが懐から、ヨモギの葉を出す。ゴンザは、首を横へ振った。

「ただのやくそうではない。伝説のやくそうじゃ」

「ほえ……でんせつのやくそうですか」

 ダクは宙を見て、想像する。光輝く、ヨモギの葉を思い浮かべた。

「ヨモギから離れぬか」

 ごちん、と軽い拳骨が落とされた。

「い、いたいです」

 涙目になって、ダクは頭をさする。

「伝説のやくそうとは、かの地に毎年一本しか生えない、珍しい植物なのだ……」

 頭目が、正体不明の声で解説してくれる。ダクは、こくこくうなずいた、

「ほえ。わかりました。どんなかたちをしているんですか?」

 質問をするダクに、ゴンザは黙ったままである。頭目に顔を向けたが、頭目も言葉を発しない。

「ほえ、ゴンザさま?」

 じーっと、ゴンザを見た。答えの代わりに、飛んできたのは拳骨である。

「それを調べるのも、忍務のうちじゃ馬鹿者!」

「ほええ……わ、わかりました! でんせつのやくそうをとってきます!」

 半泣きの表情のダクに、ゴンザは満足そうな顔になった。

「それでよい。期限は一週間じゃ。では行けい、ダク!」

「ほえ!」

 床に手をついて、ダクは一礼する。それから、とてとてと部屋を後にした。



 部屋に残ったゴンザが、頭目に振り向いた。厳めしい顔つきが崩れ、太い眉毛はハの字を描いている。

「頭目……かの忍務、ダクには少し荷が重いのでは」

 そう言ったゴンザの全身を、凄まじい圧力が包む。頭目が立ち上がり、ゴンザを見つめたのだ。

「私の決定に、異存があるのか、ゴンザ?」

「め、滅相もございませぬ! ダクはまだ幼少ゆえ、心細さを覚えてしまったまでのことです!」

 禿頭からだらだら汗を流しつつ、ゴンザは言った。ふっと、ゴンザを包む圧力が消える。それだけで、ゴンザは立っていられないほどの脱力感を味わった。膝から崩れ落ちそうになるのを、根性で耐える。

「お前は心配性だな、ゴンザ。だが、案ずるな」

 笑みを含んだ声で、頭目は言った。正体不明の声はまるで魔王のようで、安心できる要素は皆無である。それを口にするほど、ゴンザは命知らずではない。

「ダクは強い子だ。お前が思うより、ずっとな」

 ククク、と笑う頭目から、暗黒の覇気が流れるのをゴンザは幻視する。

「で、ありましょうか」

 額の汗を、ゴンザは布で拭きとった。

「うむ。それではゴンザ、留守は任せる」

「……どちらへ?」

 身を翻す頭目に、ゴンザが問いかける。

「……野暮用だ。一週間で戻るゆえ、緊急の連絡以外は無用」

「ははっ!」

 頭を下げるゴンザの前で、頭目の姿が消える。

「さて、わしも下忍に修行をつけてやらねばな……」

 ひとりきりになって、ゴンザは呟き肩をぐりぐりと回した。地獄の訓練が、今日も始まるのであった。



 とてとてと、ダクは歩いていた。ぴいよぴいよと鳥が鳴いている。エルファン領の隣、ゴロンド公爵領にある森である。領主の館から馬車で四日ほどかかるこの地も、ダクにとってはひとっとび、二日で着いた。

「ほえ、ほえ、でんせつのやくそう、でんせつのやくそう……」

 きょろきょろと首を動かし、ダクは伝説のやくそうらしきものを探してゆく。だが、見つからない。そもそも、それが何であるのか、わからないのだ。いくら忍者でも、見つけられる道理はない。それでも歩き回るダクの長い耳が、ぴくりと動く。

「ほえ、女の子の、声……?」

 か細い、悲鳴のような声が聞こえた。鳥の鳴き声や木の葉の擦れる音の中で、聞き取るのは困難であった。だが、ダクの優れた聴覚は、確かに声を聞いたのだ。

「こっちかな」

 森の奥へ、ダクは跳躍した。がさがさと茂みをかきわけて、ずんずんと進む。女の子は、すぐに見つかった。

 森の木の下で、その少女は腰を抜かしてへたり込んでしまっていた。少女の頭上には、大蛇が木の幹に巻き付いている。大蛇の口が大きく開き、少女の頭をまさに飲み込もうとする、その瞬間がダクには見えた。

