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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第三章 上忍 魔界編
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忍務42 こしょーのおしごと

 魔王ユラが魔王として即位したのは、、生誕して六十年の時であった。魔族は強靭な肉体と魔力を持つ代わりに、幼年期の成長は人間の四倍ほどの時間がかかる。つまり、人間に換算すると十五歳くらい、ということになるのだ。

 精神面は年齢に相応の、少女である。可愛いものが好きで、わがままであるが少し落ち着いてきたお年頃といったところである。そのへんは、人間とあまり変わりが無いといえる。

 だが、彼女の内包する魔力は凄まじく、魔界二番手の魔将軍アドルフを遥かに凌駕していた。その魔力は、魔族として幼い年齢でありながらすでに先代の魔王に匹敵するほどであった。

 先代魔王とユラは、血の繋がりは無い。魔界の魔王は、最も魔力の強い者が就任するという決まりがある。幼いということで魔将軍が即位を先延ばしにしていたのだが、六十という年齢に達した機会に魔王を襲名したのだ。

 魔王ユラの側近は、魔将軍アドルフを始め粒ぞろいの四天王と続く。魔将軍は四天王である暴風のヴァルカン、爆炎のシティリア、群魔のジブラータン、魔竜のロウドスをよく掌握している。いずれも聖王国の忍者に手痛い敗北を喫していたが、実は魔族のエリートたちなのだ。

 まだまだ成長を続ける魔王ユラの魔力と、精鋭ぞろいの魔族たち。今代の魔王は最強にして可憐の名を恣にしていた。無論、それは魔界の中で、という前提があるのだが、魔王は気にしていない。魔界こそが、彼女にとっては最高峰であり、世界の中心なのだから。



 遠雷の音で、ダクは目を覚ました。魔界の朝は暗い。魔王城の奥深くにある魔王ユラの寝室は、窓の無い洞窟の奥なのだ。

 魔力で灯る明かりはあったが、ダクは魔力を持たないので使えない。だが、不自由するということも無い。ダクには、闇を見通す暗視の眼があるのだ。

「ほえ、ココハ……」

 ふかふかのベッドの上で、ダクは身を起こす。隣のベッドでは、魔王ユラがすやすやと小さな寝息を立てていた。

「ソッカ、ボク、コショーニナッタンダッケ……」

 香辛料のことではなく、身分の高い者の身の回りの世話をする者のことだ。ダクは与えられたベッドから飛び出し、寝室を出た。起き出したなら、朝一番の小姓の仕事が待っている。

 曲がりくねった廊下を歩き、地下へと階段を下りてゆく。奈落へと続いていそうな長い螺旋階段の終わりには、広い井戸端があった。厳めしい鬼の顔が彫られた桶を手に、ダクは井戸の水を汲み上げる。

 その井戸の中には、魔力の源泉、と呼ばれる水が湛えられていた。魔王の朝の洗顔に使う水なのだ。魔力を持つ者がこの水に触れると、膨大な魔力の反応に変調をきたす。だが、魔力が全く無いダクには何ともなかった。源泉から水を汲み上げ、ついでにダクは自分の顔も洗う。さっぱりした顔を上げると、井戸端の壁にへばりつく粘液と目が合った。

