忍務61 神と悪魔と太陽と
やはり投稿が遅れました。申し訳ありません。
次回からは、毎日投稿に戻せると思います。
人の身体を依代に、神が宿る。それは余程のことが無い限り、起こり得ない事象である。依代となるには、人の身体というものはあまりに脆弱であるからだ。
太古の昔に存在したハイエルフや、魔王といった魔力が桁違いの存在ならば、神の如き力を振るうこともできるであろう。だが彼らとて、神そのものを身に宿すことは難しかったのではないだろうか。
神の力とは絶対であり、その力を振るう反動というものは個体で受けるにはあまりにも大きすぎるのだ。昨今の神降臨に関する研究結果による、分析である。
神を宿す側の人間に、余程の篤い信仰心、そして頑健すぎる肉体を持っていれば、あるいは可能なのかもしれない。その人間と、宿る神の相性が良い、という条件もここへ加わる。そんな奇跡的な状況が恣意的に揃えられるのであれば、神の力に頼らずともよさそうな気がするのであるが、如何であろうか。
白い光を放ち、エルファンは神成る力、雷光を全身に纏わせる。それは周囲の陽光ですら跳ね返すほどの、眩く美しい輝きであった。
「聖王ジーン。これよりお前を、討ち滅ぼす」
輝きながら、エルファンは傲然と言い放つ。それは決意などではなく、決定事項を伝える淡々とした声音であった。対する聖王は、逞しい筋肉でエルファンを指差し、口を大きく開く。
「エ、エルファンちゃん! ふおおおお!」
上がったのは、歓喜の叫び声だ。聖王の振る舞いに、エルファンはきょとんとした顔になる。そんなエルファンの前で、聖王は両手を挙げてガッツポーズだ。
「な、何だ、一体……」
さらに腰を前後に揺らめかせ始めた聖王に、エルファンは嫌な顔になる。
「ああ……幼少の頃より変わらぬその肢体! ひひ、ひんぬー具合! たまらぬ、ああ、たまらぬ!」
「やかましい!」
エルファンの指から、一条の雷光が飛んだ。それは聖王の胸を貫いたが、聖王は興奮した叫びを止めることは無かった。
「その人間を見下したような、何とも傲慢な瞳も! 長く美しいプラチナブロンドの髪も、全てがパーフェクト、パーフェクトだ!」
粘っこく舐めまわすような視線を全身に感じて、エルファンは思わず自分の身体を抱きしめる。
「後宮に集めたどのような美姫よりも、気高く美しい……ぐふふふふ……」
じり、と激しく腰を振る聖王が、エルファンににじり寄る。
「来るな! この変態め!」
エルファンの手から、腕程の太さの雷光が放たれる。狙いは、聖王の眼だ。
「眩しくて痛い! でも、我々の業界ではご褒美です! んはあああ!」
顔を押さえながら、聖王が歓喜の声で叫ぶ。
「……手の施しようの無い、変態だな」
どこまでも冷えわたるようなエルファンの声に、聖王はにんまりとスマイルだ。
「もっと、もっと言って……! そんな貴女を、屈服させてみたい!」
エルファンは黙って、数百本の雷光を生み出しぶつけた。空が割れるような、凄まじい轟音と白光が周囲を包む。
「跡形も無く、消し飛べ!」
トドメとばかりに身の丈ほどもある雷の球を生み出したエルファンだったが、不意に空へと飛び上がる。光を割って現れた筋肉の塊が、エルファンのいた位置に腕を大きく広げて跳びかかってきたのだ。そのまま雷球を抱きしめ、全身を痺れさせながら聖王は悶絶する。
「んむおおおお! こ、これがエルファンちゃんの柔肌ああああああ!」
大したダメージになっていないのか、聖王はあらぬ叫びを続けていた。
「ユラ、何をしている! 早く、お前も加勢しろ!」
眼下で佇む魔王ユラへ、エルファンが声をかけた。
「断る。余の魔力を、あんな下種には使いたくは無い」
傍らへ飛んできたユラが、にべもなく言った。
