忍務5 消えたエリスと指切りの約束
忍者たちの報告を受ける際に、特殊な術が使われることがある。虚偽の報告による情報の隠蔽を、防ぐためのものだ。自白の術、と呼ばれる忍術である。
単身で忍務に赴いた忍者が、主にその対象となる。外部の者に本拠地の情報を漏らしてはいないか、忍者の里にとって不利益な情報を漏えいしてはいないか、偽物が紛れ込むことも、防ぐためには必要なのだ。
自白の術は、特殊な忍具を使用しない。使うのは、穴の開いた銅貨と細い紐、この二つだ。術者が瞳術により催眠をかけて、正しい情報のみを引き出すのだ。やり方も簡単で、紐で吊るした銅貨を揺らし、ウソが付けなくなる、と暗示をかけてやるだけだ。術者の精神力と支配力が相手を上回っていれば、抵抗をする者にもかけることができる。
聖王国の忍者組織では、この自白の術が古くから用いられていた。下忍は言うに及ばず、中忍、上忍でもこの術を破ることは不可能に近い。術を破るくらいの精神力を発揮できた者は、上忍になることを許された。忍者の里は、能力主義なのだ。致命的な裏切り行為でない限り、力を見せた者は厚遇されるのであった。
ゆらゆら揺れる銅貨を見つめるダクの瞳が、ぐるぐると渦を巻く。自白の術が、完璧に決まっていた。
「お前は、ウソをつけなくなーる、つけなくなーる」
正体不明の声が、静かに言った。不思議とその声は、ダクの脳内に深く染み入ってくる。
術を仕掛けているのは、頭目だった。黒装束に黒覆面が、部屋の照明を吸い込むような闇としてそこにある。頭目の前に正座したダクがいて、その側には禿頭いっぱいに汗を浮かばせるゴンザが立っていた。
「相変わらず、見事な術じゃ……」
ゴンザは恐ろしいものを見る目で、頭目と揺れる銅貨を見つめる。頭領の術はダクに集中して行われており、ゴンザは対象外である。にもかかわらず、ゴンザは軽いめまいを感じていた。術者である頭目の思念が、それほどまでに強力なのである。
「それでは、ダクよ。正直に答えるのだ。山賊退治の忍務の、顛末を」
頭目の声に、ダクはこっくりとうなずいた。
「ほえ。ぼくはわるい山賊をやっつけました」
「山賊は、どんな奴らだった?」
「ほえ。腰ミノをつけておっきい刃物をもった、おじさんたちでした」
ダクの言葉を想像して、ゴンザは眉をしかめる。いかにも危険そうな、連中だった。
「何人くらい、いた?」
頭目の問いに、ダクは少し言葉を止める。うーん、と考え、口を開いた。
「百人くらいって、エリスは言ってました」
ダクの言葉に、頭目の目が怪しく光る。覆面の中からの、鋭い視線だ。ゴンザもまた、身を乗り出した。だが、ゴンザは口を挟めない。自白の術が、解けてしまうかも知れないからだ。
「エリス……? エリスとは、何者だ?」
「ほえ。山賊のいるところへ、案内してくれた女の子です」
「どんな、女の子だった?」
「ほえ。泣き虫だけど気の強い、かわいい女の子でした」
よどみなく答えるダクに、頭領は深くうなずいた。
「そのエリスとやらに、お前の正体は知られていないだろうな?」
聞かれたダクが、身体をびくんと震わせた。
「どうした、何を怯える」
重ねて頭目が聞いたが、ダクは答えない。ぶるぶると、震えるだけである。
「言え。正体を、知られたのか?」
頭目の放つ圧力が、大きなものになった。ゴンザの頭を、大量の汗が滑り落ちていく。
「なぜ、黙っている、ダクよ。早く、頭目の質問に……」
「口を閉じよ、ゴンザ。術が乱れる」
頭目がダクを見つめたまま、ゴンザに言った。自白の術にわずかな綻びが出来たが、瞬時に頭目はそれを修復する。
「だいじょうぶです。ぼくがダークエルフということは、ないしょです。やくそくだから……」
言葉の最後は、ほとんど聞き取れないほどの声だった。だが頭目は、それで充分だと言うように深くうなずいた。
「なれば、良い。ではダクよ、山賊の砦を、お前はどうした?」
「ほえ。ふーじんたつまきで、ふきとばしました。わるいやつらは、おそらにとんでいきました」
答えるダクの身体には、もう震えは無い。ゴンザは汗を拭いながら、頭目の問いにほんの少しの違和感を感じていたが、黙っていた。口を閉じろ、と命じられたからだ。
「山賊の頭は、どんな奴だったか」
「ほえ。まぞくのおじさんでした。名前は、ぼうふうのヴァルカンっていってました」
「ふむ……魔族を、退けたのか。お前ひとりの力で」
頭目の問いに、ダクは首を横へ振った。
「ほえ、エリスがぼくを、たすけてくれました」
「ほほう。女の子に、助けられたのか」
こっくりと、ダクはうなずく。
「ほえ。目をねらえって、教えてくれました。目をついたら、まぞくのおじさんはくるしんでました」
ダクの言葉を想像して、ゴンザは目頭を押さえた。目を突かれる痛みを、想像してしまったのだ。
「それから、おじさんがかぜのまほーをつかってきたので、かえしわざのふーじんたつまきでみんなふきとばしました。つかれきってぼくはねてしまって、おきたらエリスはいなくなってました」
しょぼん、とダクは顔をうつむける。あの後、目覚めたダクはエリスを探した。忍者の能力をフル活用して探し回ったが、エリスという女の子は姿を消してしまっていた。近くの村にも訪ねてみたが、そんな女の子はいない、と言われた。
「そうか。ご苦労だった」
