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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第四章 上忍 聖王国編
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忍務57 聖王快進撃!

 聖王ジーンの生涯は、鍛錬鍛錬、また鍛錬に尽きる。忍者を配下として以来、聖王国の魔族に対する脅威は小さなものになった。だから聖王は、戦のための鍛錬ではなく激しい肉体鍛錬に耐えるための鍛錬を己に課していたのである。

 幼少時はほどよく筋肉質な肉体だったのだが、青年期、中年期と何かに憑りつかれたかのように身体を鍛え続けた彼は、いつしかオーガと見まごうばかりの筋骨隆々な老人になっていしまっていたのだ。

 玉座に座り他国の使者などを睥睨するときの彼は、怖い。大きな獣のような肉体が、厳めしく骨ばった顎が、凄まじい王者の威風となって叩きつけてくるのだ。従属国の使者が失神して醜態を晒すことは、日常茶飯事ともいえた。

 こんな国王であるから、後宮に集められる側女が第一に求められたのは頑健さであるという。また、聖王は胸の豊かでない女性を好み、ことのほかプラチナブロンドの髪の女性を求めたという。残念ながら王妃はこのどちらにも当てはまらないため寵愛を受けることは滅多に無かったが、後宮をよく取りまとめる才覚にて愛されていた。

 宮廷画家の描いた在りし日の王宮の絵には、筋骨隆々とした国王と同じくムキムキの近衛たちが裸でポーズを取っているものもある。その中に、明らかに筋肉の足りない少年のような騎士が混じっていたりする。聖王国国王は、アッチもイケる口なのかもしれない。そう考えるのは、邪推であろうか。



 聖王の槍が閃き、立ちふさがるオーガの首を跳ね飛ばす。槍の穂に取り付けられた四つの刃が、太い首をものともせずに切り裂いたのだ。

「弱い! もっと、骨のある魔物はおらぬのか!」

 ぶん、と槍を振り回し、聖王が咆哮する。思わず身を引く魔物たちが、後に続いて突撃してきた騎兵に貫かれ、踏みつぶされてゆく。その光景は、まさしく蹂躙であった。

「陛下、お見事にございまする! ナイスバルク!」

 馬を寄せてきた騎士に、聖王は槍を掲げてポーズを取る。白銀の重鎧から伸びる腕が、太陽の輝きを眩しくはね返していた。

「雑魚共をいくら葬ったところで、我が筋肉の誉れにはならぬ! 魔族の中に、強者はおらぬのか!」

 叫びながら、聖王は馬を走らせる。巨馬の突撃で小柄なゴブリンを轢きつぶし、馬上からは槍を風車のように振り回して戦場を駆け巡る。瞬く間に、魔物の群れは全滅していた。

「陛下、魔物の掃討、完了いたしました! 此度の群れは、おおよそ五百程度の規模であったと思われます!」

 びしり、と馬上で敬礼しながら報告する近衛に、聖王はサムズアップで応える。逞しい上腕二頭筋を見せつける、見事な姿であった。

「ご苦労! 引き続き、行軍する!」

 近衛を集める聖王の元へ、騎士が声をかけてくる。

「陛下、敵の勢いがあまりに弱すぎます。とても魔王直轄の魔物とは思えませぬ。今朝がたより幾たびもの襲撃がありました。そして魔族の姿が見えませぬ。これは、敵の策なのでは……」

「策なればこそ、正面から堂々と踏みつぶしてやるのだ。我が筋肉に、不可能は無し!」

 不安を口にする騎士の前で、聖王は槍を掲げて太陽に向かってポージングする。巨馬が高くいななき、聖王の雄姿に呼応した。

「おお……さすがは聖王陛下!」

 たちまちに、騎士の顔から不安の色が消えた。

「ゆくぞ! 魔王の首を取れば、この戦は勝ちとなる! 続け!」

 巨馬を駆けさせて、聖王は草原をゆく。近衛がぴたりとそれに続き、騎士たちが追随する。かんかんに照った太陽の光を浴びて、聖王の重鎧はまるでそれ自体が光っているかのように輝きを放っていた。


 地平の果てに目を向けて、ポンペインは歯噛みする。ぐらぐらと頭を揺らし、その顔にあるのは憤怒と焦りである。

「魔族に強者なしとは……よくも言ったものである!」

 鼻息荒く駆けだそうとしたポンペインの腕を、ダクが掴んで止める。

「ほえ、いっちゃだめだよ、ポンペイン」

 ダクの声に、ポンペインの頭がくるりと後ろへ向く。

「しかし、ダク様! 我ら魔族の誇りが、穢されたのである!」

 噛みつかんばかりの勢いで、ポンペインがダクに頭を近づける。首無し忍者だから出来る芸当である。

「誇りよりも、大事なものがあります。それは、作戦です」

 無機質な声が、ダクの懐から聞こえてくる。ダクは懐に手を入れて、植木鉢を取り出した。素焼きの植木鉢の中には、木炭がひとかけら突き立つように植えられている。それは焼き尽くされた、トレントのゲノーバだ。

