表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第三章 上忍 魔界編
51/71

忍務46 ユラさまのために

 魔族の決闘における作法は、至って単純なものだ。向かい合った対決者の背後で、セコンドが交互に数を三つ数える。それが、開始の合図である。あとはどちらかが消滅する、もしくは降伏するまで戦うのみだ。

 背中合わせに十歩歩き、振り向いたところで決闘を開始するルールもあったのだが、三歩歩くと全ての物事を忘れてしまう鳥頭の魔族などがいたため、現在の形となったのだ。

 一般的には、セコンドが手出しをすることは禁じられている。だが、眷属の軍勢を率いることに秀でた魔族などは、セコンドに自分の眷属を置いて物量で相手のセコンドごと飲み込んだ、という前例も無くは無い。

 決闘は突発的なものでなければ、良い催し物にもなっていたという。酒や食い物を持ち寄り、決闘場にゴザを敷いて賑やかに見物するのだ。かつては、そんな決闘見物が魔族間で盛んにあったという。もちろんそれは、辺境へと追いやられる以前の話である。



 魔王城の屋上にあるのは、広めの決闘場だった。黒雲がたちこめる空に、時折稲光が瞬く。

 平らになったテーブル状の岩の上に、ダクとロウドスが向かい合って立っていた。広い闘技場の半分くらいを、ロウドスの巨体が揺蕩っている。ロウドスと比較すればダクは、豆粒ほどの大きさになってしまう。

「準備は、良いようだな」

 闘技場を見下ろす岩山の頂上で、豪奢な椅子に腰かけたユラが声を上げる。

「いつでも、始められます。魔王陛下」

 ロウドスのセコンドである、魔将軍が恭しく首を垂れて告げる。

「こちらも、準備万端ですぞ」

 対するダクのセコンド、ポンペインも小脇に抱えた兜首から声を出した。

「それでは作法にのっとり、カウントを始めよ!」

 ユラの宣言とともに、まずは魔将軍が手を挙げた。

「1!」

 厳かに、魔将軍は叫ぶ。出遅れたポンペインは、兜首の中で歯噛みする。

「……2!」

 3の合図で、決闘は始まる。つまり、機先を制するタイミングは魔将軍側の陣営にあると言って良い。

「すまぬ、ダク殿……」

 小声で詫びるポンペインに、ダクはロウドスに目を向けたまま首を横へ振った。

「ほえ。ダイジョウブ。ボクハ、マケナイカラ」

 ひゅるり、と両者の間を一陣の風が吹く。稲光が閃き、落雷の轟音が決闘場に響き渡る。

「3! ゆけ、ロウドス!」

 落雷の音に合わせて、魔将軍は開始の合図を出す。大きく膨れ上がったロウドスの身体が、黒い竜の形を取った。

「お、おのれ、雷の音に合わせるとは姑息……!」

 変化を終えたロウドスを見上げ、ポンペインは喚いた。

「力の差は歴然なれど、獅子はウサギさんを狩るにも全力! 忍者についた己の不明を呪うが良い!」

 勝ち誇った魔将軍が、ポンペインにどや顔で言った。魔竜のロウドスの最大の隙は、スライムの形状から攻撃形態である竜に変じる時にある。その隙を、魔将軍は機先を制することによって無くしたのである。

「あの時以来だな、忍者の小僧。ビブロ火山での恥辱、ここで晴らさせてもらおう!」

 にやり、と大きな口を笑みに歪め、ロウドスがダクを見下ろして言う。刃を弾き、鎌鼬をも通さない竜の鱗が、ロウドスの全身を覆いつくす。ダクは平然として、変化を見守っていた。

