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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第二章 中忍編
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忍務38 帰ってきたダクと憂悶の頭目

 四季を通じて常春な気候のエルファン領であるが、夏の盛りには気温が上がる。この世界における夏とは、火の精霊が活発になる時期でもあるのだ。

 もちろん下忍たちは季節の移り変わりに関係なく、修行の日々である。だが、中忍や上忍、そして頭目は夏を楽しむため、様々な試みをする。

 そのひとつが、花火である。火薬を普段から身近に用いる彼ら忍者にとって、空に大輪の花を咲かせる花火は簡単に用意できる娯楽のひとつである。

 暮れた夜空に輝く花火を見つめ、下忍たちの修行姿を肴に催される宴会は、エルファン領の夏の風物詩ともいえた。

 下忍たちにとっても、花火を見ることは楽しいものだ。いつか中忍になって、花火を見ながら杯を傾け、下忍たちに時折ヤジを飛ばす。花火を憧憬の面持ちで見る下忍たちの胸の中には、そんな切ない想いがあるのだ。

 なお、騒がしいことを嫌う森のエルフたちが花火の音に業を煮やし、殴り込みに来ることもエルファン領では珍しい光景ではないのである。



 新緑の季節を終えて、むせかえるような緑の匂い漂う森の中をダクは駆けていた。少し後ろには、竹で編んだ背負子を背負ったオジィと、背負子に座ったミツメもいる。昼夜を問わずの強行軍で、ダクたちはついにエルファン領へと戻ってきたのである。

「ほえ、もう少しだよ、オジィ、ミツメ」

 二人を励ましながら、ダクの足は止まらない。ダクにとっては砂漠も珍しくて良い場所ではあったものの、やはり根はエルフである。木の枝を揺らしながら飛び回る姿は、森へ帰ってきた喜びに満ちていた。

「あと、一息……んぐ、んぐ」

 咽喉を鳴らし、オジィが竹筒の中身を飲んでパワーアップを果たす。べきべきと木をへし折りながら進む様子は、やはり砂漠からの解放感に満ちている。一方で、背負子のミツメは来た道を眺め、呆然としていた。

「ヒャッハア、スピードアップだぜ!」

「奇声を上げるのは、やめてくださいまし! おちおち物思いにも浸れませんわ……」

 耳元で大きな声を上げるオジィへ、ミツメが苦情を伝える。オジィはどこ吹く風と元気よく、森を驀進してゆく。ダクはそんな二人の様子に、ますます元気に飛び跳ねる。エルファン領まで、もう少し。

 そんなとき、三人の行く手の空にひゅるると火の玉が上がった。眩しく光を放つ夜空に、ダクたちの足が止まる。どん、どどーんと音立てて、火の玉は美しい大輪の花と化す。

「ほえ? はなびだ!」

 ぱらぱら、と花は一瞬の輝きを終えて散る。だが、次々と火の玉は上がってくる。

「おおお、こいつは景気がいいや! たーまやー!」

 夜の森に照らし出されたオジィの顔が、嬉しそうに叫ぶ。

「あ、あれは、中忍ホノオスキー様の花火ですわ!」

 赤と緑の花火を目にしたミツメが、華やいだ声を上げた。中忍ホノオスキーは、有能な火術使いであり中忍屈指の花火師でもあった。

「お、あっちは中忍フレアフリーク様のだぜ、勢いが違う!」

 どどどどん、と連続して上がる花火に、オジィが対抗するように声を上げる。中忍フレアフリークも、火の忍術では右に出る者がそんなにいないと評される中忍だ。

「ほえ……あっ、あれ、もしかしてキャロかな?」

 大空を揺るがし、巨大な火竜を形作る花火が上がった。下忍の中でも群を抜くキャロの花火は、威力が段違いだった。他の花火を飲み込み、竜はさらに大きく、美しく咲き誇る。ばくばくと上がってくる他の花火を食べて行く様は、何か違うと感じさせながらもダクたちの視線を引き付けて離さない。やがて火竜は、猛烈な勢いで降下してゆく。しばらく後に、地表あたりで大爆発が起きた。