「ゲノーバ殿……そなたは、悔しくは無いのであるか!」

 植木鉢に目を向けるポンペインであったが、ゲノーバの顔がどこにあるのかわからない。じろじろと、木炭の全体を眺める。

「私の身体に、興味がありますか?」

「今はそのようなことどうでも良いのである! そなたは、悔しく無いのであるかと聞いているのである!」

 問いかけに、ゲノーバはしばらく黙り、風に揺られる。

「はい。悔しくはありません」

「そなたに誇りは無いのであるか! 強者である魔族の、矜持は捨てたのであるか!」

 ぐわし、とポンペインの手が植木鉢を掴む。本当は胸倉を掴みたかったのだが、今のゲノーバには胸倉が無い。仕方のないことだった。

「はい。忍者になってから、私は誇りを捨てました。私はひとつの植物として、ダク様に仕えています」

 返ってくる静かな声に、ポンペインは植木鉢を放り出して地団太を踏む。

「不甲斐なし、である! それでもそなたは、魔界忍群の中忍であるか! 同胞として吾輩、情けないのである!」

「ほえ、ふたりとも。なかよくしなきゃダメだよ」

 植木鉢をキャッチしたダクが、二人を交互に見ながら言った。ポンペインもゲノーバも、ともに上忍であるダクの元で、中忍を務めることとなった。性格も種族も違いすぎる二人は、意見が合わずによくぶつかるのだ。

「申し訳ありません、ダク様」

「……すみませぬ、ダク様」

 眉をしかめて、めっ、とするダクにポンペインは頭を持って跪き、ゲノーバは申し訳なさそうに風に揺れる。うんうん、とうなずくダクの元へ、一人の下忍が駆け込んでくる。なお、これは人間である。

「ダク様、頭目より伝令です。委細準備は整った。けだものを檻へ追い込め、とのことです」

「ほえ、わかった。いまからさくせんをはじめますって、とーもくにつたえておいてね」

 ダクの返答に、下忍はうなずいて姿を消す。それを見送ったダクは、植木鉢を片手にポンペインに向き直った。

「ほえ、ポンペイン。ようやく、ひとあばれできるよ」

 ダクの言葉に、ポンペインは喜色を浮かべた。

「いよいよ、であるか! 吾輩、腕が鳴るのである!」

「ポンペイン殿、あまり気合を入れすぎるのは、よくありません。私たちの忍務は、理解していますか?」

 ゲノーバの声に、ポンペインは冷水を浴びせられたような顔になる。

「解っているのである。吾輩たちは聖王と一当たりして、そのまま撤退。追いつけそうで追いつけない距離を保ちつつ、北の隘路へ誘い込む……そういう、手筈であるな?」

 ポンペインの答えに、ゲノーバはうなずく気配を見せた。

「はい。その通りです。あなたが突出したり勝手な行動をとらなければ、上手くいくでしょう。我々には五百の魔物を預けられています。彼らのことと、魔族全体の命運のかかった作戦であることは、ご理解いただけていますか?」

 問いを重ねるゲノーバに、ポンペインは不敵な笑みを返す。

「無論、承知しているのである。だが……別に聖王を倒してしまっても、構わぬのであるな?」

 自信たっぷりのポンペインに、ゲノーバが酸素を吐き出した。どういう仕組みか、木炭の身でゲノーバは光合成をしているのだ。

「いいえ、それはフラグです。忍務を実行することだけを、頭の中に入れるのです」

 むむ、とポンペインがゲノーバを睨み付ける。

「ほえ、そこまで。ポンペインはいちばんまえをはしって。ゲノーバは、ぼくのふところのなかにいてね」

 植木鉢を懐に仕舞い、ダクは周囲に気配で合図を出した。草原から、イヌの魔物の群れが立ち上がる。忍務のために、選び抜いた足の速い魔物たちだ。

「にげろってあいずしたら、みんなちゃんとにげてね」

 魔物たちはダクの声に、こくこくとうなずく。

「ポンペインも、わかった?」

 じっと、ダクが上目遣いにポンペインを見る。こうなると、ポンペインとしてもうなずくしかない。自分より格下の魔物たちでさえ理解しているのだから。

「承知しました、である。なれば吾輩、先頭を駆けて一合でも多く聖王と打ち合って見せるのである!」

 胸を張って答え、ポンペインは身を翻して駆けだした。

「ほえ。それじゃみんな、いこう!」

 ダクも魔物たちに声をかけて、後を追う。二人の忍者の俊足に、イヌの魔物たちはなんとかついてくる。

「待っておれよ、聖王! 吾輩の……我ら魔族の恐ろしさ、とくと味あわせてやるのである!」

 ふしゅー、と口から黒い魔力の靄を出して、ポンペインが走っていく。

「ほえ……まかいのみんなのためにも、がんばらなくっちゃ!」

 流れる景色とポンペインの背中を見つめながら、ダクも高らかに声を上げる。白銀の髪が風に揺れ、暗色の忍者服が疾駆する。穏やかな草原に、新たな争いの気配が生じようとしていた。

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