すべての報告が終わり、頭目が銅貨を懐に仕舞った。ぐるぐるしていたダクの瞳が、もとのぱっちりしたものに戻る。
「この、馬鹿者があ!」
ゴンザの拳骨が、ダクに落とされた。痛そうな音が鳴った。
「一人の力で、山賊を討伐せよとの命令を受けたはずだ、ダク! なのにお前は!」
ごん、ごんと何度も拳骨が落とされる。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」
「……まあ、待つのだ、ゴンザ。それ以上やると、ダクがお煎餅みたいになってしまうぞ?」
頭目のとりなしの声に、ゴンザが動きを止める。それからゴンザは、頭目に向き直って土下座を敢行した。
「も、申し訳ありません、頭目! ダクめの不始末は、この私の不始末です! どうか、どうか罰するならば私を……」
勢いをつけて床板を禿頭で叩くゴンザに、頭目が片手を出して制止する。
「良い。魔族が出張っていたのは、予定外であった。魔族を退けたこと自体は、称賛に値する。中忍への昇進も、考えても良い。だが、ダクよ」
頭目が、懐から一本の杖を取り出した。頭目の小柄な体の懐から、どうやって出てきたのか分からないくらいの長さの杖だ。その杖を、頭目はダクの目の前に転がした。
「こ、これは、ラブリーマジカルステッキ!」
ダクが、驚いた声を上げる。杖の先端にはハートの意匠をこらした見事なピンクの水晶があしらわれていて、一目見れば本物だと断定できるシロモノだ。
「その杖を持っていた女の子から、伝言を預かっている。それを、聞きたいか?」
「ほ、ほえ、ききたいです!」
杖を拾い上げたダクが、頭目を見上げる。頭目の貫くような視線が、ダクに注がれる。
「そうか。だが、その伝言を聞くということは、エリスという女の子がお前を助けたという証拠になる。お前は、罰を受けねばならん。もし、聞かないのであれば、エリスという女の子はいなかった、ということになる。お前は罰を受けず、中忍になれる。さあ、どうする?」
ダクは、考えた。頭目の言葉の内容について、迷ったのではない。内容自体が、理解できなかったのだ。だから、答える。
「ほえ、エリスのでんごん、きかせてください!」
頭目は、満足したようにうなずいた。
「ダク! お前という奴は!」
「ゴンザ、黙っていろ」
禿頭を真っ赤にして怒鳴るゴンザを、頭目は一言で黙らせる。それから、頭目は軽く咳ばらいをした。
「……いきなり、消えてごめんなさい。どうしても、行かなければならない所があるの。ダク、助けてくれて、ありがとう。お礼に、私の大切な杖をあげる。私を、忘れちゃイヤよ。ずっと覚えていて。必ず、会いに行くから。それまで、約束、守るから」
頭目の口から出た声は、間違いなくエリスの声だった。まるで、エリスがそこにいるかのような感覚に、ダクは当惑する。
「ほえ、エリス……?」
問いかけるダクに、頭目は胸を張って見せる。
「私にかかれば、この程度の声真似は容易いことだ。魔族撃退の褒美として、受け取るがいい、ダク」
頭目の声が、元の正体不明の声に戻る。ぽけーっとして、ダクは頭目を見つめて固まった。
「あ、ありがとうございます、とーもく!」
杖を押し頂いて、ダクは頭を下げた。ゴンザも、ダクの隣で頭を下げる。
「さて、それはそれとして……ダクには罰を与えねばならない。忍びの掟は、絶対だからな」
頭目が、冷徹な声音で言った。びくり、とダクとゴンザの身体が同時に震える。ぱちぱちと、部屋の松明が弾ける音が響く。ほんの数秒の沈黙だったが、ダクとゴンザにとっては永遠にも感じられる時間が過ぎた。
「ダク。魔族撃退の功績によりお前は中忍に昇進。しかる後、罰として中忍より下忍に落とす。異論はあるまいな?」
ダクは、ぽかん、として頭目を見上げる。上げた顔を、ゴンザが床へ叩きつけた。
「異論など、ございません頭目! 温情あるお裁き、感謝いたしまする!」
ごりごりとダクの頭を床へ押し付けながら、ゴンザが感極まった声で言った。
「ほええ、いたしまする、とーもく!」
ダクも、ゴンザの言葉を繰り返す。そうしないと、いつまで経っても放してもらえないからだ。
「うむ。それではダクよ、再び忍務を言い渡す時まで、修行を怠らぬようにな。下がって良いぞ」
頭目が立ち上がり、部屋の木像の影へと姿を消した。
頭目の気配が部屋から消えると、ゴンザとダクの身体から力が抜けた。
「ダクよ、聞いての通りだ。今日は疲れた体を休め、明日からの修行に備えるのだ」
ゴンザの言葉に、ダクは元気よく立ち上がってうなずいた。
「ほえ。わかりました。いっしょうけんめいやすみます! ありがとうございます、ゴンザさま!」
ぺこりと一礼して、元気に駆け去って行く。後姿を見送ったゴンザが、ふん、と鼻を鳴らした。
「あれなら、今からでも修行はできそうなものだな……それにしても」
ゴンザが太い首を傾げ、顎に手を当てて思案のポーズを取る。
「頭目は、どうして山賊の住処を砦と知っておられたのか……」
ダクの報告を思い返しても、砦、という言葉は出てこない。しばらく考えたが、謎はふかまるばかりである。ゴンザは考えるのをやめた。
「さあて、明日からはびしばししごいてやるからな、覚悟しておけよ、ダク!」
体育会系の豪快な笑い声とともに、ゴンザは松明の始末をしてから部屋を出たのであった。
色々と誤字などがあったので、修正しておきました。きっと、忍者の仕業です。