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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
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忍務小話 少年忍者の一日

 ダクの朝は早い。まだ夜も明けきらぬうちから、目を覚ます。くーきゅるると、お腹が空っぽのサインを送ってくるからだ。

 むっくりと身を起こす。掛け布団なんかは無く、土の床に藁を敷き詰めただけの簡素な寝室。狭い室内には、ダクだけでなく大勢の下忍たちがすやすや眠っていた。床に寝る者、壁や天井に張り付いて眠る者、びっしりと忍者服のヒトが詰まった寝室は、かなり不気味な光景だった。

 ほかの下忍たちの目を覚まさないように、ダクは寝室を出る。物音で下忍たちが目覚めないのは、ダクに殺気が無いからではない。ハードな修行で、心身ともに疲れ果てているのだ。

 粗末な掘っ立て小屋を出て、広場の中心にある古井戸へ行く。がらがらごっとん、と釣瓶を操り、ダクは水を汲んだ。エルフの森にほど近い地の水は清浄で、手を入れると切れるように感じるくらいに冷たい。汲んだ水を、ダクは少しずつ飲んだ。腹六分目くらいまで、水で満たす。釣瓶を落とせば、朝食は終わりだった。

「いっちにー、ほえ、ほえ、ごお、ろく、ほえ、ほえ」

 広場の隅っこで、ダクは身体をほぐした。奇怪な動きで構成される忍びの体操は、五十の型を持つ。手を上げてきりもみ回転しながら首を回してみたり、地面に足をつけながらえびぞりになって左右に腕を振ったりするのだ。最後は深呼吸で、一分吸って二分吐く。これを八セットするのが、標準であった。

 やがて、起き出してきた下忍たちが広場に整列する。ダクのように顔を出している者もいるが、大半の下忍は覆面姿だった。顔を出しているのは、女の子が多い。背の低いダクは最前列だったが、隣にいる下忍の女の子も、顔を出していた。

「おはよう、ダク。初めての忍務、どうだった?」

 赤い髪をツインテールに結ったその子が、ダクに声をかけてくる。

「ほえ、おはよう、キャロ。たいへんだったけど、おもしろかったよ」

「そう。あとで、じっくり聞かせてくれない? 今日、わたし壁だから。ダクは天井だったよね?」

 壁、天井というのは、寝床の場所である。寝場所は交代制で、そして男女ごちゃまぜであった。下忍たちには幼い者ばかりではない。だが、間違いが起こる心配などは無かった。

「でも、しゅぎょうでくたくたになっちゃうよ」

 下忍の修行は、身体を動かすのが至難になるほど厳しいのだ。

「ちょっとだけでいいから、ねっ」

 整列したままで、キャロは器用にお願いする気配を送ってきた。整列中は、微動だにしてはいけないのだ。

「ほえ。キャロがねてなかったら、ちょっとだけ」

 言う事を聞かないと引き下がりそうもないので、ダクは渋々うなずく気配を送る。キャロは、喜んで飛び跳ねる気配を発した。

「こら、そこ! 気配が漏れておるぞ!」

 下忍たちの前に現れたゴンザが、ダクとキャロを怒鳴りつける。顔を見せ始めた朝日が、禿頭を照り返してまぶしい。ぴん、と姿勢を正し、ダクたちは一斉に礼をする。

「ようし、今日はまず走り込みじゃ! 山の上に旗を立ててきた! 見よ!」

 ゴンザが指差すほうに、山があった。山の頂上に、何かが立っている。それを理解できるのは、忍者か千里眼の持ち主くらいのものだろう。

「日時計で、一時間! それまでに旗を回って帰って来い! 先頭はダク! 遅れる者は打ち据える! 行け!」

 ゴンザの手に、一本の鞭が握られる。ゴンザが得意とする、鞭術によって鞭は生き物のようにうねり地面を打った。打たれた地面は軽くえぐれ、土の断面をみせる。ダクを先頭に、下忍たちは慌てて走り出した。文字通りの、全力疾走だった。誰だって、痛いのは御免である。

 一陣の疾風が、広場に舞い戻った。日時計に差し込む光は、ぎりぎりのところで一時間。肩で息をする下忍たちを睥睨するゴンザは、息ひとつ乱れていない。まさに、体力バカである。