「あぶない!」

 間一髪、ダクは少女を抱きかかえて飛びのいた。大蛇の牙が空を切り、ばくんと口が閉じる。そこで、大蛇の動きが止まった。

「だいじょうぶ?」

 少女に向き直り、ダクは聞いた。少女は呆然としていたが、はっとなってダクを見つめ、身体を少し離した。

「あ、あれ? 私……生きてる……」

「もうだいじょうぶだよ。けが、してない?」

「は、はい……」

 状況を把握しきれていない様子で、少女はきょろきょろとあたりを見回した。栗色の三つ編みが、少女の頭に合わせてひょこひょこ揺れる。気弱そうな、少女だった。

「あの、ジャイアントスネークがそこに……」

 木の上を見ながら、少女が言った。

「ほえ。へびならだいじょうぶ。ぼくが、やっつけたから」

 にっこりと笑いかけながら言うダクの背後で、大蛇の首が落ちた。ひっ、と少女の咽喉奥から悲鳴が上がる。

「ね? だいじょうぶでしょ?」

 そう言ったダクの目の前で、少女の瞳に渦巻きが浮かんだ。

「ほえ? ねえ、しっかり、しっかりして!」

 くたり、とその場に崩れ落ちそうになる少女を、ダクが支える。

「だ、ダークエルフ……」

 ぐったりとした少女が、絶望的な顔で呟き目を閉じる。その言葉に、ダクの顔が青くなった。

「ほえ、耳をしまいわすれてた!」

 ダクは耳をぐにぐにして、人間の耳のサイズに変える。

「ほえ、見て、ぼくはふつうのにんげんだよ!」

 てしてしと、少女の頬を軽く叩く。うっすらと目を開けた少女は、ダクの顔を、そして耳を見る。

「あ、あれ? あなた、耳が?」

 ぱちぱちと大きな目を瞬かせながら、少女が怪訝な顔をする。ダクは必死に首をぶんぶんと横へ振る。

「何のこと? ぼくは、どこにでもいるふつうのにんげんだよ?」

 ぴぴー、とダクは口笛を吹いた。全力の、誤魔化しである。少女はじっとダクを見つめ、ダクの耳をつまんで引っ張る。

「い、いたいよ……」

「ご、ごめんなさい。そうよね。ダークエルフが、こんな所にいるわけないものね……」

 自分に言い聞かせるように、少女はうなずいた。それからダクを見つめ、ぺこりと頭を下げる。

「助けてくれて、ありがとうございます。私はエレナ。森の外れの村に住んでる者です」

 きちんとしたお礼を言われて、ダクも姿勢を正した。

「ぼくは、ダク。でんせつのやくそうをさがしにきたんだ」

 ぺこり、と頭を下げて言う。ダクの言葉に、少女は難しい顔になった。

「伝説のやくそうを……」

「しってるの? エレナさん」

 エレナは年上に見えたので、ダクはさんをつけた。ゴンザの教育のたまものであった。

「は、はい。私も、伝説のやくそうを取りに来たんです……」

 顔をうつむけて、エレナが言った。

「ほえ? どうしたの、エレナさん?」

 ダクが小首をかしげて、うつむいたエレナをのぞきこむ。

「病気の母のために、どうしても伝説のやくそうが必要なんです……」

「それなら、いっしょにとりにいこうよ!」

 元気よく言うダクに、エレナは首を振った。

「伝説のやくそうは、毎年一本しか、取れないんです……」

 エレナの言葉に、ダクは頭目に言われたことを思い出す。

「いっぽんだけしか、とれない……」

 呟いたダクの目の前で、エレナが勢いよく土下座をした。頭目に叱られたときのゴンザもかくや、という動きのキレがあった。

「お願いします! 伝説のやくそうを、私に取らせてください!」

「ほえ……で、でも、ぼくも忍務が……」

「お願いします! なんでもしますから!」

「ほええ……」

 難問が、ダクに突き付けられたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