「お前……!」
「どうやらあやつは、そなたに気があるようだし……ここは、人族同士仲良くしっぽりと殺し合えば良いのではないのか?」
ろくでもない提案に、エルファンは思わず小さな雷光をユラへ飛ばす。ユラが、指先で雷光を弾いた。
「私とて、あんなものに全力を出したくは無い。だが……」
下へ目をやると、聖王が額に右手を当ててエルファンたちを見上げている。
「魔王ちゃんのスカートの中身を拝見! ふむ、黒か! 良い、良いぞ!」
何だか変なスイッチの入った聖王が、そんなことを言った。
「……どうやら、お前もロックオンされたみたいだぞ?」
「やめよ! おぞましい!」
スカートの端を押さえながら、ユラは青い顔で言う。
「アレをどうにかせねば、どのみち我らに未来は無い。お前がアレの慰み者になりたいのであれば、話は別だがな」
「……それだけは、死んでも御免だ。余は、ダクと面白おかしく過ごすのだ!」
ユラが体内の魔力を高め、全身に纏わせる。ユラの身体が大きく膨れ上がり、角が後ろに流れるように伸びてゆく。漆黒の邪気を纏った、大悪魔が姿を現す。
「ついに、本性を現したか、魔王め! 我が槍の錆にしてくれようぞ!」
だらしなく緩んでいた顔を引き締めて、聖王が叫ぶ。
「今更、言い繕っても遅いわ、馬鹿者め!」
大悪魔となったユラの手から、青白い火炎が噴き出し聖王を包む。
「地獄の業火よ、骨まで溶かし尽せ!」
どろり、と聖王の周囲の大地が溶け、崖の一部が崩落する。凄まじい温度となった空気が、歪んで熱気を運んでくる。エルファンも、両手を高く挙げて雷を集め、聖王に向けて振り下ろす。
「神成る力よ……邪悪を焼き滅ぼす光よ……持てる力の全てを用い、かの邪悪を打ち据えよ!」
集まった雷の力に、ばちばちと空気が爆ぜる。光の速度で、力は聖王を打ち貫いた。起こった大爆発に崖が完全に崩落し、巨大な空間を作った。
「悪魔と、神成る力の二つを受けて、生きておれる者はいまい……今度こそ、完全に終わったな」
ぼそり、とユラが呟く。
「ふん。そのようなこと、いちいち口にするな。小娘が……」
長い髪を風に泳がせて、エルファンが言った。直後、エルファンの髪が数条、飛来した何かに貫かれて切れて落ちる。
「なっ……」
凄まじい威力と速度でエルファンとユラの間を通り抜けたそれは、一瞬の後に暴風を生み出した。風にあおられ、身をよろめかせる二人の超越者の耳に届くのは、嘲笑だ。
「ははははは! 我々の業界では、ご褒美だと言っただろうが! メス豚どもが!」
大きく抉られた地面の上で、槍を投擲した姿勢を戻しながら聖王が叫ぶ。そして聖王が右手を上に掲げると、その手には槍が現れる。
「我の槍は陽光! 投じるも戻すも自在なり! そして……!」
聖王の姿が、ふっと掻き消える。驚くエルファンの横で、ユラの身体が背後から何かに蹴りとばされるように吹き飛んだ。
「我が肉体もまた、自在なり」
ニッカリスマイルで、聖王は筋肉ポーズで言う。傍らに突如現れた聖王に、エルファンは飛んで距離を離しつつ雷を放った。
「くっ! 消えろ!」
気合を乗せた雷光の一撃を、聖王は真正面から受け止める。雷光が聖王の筋肉を伝い、全身へと拡がる。だが、攻撃を受けつつも聖王のスマイルは崩れない。
「……なぜ、避けない」
エルファンの問いに、聖王はにこやかに口を開く。
「ご褒美は、全て受ける主義なのだ」
聖王の姿が掻き消え、エルファンの眼前に現れる。ぬっと伸びて来る太く逞しい腕に、エルファンは全身に雷を纏わせて抗する。ばちり、と聖王は弾かれた指を見て、スマイルを濃くした。
「ぐふふ、可愛らしい抵抗を……全力で、雷を身に纏わせておるな? 果たして、それはいつまで保つかなあ?」