「準備運動の、軽い走り込みは終わりだ! 次は、忍術の訓練じゃ!」

 ゴンザの号令に、下忍たちは二人一組のペアを作る。それぞれ、火の術や風の術、身体を使った術が得意な者に分かれている中で、ダクは一人だった。ダクの得意な術は、風の術である風神竜巻である。だが、ダクと同程度の力量の術者はおらず、なおかつ風の組は奇数だった。一人、余ってしまうのである。

「ダク、お前はわしとじゃ」

 ゴンザが、ダクの腕をつかんだ。いつもそういう流れになるので、下忍たちは気の毒そうな気配を出しつつもどうすることもできない。ちなみにキャロは、火の術のペアだった。

「訓練、始め! 物を壊すでないぞ。壊した者は……」

 ゴンザの手の鞭が、二本になった。一本で落ちていた木の枝を器用に拾い上げ、もう一本でへし折る。みしみしと音立てて砕け折れる枝に、下忍たちは必死に術の訓練を開始する。

「ほえ、ゴンザさま。どうしてぼくは、いつもゴンザさまとなんですか?」

 ダクが首を傾げて、聞いた。下忍になる前の見習いのときも、ダクはゴンザとマンツーマンで鍛えられていたのだ。

「お前は、魔力が無い。魔力を使う忍術の練習を、しても意味が無いからじゃ。わかるか?」

 ゴンザがキャロの組を指差して、言う。ダクも視線をそちらへ向ける。キャロは、相手の下忍に向かって手から火炎の竜を出していた。

「ほえ……かえんりゅうのじゅつ、です」

「いかにも。あの術は火薬と、魔力を練り合わせて使うのだ。受け手も、火炎の魔力でそれを相殺する。お前ならば、どうする?」

 ダクはキャロの出す火炎竜を見つめながら、ちょっとだけ考えた。

「ふーじんたつまきで、ふきとばします!」

「……だから、お前は誰とも組ませられんのだ。さあ、こっちも始めるか」

 ゴンザは肩を落として息を吐き、そして懐から大八車を取り出した。巨漢のゴンザでも、収納場所には無理がある気はするが、忍術なので気にしてはいけない。

「さあ、車を引けい。基礎体力の向上が、今のお前の課題じゃ!」

 どっかりと大八車の荷台に座ったゴンザが、ダクに命じた。ダクは素直にうなずいて、大八車の取っ手を持ち上げる。

「そのまま、広場を周回せよ」

「ほえ!」

 気合の掛け声とともに、ダクが大八車を引き始める。がたごとと、大八車が動き始めた。ぴしゃりと、ダクの背中に鞭が入る。

「ほえええ!」

「もっと速くじゃ! お散歩しているのではないのじゃぞ!」

 ぴしり、ぴしりと鞭を入れられて、ダクは速度を上げる。涙目になってはいたが、進路は誤らない。物を壊せば、もっと痛いことになるからだ。

「ほれ、そこ! 術が乱れておる! しゃんとせんか!」

 大八車に乗ったゴンザが、鞭を振るう。広場のあちこちで、下忍たちは悲鳴を上げた。あちこちで爆風が巻き起こり、暴風が吹き荒れ、シャボン玉が爆発したりもする。地獄のような光景の中で、ゴンザの手にはいつしか八本の鞭が暴れまわっていた。

「もっとだ、ダク! ほれ、お前も、お前もだ!」

 禿頭を真っ赤にして、ゴンザは怒鳴り散らしながら左右八本の鞭をうねらせる。

「……今日は、たこ焼きにするか」

 下忍の修行風景を見に来た頭目が、正体不明の声でぼそりと呟いた。


 空にお星さまが見えるような時間まで、修行は続いていた。

「こうやるのだ、ダク! 振り落とされるでないぞ!」

「ほえええええ」

 いつの間にか、大八車の引手が逆転していた。ゴンザのパワーで引かれる車は、車輪を地に着けてはいない。ぶんぶんと掴まるもののない場所で振り回されて、ダクはぐるぐると目を回していた。広場にいたほかの下忍たちは、皆思い思いの場所で気絶していた。ゴンザの鞭で、ぶっ叩かれすぎたのだ。元気なのは、ゴンザとダクの二人だけだった。