「ほえ。アノトキミタイニ、ヤッツケテヤル!」

 両手で印を組むダクに、ロウドスは哄笑する。

「ははははは! 仲間の助けもなく、頭目もいないというのに強気だな! 貴様に、我は倒せぬ!」

 竜の首を伸ばし、ロウドスが咬みついてくる。

「仲間? 頭目? 必要ナイヨ。ソレニオ前モ、溶岩ヲ利用デキナイ以上、アノトキヨリモ弱クナッテル」

 ロウドスの頭を蹴って、ダクは空中へと跳んだ。

「馬鹿め、溶岩など無くとも、我にはこの肉体がある!」

 空中のダクに向けて、ロウドスが尻尾を振るった。黒光りする鱗に包まれた尻尾が、壁のようになってダクの身体に迫りくる。

「忍法、束ネ鎌鼬」

 ダクの手が、素早く何度も空気を切り裂く。束ねられた真空の刃が、ロウドスの尻尾を切断する。

「何!」

 短くなった尻尾は、ダクをわずかに掠めて通過してゆく。驚きに目を見開く竜の首へ、ダクは縦に身体を回転させながら落ちていく。

「忍法、大切断!」

 鋭い風の刃が、ロウドスの竜の首元へ食い込んだ。刃を弾く黒い鱗が弾け飛び、一刀両断に竜の首は落とされた。

「さすがは、忍者だ。少しはやるようだな。だが……」

 地響きを立てて落ちた首が、ロウドスの身体にくっついた。竜の形態は、あくまでロウドスの触手の延長に過ぎない。いくら切り取ったところで、致命的なダメージにはならないのだ。

「ほえ。核ヲ壊サナイト、ダメダッタ」

 着地したダクは言って、両手で九字印を切る。

「無駄だ。貴様の風の技では、我の肉体の奥深くにある核を攻撃することはできぬ」

 余裕たっぷりの声を出し、ロウドスは再生を続ける。切り裂かれた身体の一部を取り込んで同化させるのには、時間がかかるのだ。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前……」

 ダクの周囲に風が吹きすさび、白銀の髪が逆立ってゆく。ロウドスを睨み据える眼は赤く光り、禍々しい気配がダクの全身から放たれる。

「ほえ! 忍法、風神竜巻!」

 両手を突き出してダクが使うのは、最も得意とする風神竜巻だった。暴風の塊がロウドスの全身を打ち据えて、その身を宙へと浮かせる。ビブロ火山の時よりも小さくなっているから、出来る芸当だった。

「我を、吹き飛ばすつもりか? だが、脆弱! その程度の風では、せいぜい浮き上がる程度よ!」

 風に巻かれながら、ロウドスは不敵に叫ぶ。風によって動きは封じられているものの、ロウドスにとって決定打となる攻撃はダクには放てない。ロウドスは前回の敗北で、それを知っているのだ。

「我は地水火風の四大属性に対し、完全な防御を持っている。それを破らぬ限り、貴様に勝利は無い。そして、貴様は……雷を苦手としているな?」

 宙にあるロウドスの言葉に、ダクの耳がぴくりと揺れる。

「ほえ、ナンノコト」

「とぼけても無駄だ。我を消滅させることが出来なかったのは、貴様が雷を恐れたが故の失態であることは、知れている。つまり、貴様は雷が使えない!」

 ロウドスの声に、ダクは視線を一瞬、ユラのほうへと向けた。悠然と座するユラが、笑顔でダクにうなずいてみせる。ダクはうなずきを返し、ロウドスに視線を戻しながら右手を空へと向ける。

