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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第二章 中忍編
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忍務小話5 上忍イェソドの領域とミツメの恋のゆくえ

 聖王国のどこかにある、険しい山の中腹。そこに、禍々しいオーラを放つ洞窟があった。入口は艶めいた灰褐色の岩肌で構成されており、その形状はまるで怪物が大口を開けて獲物を飲み込まんとする様であった。

 二人の下忍が、入り口をくぐる。内部は真っ暗闇であり、松明などの光源が一切意味を成さない。内部に踏み込んだ瞬間に、一切の感覚が狂ってしまうのだ。

 ぐにゃりとねじ曲がった感覚が、落ちているのか浮上しているのか、真っすぐ歩いているのか逆流しているのか、まったくわからない空間を進んでいく。

 目を開けても何も見えないのだが、目を閉じるといきなり耳元で何かを齧る音などが聞こえてくる。時にそれは、首筋へかかる生暖かい吐息のようでもあり、ぴちゃりぴちゃりと落ちる滴の音でもある。

 この道を進む者には、絶対にしてはならないことがある。それは、恐怖を抱くことだ。恐怖に精神を歪ませれば、この空間はありとあらゆる阿鼻叫喚の図を進む者に見せつける。その光景は容易く、人の心を打ち砕く。慣れぬ者が洞窟へ踏み込めば、半日足らずで発狂し、廃人と化すのだ。

 洞窟を進んでいるのか、怪物にいざなわれていくのかわからぬまま、下忍たちが歩き続けると一つの部屋にたどり着く。豪奢なソファベッドが中央に置かれた、貴族屋敷の一室のような場所だ。古めかしい暖炉には季節を問わず禍々しい青い炎が灯っている。ふかふかのじゅうたんを踏みしめるとそのたびに、人間の苦悶する顔のような模様が浮かび上がってくる。常人には、長居することができそうにない部屋だ。

 中央のソファベッドのシーツをめくり、寝転がっていた人物が身を起こす。黒く丸い頭部には、頭髪が無い。漆黒の肌に、白い眼がふたつある。全身が、影のように真っ黒である。

「忍務、ご苦労だったネ、オジィ、ミツメ」

 声にモザイクのかかったような、独特の音が響く。ぱっくりと、影の口部分が開き赤い口内が見える。二人の下忍、オジィとミツメがじゅうたんの上に跪き、首を垂れた。

 ふぁさり、と音立てて、影の表面をシーツが滑り落ちる。その影のような顔を持つ人間は、身体もまた真っ黒な影であった。

「ふ、服を着てくださいまし、イェソド様!」

 頭を上げたミツメが、慌てて視線を背けて言う。

「ああ、済まないにゃん。寝起きだから、許してほしいのぅ」

 気さくな口調で、影は言って真っ黒な忍者服を身に着ける。外見的にはそんなに変わったようには見えないのだが、ミツメはホッと息を吐いた。

「……イェソド様、せめて、口調くらいは統一してくれませんかね?」

 オジィが、呆れたように言う。

「まあまあ、細かいこたあ、いいんだヨ。いろんな言葉をつかったほうが、タノシイヨー」

 カラカラと笑うイェソドであったが、オジィとミツメの二人の顔は真剣そのものだ。イェソドの態度の全ては擬態であり、その本心はどこにあるのか、わからないからだ。

「ソれでは、君たちの忍務達成の、報奨を言い渡そう、ぱんぱかぱーん」

 クラッカーを手にしたイェソドが、紐を引く。三角錐の底面から、どろりとした形状の青緑っぽい塊がぬるりと出る。

「あ、まちがえた」

 塊は床へ落ちると、部屋の隅へと猛スピードで移動する。外見に似合わず、その動きは敏捷であった。

「何ですの、アレは?」

「聞かないほうがいいと思うヨー。それより、ご褒美。ミツメは中忍に昇進だ。オメデト。オジィは、特忍だネ。異論はあるかい?」

 てきぱきと事務的に告げられる内容に、オジィとミツメはそれぞれ理解に時間を要した。

「イェソド様、その、特忍ってのは、何です?」

 オジィの質問に、イェソドが指を一本立てて答える。

「いい質問だ。いや、そうでもないか。特忍っていうのはぁ、とくべつなぁ、下忍ですぅ」

 語尾を伸ばしたイェソドの声に頭痛を覚え、オジィは軽くこめかみを揉んだ。

「……どう、特別なんですかい」

「身分は下忍だけれど、中忍の干渉を受けることの無い下忍さ。もちろん、緊急時はこの限りではないけれどね。忍務内容は、上忍の補佐ってことになるかな。いやー、ミツメの昇進で中忍の枠、埋まっちゃってさ。ごめんね、オジィ」