「ふむ。今日は、ここまでのようじゃな」

 ゴンザの身体が、ぴたりと止まった。慣性の法則に従い、飛んでくるダクの身体をひょいと避ける。ダクの身体は掘っ立て小屋にぶつかりそうになったところで一回転、壁際でなんとか着地する。

「ほええ……」

 よたよたと、ダクは千鳥足になって数歩歩いてぱたんと倒れた。

「よし、三分間の休憩を許す! 休憩が終わったら広場より撤収、宿舎へ戻れ! 広場に残っている者は、打ち据えるぞ!」

 ぴし、とゴンザが鞭を地面に打ち付けて、立ち去った。弛緩した空気の中、下忍たちはのろのろと身を起こす。ダクも半身を起こして、お腹をさすった。ぐうう、と腹の虫が鳴いている。

「ほえ、おなか、すいた……」

 朝から、水しか入れていなかったのだ。他の下忍も同じようで、へなへなとへたりこんで腹をさすっていた。力が抜けて当然ではあったが、下忍たちは這いずったりしながらなんとか掘っ立て小屋へと入って行く。広場にいれば、ゴンザの鞭が待っている。修行で疲れ切っている上にすきっ腹では、明らかにオーバーキルされてしまう。

 掘っ立て小屋にぞろぞろと入った下忍の面々は、部屋の真ん中に包みが置かれているのを目にした。床組は車座になって包みを取り囲み、壁組と天井組がぶら下がって首を伸ばす。ダクも、天井から包みをのぞいた。

「これは、何だろう……?」

「ゴンザさまの仕掛けた、罠だろうか?」

「ありえる。ゴンザさまはサディストのタコ入道だからな……」

「めったなことを言うな。ゴンザさまに聞かれたら百叩きだぞ」

 ざわざわと、下忍たちはざわめく。

「開いてみなければ、始まるまい」

 やがて、勇気ある下忍の一人が包みを開いた。他の下忍たちは、思い思いに対爆姿勢を取る。ダクも身体を丸めて、爆発に備えた。

 爆発の代わりに訪れたのは、ぷーんと漂う香ばしい匂いだった。焦げたソースの匂いに、粉もの特有の香りがする。包みに入っていたのは、大皿に盛られたほかほかのタコ焼きだった。

『勢い余って作りすぎたので、皆で食べるように。喧嘩はなし、一人ふたつずつ』

 正体不明の文字で、メモが添えられていた。誰の筆跡かはわからないが、内容は下忍たちにも理解できた。読み書きは、ゴンザに叩きこまれているのだ。

 腹を空かせた下忍たちは、タコ焼きに殺到した。壁にいる者も天井にいる者も、鎖鎌や糸でふたつずつタコ焼きを持っていく。ダクも、ふたつのタコ焼きを手にしていた。

「いただきます!」

 下忍たちが唱和して、タコ焼きを口に入れた。こいくちソースの刺激と、かりっとした薄い皮の向こうにあるとろりとした熱い小麦の汁。そして、噛めば噛むほど味の出る、タコの足だ。たまにコンニャク入りの物もあって、それを引いた下忍は微妙な顔になっていた。ともあれ、下忍たちの顔には至福の表情が刻まれた。

 大皿を井戸水で洗い、掘っ立て小屋の壁に立てかける。ダクは少し思いついて、付属していたメモの裏側に文字を書いた。

『ありがとうございます、おいしかったです、とーもく』

 皿を包んだ布にメモを挟んで、ダクも小屋へと戻り天井に張り付いた。その側へ、壁を這ってキャロが頭を近づけてくる。

「それじゃ、ダク。忍務のこと、聞かせてくれる?」

 囁く声は、ダクにだけ届く。忍術のなせる業である。

「ほえ……ほえ……」

 うつらうつらと、ダクは舟をこいでいた。キャロは眉を寄せて、微笑んだ。

「しょうがないわね……おやすみ、ダク」

 指を伸ばして、キャロはダクのほっぺをつん、とつついた。

「ほえ……おやすみ、キャロ……ほえ」

 こうして、ダクの一日は過ぎていくのであった。

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