なおも腕を伸ばす聖王に、エルファンの顔には焦りが生じていた。身の内にある雷を、全力で放射してようやく聖王を押し留めることができる。体術などを組み合わせれば、聖王を振りほどくことも可能ではある。だが、エルファンにはそれはできない。
「……触りたく、ない」
目の前で分厚い筋肉の塊を見せられて、エルファンの総身に鳥肌が立っていた。
「忍法、空気投げ!」
エルファンの手が閃き、空気を操り聖王を投げ飛ばす。掴みかかる勢いを利用したそれは、物理法則を無視した忍法だ。手を触れることなく離れた聖王の肉体が、再び掻き消える。
「今度はプロレスごっこかな? エルファンちゃぁん?」
背後に気配を感じ、エルファンは前へと飛び出す。熱い筋肉の塊が、背中のすぐ後ろを掠めて消える。
「忍法、身代わり丸太!」
即座に、エルファンは丸太を懐から出して鋭角的にターンする。直後に現れた聖王が、丸太を抱きしめ粉々に砕いた。
「ぐふふ……楽しいなあ。幼い頃の鬼ごっこを思い出すよ、エルファンちゃん」
懐かしむような聖王の口調は、幼少時のものへと変わりつつあった。欲望に濁っていた眼は、純粋な子供を思わせる色になっている。だが、その肉体は聖油でテカテカになった老人マッチョのものだ。不気味なことこの上ない。
「ユラ、やれ!」
エルファンの合図とともに、ユラの巨大な腕が聖王を捉えて握りしめる。不意を突いたのが功を奏したのか、聖王はあっけなくユラの手の中に握り込まれた。
「このまま、潰してくれる!」
ユラが手に力を込め、両手を使って拳を握り込んでゆく。ばきばきと、何かの砕けるような音が鳴った。だが、直後にユラは手を離す。
「熱っ! ぬるぬるする!」
ユラの指の間から、聖王がぬるりと滑り出る。
「中々に、きつい締め付けだったけど……太陽を握り潰すなんて、できるものか!」
幼い口調に老人の声を乗せて、聖王は傲然と言い放つ。エルファンがちらりとユラに目を向けると、ユラは溶けかかった手のひらに魔力の息をふーふーとかけて修復していた。
「強い……強すぎる。これが、太陽神の力か……」
光り輝くどや顔を見つめながら、エルファンが呆然と呟く。
「今ので、かなりの魔力を溶かされたぞ……」
なんとか手の融解を防いだユラであったが、その姿は二回りほど縮んでしまっていた。
「そろそろ、遊びも終わりかなあ? もう、あんまり力、残ってないでしょ?」
ぐるり、と腕を回しながら言う聖王に、エルファンとユラは身を寄せ合うようにして構える。にじり寄る聖王は、ニッカリスマイルである。太陽は中天にあり、その力の根源は未だ衰えることを知らない。エルファンの頬を、一筋の汗が伝った。
「もはや、これまでか……」
呟いたエルファンの視界、崩落した隘路の中に黒い影が映った。エルファンは目を見開き、にげろ、と声を出さずに口を動かす。きょろきょろと辺りを見回す影が、エルファンに気付いて両手を構えた。
「逃げろ、ダク!」
影に向けて、エルファンは叫ぶ。ちっぽけなダクと太陽神の依代となった聖王では、力が違いすぎる。戦いの余波だけで、消し飛んでしまうかもしれない。自らの身に訪れるであろうおぞましい未来よりも、エルファンはそれを恐れた。
「ほえ! エルファンさまと、ユラさまをいじめるな! 忍法、ハンマーかまいたち!」
エルファンの叫びもむなしく、ダクはハンマー状の鎌鼬を聖王に向けて放つ。同時に、聖王がぐるりとダクの方を振り向いた。
「貴様は……うんむぬおおおお!」
空気の塊が直撃し、聖王は内股になって腰の下を押さえ、悶絶する。神の依代となっても、そこはやっぱり痛かったのだろう。
「おまえなんか、ぼくが、ぼくがやっつけてやる!」
空からぽとりと落ちてきて股を押さえる聖王に、ダクは決然と言い放つのであった。




