忍務40 魔界潜入作戦!
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かつて、ダークエルフたちは闇の森と呼ばれる場所に住んでいた。彼らは妖魔と呼ばれる種族であり、魔族とは密接な関係にあった。
闇の森が聖王国の襲撃により焼き尽くされ、荒野と化すと同時にダークエルフは世界じゅうから姿を消している。闇の森にいた者たちがダークエルフの全てであったという説もあり、それは種族の絶滅を意味するものだ。魔族たちは同胞の滅亡を悼み、大いに悲しんだという。
だが、ある時その説は覆されることとなる。聖王国に密かに侵攻をしていた魔族たちから、ぽつぽつとダークエルフらしき者と思しき目撃証言が上がってきたのだ。
もしかすると、彼らの中でしぶとく生き延びて、人族の領域で暮らしている者がいるのかもしれない。北の大地の魔王とその配下の魔族たちは、失われたダークエルフ種を取り戻さんと動きを見せる。これが、後に魔界と聖王国を巻き込んだ大騒動のきっかけになったのである。
聖王国最北端の荒野を、ダクはひたすらに駆けていた。その姿はいつもの忍者服ではなく、ぼろ布でできたマントをすっぽりと被っただけの、粗末な恰好である。手と足の四本を使い、獣のように走り続ける。手指の数は三本で、褐色の腕は骨と皮だけの細いものだ。耳は本来の長いものだったが、目つきは鋭く顔つきもシャープなものになっている。変化の術を用いて、ダクの姿はより妖魔のものに近くなっていた。
「ほえ、ほえ、ほえ!」
奇妙な掛け声とともに、ダクは左右に跳躍しながら北を目指す。その背後から、丸っこい忍者が猛追してきていた。
「忍術、水流噴出波!」
ボールのような忍者が、ダクに右手を向けて忍術を放つ。ダクのすぐ後ろで、大地が割れて水柱が次々に立っていく。水柱に飲み込まれる寸前、ダクの身体が横に跳ねた。
「くっ、さすが、素早い!」
肉眼で捉えきれないほどの動きに、丸い忍者が感嘆の声を上げる。
「ダンゴ様、ここは私が、足を止めます!」
丸い忍者の傍らに現れた赤毛の少女忍者が、懐から竹筒を取り出して投擲する。竹筒はダクを追い越して、すぐ前の地面へ落ちて爆ぜた。
「忍術、轟炎呪縛!」
大きな炎の壁に行く手を遮られ、ダクは急停止した。炎の壁を迂回し、進もうとする。だが、その前に立ちふさがる影があった。
「うおお、シャカリキ、パゥワー!」
酒臭い息を吐きながら、中年の忍者がダクに向かって襲い掛かる。
「ほ、ほええ!」
地を蹴って、ダクは中年忍者の頭を踏みつけ跳躍する。背後に抜けていく殺気に、ダクはホッと胸をなでおろす。だが、空中にも忍者はいた。
「来ますわ、クリス!」
「了解。しっかり、つかまっててねミツメちゃん!」
白い忍者服の美少年が、おかっぱ頭の忍者少女をお姫様抱っこした体勢で跳躍してきた。ダクは落下の途中であり、相手は跳びあがってくる。勢いは、相手の側にあった。
「ぐえ!」
カエルのような声を上げて、ダクは吹き飛んだ。腹部に重い蹴りを叩きこまれたのだ。ごろごろと荒野の土の上を転がり、ダクはすぐに身を起こす。その周囲には、複数の忍者の姿があった。
「ほえ……」
キッ、と忍者たちを見回して、ダクは中腰になって構える。その顔には、人族への憎悪のような感情があった。
「一気に決めるわ、ダンゴ様!」
「わかった、僕が合わせるよ、キャロ!」
丸っこい忍者と赤毛の忍者が、印を組みダクを見据える。大技の気配があった。距離を取ろうとするダクだったが、中年忍者と美少年忍者のコンビが拳と蹴りで牽制してくるので、身動きが取れない。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」
二人の忍者が、同時に九字印を切った。総身を毛羽立たせたダクがみせた一瞬の隙に、横合いから拳と蹴りが叩きこまれる。胸を押さえてうずくまるダクの周りに、竹筒が飛んできた。
「これで終わりよ! 忍術、轟炎竜!」
「忍術、水流大瀑布! 火と水の恐ろしさ、味わうといい!」
ダクの周囲に、炎の竜と叩きつけてくる水の暴流が襲い掛かる。忍術によって生み出された炎と水流が、ぶつかり合って大爆発を起こす極大忍術のひとつがいま、発現しようとしていた。
「そこまでだ! くらえ、闇の波動!」
声と共に暗黒の気を纏った風が、ダクとその周囲に吹き込んでくる。
「く、う……ち、力が、抜ける……」
「こ、これは、魔族の……」
赤毛の忍者と丸い忍者の体勢が崩れ、集中が途切れる。炎の竜は降り注ぐ水によって消え去り、水流も勢いを失って大地に吸い込まれていった。
「おお……酔いが……くそっ!」
へろへろになった中年忍者が、よろめきながらダクに向かって拳を放つ。だがそれは、ダクの背後から吹き付ける暴風の塊によってあっさりと遮られた。
「はははははは! 魔族の力、思い知ったか!」
哄笑とともに、ダクの上方からマントを纏った男の魔族がゆるゆると降下してきた。
「我こそは、暴風のヴァルカン! 魔界にその人ありと言われた魔族のエリートだ! 忍者どもめ、そこなダークエルフのお子様は、決して貴様らにはやらせはせん!」