「ほえ、じばくかな?」

 爆発の余波が、ダクの身体に強風となって吹き付ける。

「あ、あれが、下忍筆頭のキャロさんの花火……」

「お、恐ろしいぜ……」

 あんぐりと二人そろって口を開け、木の陰に隠れて爆風をしのぐ。

「ほえ! もうひといきだよ、オジィ、ミツメ!」

 何もなかったことにして、ダクは再びオジィとミツメを励ました。

「そ、そうだな。シャカリキ、パゥワー!」

「い、いざ凱旋、ですわ!」

 オジィとミツメもそれに倣い、何も見なかったかのように森を進み始める。そうして三人は森を抜けて、エルファン領の中心の町までたどり着いた。

「ダク、無事だったのね!」

 遠目から、キャロがダクに手を振っているのが見えた。

「ほえ! キャロも、げんきそうだね!」

 駆け寄ってくるキャロに、ダクも大きく手を振って応える。キャロの周りで黒焦げになっている下忍たちは、ダクは気にしない。よくある、修行風景だからだ。

 久々の再開に笑顔を浮かべるキャロの身体が、背後から猛スピードで絡みついた鞭によって引き戻される。

「こらあ、キャロ! 花火を無茶苦茶にしおって!」

 ごちーん、と鈍い音が、夜空に響き渡る。ゴンザの拳骨も、相変わらずだった。

「ほえ、ゴンザさま!」

 キャロを折檻するゴンザへ、ダクが駆け寄っていく。その背中を、オジィとミツメはひたすらに見続けた。視線を逸らせば、死屍累々の惨状が目に入ってしまうからだ。大地がえぐれ、ふつふつと何かが煮立っている。手足を不自然な形に折り曲げた下忍たちが、か細いうめき声を上げている。

「目を、合わせるんじゃねえぞ、ミツメ。取り込まれちまうからな……くわばら、くわばら」

 そこかしこに倒れ伏す下忍たちを、オジィは器用に避けて進んでいく。ミツメは何かに祈るように、手を合わせて目を固く閉じていた。

「おお、ダク! よう戻った! 頭目が、お待ちじゃ!」

 ひゅるりと鞭がダクを絡め取り、ゴンザの手元へと運ぶ。

「ほえ、ちゅうにんダク、ただいまもどりました!」

 ぴし、と背筋を伸ばし、直立不動でダクが言った。

「オジィ、ミツメ。その方らも、ご苦労であった。さてダクよ、戻って早々だが、頭目の元へと行くが良い。オジィとミツメも、一緒にな」

 ゴンザはそう言ってから、倒れた下忍たちを次々と鞭で絡め取っていく。

「ほえ、ゴンザさまは、どうするんですか?」

 ダクの問いに、ゴンザは禿頭を真っ赤にしてキャロに拳骨を落とした。

「わしは、キャロの後始末がある。後から行くゆえ、待っておれ」

 ゴンザの後姿を見送って、ダクはオジィとミツメに振り向いた。

「ほえ。それじゃ、とーもくのとこにいこう」

 ダクの言葉に、背負子を下ろしたオジィと久しぶりに自分の足で地面に立ったミツメがうなずいた。


 頭目の間にやってきたダクは、巨大な木像の前に置かれた祭壇へと歩を進める。祭壇に座する頭目へ一礼して、跪く。やや後ろを歩いてきたオジィとミツメも、同様にして跪いた。

