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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第三章 上忍 魔界編
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忍務44 チャームな魔王様

 悪魔とは、魔王によって召喚される魔法生物を指す。彼らの姿かたちは、古式ゆかしい漆黒の肉体に、のっぺりとした顔面という構成で、人間界では虫歯菌とか呼ばれている。

 彼らの実力は、召喚者たる魔王の魔力に比例する。魔王の魔力が高ければ高いほど、上級悪魔の数も増えるのだ。

 悪魔には下級と上級の二種類のものがおり、単に悪魔と呼ぶものは下級の階級に属するものだ。三又フォークのような武器を持ち、優れた身体能力を持つ。

 上級悪魔になると、さらに魔法を行使できるようになる。悪魔の魔法は強力であり、人間の魔術師の使用する水準を遥かに超えている。

 魔王ユラの召喚できる悪魔の数は、二百。上級悪魔は三十体である。これは、歴代の魔王の平均召喚数のゆうに三倍はある。ユラの魔力が、いかに桁外れであるかがうかがえるというものだ。

 強大な戦力である悪魔たちではあるが、彼らには弱点も存在する。召喚者である魔王から、一定以上の距離を離れることができないのだ。魔王から離れた悪魔は、徐々に体内の魔力を失い消滅する。魔王の魔力が常に供給されていないと、生物としての形を保てず朽ち果てるのだ。

 表情の見えない悪魔たちも、意外と苦労は多いのである。



 ぐるぐると、ダクの視界は回っていた。魔王ユラに引っ張られて転移をさせられて、さらにユラの私室で両腕を掴まれたままくるくると振り回されているのだ。

「ほえぇ……メガマワリマスー」

「おお、すまない。ようやく訪れた癒しの時間に、少し興奮しすぎてしまったようだ」

 ぐるぐると目を渦巻きにしたダクの様子に、ユラは慌てて回転を止めた。

「ほえ。マダスコシマワッテルキガシマス」

 解放されたダクは、ふらつきながらもなんとか立ち直る。このあたりは、さすが忍者といえた。

「まったく……余が我を忘れてしまうとは、何たる不覚。だがそれも、ダクが可愛いからいけないのだぞ」

 ぐにぐにとユラが、ダクのほっぺを押して言う。無意識に込められる魔王の魔力に、ダクは変化の術が解けそうになり慌てて集中をする。頭目より改めて伝授された改良型の変化の術でなければ、危ないところであった。

「そうだ。ダクよ、そなたに、衣装を用意したのだ」

 ダクの頬をこねながら、ユラは言って右手を上に掲げる。何も無い空間が渦を巻き、瞬く間に黒い燕尾服が出現した。

「ほえ、ボクニデスカ?」

 燕尾服を見やり声を上げるダクに、ユラはうなずく。

「うむ。いつまでもその恰好では、余の小姓として示しがつかぬからな」

 ぼろ布を素肌に巻き付けただけの原始人ルックなダクを見つめ、ユラは言う。

「ほえ。アリガトウゴザイマス。サッソク、キガエテ……」

 燕尾服を受け取り、身を翻そうとするダクの腰をユラが掴んで持ち上げる。ひょい、と運ばれるまま、ダクはベッドの上に立たされた。

「着替えなど、余の魔法ですればよい」

 ダクに言ったユラは、右手をダクに向かって軽く振った。ダクの身体と燕尾服が、光の粒子に包まれる。ぽん、と煙が上がり、すぐさま晴れた。その先には、燕尾服を身に着けかしこまったダクの姿がある。

「ほえー……」

 ぴしっとした格好になって、ダクは服を確かめるように身を回す。

「ふむ。見立て通りだ。なかなか似合っているぞ、ダクよ」

 両手の親指と人差し指を使って作った四角形の中から、ユラがダクを覗いて称賛する。

「アリガトウゴザイマス、マオーサマ」

「二人のときは、ユラで良い。ダクよ、ちょっと膝を立てて礼をしてみせよ」

 言われるままに、ダクは胸の前に片手をやって膝をつく。その様は、気取ったショタ紳士といった風情である。

「コレデヨロシイデスカ、ユラサマ?」

「うむ、うむ。完璧だ。次は、これなんかどうかな?」

 ユラが空間から次に取り出したのは、シルクハットとステッキだ。ダクにそれらを投げ渡し、再び右手を振る。

「ほえー」

 ステッキをくるりと回し、ダクはシルクハットを軽く上げてちょこんと頭を下げる。

「良い、良いぞ、ダク! 次は……」

 ダクの小さな身体に合わせた、黒い騎士鎧が出現する。がしゃりと鎧を着たダクは、言われるままに力強く拳を真上に上げてポーズを取る。

「ふむん、よろしい感じだ。こんなのもあるぞ、ダク」

 次に着せられてのは、うさ耳とモフモフの着ぐるみのセットだ。にんじんを手に持って、ダクは小首をかしげる。

「グッド! こ、こんなのもあるんだが」

 海パン一丁になったダクが、シュノーケルと浮き輪を手ににっこりと微笑む。

「さらにさらにだな、ああ、選びきれない!」

 短パンに半袖シャツ、虫取り網の姿でわんぱくに笑うダク、そして、ノースリーブのバスケット選手風、さらには黒いウエディングドレス等々、ダクはユラの着せ替え人形にされてゆく。目まぐるしく変わる衣装と、要求されるポーズにダクはまた目を回した。

