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駄エルフ忍者  作者: S.U.Y
第一章 下忍編
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忍務4 吹き荒れる嵐

 聖王国のある大陸の、最北部に位置する辺境。峻厳な岩山に囲まれた盆地に、荒れ果てた岩と砂の大地がある。かつては名前のついた土地であったのだが、その名は忘れ去られ、かわりに人々はその地を魔界と呼んだ。

 不毛の大地より現れる、異形の魔物たち。獣とは違い、彼らには知性があった。明確な意図を持ち、時には策をもって人族を苦しめた。闇の軍勢を統括する強力な魔獣は、魔族と呼ばれ恐れられるようになる。

 魔族の中で、さらに強い力に目覚める存在が、魔王と呼ばれた。魔王は魔族を率い、人族と戦いを繰り広げる。何度も人族に退けられたが、歴代の魔王たちの目的は変わらない。大陸を、世界の全てを不毛の大地へと変えること。そうして、世界の全ての怨嗟の声を聞き高笑いをする日々を迎えることこそ、彼らの目指す世界なのだ。


 ダクはエリスを庇い、魔族の男の前に立ちふさがる。魔族というものは知らなかったが、怯えたエリスは守らなくてはいけない。

「ほう、健気なことだな。私を魔族と看破して、なお立ち向かおうとするなどとは」

 ヴァルカンと名乗った魔族は、ダクとエリスを睥睨する。赤く光った眼光は鋭く、口からのぞく犬歯は笑みにきらめいている。圧倒的な強さに裏付けられた、余裕というものがその顔には満ちていた。

「よくわかんないけど、おじさんがわるいやつの親玉なんだね?」

 平然と視線を返しながら、ダクが言った。ヴァルカンの顔に、たちまち苦痛の色が浮かぶ。

「お、おじさん、だと?」

「ほえ? うん。おじさん」

 二回目のおじさん、である。自分で言った分も合わせて、ヴァルカンは三度のおじさん呼ばわりを受けたことになる。

「ふざけるなあああ!」

 頭を抱え、ヴァルカンは叫んだ。大気が震え、側にある小屋がぎしぎしと揺れる。

「ほええ?」

「きゃっ、だ、ダク……」

 強風にあおられて吹き飛ばされそうになるエリスの身体を、ダクはしっかりと抱き寄せる。エリスが赤くなりつつも、ダクの背中に手を回して抱き返す。

「人をおじさん呼ばわりしておいて、青春するなお子様ども! これだから子供は嫌いなんだ!」

 ダンダンと足を踏み鳴らし、ヴァルカンは喚き散らす。

「ほえ、でも、おじさんだよね?」

 吹き付ける風に前髪を揺らしながら、ダクがのほほんと聞いた。

「違う! せめてお兄さん! 年上の男性だからって、ひとくくりにするんじゃない!」

 がに股になって、両手を腰の辺りでわきわきさせながらヴァルカンが言う。

「ほえ、わかった。おにーさん」

「出来ればお兄ちゃん、で!」

「ほえ、おにーちゃん」

「イエス! グッド! その気持ちを忘れるな!」

「ほえ、わかったよ、おじさん!」

「ノオオオオオ! なんてことだ逆戻り! ええい、この暴風のヴァルカン、ここまでコケにされたのは生まれて二百八十余年、初めてのことだ! 初体験!」

「……ダク、アレは痛い人だから、関わり合いになっちゃダメよ?」

 やり取りを冷めた目で眺めていたエリスが、プラスマイナスゼロの温度で言った。

「ほえ。でも、あのおじさんをこらしめないと、にんむにしっぱいしちゃうから」

 ダクの脳裏に、ゴンザの拳骨が浮かぶ。気のせいか、頭がちょっと痛くなった。

「じゃあ、とっとと片付けちゃいなさい。教育上不適切だわ、あのジジイ」

 エリスのジジイ呼ばわりに、ヴァルカンはさらに傷ついた表情になった。

「言った……言ったな……親父にも言われたことないのに……!」

「父親が息子にジジイなんて、言うわけないでしょうに」

 自分を抱きしめ、小刻みに震えるヴァルカンが涙目になってエリスを凝視する。

「あ、あの世で……」

 わなわなと身を震わせながら、ヴァルカンは壊れた笑みを浮かべて手を広げた。ヴァルカンの手のひらに、黒く禍々しい魔力が現れる。泣き笑いで構える彼の姿は、いろんな意味で恐ろしかった。