 両手で拝むようなポーズで、イェソドが言う。よくわからないままうなずくオジィの横で、ミツメが身を乗り出した。

「だったら、イェソド様、私は、下忍のままでも……」

「おや? 出世がしたいんじゃあ、なかったんかい?」

 ごきり、とイェソドが首を90度に傾ける。三白眼になって、ミツメにガンをつける様は奇妙な迫力を感じさせた。

「はい、ですが……その、もし、聞き届けていただけるなら、ですが……」

「ああん? 聞こえないなあ? どうしちゃったの、ミツメたん」

 にゅるりとイェソドの首が伸びて、その耳がミツメの口元まで近づけられる。

「わ、私、バンジャン王国のカシャ様の元へ行きたいのですわ!」

「却下」

 首をもとへ戻し、イェソドは即答する。しゅん、と萎れた顔になったミツメへ、イェソドは立てた指を左右に振った。

「ちっちっち、甘いね。ご褒美だからって、何でも許されるわけじゃあ、ないんだよ。それにミツメ、キミには新入りの教育忍務があるんだからねっ」

 そう言って、イェソドは顔の横へ両手を上げてパンパンと打ち鳴らす。ミツメとオジィの背後の空間に歪みが生まれ、中から一人の白装束の人間が出現した。

「遠い国から、ようこそ。挨拶をしたまえ、アサシンくん」

 イェソドに促され、現れたアサシンが恭しく一礼をする。

「どうも、元レディアサシンのクリスです。今度、ミツメちゃんの部下になることになりました。よろしくね?」

 中性的な高い声で、クリスが言った。美しい顔には、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

「く、クリス……あなた、どうして」

 クリスを指差して、ミツメは声を震わせる。砂漠の地で別れた美少年のレディアサシンが、どうしてここにいるのか。そして、どうしてしれっと下忍になるというのか。わからず、ミツメはただただ戸惑うばかりだ。

「いやあ、カシャから連絡あってさ。異次元回廊使ってちょっとアレでナニして連れてきちゃったワン」

 言いながら頭を掻くイェソドを、呆れた眼で見るのはオジィ一人だけだった。

「キミのことが忘れられなくて、ボク、アサシン辞めることにしたんだ。キミを、追いかけたくて。だから、カシャ様に相談したら、いつの間にかここに来てた」

「クリス……」

 ミツメとクリスの二人には、イェソドの言葉は届いていない。二人だけの世界、というやつだった。

「キミの近くで、ずっと、キミのいろんな顔を見ていたい。泣き顔も好きだけれど、笑顔も、怒った顔も、全部全部、ボクに見せてほしい。そのためなら、ボクはキミを守り続けるよ、ずっと」

 おいで、とクリスが両手を拡げる。ミツメはその中へと飛び込み、クリスの細い身体をしっかりと抱きしめた。

「クリス……うぅ、わ、私、もう、二度とあなたに会えないと……」

「もう、離さない。ボクの、可愛いミツメちゃんを」

 抱き合う二人の周囲に、顔の付いた無数の花が咲いた。もちろん、イェソドの仕業である。

「いやあ、せ、青春ですなあ……」

 手にしたハンカチで、イェソドが目じりをそっと拭う。たちまち、白いハンカチが真っ黒に染まってゆく。

「……いたたまれねえな、こりゃ」

 イェソドの様子を見たオジィが、げんなりとして呟いた。

「さて……僕のほうは、ご褒美ちゃんとあげたよ、頭目。あとは、あなたの可愛い可愛いダクくんを、どうするか……見せてもらうヨー」

 ニィィ、と口を笑みに歪ませて、イェソドが小さな声で言う。その声は、誰にも聞かれることは無かった。イェソドの表情に、禍々しさが部屋中に満ちてゆく。

「クリス……部下となったからには、厳しくいかせていただきますわよ」

「今度は、上司と部下ってことだね。ふふ、望むところだよ、ミツメちゃん」

 お姫様抱っこになったミツメへ、クリスが囁きかける。

 禍々しさとピンク色の空間に挟まれて、オジィは大きく息を吐きながら竹筒を呷るのであった。

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