「よく、戻った。ダクよ」

 正体不明の声が、頭目の覆面から聞こえてくる。

「ほえ、とーもく! ちゅうにんダクとげにんのオジィ、ミツメ。にんむをはたしてきました!」

 ダクの元気いっぱいの報告に、頭目は重々しくうなずく。そうしているうちにゴンザがやってきて、頭目の隣へ腕組みをして立った。

「それでは、頭目。自白の術を」

「必要無い」

 ゴンザの言葉を、頭目は即座に却下する。

「な、何ゆえにございまするか、頭目!」

 くわ、と目を見開き、ゴンザは頭目を見つめて言う。お化け屋敷にそのまま出演できそうな、物凄い表情だった。

「ダクのしてきた行動は、すでに手の者より詳細な報告を受けておる。ゆえに、必要無いのだ」

「し、しかし、術による報告は掟にござりますれば……」

「私の決定に、不服があるか、ゴンザ?」

 正体不明の鋭い声に、ゴンザの総身がぴしりと固まる。

「い、いいえ……頭目のお言葉なれば、何も異論はござりませぬ」

 頭を青くして、ゴンザが頭目に深く一礼する。頭目はゴンザにうなずいてみせ、それからダクへと向き直る。

「バンジャン王国での活躍、見事であった。かの国の裏にいた、魔族の企みを打ち砕き、さらには現地の忍者組織の助けとなる働き、値千金である」

 まるで見てきたかのように言う頭目に、ゴンザはしかし疑いの色を浮かべることは無い。頭目が黒といえば、光のクリスタルでさえも黒になるのだ。そういう身分社会である。

「ほえ……でも、ぼくだけのちからではありません。とーもくが……」

「そうだな。私は、いつでもお前たちの心の中にいる。私への想いが、忍務の助けとなった。そういうことだな、ダクよ?」

 頭目の眼が、妖しく光る。見返すダクの瞳が大きく見開かれ、視線が宙を彷徨った。

「……ほえ。とーもくのいうとおりです」

 茫洋と視線を漂わせながら、ダクが答える。

「そして、部下の助けも多くあった。お前ひとりの力では、成し得なかった偉業である。そう、言いたいのだな、ダク?」

 続いた頭目の言葉に、ダクはこっくりとうなずく。

「ほえ。オジィもミツメも、とってもやくにたってくれました」

 今度はしっかりした声で、ダクが言った。頭目はその言葉に、重々しくうなずく。

「なれば、見事な活躍を示したお前たちに、褒美を与えねばな」

 頭目が立ち上がり、オジィを指差し、次いでミツメを指差した。

「オジィ、ミツメ。お前たちの処遇は、上忍イェソドに一任する。イェソドの元へ戻り、沙汰を受けよ」

 はっ、とオジィとミツメが短く答え、額を床へつける。

「とはいえ、旅路の疲れもあろう。もしお前たちが望むならば、こちらの下忍の宿舎を使って休んでも……」

「い、いえ、すぐにイェソド様の所へ戻りますわ!」

「そ、そうです! こ、こちらでご厄介になるのは、その、あ、厚かましいと思いますんで!」

 頭目の言葉を遮り、オジィとミツメが一礼をして慌てて姿を消した。オジィもミツメも同じ下忍とはいえ、ここの修羅のような下忍たちと一緒に過ごすのは出来る限り避けたいことなのだ。

 その場へ残ったダクを前に、頭目は腕組みをしてしばし黙り込む。

「頭目、いかがなされましたか? 此度のダクの手柄なれば、やはり上忍への昇進こそ、相応しいかと思われまするが……」

「少し、黙っておれ」

 意見をするゴンザの口に、頭目がバッテン印を張り付ける。大人しくなったゴンザを捨て置いて、頭目はまた黙ってダクを見つめる。きょとん、としたダクは、頭目を見つめ返す。

「……後日、お前への沙汰を下す。それまで、身体を休めておれ、ダク」

「ほえ。おこころづかい、ありがとうございます、とーもく!」

 元気よくうなずいたダクが、お礼の言葉とともに姿を消した。

「お前も、去って良いぞ、ゴンザ」

 立ち尽くすゴンザへ、頭目が声をかける。ゴンザは頭目に振り向いて、口についたバッテン印を指差した。

「うむ。ここから出た後に、外せ。私は、しばし考えをまとめる。誰も入れるな」

 恭しく礼をして、ゴンザが姿を消す。燃え盛る松明を見つめ、頭目は不動の姿勢でいた。

「むむむ……」

 全ての忍者の気配が遠ざかるのを確認した頭目は、口の中で唸る。

「ダクの働きは、上忍になるに相応しい、いや余りある活躍だ……だが、上忍になれば、側へ置くのは難しくなる……いっそ、筆頭に命じてゴンザの後釜に? いや、だがゴンザは外せぬ……あのタコ入道は、下忍の調練に必要な人材であるから……しかし、むむむ」

 ぶつぶつと、頭目は呟き続ける。ダクを上忍に昇進させてしまえば、ダクはどこかの地域を担当する忍者となる。そうなれば、もうおいそれと会いに行くことはできなくなる。何度も頭目が訪れるようでは、上忍としての資質が疑われることになるのだ。かといって、ダクを中忍のままに留め置くことも難しい。国ひとつの情勢を変えるほどの手柄を立てたものが、相応の褒美を得られない、などという事になれば、上忍たちや中忍たちも黙ってはいない。信賞必罰が、成されなければならないのだ。昇進を打ち消すほどの大失態を犯した、と解釈されれば、ダクの経歴に致命的な傷がつくことにもなる。それは、望むことではない。

 素早く巡らせる思考は堂々巡りとなり、頭目は頭を抱えて歩き回る。最奥に佇む巨大な木像が、そんな頭目の姿をいつまでも見下ろしているのであった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

次は、小話になります。

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