「ほえ、オハヨーゴザイマス、ロウドスサン」

 ぷるぷると震えながら、エルダースライムのロウドスは会釈らしきものを返した。ダクも、ぺこりと頭を下げる。ロウドスは意外と素早い動きで、井戸端から姿を消した。

「ボクモ、イソイデモドラナキャ」

 水の入った桶を手に、ダクは螺旋階段を登って行った。

 洗顔と着替えを終えて、魔王の朝食の時間になった。魔王の朝食は質素なもので、丸い何かの入ったスープと紫色のサンドイッチのみである。

「むぐむぐ、ダクよ、お前も食べるか?」

 側に控えるダクへ、ユラがスープを小鉢へよそって差し出してくれた。スープは血のように真っ赤な色をしており、ぷかぷかと目玉のようなものが浮かんでいる。

「ほえ……コレ、ナンデスカ?」

 つんつん、とフォークを目玉に刺しながら、ダクが聞いた。

「ふむ。オオコウモリの目玉のスープだな。魔界トマトは健康に良い。食べてみよ」

 ユラに促され、ダクはえいやとばかりに鉢の中身を口へ流し込んだ。程よい酸味と、とろりとした滋味のあふれる味が広がってゆく。

「ほえ、オイシイデス」

「そうかそうか。ならば、こちらのサンドイッチはどうだ?」

 魔王は満足そうにうなずき、サンドイッチを半分千切ってダクに与える。

「ほえ、マオーサマノタベルブンガ、スクナクナッチャイマス」

 申し訳なさそうな顔をするダクの頭を、ユラが撫でる。

「余は、あまり食物を必要としないので問題ない。お前は、まだまだ育ちざかりなのだろう?」

 にっこりと笑うユラに、ダクは頭を下げてサンドイッチを口にする。ほのかな甘みのある、素朴な味だった。

「ほえ……コレモオイシイ」

 目を細めるダクを、ユラは撫で続けていた。

 朝の食事が終わると、沐浴と政務の時間だった。ユラはダクと一緒に沐浴をしたがったが、周りの女官悪魔に止められてそれは実現しなかった。自由時間を与えられ、ダクは魔王城の中をぶらぶらと歩く。一応、ダクは忍務のことを忘れてはいなかった。魔族討滅のためには、情報が必要である。歩き回ったダクは、城の下層にある大広間へとやってきた。

「ほえ、マゾクノジャクテン、ドコニアルカナ……?」

 そんなことを呟きながらぶらり歩きをするダクの背後で、ガシャリと金属の重い音がした。

「ほえ?」

 ダクが振り向くと、首の無い鎧姿の騎士が首を小脇に抱えてダクに近づいてくるのが見えた。

「やあやあ、そなたは昨日魔王様の小姓となった、ダークエルフであるな」

 小脇に抱えられた兜首が、ダクに声をかけてくる。

「ほえ、キノウエッケンノマニイタヒト?」

 ダクが問いかけると、兜首が器用にうなずいた。

「然り。吾輩は魔王軍騎士団団長、ポンペインと申す者。ダク殿に、伺いたいことがあってな」

 ガシャン、とダクの目の前で鎧が停止する。小脇に抱えられた兜首のバイザーから、鋭い眼光がダクの目に届く。

「ほえ? キ、キキタイコト?」

 もしかすると、聖王国の忍者であることがばれたのだろうか。そんな予測に顔がひきつりそうになったが、ダクは何とか平静を装って聞く。兜首が、また器用にうなずいた。

「そなた、強き者也や?」

「ほえ?」

 ストレートな問いかけに、ダクは小首を傾げた。

「吾輩、強き者と戦うことを生きがいとしておるのだ。そなたの所作を先ほどから観察させてもらったが、中々の実力とお見受けする。どうだろう、吾輩と、戦ってみてはくれぬか?」

 ガシャリ、と黒い鎧がダクに向かって構えを取る。武器は持っていないようなので、あくまで模擬戦のようなものなのだろう。そう判断したダクは、快くうなずいた。

「ほえ。スコシダケナラ」

「カタジケナイ」

 腰を落とし構えて応じるダクに、兜首が器用に頭を下げる。

「来られよ、ダク殿!」

 ポンペインの誘う声に、ダクは広間の床を蹴って肉薄する。鎧の右手が、脇に抱えた頭を守るように防御の構えを取った。ダクは宙返りをうって、ついでに勢いをつけたかかとでその腕を蹴り上げる。がいん、と音立てて鎧の右手は弾かれた。

「なんと、力強い!」

 対する鎧はバックステップしながら、長いリーチを活かした前蹴りを放つ。宙にあったダクはその蹴り足を両手で押さえ、鎧の首元へさらに回し蹴りを打ち込んだ。だが、ダクの足は空を切る。相手の首の上は、何もない。

「ほえ?」

「隙あり!」

 蹴りで体勢の崩れたダクへ、鎧がパンチを見舞う。当たれば骨の二、三本くらいはへし折れそうな勢いだった。ダクは伸びてきた鎧の腕を取り、一本背負いに投げ飛ばそうとする。がこん、と音立てて、鎧の右腕がすっぽぬけた。