「あの世で青年期を少し過ぎたくらいの男性全員にわび続けろ、お子様たち!」

 叫びながら、ヴァルカンが両手を打ち合わせる。圧縮された魔力が渦巻き、手のひらの先へと向かう。

「ほえ! させないよ!」

 瞬時に間合いを詰めたダクが、ヴァルカンの両手を蹴り上げる。魔力の奔流は上空へ放たれ、凄まじい暴風が砦の上に吹き荒れた。

「く、お子様め!」

「こらしめてやる!」

 蹴り上げたままの勢いで、ダクはヴァルカンの頭上に舞い上がる。くるりと身を回しながら放つのは、かかと落としである。ごがん、とヴァルカンの頭ですごい音が鳴った。人間の頭では、鳴ってはいけないような音だった。

「ごふ!」

 ヴァルカンの犬歯が、思いっきり自分の舌を噛んだ。ダクの短い手足が閃き、さらにヴァルカンを滅多打ちに打ち据えていく。そして、ダクは着地した。足を踏ん張り、エリスに振り返る。

「ほえ……いたい」

 手足をさすり、ダクは言った。ヴァルカンは平然としている。

「ふひゅひゅ、わらひは、がんぢょうひゃには、じじんがあうろら」

 血のにじんだ舌をしまいながら、ヴァルカンが言う。舌以外は、頑丈なのだった。

「ダク、目を、目を狙いなさい!」

「ほえ、わかった!」

「え、ひょ、ま、まへ……!」

 エリスのアドバイスに、ダクは再び飛び上がる。身長差があるので、そうしないと目を狙えないのだ。あわてて顔をガードするヴァルカンの両手を蹴飛ばして、ダクは二本の指で目を突いた。