びしり、と音を立てそうな勢いでポーズを取って、その魔族はダクの前に降り立った。決めポーズを取るその姿は隙だらけであったが、闇の波動のために忍者たちは本来の動きができない。
「くっ、魔族め、せっかく追いつめたダークエルフを!」
丸い忍者が、無念の叫びを上げる。その間に、ヴァルカンはダクを抱えて再び空へと浮き上がる。
「ここで命を散らせてやっても良いが、今は見逃してやろう! いずれ来る我らの侵攻に怯え、絶望に涙し枕を濡らすが良いわ! ははははは!」
ダクを抱えて哄笑し、ヴァルカンは北の空へと飛行を始める。
「ほえ……タスケテ、クレタノ?」
颯爽と空を飛ぶヴァルカンへ、しわがれた声でダクが問う。頭目から授けられた、声色を変える忍法である。
「もちろんだとも、お子様よ! 我ら魔族とダークエルフは、闇に生きる種族同士! 危機にあらば助けるのが魔族の情だ!」
ごうごうと風を切りながら、ヴァルカンはハイテンションな口調で答えた。
「ほえ、アリガト」
ダクのお礼の言葉に、ヴァルカンはにこりと笑ってから首を傾げる。
「むむ……お子様、お前のその鳴き声、どこかで聞いたような……」
「ほえ、キ、キノセイダヨ、キット。ボク、オジサンニアウノハハジメテナンダカラ」
慌てて首を横へ振るダクに、ヴァルカンが鋭い視線を浴びせる。ダクの背中に、冷や汗が伝う。
「私は、おじさんではなぁい!」
切ないヴァルカンの叫びが、魔界の空へと轟いたのであった。
「……行ったか。どうやら、うまくいったようだね」
ぶよん、と全身を緩め、北の空を見つめてダンゴが言った。
「ダク様、大丈夫かな……」
心配そうにダンゴと同じ空を見ながら、キャロが言う。
「きっと、大丈夫ですわ。何しろ、ダク様ですもの」
「ミツメちゃんが言うんだから、間違いないよ」
ミツメとクリスも、ダクと魔族の飛び去った空を見つめて言った。
「う、うぉえええ」
そして岩陰で、オジィは一人吐いていた。
「それにしても、さすがはダク様ね。あたしたちの攻めを、忍術無しであれだけ耐えるなんて」
闇の波動の効果が無くなり、軽くなった身体でぴょんと跳ねながらキャロが感嘆の声を上げる。側で身体を膨らませるダンゴが、同意するようにうなずいた。
「体術だけで、あれだけ動けるようになったのだね、ダクくんは」
「純粋な体術だけじゃ、ボクでも敵わないかもね」
そう言うクリスの顔には、悔しそうな色があった。
「もっともっと、修行を積めばいいのですわ。クリスも、私も」
クリスの胸に顔をうずめ、ミツメが微笑む。
「ダク様よぉ……頼んだぜ……うっぷ」
ひっくり返ったオジィが、呟いた。
へくちん、とダクが小さくくしゃみをする。
「おお、すまないなお子様。空の旅は、少しお子様には厳しかったか」
ヴァルカンがダクをマントで包みながら謝る。ぐしぐしとダクは鼻の下を擦りながら、ふるふると首を振った。
「ほえ、ダイジョウブ。ソレヨリ、ドコヘムカッテルノ?」
ダクの問いかけに、ヴァルカンはフッと笑う。
「我ら魔族の本拠地、魔王城だ。ほら、あそこに岩山が見えるだろう、お子様?」
くい、とヴァルカンが顎を動かす。そちらへ視線を動かせば、確かに岩山があった。岩山の上には黒い雲が垂れこめており、雷光がぴかりぴかりと光っている。
「ほえ、カミナリコワイ!」
ぎゅっと、ダクがヴァルカンにしがみつく。
「雷が、怖いか……無理もあるまい。あの聖王国の忌々しい忍者どもの頭目は、雷の術を用いて闇の森を焼き払ったと聞く。お子様も、酷い目に遭ったのだろう」
ダクを抱きしめながら、ヴァルカンが同情に身を震わせる。案外と、情にもろい魔族であった。
「アソコニイクノ?」
涙目になって、ダクがヴァルカンに聞いた。
「そうだ。岩山の頂点に、城が見えるだろう? あそこにいる魔王様へ、お前を引き合わせる」
どおん、と雷が落ちて轟音が響く。ダクはヴァルカンにますます強くしがみついた。
「怖いか? 案ずるな、お子様。魔王様は我ら魔族に慈悲深く、闇の種族全てを愛しておられるのだ。お前のことも、きっと守って下さるはずだ」
雷の音に耳をぴくぴくさせて震えるダクに、ヴァルカンは優しく声をかける。そうこうしているうちに、二人は魔王城のバルコニーへと降り立った。
「暴風のヴァルカン、ただいま帰還いたしました。聖王国にて追われていた、ダークエルフのお子様を保護してまいりましたので、魔王様に謁見の許可を」
ばらばらと現れた下級悪魔たちへ、ヴァルカンは堂々と告げる。間もなく、二人の元へ上級悪魔が歩いてやってくる。
「ご苦労だった、ヴァルカン殿。魔王様は、すでに謁見の間でお待ちである」
大臣のような身なりをした悪魔が、ヴァルカンにねぎらいの言葉をかける。ヴァルカンはうなずき、ダクの手を引いて歩き始めた。
「ほえ……オオキイネ」
禍々しい彫刻の施された、巨大な扉の前でダクが言った。
「ここが、謁見の間だ。お子様よ、魔王様は寛大な方だが、くれぐれも無礼な振る舞いの無いようにな」
緊張の面持ちで言うヴァルカンに、ダクはうなずいた。
「マオーサマ……ドンナヒトナンダロ?」
口の中で呟くダクの眼前で、巨大な扉が軋み、ゆっくりと開いていった。