「ほえぇ……」

 なぜか忍者服になったダクが、ぐるぐると渦巻く瞳で印を組む。

「おぉ、あつらえたようにぴったりだ! 忌まわしい忍者どもの装束でも、そなたが着ればたちまち愛らしい……」

 ほう、と息を吐くユラの前で、ダクは九字印を切る。

「りん、ぴょー、とお、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん……」

 ダクの周囲で風が渦巻き、部屋の中の空気がかき乱される。その様子に、ユラの表情が硬いものになった。

「ダク、そなた、忍者どもの術を……」

 ユラの呟きに、ダクははっとなって集中を解いた。

「ほ、ほえ? ボクハ、ニンジュツナンカツカエナイデスヨ?」

 玉ねぎ型の汗を顔に浮かべ、ダクは必死に言い繕った。じっと、ユラの視線がダクに注がれる。気まずい沈黙の後に、ユラはふっと息を吐いた。

「そうだな。忍者どもの術を、そなたが使える訳はない。すまぬ、一瞬、そなたを忍者どもが寄越した潜入工作員と疑ってしまったわ」

 ダクの頭を撫でて、ユラが頬ずりをする。柔らかく滑らかな頬の感触に、ダクは恥ずかしくなって抜け出そうとする。

「む? ダク、そなたの頬は、妙に固くなったのだな。ごつごつしているぞ?」

 目を閉じて頬ずりしていたユラが、そんなことを言う。一方で魔王の抱擁から逃れたダクは、あっと口に手を当てた。忍者服を着ているために、無意識で空蝉の術が発動してしまったのだ。

「ほ、ほえ、ユラサマ、ソレハマルタデス」

 ダクの声に、ユラが目を開ける。確かに、ユラは丸太を抱いて頬を擦り付けていた。

「むむ? ダク、いつの間に……これは、空蝉の術……?」

 ユラの眉が、不審に寄せられる。

「ボ、ボクハ、ナンノコトカワカリマセン。キ、キット、ユラサマノクレタコノフクガ」

 懐からハンカチを取り出し、汗を拭いながらダクが言う。

「……ダクよ。そなたは、忍者なのか?」

 ユラの瞳が、ダクを覗き込む。心の深淵まで見透かされそうな、鋭い視線だった。

「ほ、ほえ……チガイマス。ボクハ、ゴクフツーノダークエルフデス」

 視線をそらしながら、ダクは答える。

「こちらを見よ、ダク。余の、目を見るのだ」

 がっし、とユラがダクの顔を掴み、正面に顔を戻す。汗を浮かべながら、ダクはにへら、と笑ってみせた。

「そなたは、忍者にしか使えぬ忍術が、使えるのだな?」

 ユラの瞳が、赤く光る。ダクの心に、空白が訪れた。ユラの用いたのは魔眼で、相手に嘘をつけなくするというものだ。

「ほ、ほえ……ツ、ツカエマス」

 じっと見据えてくる瞳が、ダクの中でどんどんと大きくなる。ユラの術中に、ダクは見事に嵌り込んでしまっていた。

「ふむ……聖王国で、忍者に追われるうちに身に着けたか?」

 ユラの問いに、ダクの頭の中に否定の言葉が浮かぶ。意識の力を総動員し、ダクは短い言葉を選んで口にする。

「ほえ」

 気の抜けた鳴き声は、付き合いの長い者が聞けば否定のものであると判ったことであろう。だが、ユラはダクとそれほど長い付き合いでもない。どっちとも取れる返答に、ユラは自身の脳内で結論を作り上げる。

「先代の魔王が、忍者に暗殺されたと聞いたか。それで、忍術を使うと余が抱く忍者への憎しみが、そなたへ向くと、そう思ったのだな?」

「ほえ」

 ユラの問いに、ダクはまた鳴き声だけを返した。小さく、ユラが息を吐く。

「まったく……余がいつまでも忍者を恐れ、憎んでいると思っていたのか。舐められたものだ。案ずるな、ダクよ」

 ユラの顔が、ダクに近づく。ユラの美しい顔が近づいてくるのを、ダクは全身を硬直させて見ているだけしかできない。

「そなたが、逃げ込んできたダークエルフであろうと忍び込んできた忍者であろうと、関係無い」

 囁くように言うユラの吐息が、ダクの口へとかかる。甘く蠱惑的な香りに、ダクの頭の芯が痺れてゆく。

「ん……むっ」

 柔らかなユラの唇が、ダクの口へと重ねられた。一瞬、目を見開いたダクが、頬を赤くしてトロンとなった目になって脱力する。濃厚なキスを楽しむように、時間をかけて口を吸ったユラがゆっくりと顔を離す。