「にょおおおおおお!」

 奇妙な悲鳴を上げて、ヴァルカンが地面を転がる。しばらく転がっていたヴァルカンは起き上がり、服に着いた土を払ってダクの肩に手を置いた。

「こら、お子様。お目目をつんつんしちゃいけませんって、親に教わらなかったか?」

「ほえ、ぼく、おとーさんもおかーさんもいないんだ」

 正直に、ダクは答えた。一瞬、ヴァルカンは言葉を詰まらせる。

「そ、そうか……ともかく、目を突いたら、ダメ。お子様も、されたら嫌だろう? 人の嫌がることは、やっちゃいけないよ?」

 謎の迫力が、ヴァルカンにはあった。

「ほえ。でも、おじさんも、山賊なんだよね? 人のいやがることを、いっぱいしてきたんだよね?」

「そうやって、悪事を働いてきたんだから何されても文句は言うなっていう理論、私は嫌いだね。悪事を働く立場としては、やる前に覚悟なんてできるわけないだろう?」

「ほえ? うーん」

 にこやかに言うヴァルカンに、ダクは考え込んだ。

「惑わされちゃダメよ、ダク! 難しいこと並べてたって、結局悪いことには変わりはないもの!」

 エリスの指摘に、ダクははっとなった。少しの時間の逡巡だったが、ヴァルカンにはそれで充分だった。懐から取り出したサングラスを、かちゃりとかける。

「これで、もう目つぶしは効かない。クククク、これが、頭の使い方というものだよ、お子様」

「卑怯よ!」

 エリスの抗議に、ヴァルカンは笑う。ダクは、首を傾げてヴァルカンを眺めていた。

「ダク、もう目は狙えない! 何とかして、あいつを倒すのよ!」

「ほえ? あの目についてるの、取っちゃダメなの?」

 ダクの言葉に、エリスは固まった。しばらく上空を眺め、ラブリーマジカルステッキを抜いて先端でヴァルカンを指し示す。

「とっととやりなさい!」

「ほえ!」

 エリスの号令一下、ダクが身を縮めて跳躍の構えを取る。ヴァルカンは余裕たっぷりの態度で、両手を広げて構えた。

「もう遅い! のんびり会話してたりしたことを、後悔するがいい! 闇の波動!」

 ヴァルカンが叫び、頭の両脇のツノが輝いた。同時に、ヴァルカンを中心に生温い風が吹く。風は闇色の空気を運び、砦内部の隅々まで行き渡った。

「ぐ、あ……」

「ほえ、エリス!」

 苦しみだしたエリスの様子に、ダクは構えを解いてエリスに駆け寄る。苦しそうに胸元を押さえ、エリスは地に膝をついた。

「だ、だいじょうぶ?」

 エリスに肩を貸して、助け起こす。ダクの視界の隅には、倒した山賊たちが苦しむ姿も見えた。

「どうだ、人族に畏怖と苦痛を与える波動の力は! これこそ、魔界四天王の一角、暴風のヴァルカンの真の実力だ!」

 高笑いとともに、ヴァルカンが恍惚の声を上げた。それからゆっくりと、ダクとエリスに両手を向ける。

「まともに動くこともできぬ中で、私の大魔法を受けて立っていられるかな?」

 にやりと笑うヴァルカンが、両手を打ち合わせる。

「ほえ、そんなの、またけっとばしてやる!」

 エリスを抱えたまま、ダクは腰を落とす。様子を見て、ヴァルカンが意外そうな声をあげた。

「まだ、動けるのか。だが、やせ我慢はよくないぞお子様? 全身を、激しい苦痛と脱力感が襲っているのではないか?」

 サディスティックに笑い、ヴァルカンが両手の魔力を練り上げていく。

「ほえ? ぼく、べつになんともないけど」

 首を傾げるダクには、変わった様子は見られなかった。人族に絶大な効果を発揮する闇の波動だったが、ダクは妖魔のダークエルフなのだ。効果は、まったく無かった。

「むう……どんな魔法を使っているのか、わからんがまあいい! くらえ、私の最大魔法! グランドタービュランス!」

 会話のスキをついて、ヴァルカンが完成した魔法を放った。周囲の大気が歪み、暴風の勢いをもって砦全体に吹き荒れる。山賊たちの身体が、まるで木の葉のように空へ舞った。

 ダクも吹き飛ばされそうになり、足を踏ん張った。抱きかかえているエリスも、ぎゅっとしがみついてくる。だが、このままでは吹き飛ばされるのも時間の問題だった。

「ダク……あなただけでも、に、逃げなさい」

「エリス、ぼくにつかまっててね」

 悲壮な顔をして囁くエリスに、ダクはそれだけ言った。ぎゅっと、エリスの腕が首に回る。ダクが手を離すと、エリスの身体はダクにしがみつくように背中へと回っていく。

「りん、ぴょー、とお、しゃー、かい、じん、れつ、ざい、ぜん……」

 間延びした声で、ダクの指は九つの印を切る。周囲の暴風が、ダクの前に球体となって圧縮されていく。ダクは両手を伸ばし、球体を押し出すように動かし始める。

「ば、馬鹿な! 私の魔法を、操るだと?」

 狼狽えたヴァルカンの顔が、ダクにはしっかりと見えた。ダクの身体ほどの大きさに圧縮された暴風の玉が、ぐらぐらと揺れる。

「ほえ……つ、つよいね、このかぜ」

 ダクの両手の指から、血が流れる。腕のあちこちからも、血が噴き出していた。

「当然だ! 私の、暴風のヴァルカンの魔力をすべて注いだ特別製だ! お子様程度に、どうにかできるわけが」

 ぐぐ、と暴風の玉が、大きく揺れた。驚愕に、ヴァルカンは目を見開いた。

「ほえ……そ、それでも、やって、みせる! 忍法、かえしわざ、ふーじんたつまき!」

 気合をのせた声が、ダクの口から放たれた。とたんに、暴風の玉が弾けてヴァルカンに向かって吹き付ける。ヴァルカンの身体は真っすぐ北に吹き飛ばされ、それから上空に打ち上げられた。

「お、覚えていろー! 私は、ぼうふうの……」

 ヴァルカンの悲鳴が遠くなり、そして消えた。両手を突き出したままの姿勢で、ダクは周囲を見渡す。モット・アンド・ベーリー様式の砦は、暴風で跡形もなく吹き飛んでいた。山賊たちの群れも、暴風の大魔法で空の彼方へ消えている。そして、ぐったりした様子のエリスが、ダクの背中にぶら下がっていた。

「エリス……ほえ、よかった」

 安心した顔で、ダクはぱったりと前のめりに倒れた。見晴らしのいい丘にリフォームされた砦の跡地に、安らかな寝息がひとつ。

「ほえ……ゴンザさま、げんこつは……ほえ」

 事の終わった丘には、なんとも暢気な空気が漂っていくのであった。


 ぺたり、とダクに身を寄せていたエリスが、むっくりと起き上がった。うっとりとした表情で、両手を頬に当てて身をくねらせている。下に敷いたダクが、少し苦しそうな寝顔になる。慌てて、エリスはダクの上から降りてダクの頭を優しく抱え、膝枕の姿勢を取る。吹き抜ける風に、エリスの長い耳が揺れた。

 幸せそうなエリスの元に、一匹の鷹が羽を鳴らして降りてくる。腕を伸ばし、エリスは鷹を止まらせた。

「ご苦労」

 エリスの口から発せられたのは、大人の声だった。鷹の頭を撫で、それから足首に結わえられた手紙を取って目を通す。その表情は、先ほどまでの子供らしさは皆無になっていた。

「名残惜しいが、行かねば……ダク、大儀であった」

 鷹を放し、エリスが慈愛の目でダクを見つめて言った。すやすやと、熟睡をする子供の寝顔を、エリスはしばらく眺める。髪をそっとすいてやると、くすぐったそうにダクは身をよじる。そうしていると、ダクのまぶたがぴくぴくと動いた。目を覚ます、兆候だった。

「本当に、行かねばな……」

 まだ撫で足りない様子のエリスだったが、一陣の風とともにその姿が消える。かわりに現れたのは、一本の丸太であった。

 目覚めたダクは、丸太を不思議そうに眺めていた。

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