「かかったな、阿呆め!」

 背中を向けたダクへ、鎧の胸部分が体当たりをかました。衝撃を受けて、ダクは抜けた右腕を持ったまま吹き飛ばされる。

「ズルッコダ!」

 地面に手をついて身体を回したダクが、抗議の声を上げる。

「勝てばよかろう、なのである!」

 勝ち誇った顔で、兜首が言った。ひゅるり、と大広間にわずかな風が吹き込んでくる。

「ほえ。ソレナラ、ボクモチョットホンキヲ……」

 両手で印を組もうとして、ダクはハッと手を止めた。こんな場所で忍法を使うのは、どう考えてもまずいことだ。ダクは頭を振って、忍法の集中を解除する。そのかわり、両手を手刀の形にして構えを変えた。

「むむむ、その構えは……見たことが無いのである」

 警戒を見せるポンペインに、ダクは床を蹴って再び接近する。鋭い、短刀をイメージした動きで、流れるように放つのはアサシンの技、サーラの連撃だ。

「ほえほえほえ!」

 かかかかん、と幾つもの手刀の斬撃がぶつかり、鎧の上で無数の音を立てる。反撃の初動を封じるほどの速さで放たれる連撃に、ポンペインは徐々に追い込まれていく。

「ほえ!」

 ダクの右手が、ついにポンペインの兜首をとらえた。強かに手刀で叩かれ、兜首が宙を舞う。放物線を描いて兜首が飛ばされると、鎧はガシャリと膝をついて動かなくなった。

「……完敗である」

 床に落ちた兜首から、無念の声が上がった。勝負あった、と見るや、ダクは鎧に右腕を差し出した。鎧は右腕を元通りにくっつけて、落ちた兜首を拾い上げて小脇に抱え込む。

「無手であったとはいえ、吾輩、手も足も出なかったのである。そなたの強さ、確かに見せてもらった!」

 右腕を胸の前に掲げ、ポンペインは敬礼をする。

「ほえ、ソレホドデモ、ナイデス」

 ダクもポンペインの健闘を称え、同じように敬礼を返した。

「もし宜しければ、そなたと友誼を結びたい。返答、如何也や?」

「ほえ、オトモダチニナッテクレルノ?」

 ダクの問いに、ポンペインはうなずく。ダクは、笑顔を兜首に向けた。

「ほえ。ソレジャア、イマカラオトモダチダネ!」

 ダクの差し伸べた手を、鎧の手が握る。美しい、友情の光景だった。

「………」

 大広間の天井に張りついたロウドスが、そんな二人を見つめている姿には、誰も気づかなかった。ロウドスは足早に、天井の隅へと移動して姿を消した。


 魔族四天王ともなれば、豪奢な私室が与えられる。派手派手しく飾り立てているのは、暴風の二つ名を持つ魔族、ヴァルカンの部屋である。呪木の机の上に乗ってぷるぷるしているロウドスを、ヴァルカンはじっと見つめていた。

「……すまない、スライム語は、さっぱりなのだ。ロウドス、お前は何を言っているんだ?」

 ぷるぷる、と震えるロウドスに、ヴァルカンが問いかける。返事と思しき動きは、やはりぷるぷる、であった。

 部屋を訪ねて来たロウドスが、必死に何かを伝えようとしている。雰囲気だけは何となくわかるので、無下に帰すわけにもいかない。出されたお茶とクッキーを取り込みながらぷるぷるするロウドスと実入りの無いにらめっこをしながら、ヴァルカンの時間は無為に過ぎてゆくのであった。

 このとき、ロウドスの言葉を理解できる者がいれば、ダクの身に危機が訪れたことだろう。ロウドスはこう言っていたのだ。

『あのダークエルフは、我の肉体を切り刻みビブロ火山の縄張りを奪ったにっくき忍者! 先ほど、あやつはバンジャン王国のアサシンの技を使っておった! もぐもぐ、くっきーおいしい。ともかく、あやつは人族ゆかりの者で間違いない! あやつはスパイだ! あ、紅茶おかわり』

 ロウドスの言葉はしかし、ヴァルカンには伝わらない。もどかしさに、ロウドスは身をぷるぷると震わせるばかりであった。

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