「ユラ様ノタメナラ……怖クナイ!」

 空を覆う暗雲の中で、稲光が光った。

「忍法、避雷針!」

 ダクの叫びに、雷がまるで応えるようにその右手へと落ちた。まばゆい光と、ばちばちと大気の弾ける音の中でダクは右手を左手に添えて、雷を竜巻の中へと送り込む。

「なっ、ば、馬鹿な! 雷は、使えないハズでは……!」

「忍法、風雷竜巻! 雷ヨ、核ヲ撃チ貫ケ!」

 竜巻の内壁を、雷光が跳ね返りながらロウドスへと迫る。凄まじい風圧は、ロウドスに触手一本とて動かす余裕を与えない。

「ぐぎゃああああああ!」

 真っ白い閃光が、ロウドスの身体に突き刺さる。雷はロウドスの核へと伝わり、必殺の威力をもって打ち据える。ぼろぼろと、ロウドスの末端細胞が崩れ落ちる。

「集マレ、落雷!」

 ダクの操る竜巻が、長細い形状になる。その頂点にある黒雲から、次々と雷が落ちてロウドスを打つ。

「ああああああ! 我は! 我は、わ、れ、は……」

 崩壊したロウドスの肉体が、塵になってゆく。ロウドスの身体が握りこぶし大になったところで、竜巻は竜が天に帰るように上昇を始めた。周囲の黒雲を巻き上げて空高く舞い上がった雷光の竜巻は、ロウドスの身体とともに大爆発を起こした。

「おお、空が!」

 椅子から立ち上がったユラが、声を上げる。ダクの放った大忍法が、魔界を覆う黒雲に風穴を開けたのである。まばゆい太陽の光が、線となって魔王城を照らし出す。それは魔界に何百年ぶりにもたらされた、陽の光だった。

「勝負あり! 魔竜のロウドス消滅により、勝者、ダク!」

 陽光に身をきらめかせながら、ユラが朗々と告げる。

「お、おお……何という事だ。ロウドスが……敗れるとは」

 がくりと地に手をついて、魔将軍が身を震わせる。

「なんと凄まじい……これが、ダク殿の強さであるか……」

 陽光から兜首を守るように抱えながら、ポンペインが呟く。

 闘技場に居並ぶ魔族たちが、歓声を上げた。おお、と聞こえる声の波に包まれて、ダクは踵を返し魔王の前に跪く。

「ほえ、ユラ様。ゴ満足イタダケマシタカ?」

 ダクの問いに、ユラは嫣然と微笑み、うなずいた。

「さすがは、忍者。さすがは、ダークエルフ最後の生き残りよ。そなたが倒したロウドスの代わりに、四天王となるが良い!」

「ハハッ、ユラ様ノ、オオセノママニ」

 ユラはダクに満足そうな笑顔を見せると、眼下のポンペインに視線を向ける。

「騎士団長ポンペイン。約束通り、そなたもこれより四天王の一員だ。ダクをよく支え、これまで以上に武勲を立てて見せよ」

 ははあ、と跪いて首を前に差し出すポンペインであったが、陽光に当たった兜首がぷすぷすと煙を上げる。

「あちちちち! こ、これはたまらぬ!」

 慌てて首を身体の下へ抱えなおすポンペインに、周囲の魔族から笑い声がちらほらと漏れる。その様子を一瞥して、ユラの顔が今度は魔将軍へと向けられる。

「アドルフよ、そなたは現状維持だ。新たな部下としてダクとポンペインを良く用い、人族討滅を成し遂げて見せよ」

 ロウドスに加担して、さらには卑怯な手段まで使った魔将軍であったが、ユラはそれを咎めることはしなかった。魔将軍の能力が、それほどに認められているのだ、と周囲の魔族たちは羨望の思いで魔将軍へ視線を送る。

「かしこまりまして、ございまする」

 そう言って恭しくユラに一礼する様子は、冷静そのものであった。自身の子飼いの部下を消滅させられ、さらには部下を滅した当人を部下に押し付けられたにしては、淡々とした態度である。さすがは、魔将軍閣下、と魔族たちはそんな魔将軍を見直すように感嘆の息を吐いた。

 遠巻きに魔将軍を見つめていたヴァルカンとシティリアの二人は、周囲の魔族たちとは違う趣の息を吐く。

「……お子様と、ポンペインが、これから同僚か」

 唖然とした様子で呟くヴァルカンの肩を、シティリアがぽんと叩く。

「まあ、虫とスライムよりはマシじゃないかい? ダークエルフとデュラハンのほうが、何となく強そうだしさ」

 慰めのような言葉を口にしつつ、シティリアの顔は青くなっていた。

「……忍者って、やっぱり怖い」

「ああ。忍者は怖いな」

 仲良く言い合いながら、二人の四天王は身を震わせるのであった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

次回は小話になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