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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第三章 上忍 魔界編
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忍務小話6 ポンペインのクラスチェンジ

 ダクとロウドスの決闘から明けて翌日、ポンペインはダクの呼び出しで魔王城の大広間へとやってきた。早朝、というにはまだ早いくらいの時間で、ポンペインは小脇に抱えた兜首の目を眠そうに擦っていた。大広間には夜行性の魔族たちの姿がちらほらと見えていたが、彼らは夜明けから逃れるように自室へと向かってゆくばかりであった。

「おや、これはポンペイン殿。こんな時間にこちらへおいでとは珍しい」

 目を赤く光らせたローブ姿の魔族が、ポンペインを見つけて声をかけてくる。

「これは、ドーバ殿。今、お帰りであるか」

 魔王軍の魔術師長、ドーバにポンペインは軽く会釈をする。ドーバはローブとフードで全身を覆った、正体の知れぬ魔族である。得意分野も職分も違うため、ポンペインにとって彼はあまり親しい仲とはいえない。それが声をかけてきたものだから、ポンペインは兜の中で眉をひそめた。

「いや、なに。新たに四天王となられた、例のダークエルフについて仲間内で少し語り合っておったのです」

 ほっほっほ、と低く笑い、ドーバはポンペインに一礼した。

「……ダク殿に、何か含むところでもおありであるか?」

 がしゃり、とドーバに鎧を向けて、ポンペインは問う。

「おお、そう興奮しないで下さい。私は、ポンペイン殿の出世を喜んでいるのです。あの魔王様お気に入りの小姓にくっついて、見事に四天王となられた貴方の出世をね」

 揶揄するようなドーバの口調に、ポンペインは兜首の中で眉を上げる。

「ドーバ殿、そなた、ダク殿の実力を疑っておられるのか? ロウドス殿は真剣勝負にて、ダク殿に敗北したのであるぞ」

 今にも掴みかからんとする鎧に、ドーバは大仰に身を引いてみせる。

「そんな、まさか。ただ、あのダークエルフには魔力がありませぬ故、私どもの中では色々と見方が違うのでございます」

 ドーバの言葉に、ポンペインは息を吐いた。

「魔力があろうとなかろうと、ダク殿の実力は本物である。それは直接拳を交えた吾輩が、最も良く知っておる。これ以上何かを申されるならば、吾輩もロウドス殿にならって決闘を申し込むが」

 気色ばむポンペインの前で、ドーバは怖気づいたように後ずさる。

「何やら誤解がありますようで。この場はひとまず、引きましょう。ですが、貴方とかの小姓には、あまり好意的でない眼も向けられているということは、お忘れなきよう……」

 ポンペインの鎧が放った右ストレートは、当たる直前で空ぶった。ドーバが、転移魔法で逃げたのだ。

「くっ、逃げ足だけは、速い奴である……」

 地団太を踏み、悔しがるポンペイン。その背後へ、音も無く小柄な少年忍者が現れる。

「ほえ。オ待タセ、ポンペインサン。今ノ、誰?」

 特徴的な鳴き声に、ポンペインは振り向くまでもなくその正体を知る。

「ダク殿。今のは……吾輩たちの出世をやっかむ、つまらぬ男である」

 振り向いたポンペインは、予測通りの姿に会釈をする。

「ほえ、オ友達ジャア、ナインダネ」

「吾輩の友は、ダク殿ただ一人である。他の者は、拳を交えようともせぬ臆病者である」

 なんだか重いポンペインの言葉を、ダクは気にせず聞き流す。

「ソレジャア、サッソク始メヨウカ。ポンペインサンノ、修行」

「修行? 吾輩に、ダク殿が修行をつけて下さるのであるか」

 ダクの言葉に、ポンペインは先ほどまでの憤懣を忘れ喜色の声を上げる。ポンペインにとって、ダクはロウドスをも破った強者だ。強くなり、強い者と戦うことを生涯の目標とする彼には、強者との修行は何よりの喜びである。