「こうして、虜にしてしまえば、一緒のことなのだ」

 にんまりと笑いながら、ユラは倒れてくるダクの身体を抱き留める。ダクは、どくんどくん、と身体の内側で鳴る大きな音を聞いた。それは自身の心臓の音である、とダクはぼんやりと頭の中で理解する。

「ユラ、サマ……」

 かっと、ダクの全身に熱が走り回った。その名を呟くだけで、甘い痺れが全身を侵してゆく。

「可愛いダク。これより、そなたは余の虜だ。もはや、逃れる術など無い」

「コウエイデス、ユラサマ」

 ユラに抱かれ、ダクはうっとりと目を細める。うなじを撫でるユラの手の感触が、ダクには熱く心地の良いものに感じられるのであった。


 群魔のジブラータンの棲み処には、土がむき出しになっている。うずたかく盛られた枯れ葉や小枝が、彼の眷属の養殖に使われているのだ。

 カサコソと身を蠢かせながら、ジブラータンは腐葉土の上にぬめるロウドスに触角をぴくぴくと動かす。虫である彼には、ロウドスの言葉は解らない。だが彼は、その触角によって意思の疎通を可能としているのだ。

『なるほど。あのダークエルフ、やはり聖王国の手の者であったか』

『左様。あれはきっと、魔界に放たれた刺客に相違無し。いずれ、我らに害を成す者』

『さすがは、魔界一の切れ者と謳われるロウドス殿。埋伏の毒をすでに見抜いておられたか』

 感心した意思を飛ばしてくるジブラータンに、ロウドスはぐにゃりと身を捻じる。どうやら、胸を張っているらしい。

『それほどでも、ある。がしかし、だ。我がいくら言っても、ヴァルカン殿もシティリア殿も聞いてはくれなんだ』

『きゃつらは四天王の中でも小物も小物。ロウドス殿の高尚な言葉は、届かなかったのでございましょう』

『おぉ、わかってくれるか、ジブラータン殿!』

 感極まったロウドスが、ジブラータンを包み込むように動いた。

『ろ、ロウドス殿! 溶ける、肢が溶けてしまう!』

 じゅわりと肢の先端を溶かされ、ジブラータンが慌てた意思を飛ばす。だが、不遇にあえぐロウドスはようやく理解してもらえたという喜びに我を忘れてしまっていた。身体の半ばまで溶かされたジブラータンが死にもの狂いで眷属を呼ぶが、当然、ロウドスはびくともしない。逆に、眷属たちも次々にロウドスの体内に飲み込まれ、食われてゆく。

『ロウ、ドス、どの……』

 掠れた声を上げるジブラータン。それが、そのまま彼の最後の言葉となった。

『そなたと二人なれば、魔将軍閣下もあのダークエルフめをしっかりと調べ上げて下さる筈。さあ、さっそく魔将軍閣下の元へ……ジブラータン殿?』

 ふるり、とロウドスは身体を震わせる。己の体内で、ジブラータンは既に影も形も無い。代わりに、ロウドスの身体は一回り大きくなっていた。

「ジ、ジブラータン殿ぉぉぉ!」

 突如同胞を失った悲しみに、ロウドスは吠えたのであった。だが、その咆哮を耳にした者は、誰もいない。成長により発声器官は再生できていたのだが、ジブラータンの部屋は完全防音だったのだ。

「おのれ、忍者め……」

 ずるずると這いずりながら、ロウドスはダクへの憎しみを新たにするのであった。


 エルファン領の領主の館で、書類を書くエルファンのペンがぽきんと折れた。

「ハッ! これは、もしかするとダクの身に何かが……」

 顔を上げて、エルファンは椅子から立ち上がる。旅支度を詰め込んだカバンを、片手に引っ掛けて執務室を後にしようとドアを開けた。

「………」

 ドアの先に、無言でメイドさんが立っていた。エルファンに仕える、館でただ一人のメイドである。にっこりと、笑う顔の裏側に凄まじい圧力がこもっていた。

「あ、いや、決して仕事をさぼる訳ではない。これは、人族にとっての一大事なのだ」

 取り繕うように、エルファンが言った。無双のエルフ領主である彼女であるが、自分の衣食住全てを管理するメイドさんには弱いのである。

「………」

 無言で、メイドさんがエルファンの背後を指差した。

「だ、だが、先ほどペンが折れてしまってな。これでは書類仕事が」

 スッと、メイドさんが真新しいペンを差し出す。

「む、これは……重い。鋼鉄製? 折れないペンを? い、いや、ペンは出かける口実に折ったわけではなく、本当に……アッハイ。戻ります」

 パタン、とドアを閉めて、エルファンは息を吐いて机に戻った。

「ダク……どうか、無事でいてくれ」

 祈るように言葉を口にして、エルファンは再びペンを握るのであった。

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