「ほえ。ポンペインサンモ、ボクノ仲間ニナルンダカラ」

「なんとも嬉しい申されようである。吾輩、強くなるためなら何でもする所存である!」

 ぴしり、と背筋を伸ばしてポンペインが言った。ダクは一つうなずいて、懐から黒い布のようなものを取り出し、ポンペインに手渡した。

「ほえ、マズハ、ソレニ着替エテ」

 受け取ったものをポンペインは目の前で拡げてみる。ずっしりと重いそれは、金属繊維を編み込んだ上着とズボン、そして鎖帷子と覆面であった。

「ダク殿、これは……」

「ほえ。忍者服ダヨ。昨日ノ夜、イッショウケンメイ夜ナベシテ作ッタンダ」

 えっへん、と胸を張るダクに、ポンペインはすまなそうな眼を向けた。

「しかし、吾輩は騎士鎧とフルヘルムを着用しておりますゆえ、この服を上から着るのは」

「ジャア、鎧脱イデ」

 あっさりと言うダクに、ポンペインは手にした首を横へ振る。

「それは、出来ぬ。吾輩のこの鎧は、四代続いた家の秘宝。さらには、吾輩の身体は」

 ダクの目の前で、ポンペインは鎧の右腕をもいだ。すぽん、と軽い音と共に、ガントレットが抜け落ちる。その中身は、空洞である。

「このように、頭以外は空っぽなのである」

「忍者服、着レナイノ?」

 首を傾け、ダクが聞いてくる。

「鎧を動かす要領で、魔力を用いれば着用は可能であるが……」

「ジャア、着替エテ」

「しかし、この鎧には騎士の魂が!」

 デュラハン族のプライドにかけて、鎧は脱げない。ここだけは譲れないと、ポンペインはダクの目を真正面から見据えた。

「仕方ナイネ。ソレジャア、鎧ノママデ修行シヨウ」

 結局ダクが折れて、ポンペインが返した忍者服を懐に仕舞う。

「……便利なものであるな、その、収納は。何かの、魔法であるか?」

 ポンペインの問いに、ダクは首を横へ振る。

「ソーイウ仕様ナンダ。ポンペインサンモ、忍者服ヲ着レバデキルヨウニナルヨ?」

「いや、結構である」

 ダクの誘いに、ポンペインはきっぱりと言い切った。

「ソレジャア、マズハ走リコミカラ。魔王城ノ周リヲ、百週シヨウ。ポンペインサンノ後ロカラ、ボクガ走ルネ」

「おお、ランニングであるか。吾輩、それは得意である!」

 意気込むポンペインの前で、ダクは懐から鞭を二本取り出して両手に持つ。

「ダク殿、それは?」

「ほえ。忍法、自在ムチ。ポンペインサンニボクガ追イツイタラ、コレデ叩ク。結構、痛イヨ?」

 ぴし、とダクが鞭を振るう。大広間の鋼鉄並みの硬度を誇る床材が、その一撃で無残に抉れた。

「ま、待たれよ、ダク殿。それは少し洒落にならぬのである……」

「問答無用。ヨーイ、ドーン!」

 ダクの合図で、ポンペインは遮二無二走り出した。がっしょんがっしょんと鎧が音立てて、魔王城の外へと駆け出してゆく。

「あ、あんなもので叩かれたら、命がいくつあっても足りぬのである!」

 懸命に足を動かすポンペインであったが、背後からスタタタタと軽快な足音が追随してくる。

「ほえ! 気合ガタリナイヨー!」

 がいん、とポンペインの背中に、鋭い衝撃が走った。一撃で、ポンペインの身に着ける鎧は軽くへこんだ。

「は、速すぎる! ダク殿、せめて、せめて馬を使わせてほしいのである!」

「ほえ、ダメダヨ。ソレジャア、ポンペインサンノ修行ニナラナイモン」

 ふたつの鞭が、生き物のようにポンペインを追い立てて、鎧のあちこちを打ち据える。だが、鎧はあくまでポンペインの外部端末であり、本体の兜首にダメージが入るわけではない。なんとか、打撃をこらえつつ百週できるか……ポンペインが楽観しかけたとき、背後でダクが呟く。

「ソッカ。ポンペインサンニハ、コウシタホウガイイヨネ」

 ダクの手で鞭が踊り、ポンペインの小脇に抱えられた頭に巻き付いてぎりぎりと締め上げる動きをする。

「いだだだだ! だ、ダク殿、ストップ、ストップである!」

 ぱんぱん、と鎧の手のひらが、鞭を叩く。だが、締め付けは収まらない。

「ほえ。絞メラレタクナカッタラ、モット速ク!」

「む、無理である! 頭痛い!」

「根性ダヨー!」

 ぎりりと頭を鞭で締め上げられ、ポンペインは足を止めた。

「ほえ……コレジャア、修行ニナラナイヨ、ポンペインサン」

 呆れたように言って、ダクは鞭を解いた。

「うぅ……し、しかしダク殿、吾輩は、フルプレートを着用しているのだ。あ、あれ以上は、速く走れんのである」

 鞭の跡のついた頭を撫でつつ、ポンペインはぼやく。その目の前に、また忍者服が差し出された。

「ソレナラ、着替エレバイイヨ」

「……修行の内容を、変える気はないのであるか?」

 情けない眼をするポンペインに向けて、ダクはうなずいた。

「ほえ。百週スルマデ、ヤルヨ」

 容赦の無いその声に、ポンペインのプライドはぽっきり音を立てて、折れた。ポンペインの鎧から、黒い靄のようなものが抜け出てくる。がしゃり、と鎧が地面に落ちて、分解した。

「兜も、付け替えねばならぬであるか?」

 黒い忍者服に靄を入り込ませながら、ポンペインは問う。

「ほえ。兜ノママジャ、チグハグニナッチャウヨ」

 ダクのその言葉に、ポンペインは忍者服の体を操り兜を取った。白い骸骨の頭部が、露わになる。

「ぬう……このような惨めな姿を晒すことになるとは……」

 ぶつくさ言いながら、ポンペインは頭部に忍頭巾をかぶり、覆面で口元を隠す。忍者首の、出来上がりだった。

「こ、これは……身体が、軽い!」

 その場でぴょんぴょんと、ポンペインは飛び跳ねる。金属繊維でできているとはいえ、忍者服はフルプレートよりも軽かった。

「ソレジャア、鎧ヲ仕舞ッテカラ修行ヲ再開シヨウネ」

 ダクに言われるまま、ポンペインは忍者服の懐へ脱ぎ捨てた騎士鎧を収納する。どういう理屈か、グリーブからブレストプレートまでサイズ的に無理のある物体はすんなりと懐に入った。重さも、なぜか感じられない。

「おお……こ、これは」

「考エチャダメダヨ。ソーイウモンダッテ、理解シテ」

 ダクの言葉に、ポンペインはうなずく。もともと物理法則とは縁の遠いデュラハン族だ。適応は、早かった。

「うむ。これなら……いけそうである!」

「ほえ。ジャア、始メヨッカ」

 ダクの声にうなずき、ポンペインは再び駆け出した。シュタタタタ、と軽快な足音を耳にして、それが自分の立てているものだと気づいてポンペインは感動する。愛馬に乗って駆けるよりもなお速く、周囲の景色が過ぎてゆく。

「頭ハ、首ノ上ニ乗セタホウガイイヨ。両手ヲツカエルカラ」

 背後からダクが鞭を伸ばし、ポンペインの頭を絡め取ってひょいと首の上に据える。両手を振って走ると、ポンペインのスピードはますます上がった。

「これは! 爽快である!」

「ほえ。結構速イネ、ポンペインサン!」

 追随するダクを徐々に引き離し、ポンペインはついに鞭の届かない距離を保つことに成功した。


 夕刻になって、ようやくポンペインはダクの修行から解放された。慣れない身体で、怪しげなダクの忍法をいくつも身に受けたため、ポンペインの疲労は頂点に達していた。足をよろめかせ自室へ帰るポンペインの目の前に、ローブ姿の魔族が姿を現した。ドーバである。

「これはこれは……ポンペイン殿。その恰好は、如何されました? まるで忍者ですね」

 ほっほっほ、と笑いながら、ドーバはポンペインにねっとりとした嫌味な口調で言う。

「おお、ドーバ殿。吾輩に、何用であるか? この服は、ダク殿に戴いた吾輩の新たな鎧である」

 今朝のやり取りなど吹き飛んでしまうくらいの過酷な修行を終えたポンペインは、軽く手を挙げてドーバに答える。

「鎧? どう見ても、ぼろぼろの黒装束にしか見えませんね。どうやらポンペイン殿はダク殿に取り入るために、デュラハン族の誇りを捨てられたらしいですね」

 明らかに馬鹿にした、ドーバの態度にポンペインの怒りは沸点を越える。ぎり、と拳を握るポンペインに、しかしドーバは余裕を崩さない。

「おっと、殴るおつもりですか? 残念ながら、貴方の拳よりも私の転移は速い。パンチ見てから転移余裕でした、という結果になるのは見えているのですよ?」

 傲然と、フードの中の赤い眼を光らせてドーバが言う。覆面の中で、ポンペインはにやりと笑った。

「試して、みるであるか?」

 言うなり、ポンペインは腰を落として正拳突きにドーバの顔を殴りつけた。もごもごと転移の呪文を唱えていたドーバの顔のど真ん中に、拳が突き立つ。

「ぶぐえっ!」

 無様な声を上げて、ドーバが吹き飛んだ。

「思い知ったであるか? 吾輩は、強い。いや、強くなった。騎士より中忍にクラスチェンジを果たした吾輩に、敵はそうおらぬ。吾輩とダク殿に意見などしたければ、拳で来い。そなたの仲間とやらに、そう伝えるのである」

 ぴくぴくと痙攣して倒れ伏すドーバへ言い捨てて、ポンペインは自室へと帰ってゆくのであった。

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